E1383 – 参加型アクションリサーチによる利用者調査<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.229 2012.12.28

 

 E1383

参加型アクションリサーチによる利用者調査<文献紹介>

 

Margaret S. Brown-Sica. Library Spaces for Urban, Diverse Commuter Students: A Participatory Action Research Project. College and Research Libraries. 2012, vol. 73, no. 3, p. 217-231.

 昨今,利用者の図書館に対するニーズを探る事がますます重要視されつつある。米国コロラド州のオーラリア図書館(Auraria Library)では,ラーニング・コモンズを図書館内に設置するのに際し,利用者をはじめとするステークホルダーが何を求めているかについて,ユニークな方法での調査・検討とそれに基づいた施設改修が行われた。この事について,同館のブラウン・シカ氏が調査の意義や手法,利用者のニーズなどについてまとめ,公表した。

 オーラリア図書館は,コロラド大学デンバー校,メトロポリタン州立大学,コミュニティカレッジオブデンバーの三つの機関に対してサービスを行う図書館である。この三つの機関は,一つのキャンパスを共有しているが,それぞれの機関の学生が利用する区画は基本的には分かれており,図書館は約五万人の学生全てが利用する数少ない場所の一つだという。また,親が大学卒業者でない学生や,歳をとった学生,障害をもつ学生が,学生のかなりの部分を占めている。99%の学生が学内寮に住むのではなく,通学しているこのキャンパスでは,社会人や既婚者であるなど,学生以外の身分を持つ者も多い。また,自宅にインターネットへアクセス可能なコンピュータを持たない学生が多い事もこのキャンパスの特徴の一つとして挙げられている。

 こういった多様な学生を抱える環境の中,ラーニング・コモンズを設置する為のデータ収集および分析が計画された。オーラリア図書館では,エビデンスと,図書館利用者の視点に基づいた意思決定を重視している。そのため,このプロジェクトではデータ収集・分析手法として「参加型アクションリサーチ(Participatory Action Research)」が採用された。参加型アクションリサーチは,調査によって得られたデータをどのように解釈するかに主眼が置かれた調査・検討方法であり,調査者と調査対象の協働の中で解釈が行われていくという点において特徴的である。この手法は主に社会科学で用いられるもので,これまで図書館における調査で適用された事例はあまり見られない。

 プロジェクトでは,オーラリア図書館の利用者を対象としたWebアンケートやフォーカスグループインタビュー,カウンターのスタッフが書き留めた利用者の様子や発言,図書館設備の利用状況,図書館に設置したフリップに書き込まれた利用者の要望などを通じて,図書館の設備・サービスに関する利用者のニーズが収集された。得られたデータは利用者(回答者)自身によっても分析・解釈がなされた。こうした参加型アクションリサーチによる調査によって得られた結果の主だった点は下記の通りである。

  • 設備の整ったプレゼンテーションルーム,グループワーク用の作業エリアなどを設置するべきである。
  • 利用者は,簡便にインターネットにアクセス出来る環境,メディア編集用の端末,あるいは複数の大型モニタ出力が可能な端末の設置を求めている。
  • 図書館で利用できる機器のナビゲーションなどについて利用者は不満を持っている。利用者は時間を浪費しないサービスを求めている。
  • 図書館は清潔で安全な空間であってほしいと多くの利用者が考えている。

 このような結果からは,学生が自宅で利用できない機器や環境に対するニーズや,彼らがキャンパスに滞在できる時間はごく限られているという学生の事情が透けて見える。こういったニーズや事情はこのキャンパスの独特な人口構成に起因するものが大きいと考えられ,これを浮き彫りにする事が出来た事は参加型アクションリサーチを用いた大きな成果であったと言えるだろう。

 本論文では,参加型アクションリサーチを採用したことによる利点として「調査にあたった図書館員自身が強い自信を持てた点」「図書館内の意思決定を,よりエビデンスに基づいたものにする事が出来た点」「学生・教員と構築された強い関係性により,学習におけるパートナーシップが今後も期待出来る点」などを挙げている。また本論文で述べられた計画は次の段階(Phase 2)に入るとも述べられている。オーラリア図書館における参加型アクションリサーチの試みは,今後も注視すべき取り組みの一つになると考えられる。

(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科・松野渉)

Ref:
http://crl.acrl.org/content/73/3/217.full.pdf+html
http://hdl.handle.net/10466/3495
http://www.sagepub.com/books/Book228865