E1630 – ウェブ展示「描かれた日清戦争」:アジ歴とBLの共同企画

カレントアウェアネス-E

No.271 2014.11.27

 

 E1630

ウェブ展示「描かれた日清戦争」:アジ歴とBLの共同企画

 

  2014年5月に国立公文書館アジア歴史資料センター(以下,アジ歴)と大英図書館(The British Library:BL)が共同企画として公開したウェブ展示「描かれた日清戦争~錦絵・年画と公文書~」(“The Sino-JapaneseWar of 1894-1895 : as seen in prints and archives”)は,BLが所蔵する日清戦争(1894年~1895年)に関する版画類のコレクション全235点と,アジ歴が公開している関連公文書とをあわせて紹介し,日清戦争という出来事を,当時の人々がどのように描いたのか,どのように記したのかを辿るものである。

  発端は2012年11月。この版画類コレクションの1枚を企画展示“Propaganda : Power and Persuasion”に出品する過程で,BL日本部スタッフはその全品を世に出したいと考えた。そこで協力を求めた先が,毎年の日本資料専門家欧州協会(EAJRS)(CA1463E1221E1348参照)年次大会の場を通じて交流のあったアジ歴であった。BL日本部では,1994年の大英博物館の展示会にこのコレクションの一部を出品した際に,版画に記された言語が日本語や中国語であるのに対し解説は英語のみで示さねばならず,とりわけ日本語や中国語しか解さない人々に対しては,中立性を心掛ける意図が十分に伝わらないという困難を経験していた。コレクションを中立的に提供するには,歴史的資料の公開について専門的な知見を有する機関の協力が必要であり,近現代の公文書のデジタル公開とそれを用いたコンテンツ制作という実績を持つアジ歴は,BLにとって最適なパートナーとなったのである。  なにゆえに中立性を強く意識する必要があるのか。それは,コレクションを構成する版画類が強いプロパガンダ性を持つからである。日清戦争当時の日本では版画類は今日における報道写真のような役割を担った。そこでは,日本の将兵たちは強く勇ましく描かれ,逆に清国の人々は弱々しく描かれている。中には侮辱的・侮蔑的な言葉が記されている作品もある。このような資料を提供する際には,作品の持つプロパガンダ性・政治性が提供者自身のスタンスとして利用者に印象付けられかねない。しかしながら,この点において,BLのコレクションには極めて重要な特徴があった。それは,実に56点もの清国製の作品が含まれていることである。これらの作品の多くは,旧正月の祝いに清国の庶民が飾った年画と呼ばれるものだが,題材は戦争であり,半ば架空と思われるような場面も描かれている。そしてそこにはやはり清国側のプロパガンダ性を認めることができる。このように,日清それぞれのプロパガンダ性を示す作品が揃っているということは,これらを対置することによって双方の視点を相対化することを可能にするのではないかと考えられた。

 かくして我々は,版画類コレクション全品のデジタル画像に公文書を組み合わせて紹介するウェブ展示の日英版同時制作という共同企画の実施に至った。当時の人々の感性や感情が強く表れ得る版画類と,描かれた出来事自体の記録である公文書とを併せて示すことで,中立的な提供という課題に対する一つのアプローチを試みたわけである。展示においては,同一の対象を描いた日清の版画類を可能な限り並置する,作品の内容解説や記された文章の翻刻を付さない,中立を目指す両機関の姿勢を明記する,といったことに留意すると共に,中心となるコンテンツの構成は,日清戦争の経緯に沿って版画類を紹介しつつこれに関連する主な公文書をリストアップする,という簡潔なものとした。制作においては,アジ歴が日本語テキストの作成とウェブサイトの作成及び配信を担当し,BLが英語テキストの作成と版画類のデジタル撮影及び書誌情報の整理を担った。  書誌情報の整理はコレクション公開の基礎となる作業であった。まず,記されている日本語と中国語を解読して原文表記を採取し,次にこれをローマ字化(読み)及び英訳する。この作業において最も困難だったのは,朝鮮や清国の地名等の固有名詞の英訳である。これらの英語表記には,中国であれば漢語ピンインやウェード式,韓国・朝鮮であれば文化観光部2000年式やマッキューン=ライシャワー式といった様々な表記法があるのに加え,例えば旅順を“Port Arthur”とするように,英語圏で慣習的に用いられる表記もある。この中のどの表記法を用いれば多くの人々に受け入れられ易いか,という検討を積み重ねた。こうして世界に向けた適切な発信を行うに足る情報の整理を目指したのである。

 今回の共同企画の根底には,人類の貴重な知的財産たる資料をあるがままに多くの人々の利用に供する,そしてそこでは政治的な意図を持たず中立性の維持に努める,という文書館と図書館という違いを超えて共有される理念がある。このような理念があってこそ,我々は,日清戦争というテーマを扱うことにも前向きに取り組むことができたのである。

国立公文書館アジア歴史資料センター・平野宗明
大英図書館日本部・大塚靖代

注:大英図書館のHamish Todd氏による英訳版(E1630e)があります。

Ref:
http://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/
http://eajrs.net/node/307#ohtsuka
http://eajrs.net/files-eajrs/ohtsuka.pdf
http://www.archives.go.jp/about/publication/archives/pdf/acv_54_p05.pdf
CA1463
E1221
E1348