CA695 – 現代イランの図書館事情 / 白岩一彦

カレントアウェアネス
No.134 1990.10.20


CA695

現代イランの図書館事情

イランの図書館は,紀元前6世紀以来2500年の歴史を有するが,その間にアラブ,トルコ,モンゴルなどの異民族の侵入により街が焼かれ,図書を始めとする文化財が灰塵に帰することも稀ではなかった。また,近代に至って,イギリス,ロシアなどの帝国主義勢力による政治的圧迫とイラン経済の従属化の結果,貴重な写本類を始めとする文化財が外国人の手で安値で買い漁られ,国外に流出したことも,イラン国民文化,特に図書館の発展の上で大きな打撃となった。さらに,1979年のイラン革命はイランの政情不安を招き,国の将来を悲観した蔵書家が蔵書を放出し,それが古書市場を通じて大量に国外へ流出し,国立国会図書館を始め,わが国にもその一部が入ってきたことは記憶に新しい。

このように,イランの歴史をふり返ると必ずしも図書館の発展の上で望ましい状況ではなかったにもかかわらず,現代イランの図書館は着実に発展の道を歩んでいる。すでにイラン革命以前のパーレビ王朝下においても,図書館文化の発展はパーレビ国王の重要な政策の一つとなっており,1978年の段階でイラン全土の公共図書館数は372を数えた。1979年のイラン革命以降はさらにその数が増え,1989年現在で491館となっている。同じ年のイランの人口は5,400万人であるから,1館あたりの奉仕対象人口は約11万人という計算になる。

革命後のイランにおける公共図書館事業の目標とされているものは,1)大衆の知的向上,2)公教育の支援,3)イラン・イスラム文化の促進,4)諸分野の調査研究の方法・手段の提供の4つである。特に3)は重要である。革命後のイランの国名が「イラン・イスラム共和国」と改称されたことからもわかるように,現代イランはイスラム教を国家及び大衆の指導原理とし,図書館はそうしたイスラムの教えを大衆に浸透させる上で重要な役割を担っているからである。

現代イランにおける図書館行政は,文化・イスラム指導省の管轄のもとで,公共図書館運営局(BTPL)が図書館政策を立案し,公共図書館一般事務局(GOPL)がそれを実行に移すという仕組みになっている。

各図書館の現状を見ると,1988/89年現在,蔵書冊数は1館当り平均7,401冊で,購入新聞・雑誌数は一ケタ台が多い。職員は全国総数が1,205人(1館あたり2.5人弱)だが,そのうち図書館員として雇用されているのは844名のみである。それらのうち,図書館学の学位取得者は1%,他の学位,免状等の取得者は9%で,あとは高卒者88%,初中教育修了者2%となっており,ほとんどの人が図書館職員としての専門的訓練を必要としている。それらの人々のために3週間の速成訓練コースが設けられ,すでに受講者は400人に達している。

図書館サービスの面では,各図書館は会員制をとっており,年50リアル(100円)の会費を支払うことで図書館の利用が可能となる。(3年間会費を払うとあとは無料)開館は休日(金曜日)を除く毎日午前7時から午後7時まで。貸出し冊数は2冊2週間までとなっている。会員・利用者の85%は児童・生徒である。

こうした既存の公共図書館に加えて,1966年以降児童図書館が各地に設けられるようになった。これらの児童図書館は児童少年知育研究所(INIDCYAまたはIIDCYA)が各地に設置した会費制図書館で,旧来の図書館サービスに加えて,視聴覚教材やブックモービルなどの新しいサービスを導入し,子供の知的向上を計っているのが特色である。これらの児童図書館は,全国で265館,職員は計837名となっている。この児童図書館の場合も,職員の専門的訓練が不足しており,職員全体の95%を占める高卒者については,3ケ月の速成訓練コースが計画され,現在まで22回実施されている。

現代イランには公共図書館,児童図書館のほかに 1)農村図書館,2)宗教施設の図書館がある。1)は革命組織の一つである「建設聖戦隊」が,宗教者や賛同者の支援を得て全国に設けているもので,総数5,148に上る。蔵書冊数は1館あたり300−1,500冊で,運営にはボランティアがあたる。2)はイスラム教寺院(モスク)等に付属するもので,イスラム世界に古来から見られるものである。

イランの図書館の今後の課題としては,職員の質の向上と,農村地域へのサービスの向上があげられる。

白岩一彦

Ref: Zanjani, Bavand. Post-revolution developments in public libraries in Iran. Libri 40 (1) 49-78, 1990.
Atlas of Iran. 3rd. ed. 〔Tehran, n.d.〕