カレントアウェアネス-E
No.298 2016.02.18
E1767
公開講演会「図書館とソーシャル・キャピタル」<報告>
2015年12月18日,立教大学池袋キャンパスで,公開講演会「図書館とソーシャル・キャピタル」が開催され,立教大学司書課程主任の中村百合子氏(図書館情報学)の呼びかけにより,30名ほどの図書館関係者が参加した。本講演会では,東京経済大学コミュニケーション学部教授である柴内康文氏による講演と図書館関係者からの質疑応答が行われた。本稿では,当日の内容を報告する。
柴内氏は,米国の政治学者ロバート・パットナムの著書であり自身が邦訳を行った,米国社会のボウリング人口全体における一人でボウリングをする人口の増加を手掛かりにソーシャル・キャピタルの位置づけを論じた『孤独なボウリング:米国コミュニティの崩壊と再生』を基軸に,ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の概要紹介と米国および日本におけるソーシャル・キャピタルの様相に関して触れた後,講演会の題にある図書館とソーシャル・キャピタルの関係について議論を行った。
まず,『孤独なボウリング』の概要紹介として,ソーシャル・キャピタルの「定義」「計量化」「影響」「低減の要因」を順に述べ,米国でのソーシャル・キャピタル分析に関して概説した。柴内氏は,ソーシャル・キャピタルはネットワークと互酬性,信頼度により構成されるものであるとし,その有無や大小により地域における教育達成指数,治安,社会福祉等の差異という形で,その利益が現れると説明している。また,パットナムの論として,1960~70年代以降の米国におけるPTA,労働組合,教会への関わりの減少,相互信頼度の低下などの兆候から,ソーシャル・キャピタルの喪失に至る過程に関して紹介した。パットナムはソーシャル・キャピタルの喪失の原因を,労働環境及び女性の社会進出に伴う家庭形態の変質,郊外化,TVの普及による娯楽の室内化などの社会状況の変質と,第2次世界大戦などの戦争経験を踏まえ,共同体を意識した社会参画が必要とされていた世代から,戦争を経験しておらず,個人を優先する社会参画世代へと,米国社会で10年から20年間隔での世代交代がおこなわれたことにある,と捉えているという。
引き続いて,日本において内閣府国民生活局が行った2002年の調査事例が示された。「付き合い指数」「信頼の指数」「社会参加指数」などが都道府県単位で集計されソーシャル・キャピタルの有用性の論拠として用いられていると述べた。また,ソーシャル・キャピタルの低減については猪口孝氏や坂本治也氏の論を引きつつ,日本における市民参加は90年代まで一定の水準を保っていたものの,2000年以降に緩やかに,米国社会からは30年遅れて「ボウリング・アローン」が生じているのではないかという指摘について紹介があった。
図書館とソーシャル・キャピタルの関係性に関しては以下の3点が紹介された。
1点目は,パットナム自身が議論している,ソーシャル・キャピタル再生の「処方箋」としての図書館の事例である,シカゴ公共図書館分館がその立地特性や取組によって果たした役割に関して触れられた。
2点目は『現代の図書館』50巻1号の特集「社会関係資本と図書館・情報サービス」に掲載された論文およびその関連文献による「図書館を通じたソーシャル・キャピタルの向上可能性」である。米国やイタリア,そして日本における研究をふまえ,図書館利用とソーシャル・キャピタル関連変数,また人口当たりの図書館数と地域住民の一般信頼度の間の相関関係等のエビデンスが紹介された。
3点目は,「ソーシャル・キャピタルと図書館利用をめぐる格差の問題」である。講演会直前に『シノドス』に掲載された,片山ふみ氏,野口康人氏,岡部晋典氏による記事「図書館は格差解消に役立っているのか」(2015年12月5日付)を引用しつつ,経済資本・文化資本・社会関係資本の間の相関関係から,文化・経済・教育資本を前提として有する富裕層の図書館利用に伴い,格差が拡大する,という資本の逆再分配構造があるという分析が紹介された。柴内氏は,相関関係に関する諸データは「富裕層が図書館を用いることにより更にソーシャル・キャピタルが向上し格差が拡大すること」を示す一方で、「(用いた層を限定条件としてみなさなければ)図書館を用いることでソーシャル・キャピタルが向上する」という結果から図書館利用による格差是正という資本の再分配構造があるとも解釈可能であるという点を指摘している。
その一方で,同氏は最後に,パットナムの近年の研究でも,社会関係資本自体が出発点において持つ地理的・経済的・教育的格差について議論が交わされていることに触れた上で「公共財としてのソーシャル・キャピタルが,繋がりの乏しい人にも恩恵を与えることができるようなあり方を,図書館の行うプラクティスとして考えていく必要があるのではないか」と今後の展望と問題に関して見解を提示し,話を締めた。
質疑応答は,先の『シノドス』の論文も手がかりとした,格差をめぐる問題を中心に行われた。
立教大学大学院文学研究科・小出晋之将
Ref:
http://www.rikkyo.ac.jp/events/2015/12/17057/
https://www.npo-homepage.go.jp/toukei/2009izen-chousa/2009izen-sonota/2002social-capital
http://synodos.jp/society/15672
http://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/現代の図書館編集委員会/gdni_501..pdf