E1412 – 多様化する大学院生のための新たな研究図書館サービス

カレントアウェアネス-E

No.234 2013.03.28

 

 E1412

多様化する大学院生のための新たな研究図書館サービス

 

 米国の大学院生数は急激に増加し,研究大学は,院生の専門能力の向上や新たなキャリアルートを重視した総合的なプログラムの構築につとめている。さらに,教育だけではなく,院生のライフスタイル,研究の学際性,学術コミュニケーションの形式なども変化している。こうした大学レベルの動向を背景として,研究図書館のコミュニティでは2007年ごろから院生に特化したサービスや図書館スペースについての議論を行い,ニーズを調査し,サービスの改善に役立ててきた。

 北米研究図書館協会(ARL)は,先進的な院生サービスを実施しているワシントン大学やゲルフ大学など9大学の図書館員や図書館長を対象としたインタビュー調査を実施し,2012年12月に“New Roles for New Times: Research Library Services for Graduate Students”と題するレポートを公表した。調査によって明らかになった事例や戦略について,以下の4つのポイントから報告されている。

(1)属性別サービス
 昨今の院生は,資料や書誌情報の管理,ディスカバリーツールの操作をはじめ,ジオコード付きの資料の扱い方やデータマイニングなど高度な技術の習得が求められている。図書館には研究発表用のポスター作成や,モチベーションの維持といったソフトスキルに対する支援まで期待されるようになった。こうしたニーズは院生個人によって異なり,また,主に対応してきたサブジェクトライブラリアンの能力を超えているため,協力や連携による対策をすすめている。
 また,院生を,学ぶ/教える/研究する/分析する/執筆する/就職活動をするといったアカデミックライフサイクルや,フルタイムの仕事や家庭を持つ者/長期間研究から離れていた・キャリア変更した者/留学生などの属性によってセグメント化して,それぞれに応じた適切な支援を行なっている。たとえば,博士論文を執筆している院生に対して,ProQuestに博士論文を提出する際の選択肢や権利,オープンアクセス,編集者へのアプローチ戦略などについて解説している大学もある。

(2)スペースの新たな活用
 長時間快適に研究できるオフィスチェアや可動式のホワイトボードなど,個人やグループでの研究スタイルに合う什器を備えた「リサーチコモンズ」や「スカラリーコモンズ」と呼ばれる院生専用のスペースが登場している。そこでは,さまざまな分野のニーズに応じたリソース,サービス,サポートをワンストップで提供することが重視される。たとえば,ニューヨーク大学のリサーチコモンズにある「データサービススタジオ」では,サブジェクトライブラリアンに加えてGIS専門家,質的・量的調査の専門家などが協力して,統計や地理情報システムのためのソフトウェアの提供や研究に対する助言など,専門的な支援を行なっている。

(3)連携
 図書館だけでは担い切れないサービスは,学内の部署と連携して戦略的に実施している。こうした連携は,学部長や館長だけでなく個々の図書館員のレベルで始めることができ,パイロットプロジェクトから大学全体,さらには複数の大学に至るものまで,さまざまなかたちで公式・非公式にとることができる。加えて,学内のパートナーと協働することによって,院生が習得すべき研究能力や図書館の役割を把握することもできる。実践例として,共同教育(文献の収集支援や組織化,データの管理),著者の権利などをテーマにしたワークショップの共催,図書館の専門的なサービス(リテラシー,開発支援ツール,メタデータなどのコンサルティング),プロジェクトへのエンベディッドライブラリアン(CA1751参照)の派遣などが行われている。院生諮問委員会による評価を試行している機関も多いが,図書館活動の周知や連携の強化にも役立つと述べられている。

(4)新たな組織構成
 多くの研究図書館では,パブリックサービスやインストラクション部門に院生サービスのための図書館員が配置され,学内組織やサブジェクトライブラリアンとのコーディネーターとして院生を支援している。また,院生のニーズを把握し,プログラムやスペースを開発する権限を持つワーキンググループが作られることもある。この他,サブジェクトライブラリアン自身の学術コミュニケーション,IT,データスペシャリストといった能力を向上させようとする動きも見られる。
 図書館の組織改編にあたっては,大学のアカデミックプランとの整合性がはかられ,スタッフ育成においては,新しい専門知識だけではなく,コラボレーションスキルやチーム管理能力の獲得に重点が置かれるようになっている。

 現在は,予算削減やアウトカムの精査など厳しい状況にあるが,研究図書館が大学院教育の価値をさらに高める方法を探る時期でもあるとレポートは締めくくられている。

(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科・池内有為)

Ref:
http://www.arl.org/bm~doc/nrnt-grad-roles-20dec12.pdf
CA1751