E1669 – 高齢社会における図書館について考えるシンポジウム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.280 2015.04.23

 

 E1669

 

高齢社会における図書館について考えるシンポジウム<報告>

 

 

 2015年3月6日,筑波大学知的コミュニティ基盤研究センターは,公開シンポジウム「インタージェネレーション:高齢社会における図書館」を開催した。関東圏の図書館員や研究者を中心に約90名が一堂に会し,高齢社会における新しい図書館のありかたについて考える機会となった。

 従来,図書館界では,高齢者サービスを障害者サービスの枠組みの中でとらえてきた。しかし,今や日本は,「4人に1人が65歳以上の高齢者」という超高齢社会である。また,活動的な高齢者を表す「アクティブ・シニア」という言葉の登場にも象徴されるように,高齢者像も変化しつつある。このような状況下において,公共図書館における新たな高齢者サービスへのアプローチを考えようというのがこのシンポジウムの趣旨である。綿抜豊昭センター長からの挨拶の後,5つの講演,質疑応答およびパネルディスカッションが行われた。

 シンポジウムの大きなテーマは,「インタージェネレーション」である。インタージェネレーションは世代間交流とも呼ばれ,S.ニューマンらによれば「異世代の人々が,相互に協働し,助け合うこと,高齢者が習得した知恵や英知,物の考え方や解釈を若い世代に言い伝えること」とされている。このシンポジウムでは,公共図書館における新たな高齢者サービスへのアプローチを考えるうえで,インタージェネレーションをひとつの鍵としてとりあげた。

 本シンポジウムでは,公共図書館における新たな高齢者サービスについて,ふたつのアプローチを設定した。ひとつは「双方向型サービス」であり,もうひとつは「認知症予防サービス」である。P.ラスレットは人生を,教育を受け社会化される時期であるファースト・エイジ,家庭や社会において責任を担う時期であるセカンド・エイジ,自己達成の時期であり,まだアクティブに活動できる段階であるにもかかわらず,もはやフルタイムの仕事や子育てに従事しなくなった時期をサード・エイジ,依存や老衰の時期をフォース・エイジという四段階に区分したが,前者のアプローチは,主にサード・エイジを対象としたものであり,後者はフォース・エイジを対象としたものである。

 「双方向型サービス」については,溝上智恵子氏(筑波大学図書館情報メディア系/知的コミュニティ基盤研究センター教授)から,カナダで導入されているコミュニティ主導型図書館サービスの実際として,プリンスエドワードアイランド州シャーロットタウン市のコンフェデレーション・センター公共図書館で提供されているインタージェネレーション型高齢者サービスについて紹介されるとともに,今後の課題としてコミュニティのニーズに対応した図書館サービスの評価の必要性が指摘された。また,江幡千代子氏および福富洋一郎氏(つづきっこ読書応援団・JiJiBaBa隊)から,高齢者が図書館を舞台として読み聞かせを行う実践例が生き生きと語られた。この活動は,高齢者がコミュニティのなかで孫世代に読み聞かせを行うというインタージェネレーションの実践例であるとともに,高齢者が利用者として図書館からサービスを享受するだけでなく,図書館でサービスを提供するという双方向型サービスの実際例であると捉えることができる。

 「認知症予防サービス」については,筆者が,英国で実践されている公共図書館による回想法キットの提供を紹介するなど,公共図書館の新たな役割の可能性として認知症予防をとりあげた。回想法とは,聞き手が話し手の人生や思い出を受容し,共感する,主に高齢者を対象とした心理療法であり,認知症の予防や抑制に効果があるとされている。回想法キットは,回想法をより効果的に行うためのツールであり,例えば高齢者が昔読んだ本,故郷の写真,学校で習った歌が収録されているCD,幼い頃遊んだおもちゃなどから構成される。

 さらに,辻泰明氏(日本放送協会オンデマンド業務室室長)から,「好きなときに好きなものを選択できる」という利用者側の視点をもつテレビ番組のオンデマンド配信とインタージェネレーションの可能性について発表された。NHKオンデマンドは,見逃した番組をみる「キャッチアップ」と過去の番組をみる「アーカイブ」というふたつの機能をもつが,後者は回想法キットとして活用できる可能性が開かれている。

 また,山崎博樹氏(秋田県立図書館副館長)から,公立図書館におけるターゲット・マーケティングと支援サービスの実際について発表された。ターゲット・マーケティングとは,ある種の条件によってサービス対象を区分し,ターゲットを絞り込むことを意味する。同館では,ビジネス支援や健康情報,法律情報,観光支援,生活支援,高齢者など,さまざまなセグメンテーションを想定したサービスが展開されている。セグメントを狭くすることにより,付加価値を高めるだけでなく,新しい利用者の創成につながるとのことであった。

 カナダや英国,米国では,高齢者を対象とした図書館サービスに関するガイドラインがあるが,もっとも高齢化が進む日本には存在しない。「これからますます高齢化が進む日本において公共図書館に何ができるのか」という大きな課題について,筑波大学知的コミュニティ基盤研究センターでは,今後も,公共図書館や関連組織とともに取り組む予定である。

筑波大学図書館情報メディア系/知的コミュニティ基盤研究センター
准教授・呑海沙織

Ref:
http://www.kc.tsukuba.ac.jp/lecture/symposium/symposium2015.html
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/145165.html