CA810 – イギリス地方財政と公共図書館 / 古川浩太郎

カレントアウェアネス
No.154 1992.06.20


CA810

イギリス地方財政と公共図書館

イギリスの公共図書館制度は,成立以来150年に及ぶ歴史を有している。しかし,近年図書館の相次ぐ閉鎖,開館時間の短縮,スタッフ数の削減等の形で次々にその業務が短縮されてきており,イギリス図書館協会(LA)はこれを未曽有の危機的状態であると認識している。

いくつかの具体的な数値をあげてみよう。1974年には,週に60時間以上開館している図書館は,イングランド,ウェールズ合わせて229館を数えたが,現在では僅か18館に過ぎない。次に貸出し資料数を見ると,1985年の648万冊から,昨1991年には568万冊へと低下している。また,例えばイングランド北東部の都市ニューカッスルにおいては,最近10年間に市の中央図書館と21の地区分館の開館時間が35%短縮されたほか,スタッフも20%減員されている。こうした状況は,LAの幹部の一人をして,「イギリスの公共図書館はかつては世界の最高水準にあったが,いまや1850年代以来最低のレベルだ」と慨嘆せしめるまでになっている。

このような事態を招いた最大の原因は,80年代を通じて政権を担当した保守党による,地方財政における支出抑制政策に求めることができよう。サッチャー前首相が,70年代のイギリス経済を蝕んでいた「英国病」の克服をめざして政権の座に就いたのは1979年であった。以来彼女は「小さな政府」を標榜し,国家・地方を通じた公共支出の抑制をその政策プログラムの要諦に据えた。それを実現させる手段として,地方税の税率に制限を加え,国営企業の民営化や行政サービス部門への市場競争原理の導入を推進したのである。

こうした政策は,その当然の帰結として地方自治体の財政を圧迫し,公共図書館の運営にも影響を及ぼさずにはおかない。再びニューカッスル市の状況に眼を転じると,前記の地方税の税率制限によって資料購入費が20%削減され,今後さらにこれを上まわるカットが予定されている。同市の中央図書館では,図書の出版,シアター・チケットや土産物の販売,写真スタジオの設置などによって自ら運営資金を調達することに努めざるをえない状態になっている。いわば図書館が「文化のデパート」と化しているのであり,この結果来館者の数こそ増えているが,そのことは本来の業務が等閑に付されていく危険性を意味するとも言えよう。

昨年,LAの公共図書館部会の年次大会において,学芸・図書館担当大臣ティム・レントンの声明が発表された。これには4つの内容が含まれていたが,その中で大会参加者に衝撃を与えたのは,「財源の有効利用を行うために,今後図書館サービスを含む地方行政分野に強制的な競争入札制度(compulsory competitive tendering=CCT)を広汎に導入する」とした点である。これは,保守党が推進している自由競争主義の経済原理を図書館サービスに持ち込もうとするもので,1988年地方自治法の改正案に盛り込まれた。それによれば,公共図書館における「補助的業務」(support service)がCCTの対象とされている。具体的には,資料収集,目録作成,図書およびその他の資料の複写業務が該当する。しかし,これらの業務がいかなる見地から「補助的」なものと位置付けられたのかについては全く説明がなされていない。

これに対してLAは,同一コストでより優れたサービスが提供できるという観点からすると,公共図書館の業務にも競争入札制度を導入するのに適した領域があることを認めている。しかし,これまで図書館の意志で民間に業務を委託した場合でも,好結果を収めていないことから,強制的に導入することには難色を示し,また,図書館業務の中にCCTの対象となるような「市場」が存在するのかどうか,疑問を呈している。加えて,直接サービス部門の外部発注にはもとより反対の姿勢を示している。

このような中,LAは2月27日を「私たちの図書館を守る日」(Save Our Libraries Day)と定め,ロンドンにおいて全国集会を開催した。そこには図書館関係者にとどまらず,公共図書館の危機的な状況を憂慮する教育,学術,著作,出版関係者らが一堂に会した。彼らは保守,労働,自由民主の各政党を代表して出席した政治家に,来たるべき総選挙における図書館問題への取り組み方を質し,併せて下院議員へのロビイングを行った。

4月9日,5年ぶりに行われた総選挙の結果保守党が政権を維持したことは,公共図書館がさらに深刻な状態へと追い詰められていくことを意味するのであろうか。行政支出の軽減のみを追求して資料購入費を削減し,CCTを導入することの代償は小さくはない。上記の全国集会出席者の一人,児童文学者のシャーリー・ヒューズは,「このキャンペーンはわれわれが真に求めているものを確かめることが目的であり,遅きに失しないうちに行動に移らなければならない」と述べている。公共図書館が本来の姿を取り戻すことを願いつつ,イギリス地方行財政の行方を観察していきたい。

古川浩太郎(ふるかわこうたろう)

Ref: Mason, T. Minister plans review. Libr. Assoc. Rec. 93 (12) 787, 1991
Daines, G. CCT reply time cut to minimum. Libr. Assoc. Rec. 93 (12) 807, 1991
Cunningham, G. Libraries in crisis. The Bookseller (4494) 356-358, 1992.2.7
Lift-off for library campaign (News). The Bookseller (4496) 416, 1992.2.21
The Times 1992.2.18
The Guardian 1992.2.24
The Independent 1992.2.24