E1764 – 大学図書館における学術コミュニケーション機能の組織配置

カレントアウェアネス-E

No.297 2016.02.04

 

 E1764

大学図書館における学術コミュニケーション機能の組織配置

 

 2015年11月18日,米国のIthaka S+Rが,大学図書館における学術コミュニケーション部署の組織配置に関して調査し,レポート“Office of Scholarly Communication: Scope, Organizational Placement, and Planning in Ten Research Libraries”を公開した。このレポートは,Ithaka S+Rがハーバード大学の依頼を受け,大規模な大学図書館における基礎情報を収集すべく,米英の11の図書館等を対象に,電話調査等を行った結果をまとめたものである。なお近年,学術コミュニケーションの変容という文脈でオープンアクセス(OA)が挙げられることが多いが,本調査の対象にはOA方針を採択していない大学の図書館も含まれる。また,スタンフォード大学は調査対象であったが,学術コミュニケーション機能を担当する部署がなくOAについても関心が薄いとして回答が得られていない。各大学の図書館長に対しては学術コミュニケーション機能の目的と組織構造について,学術コミュニケーション部署の長(あるいはそれに相当する者)へは当該部署の人員,予算,業務分担,業績について質問している。なお,調査対象の概要(学術コミュニケーション部署や機関リポジトリについて)と質問内容が附録として掲載されている。

 まず,調査の依頼元であるハーバード大学については,文理学部が2008年にOA方針を採択後,OAを推進するために学術コミュニケーション室が設置され,OAが普及・推進されてきた経緯をもち(CA1753参照),学術コミュニケーション機能を担う集約的な部署を有する(なお,調査対象の中でも割かれる人員が多く,予算も独自で有するという特徴をもつ)。一方でレポートでは,ハーバード大学のような例は少数派であり,多くは学術コミュニケーション機能を大学図書館組織内に分散させ担っていることが指摘されている。

 続いて,レポートではハーバード大学以外の調査対象に関し,調査結果から以下のようなモデルに分類している。 

●収集基盤モデル

 OAは出版の別のあり様であると捉え,図書館の収集業務について,旧来の出版社との契約からの脱却を図り,学術成果のOA化を支援することを第一義的な目標とする。このモデルは,カリフォルニア大学,マサチューセッツ工科大学などが該当する。OA方針を導入している図書館で見られるモデルとされ,機関リポジトリの運用は収集部門と情報技術部門に分かれており,また,人員や予算の裁量権はない。 

●研究支援モデル

 学内の研究者の研究成果の公開とその普及を支援することを主目的とする。このモデルは,イリノイ大学,コロンビア大学,パデュー大学,ミシガン大学などが該当し,OA方針を導入していない図書館でも見られる。図書館の研究支援サービスの一環として学術コミュニケーションサービスを提供している大学もあれば,大学出版局など,大学の出版機構に統合されている例もある。 

●共有モデル

 特定の学術コミュニケーション機能を図書館組織全体で担うべきものととらえ,それぞれの部署で職員各々が業務に組み込む。このモデルは,コーネル大学,オックスフォード大学が該当する。特にコーネル大学の図書館では,同学が運用する物理学,数学等の分野のリポジトリである“arXiv”(E812参照)など,コミュニティ資源に関する業務などが存在するほか,例えば,学術資源・保存サービスの職員はデジタル・スカラーシップや著作権に関する業務,研究学習サービスの職員は研修を担うなど,各部署に学術コミュニケーションに係る業務が分散している。これは,学術コミュニケーション機能を館全体に浸透させるためには,その機能を分散させ,全職員が業務に組み込むべきであるという思想に基づいたものであるという。 

 その他,「学術コミュニケーション機能を重視しない」というモデルもあり,イェール大学が該当するとされている。同学では,機関リポジトリはあるものの,OA方針は導入しておらず,大学はOAについて消極的で,図書館に学術コミュニケーションを担う部署もないという。

 レポートではいくつかの懸念や課題も示されている。例えば,データ管理もOA出版の一部として考えるのであれば,収集基盤モデルや研究支援モデルにおいてデータ管理をどのように扱えばよいかという問題が生じるであろうことに言及されている。また,ある大学からは,先駆的にリポジトリを開発した図書館では,陳腐化によってフォーマット変換や更新に多額に費用がかかる恐れがあるなど,リポジトリの費用や持続可能性について懸念が示されたという。

 上述の分類を示すことで,図書館の指導者にとって学術コミュニケーション機能をどう配置するかという指針になるとしているものの,結論として,学術コミュニケーション機能の組織配置に明確なベストプラクティスはないとしている。

 本レポートでは,大学図書館における学術コミュニケーション部署の配置が一様ではない理由を,各図書館が独自に学術コミュニケーションに関して果たすべき役割を定めてきたからであるとしている。また,調査の際,各大学の図書館長は自身のOAへの思想や大学の理念などの観点で学術コミュニケーション機能を捉える傾向にあったことも指摘している。

関西館図書館協力課・葛馬侑

Ref:
http://sr.ithaka.org/?p=275206
https://osc.hul.harvard.edu/
https://www.library.cornell.edu/services/scholarly
http://doi.org/10.5363/tits.19.11_22
E812
E910
E1341
CA1753