CA613 – もう一つの報告書―フランス大学図書館の改革― / 門彬

カレントアウェアネス
No.120 1989.08.20


CA613

もう一つの報告書−フランスの大学図書館の改革−

昨年第2次ミッテラン政府の教育大臣に就任したリオネル・ジョスパン氏は,着任早々国立図書館(BN)と並んで低迷するフランスの大学図書館の改革に乗り出した。全国60余りの大学図書館の実状を把握するため,教育大臣は,コレージュ・ド・フランスの教授で,2代前の元BN館長,アンドレ・ミケル氏を長とする7人からなる調査委員会にまず報告書の作成を委嘱した。BN及び新国立図書館(TGB)を所管する文化省の向こうを張ったわけではなく,こちらの方が着手するのも報告書の完成も早かったのであるが,TGB構想の華々しさの陰に隠れた格好になっていた。しかし,識者によっては,TGB建設よりも大学図書館の改革の方が急務であるとする人や,あるいはTGBの建設は大学図書館の改革にとってまたとない好機であるという人もいる。

報告書の結論から先に述べると,フランスの大学図書館は1973年の第1次石油ショックの際にとられた大幅な予算削減措置以来,原状回復さえなされておらず,荒廃を極めており,この<悲惨な>状況をこのまま放置していると,フランスは遠からず西側ヨーロッパ諸国の中でも学術の最も遅れた国に転落することは間違いないという。

報告書では,特に,学生数(約100万人)及び大学図書館数(60〜70館)がフランスとほぼ同じ西ドイツとの比較が具体的になされている。西ドイツの大学図書館の総職員数が6,400人であるのに対して,フランスでは3,000人。全蔵書数では6,500万冊対1,700万冊。学生1人当りの図書館スペースでは1.5m2対0.6m2…等々。戦後,学生数の急増に伴って両国共雨後の竹の子のように大学が新設された。ところがドイツでは最低20万冊の蔵書がなければ新しく大学を設置できないという規則が厳しく課されているのに対して,フランスではすべての新設大学が設置後20年を経てもなお20万冊に満たないというのが現状である。

またフランスの大学では図書館の座席数が決定的に足りない。パリには座席数がたった270席しかない総合大学まである。報告書とは別に,教育省のある1部局が行った調査によると,パリ地区にある全大学の文科系学部だけに限っても,図書館の総座席数が6,000席から8,000席不足しているという結果がでている。

蔵書内容の貧困さがこれに拍車をかける。パリの人文系共同図書館,ソルボンヌの館長C.ジョリ氏は,ほかならぬ<フランス史>を専攻する学生たちの間で,最近ハーヴァード大学やイェール大学に留学することが流行っているという皮肉な現象を自嘲を込めて語っている。もはやこうした学生たちをスノビズムと嗤っては済ませられない状況なのである。

ミケル教授は,フランスの大学教育が伝統的に教室での講義と教科書が中心で,学生は教授の教えを丸暗記しさえすれば良いという風潮が根強く残っており,こうした学問・研究における独創性の軽視が図書館の低迷の最大の元凶であり,引いてはフランスの学術の衰退につながっているという。西ドイツでは,大学を新しく創るときに,ほとんどの場合,図書館を中心に据えて,これを取り囲むようにキャンパスを建造していく。フランスでは反対に図書館はキャンパスの端っこに最後の最後,スポーツ・センターよりも後に建てられるという。ミケル教授は,「リベラシオン」紙とのインタビューの中で,現在の大学図書館の改革には何よりもまずヒトとカネを惜しみなく投入するべきであることは言うまでもないにしても,それ以前に,学生を含めた大学人のメンタリティを根底から変えなくてはならないことを強調してやまない。

ジョスパン教育大臣は,昨年,大学図書館の通常予算とは別に5,000万フラン(約10億円)を緊急措置として計上したが,ミケル教授に言わせれば,この程度では焼石に水である。報告書では,まず大学図書館のための年間通常予算を現在の1億5,000万フラン(約30億円)から6億フラン(約120億円)に引き上げること。これとは別に,向こう10年間毎年2億4,000万フラン(約48億円)を投入して,1)全国の大学の図書館員の数を今より最低1,500人増員し,2)各大学図書館がこれまでバラバラに開発してきた目録の機械化の整備とそれのネットワーク化(PAN-Catalogue)に真剣に取り組むべきである,としている。しかもこうした措置を取ったとしても,奇跡が起きるわけでもなく,やっと西ドイツやアングロ・サクソン諸国と肩を並べられるかどうかという程度である。

ジョスパン教育大臣は,ミケル報告書を受けて,去る4月12日,政府がTGBの建設用地を決定した同じ閣議の席で,大統領の2期目の任期期間中に,TGBの建設と平行して全国の大学図書館に80億フラン(約1,600億円)を投入し,これらの改革にも本腰を入れて取り組むべきことを発議した。

門  彬

Ref. Liberation, 1988.11.22. / Ibid., 1988.11.30. / Le Monde, 1988.12.1. / Ibid., 1989.2.14. / L'Express, 1989.4.7. / Le Monde, 1989.4.13.