E1229 – 学術の世界を「ハック」する

カレントアウェアネス-E

No.203 2011.10.27

 

 E1229

学術の世界を「ハック」する

 

 「デジタルメディアやデジタル技術は学術の世界をどのように変えうるのだろうか?」2011年5月21日,インターネット上でこのような問いが投げかけられた。この問いかけに対して1週間で寄せられた329の論考のなかから32本を選び編まれたのが,ここで紹介する“Hacking the Academy”である。同書は米国ミシガン大学図書館出版局から出版され,オンライン版はオープンアクセスで提供されている。なお,この出版バージョンに収録されていない論考も公開するウェブサイトが用意されている。

 編者である米国ジョージメイソン大学歴史・ニューメディアセンターのコーエン(Dan Cohen)氏とシャインフェルド(Tom Scheinfeldt)氏は,選考にあたり,単に学術の世界の現状に対する不満を述べたものではなく,それを超えて鋭い分析や問題解決に繋がりうる可能性を秘めた論考を掲載の基準にしたとしている。そして,同大学院生のスーター(Tad Suiter)氏は,タイトルにある“Hacking”には,コンピュータシステムに侵入して悪事を働くという通常想起される意味ではなく,遊び心をもって複雑なシステムを学び改良していくという肯定的な意味が込められていると述べている。そして,我々はデジタル技術と学術世界という二つの複雑なシステムが絡みあおうとする現場に立ち会っているが,それらの複雑なシステムを「ハック」することこそが,そこで生きる者として今必要なのだという。

 同書の構成は,第1部「学問を『ハック』する」(Hacking Scholarship),第2部「教育を『ハック』する」(Hacking Teaching),第3部「学術機関を『ハック』する」(Hacking Institutions)の3部に分けられている。ここでは第3部に納められている,図書館を扱った2つの論考を紹介する。

●Andrew Ashton. The Entropic Library

 この論考は,デジタル技術が学術の世界へ浸透することによって生じた,大学図書館サービスの変化をテーマとしている。冒頭で,デジタル化の浸透によって大学図書館の提供しているサービスが中央集中型からの脱却を求められる事態に直面していると指摘される。そして著者は,この事態にあって大学図書館がコレクションの充実等の伝統的な図書館サービスをデジタル化して提供することは確かに必要であると認めつつも,しかしそのことと新しいデジタル形式の学問によって定義づけられる「エントロピー的図書館」は異なるものであるとしている。著者は,大学図書館が単に情報の流れだす源泉としての場であるという認識から脱して,データや知識,相互作用の万華鏡となる「エントロピー的図書館」となることが望ましいとし,そのために大学図書館がデジタルメディアを利用して学術研究を行なう物理的な空間へと変わらなければならないのだと主張している。

●Christine Madsen. The Wrong Business for Libraries

 この論考は,大学図書館の実態の変化をテーマにしたものである。著者は19世紀半ばにおける大学というシステムの爆発的増大と出版コストの低下により,大学図書館のコレクション収集のあり方がそれ以前の質的な観点によるものから量的な価値観に立ったものへと転換したと述べている。著者は転換後の大学図書館のモデルを「情報中心モデル」と呼ぶ。そして現在直面しているのは,インターネットの出現に起因した,その「情報中心モデル」の崩壊であるという。著者は「情報中心モデル」に変わる新たな大学図書館像として,質的観点に立った情報提供を行う場というモデルを提案している。このモデルの目標は,大学図書館を建物や所蔵コレクションによって定義されるものとしてではなく,なにより新しい知識を生み出す支援を行うサービスの集合体としてみなされるようにするということであるという。著者はそうすることで図書館への投資がコレクションの量や利用者数,利用者満足度ではなく,利用者の経験によって評価されることになるのだと結論づけている。

Ref:
http://www.digitalculture.org/hacking-the-academy/
http://hackingtheacademy.org/
http://hackingtheacademy.org/libraries/