CA1826 – アジアにおける納本制度の動向―シンガポール、マレーシア、ベトナム、台湾の事例― / 齊藤まや

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カレントアウェアネス
No.320 2014年6月20日

 

CA1826

動向レビュー

 

アジアにおける納本制度の動向―シンガポール、マレーシア、ベトナム、台湾の事例―

 

関西館アジア情報課:齊藤まや(さいとう まや)

はじめに

 納本制度は、指定機関に出版物の納入を義務付け、文化資産として保存する制度である。日本も含め、多くの国で、法律が定める納本制度下で資料を収集してきた(1)

 アジアにおいても、多くの国や地域が納本制度を設けて資料を収集している。近年では、ウェブ情報や電子書籍などのネットワーク系電子出版物(2)が増加し、その対応が課題となっているが、中国(CA1786参照)や韓国(3)ではそれらを収集対象とするための取り組みが始まっている。アジアのその他の国や地域においても、ネットワーク系電子出版物への対応のほか、納本率向上のための取り組みなどの動向が注目される。

 本稿では、シンガポール、マレーシア、ベトナム、台湾の納本制度について、それぞれ(1) 概要、(2) 納本状況と納本率向上のための取り組み、(3) ネットワーク系電子出版物への対応を紹介する。

 なお、本稿に掲載する情報の一部は、筆者が2013年11月にシンガポール国立図書館、マレーシア国立図書館、ベトナム国立図書館、台湾の国家図書館を訪問した際に実施したインタビューによる。

 

1.シンガポール

(1) 概要

 シンガポールの納本制度は、英国海峡植民地期の1835年に制定された印刷出版者条例の中で、図書の保護を規定したことに始まる(4)。その後、1970年に印刷出版者条例に代わって印刷出版者法が制定され、引き続き図書の保護を規定した。さらに、1995年に国立図書館委員会(5) (National Library Board、以下NLBとする)の設立にあたって国立図書館委員会法(6)が制定され、その中で現行の制度を定めている。

  • 法定納本に係る規定
     国立図書館委員会法第10条は以下のように定める(一部抜粋)。
     第1項 シンガポールで出版されたあらゆる図書館資料について、出版者は、出版日から4週間以内に、自己負担にて、1出版物につき2部を委員会(7)に納本しなければならない。
     第3項 本条項に違反する出版者には、5,000シンガポールドル以下の罰金を科す。
  • 収集の範囲
     同法第10条に述べる「図書館資料」は、同法第2条で以下のように定義される。
     (a)図書、逐次刊行物、新聞、パンフレット、楽譜、地図、海図、設計図、図画、写真、複製画及びその他の印刷物
     (b)フィルム類(マイクロフィルム及びマイクロフィッシュを含む)、ネガ、テープ、ディスク、サウンドトラック及びその他の視覚イメージ、音声、データ類を収録し、(装置類を使用して、あるいは単独で)再生することができるデバイス類。
  • オンラインシステムを活用した納本
     納本資料は、出版者が直接NLBに納本する。納本の際に、出版者は、NLBが提供するオンラインシステム(8)を使用することを奨励されている。オンラインシステムでは、ISBN、ISSN、ISMN(9)の申請、納本資料の書誌情報登録などが行える。このシステムは、出版者にとっては、ISBNなどの申請から納本資料の登録までを効率的に行えるメリットがある。さらに、オンラインシステムを使用する出版者は、納本の際に、システム上に登録した書誌情報のプリントアウトを同封することになっているので、NLBにとっても受理した資料の処理に要する労力を省力化できるメリットがある。

 

(2)納本状況と納本率向上のための取り組み

 NLBでは、2013年11月までに約103万件の出版物を法定納本によって収集してきた (10)。NLBの担当者によると、納本率の正確な数値は不明だが、大手出版者の出版物はほぼ100%納本されている一方で、中小出版者の出版物の多くは納本されていないという。前述のとおり、国立図書館委員会法では、納本を定める条項に従わなかった場合の罰則を定めている(第10条第3項)が、現在までに罰則が適用されたことはなく、現時点では適用の検討は行われていないという。

 納本率向上のため、NLBは、出版者にポストカードを送付して納本を呼びかけるほか、オンラインシステムの機能改善により、納本の手続きをより簡易にすることを目指しているという。また、納本のインセンティブを高めるため、DNet(C)(11)という制度も導入している。DNet(C)は、積極的に納本を行い、NLBの活動に貢献した出版者がメンバーになれるネットワークである。メンバーに選出さた際には、特別セッションや図書館イベントで表彰される。2014年3月現在、60の出版者がDNet(C)のメンバーになっている。

 さらに、納本制度の周知には教育が重要であることが指摘されていることもあり(12)、NLBでは、長期的な取り組みとして、教育省と連携し、納本制度も含む図書館学の授業を学校教育に取り入れることも検討しているという。教育によって納本制度の重要性を国民に浸透させ、長期的な戦略で納本率向上を図りたいとのことである。

 

(3)ネットワーク系電子出版物への対応

 現行の制度では、ネットワーク系電子出版物は納本対象に含まれない。現在、NLBでは、ネットワーク系電子出版物も納本対象とするデジタル法定納本制度の設立を目指し、知的財産庁や情報通信省などの関係行政機関と調整中である。しかし、著作権の問題など、解決するべき問題が多く、想定よりも時間を要しているという。

 そこで、NLBでは、デジタル法定納本制度を設立するまでの間に有用なネットワーク系電子出版物が消失するのを防ぐため、ネットワーク系電子出版物の任意による納本を呼びかけている(13)。ネットワーク系電子出版物のうち、オンライン資料については、CD-ROMなどの電子メディアにデータを保存して納本するほか、前述のオンラインシステムにデータをアップロードすることでも簡単に納本でき、同時にデータの公開範囲やプリントアウトの可否を設定できる。

 ウェブ情報については、2006年にウェブアーカイブ事業を立ち上げて収集を開始し、成果の一部を公開している。ウェブアーカイブ事業は、ウェブ情報の「選択的アーカイブ」、「ドメインバルクアーカイブ」、「テーマ別アーカイブ」の3種に分けて実施されている(14)。収集したウェブ情報のうち、「選択的アーカイブ」で収集した、特に重要性が高い約1,000のウェブサイトについては、“Web Archive Singapore”(15)で公開している。NLBでは、デジタル法定納本制度の設立により、“sg”ドメインの全てのウェブ情報を収集・公開の対象とすることを目指しているという。

 

2.マレーシア

(1) 概要

 マレーシアの納本制度は、前述のシンガポールと同様、海峡植民地期の制度に由来し、1886年に制定された図書登録条例が大英博物館を法定納本機関と定めたことに始まる(16)。英国領マラヤ連邦期の1950年には、図書登録条例に代わって図書保存条例が制定され、引き続き大英博物館を法定納本機関とした。英国から独立後の1966年には図書保存法が制定され、初めて国立図書館に出版物を2部ずつ納本することが規定された(17)。図書保存法は1986年に廃止され、代わって現行の納本制度を定める図書館資料納本法(18)が制定された。

  • 法定納本に係る規定
     図書館資料納本法で以下のように定める(関連条文抜粋)。
     第3条
     第1項 本法の目的を果たすため、国家の資料保管機関としてマレーシア国立図書館を設立する。
     第4条
     第1項 マレーシアの全ての印刷図書館資料の出版者は、資料の刊行から1か月以内に、自己負担にて、付則1が定める部数を館長(19)に納本する。
     第3項 本条項が納本することを求める図書館資料を納本しない出版者には、3,000リンギット以下の罰金を科す。
  • 収集の範囲
     同法第4条に述べる「図書館資料」は、同法第2条において、「図書、逐次刊行物、地図、図画、ポスターなどの印刷物」及び「映画フィルム、マイクロ資料、音声記録、ビデオ、オーディオ記録、その他の電子メディアなどの非印刷物」と定義される。

 納本部数は、付則1において、印刷物は5部、非印刷物は2部と定める。なお、印刷物についてはマレーシア国立図書館(National Library of Malaysia、以下NLMとする)に5部が納本されるが、そのうち2部はマレーシア科学大学とサバ州立大学に1部ずつ供用される。NLMに残る3部については、2部が閲覧に供され、1部が国家コレクションとして永久保存書庫に収められる(20)

(2) 納本状況と納本率向上のための取り組み

 納本資料は、出版者から直接NLM宛に送付される。2012年には、図書16,669冊、逐次刊行物410タイトルなどが納本により収集された(21)

 NLMの担当者によると、マレーシア国内の主要出版者や政府系企業(GLC)も含む政府関係機関の出版物は、ほぼ100%が納本されているが、地方の出版者や中小出版者の出版物の多くが納本されていないことが推測されるという。特に、首都クアラルンプールを含むマレー半島から地理的に分断されているボルネオ島北部地域のサラワク州、サバ州で刊行された資料については、収集が極めて不十分であるという。

 図書館資料納本法では、図書館資料を規定通りに納本しなかった出版者に対する罰則が定められているが、現在までに適用したことはなく、現時点では適用の検討は行われていないという。納本されない資料があるのは、NLMによる制度の周知不足が原因であり、その責任はNLMが負うべきと認識しているためだという。そこで、NLMでは、罰則の適用よりも、広報の強化によって納本制度を周知し、納本率を高めたいとしている。

 このほか、納本率の向上に関連する取り組みに“Writers’ Fund”がある。これは、国内で刊行された図書のうち、特に有用なタイトルを選定し、政府が出資してまとまった部数を購入し、公共図書館に配布する制度である。この制度により、政府は、2007年から2013年までに1,760万リンギットを出資し、1,160タイトル864,400部を購入している(22)。公共図書館の蔵書充実と国内の出版者や作家の活動意欲向上のために設立された制度であるが、図書館資料納本法に従って正しく納本されたタイトルのみが購入資料候補となるため、納本のインセンティブ向上への効果も期待されている。

 

(3)ネットワーク系電子出版物への対応

 現行制度は、ネットワーク系電子出版物を法定納本の対象としておらず、制度改定の目途も立っていない。しかし、NLMでは、館内の情報専門部門(Information Specialist Division)に調査チームを編成し、ネットワーク系電子出版物収集のための予備調査を進めている。特に、ウェブアーカイブ事業については前向きに検討している。そのため、調査チームは、インターネット上の情報源や無料のコンテンツについての調査と評価を行い、シンガポールなど海外の先行事例についても研究しているという。今後、十分な予算と人員が整えば、システムの構築に着手したいとしている。

 

3.ベトナム

(1)概要

 ベトナムの納本制度は、フランス領インドシナ連邦期の1922年に制定された納本法に始まる(23)。納本法により、現在のベトナム国立図書館(National Library of Vietnam、以下NLVとする)のの前身であるインドシナ中央公共図書館に法定納本部が設置され、インドシナで出版された図書、新聞、雑誌、地図を収集することが規定された。その後、1946年に制定された文物納本条例では、全ての出版物を国立図書館に納本することを定めた(24)

 現行の納本制度は、1992年に制定された出版法(25)の中で図書などの納本規定を定めるほか、博士論文についてはNLVが定める「ベトナム国立図書館博士論文提出規定」に、新聞及び雑誌については報道法にそれぞれ規定がある。

  • 法定納本に係る出版法の規定
     出版法では、出版前に情報通信省などの行政機関に、出版後に国立図書館に出版物を納本することを定めている。納本制度に関する出版法の条文は以下の通りである。

     第28条 法定納本とベトナム国立図書館への納本(一部抜粋)
     第1項 全ての出版物は発行日の10日前までに国家の出版管理機関に納本されなければならない。法定納本については以下の規定に従うこと。
     a) 情報通信省により出版免許(26)を付与された出版者、機関及び組織は、1出版物につき3部を情報通信省に納本しなければならない。出版部数が300部以下の場合は、2部を納本する。
     b) 各省の人民委員会に出版免許を付与された機関及び組織は、1出版物につき2部を省の人民委員会に納本し、1部を情報通信省に納本しなければならない。出版部数が300部以下の場合は、1部を省の人民委員会に納本し、1部を情報通信省に納本する。

     第2項 出版免許を取得した出版者、機関及び組織は、発行日から45日以内に、1出版物につき3部をベトナム国立図書館に納本しなければならない。出版部数が300部以下の場合は、2部を納本する。

     なお、出版法第5条第2項に、国家は出版物の検閲をしないことを定めており、同法第28条第1項に定める出版前の納本は、検閲のためではなく、版権登録のために実施されている。

  • 罰則
     第14条第5項において、12か月連続で納本を行わなかった出版者の出版免許を取り消すことを定める。
  • 収集の範囲 
     出版法第28条で述べる「出版物」は、同法の第4条第4項で以下のように定義される。
     出版物は、出版免許を持つ出版者、代理店、組織によって、様々な言語、画像、音声を用いて出版される、政治、経済、文化、社会、教育及び訓練、科学、技術、文学、芸術に関する作品や記録であり、次の形式で表現される。
     a) 印刷図書
     b) 点字本
     c) 図画、写真、地図、ポスター、チラシ、リーフレット
     d) カレンダー
     e) 図書に代替する、または図書を説明するコンテンツを収録する録音物及び録画物
  • 出版法以外の関連規則によって収集される資料
    (i)博士論文
     NLVの法定納本部では、博士論文の収集も行っている。収集対象には、ベトナム国内の大学に提出された論文だけでなく、ベトナム国籍保持者が国外の大学に提出した論文も含む(27)。博士論文は、NLVが定める「ベトナム国立図書館博士論文提出規定」(28)に従い、執筆者が正本1部に、所定の形式でデータを保存したCD-ROMを添えてNLVに納本する。
    (ii) 雑誌・新聞
     新聞や雑誌の出版や発行については、報道法(29)が別途定めており、同法の実施細則「報道法の実施細則及び条文の改正と補遺」(30)の第16条が、情報通信省及びNLVへの納本を規定している。

(2)納本状況と納本率向上のための取り組み

 NLVでは、2013年には15,736タイトル70,849冊の納本資料を受理し、これまでに納本によって収集した資料の総数は158万件にのぼる(31)

 NLVでは、出版法第28条により情報通信省に納本された出版物について、同省出版局が作成したリストを参照し、情報通信省には納本されたものの、NLVには納本されていない資料を特定している。NLVの担当者によると、小規模出版者を中心に規定通りに納本を行わない出版者が多く存在するという。NLVでは、それらの出版者に対し、文書や電話により納本を督促している。それでも納本しない出版者も存在するが、これまでに出版法が定める罰則を適用したことがなく、現時点では適用の検討は行われていないという。NLVでは、広報の強化や納本手続きの簡略化によって納本率を向上させたいとしている。

(3)ネットワーク系電子出版物への対応

 2012年の出版法改正により、「第5章 電子出版物の出版と発行(第45~52条)」が追加され、「電子出版物」について新たに規定している。

  • 電子出版物の定義
     「電子出版物」は、同法第4条第9項で「デジタル方式で配列し、電子メディアを介して閲覧、視聴される」ものと定義され、「電子メディア」は、第4条第10項で「電気、電子、デジタル、磁気、光学、ワイヤレスなどの方式による伝達技術で運用される媒体」と定義される。さらに、電子出版物の出版者が満たすべき要件について第45条で「法律で定められたベトナムのインターネットドメインを持ち、インターネット上での出版事業ができる」ことを定める。以上のことから、同法第5章に述べる電子出版物は、オンライン資料であると考えられる。
  • 電子出版物の法定納本に係る規定
     第48条第1項で以下のように定める。
     第48条 電子出版物の法定納本及び国立図書館への納本
     第1項 出版者及び非売品資料の出版免許を付与された組織は、本法第28条に従い、電子出版物を国家の出版管理機関及びベトナム国立図書館に納本しなければならない。
  • 電子出版物の納本状況
     このように、電子出版物の納本が新たに規定されたものの、NLVの担当者によると、それらを受け入れるためのシステムの整備が追いついていないため、まだ満足に収集できていないという。また、ウェブアーカイブシステムについても、将来的には構築したいと考えているが、まだ着手できておらず、今後の課題となっている。NLVでは、紙媒体資料の納本率向上を優先事項としており、ネットワーク系電子出版物の本格的な収集開始には時間がかかる見込みであるという。

 

4.台湾

(1) 概要

 台湾の納本制度は、1930年に制定された出版法(32)中の規定に始まる。出版法では、第6条、第13条、第15条に中央党部宣伝部及び内政部に所定の部数を送付することが定められた。1934年に国立中央図書館(33)が設立された後、1936年改正の出版法(34)で初めて図書館への納本が定められ、第8条により、国立中央図書館及び立法院図書館に出版物を1部ずつ納本することが規定された。

 現行の納本制度は、出版法廃止後の2001年に制定された図書館法のほか、政府出版物については政府出版品管理法、学位論文については学位授与法にそれぞれ規定がある。

  • 法定納本に係る規定
     図書館法(35)の第15条に以下のように定める。
     第1項 国家の図書文献を完全に保存するため、国家図書館を全国の出版物の法定納本機関とする。
     第2項 政府機関(機構)、学校、個人、法人、団体及び出版機構は、第2条第2項に定める出版物を発行した際には、国家図書館及び立法院国会図書館にそれぞれ1部ずつ納本しなければならない。ただし、政府出版物については関係法令の規定による。
  • 罰則
     同法第18条に、国家図書館の督促に従わず、出版物を納本しない出版者には、出版物の定価の10倍相当の罰金を科すことを定める。
  • 収集の範囲
     同法15条の対象となる出版物は、同法第2条第2項で「図書、雑誌、新聞、視聴覚資料、電子メディアなどの出版物及びネットワーク資料」と定める。
  • 図書館法以外の関連法令によって収集される資料
    (i)政府出版物
     図書館法が定める納本とは別途、1998年に制定された政府出版品管理法(36)の第7条に、「各機関が発行した出版物は、行政院研究発展考核委員会及び国家図書館にそれぞれ2部ずつ、行政院秘書処及び立法院国会図書館にそれぞれ1部ずつ送付すること」を定める。
    (ii)学位論文
     学位論文については、図書館法が定める法定納本資料の対象外であるが、学位授与法(37)の第8条に、「修士論文及び博士論文は、文書、ビデオテープ、カセットテープ、光ディスク及びその他の方式にて、国立中央図書館(38)で保存する」と定める。

(2)納本状況と納本率向上のための取り組み

 納本資料については、四半期ごとに国家図書館ウェブサイト内の「納本成果」(39)で数量を公開するほか、図書についてはタイトルリストも公開している。例えば、2013年の第4四半期(2013.10~2013.12)には、1,634の出版者から13,107冊の図書を受理している。

 国家図書館の担当者によると、図書は一部の専門書など高額なタイトルには納本されないものが多いが、全体として95%以上のタイトルが納本されているという。また、雑誌については、学術機関の学報などの一部に納本されていないタイトルがあるが、民間の刊行する雑誌はほぼ100%が納本されているほか、新聞は納本率100%である。一方、CDやDVDなどの視聴覚資料の納本率は極めて低く、国家図書館では、出版者に対する広報の強化を急ぎたいとしている。

 出版物を納本しない出版者に対し、国家図書館は文書や電話によって納本を督促している。以前は、出版者を直接訪問して納本を求めることもあったが、近年は省力化のため行っていないという。国家図書館では、納本率を100%に近づけるため、これまで適用したことがない納本規定違反に対する罰則を適用し、同時に、現行の無償での納本を有償にする、「アメとムチ」の対策も検討したいとしている。

 

(3)ネットワーク系電子出版物への対応

 台湾では、前述の図書館法第2条第2項によると、「ネットワーク資料」も法定納本の範囲に含まれる。ここで述べる「ネットワーク資料」は、後述の通り、ウェブ情報を含まず、主にオンライン資料のことを指す。オンライン資料については、2011年8月、出版物の収集から閲覧提供までを行えるプラットフォーム「電子出版物保存閲覧サービスシステム」(40)(E-Publication Platform System、以下EPSとする)のサービス開始以降、収集が進んでいる。EPSは、オンライン資料のISBN申請と納本を同時に行うことができ、提供範囲やプリントアウト可否などの設定もできる(CA1759参照)。これまで、ESPで12,000件以上の出版物を収集してきたが、EPSによる納本は、ISBNが付与される出版物が多くを占める。ISBNが付与されないネットワーク系電子出版物については、公的機関の出版物以外はほとんど収集できておらず、今後の課題となっているという。

 一方、ウェブ情報については、国家図書館が「台湾ウェブアーカイブシステム」(41)を構築している。同ページ内でも述べている通り(42)、現時点では法定納本の対象となっていないものの、すでに5,000以上のウェブサイトを収集し、許諾を得たウェブサイトについては、インターネット上で公開している。今後、ウェブサイトの収集範囲を広げると同時に、法定収集も目指したいという。

 

おわりに

 以上、納本制度についてアジアの4つの事例を取り上げ、概要と動向を紹介した。いずれも納本率向上という課題を抱えているが、罰則を適用する以外の手段で解決を図っている。4つの事例において、「納本制度の周知」を納本率向上の取り組みの柱としている点が共通するが、その他の取り組みとして、シンガポールの学校教育を利用した納本制度周知の検討やマレーシアの“Writers’ Fund”によるインセンティブ向上も注目に値する。

 また、進捗状況に差はあるものの、いずれの事例においても、ネットワーク系電子出版物への対応を進めている。特に、シンガポールと台湾では、オンラインでネットワーク系電子出版物を納本できるシステムを構築し、出版者と図書館の双方の労力を省力化している点は注目に値する。欧米などに比して、注目されてこなかったアジアの納本制度であるが、その変化は著しい。今後も動向を注視する必要があろう。

 

表1 4か国の納本制度概要
国・地域 根拠法令 法定納本機関 法定納本の対象 違反時の 罰則 納本率向上のための取り組み
シンガポール 国立図書館委員会法;第10条 シンガポール国立図書館委員会 全ての印刷出版物及びCDやDVDなどのパッケージ系電子出版物 5,000シンガポールドル以下の罰金 出版者へのポストカード送付、オンライン納本システムの機能改良、DNet(C)による優良出版者の表彰
マレーシア 図書館資料納本法 マレーシア国立図書館 全ての印刷出版物及び視聴覚資料、映画フィルム、電子媒体などの非印刷出版物 3,000リンギット以下の罰金 広報強化や“Writers’ Fund”によるインセンティブの向上6
ベトナム 出版法:第28条、 第48条 ベトナム国立図書館博士論文提出規定 報道法の実施細則及び条文の改正と補遺:第16条 ベトナム国立図書館、情報通信省など 合法的に出版された全ての印刷出版物及びオンライン資料 出版免許の取り消し 出版者への文書送付や電話による納本督促
台湾 図書館法:第15条 政府出版品管理法:第7条 学位授与法:第8条 国家図書館、立法院国会図書館 図書、雑誌、新聞、電子メディアなどの出版物及びオンライン資料 出版物の小売価格の10倍に相当する金額の罰金 出版者への文書送付や電話による納本督促
(参考)日本 国立国会図書館法:第24条、第25条 国立国会図書館 図書や逐次刊行物などの印刷出版物、視聴覚資料や映画フィルムなどの非印刷出版物及び公共機関のウェブサイト、無償のオンライン資料 出版物の小売価額の5倍に相当する金額以下の罰金 シンボルマーク、標語、パンフレット作成などの広報や出版者への納本督促など

 

(1) “納本制度”. 国立国会図書館.
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/deposit.html, (参照2014-05-16).

(2) 本稿では、インターネットを介して送受信される情報と定義する。そのうち電子書籍や電子雑誌など図書または逐次刊行物に相当するものをオンライン資料とする。

(3) 加藤眞吾. 韓国の納本制度. アジア情報室通報. 2010, 8(1). p.2-6.
https://rnavi.ndl.go.jp/asia/entry/bulletin8-1-1.php, (参照2014-05-16).

(4) Lily Chow and Lim Siew Kim. “The Legal Deposit in Singapore”. CDNLAO Newsletter. No. 56, July 2006.
http://www.ndl.go.jp/en/cdnlao/newsletter/056/564.html, (accessed 2014-05-16).

(5) 国立図書館委員会は、シンガポール国立図書館、シンガポールの全ての公共図書館及びシンガポール国立公文書館の運営を担う機関である。

(6) “National Library Board Act”. Attorney-General’s Chambers.
http://statutes.agc.gov.sg/aol/search/display/view.w3p;page=0;query=DocId%3A%22fbf7d269-e298-4085-bcce-d25e024fdd6d%22%20Status%3Ainforce%20Depth%3A0;rec=0, (accessed 2014-05-16).

(7) 国立図書館委員会のこと。

(8) “Services for publishers”. National Library Board Singapore.
http://www.nlb.gov.sg/deposit/faces/login.jsp, (accessed 2014-05-16).

上記のシステムの利用方法については、出版者向けのオンラインマニュアルで確認できる。
“Deposit: A Step-By-Step Guide for Publishers”

http://www.nlb.gov.sg/deposit/faces/Step-by-step%20Guide%20for%20Publishers.pdf;jsessionid=5DEE429F2E61E4D8DD93E6EB69376E50, (accessed 2014-05-16).

(9) 国際標準楽譜番号。国際識別番号として楽譜出版物に付与される。
The International ISMN Agency.
http://ismn-international.org/, (accessed 2014-05-16).

(10) “National Library Board Annual Report”. The 22nd Conference of Directors of National Libraries in Asia and Oceania, 27 February 2014.
http://www.ndl.go.jp/en/cdnlao/meetings/pdf/AR2014_Singapore.pdf, (accessed 2014-05-16).

(11) “Introducing DNet(C)”. National Library Board Singapore.
http://www.nlb.gov.sg/deposit/faces/DNetScheme.jsp, (accessed 2014-05-16).

(12) “Legal Deposit Development in Singapore: Future Challenges and Issues”. Proc. International Conference on National Libraries in the Knowledge Based Society, Bangkok, July, 6-8.
http://www.ntu.edu.sg/home/sfoo/publications/2005/2005Bangkok_LD_fmt.pdf, (accessed 2014-05-16).

(13) “Digital Legal Deposit”. National Library Board Singapore.
http://www.nlb.gov.sg/deposit/faces/voluntaryDeposit.jsp, (accessed 2014-05-16).

(14) Sharmini Chellapandi and Siow Lian San. “Web Archiving Programme at National Library Singapore”. CDNLAO Newsletter. No. 66, November 2009.
http://www.ndl.go.jp/en/cdnlao/newsletter/066/664.html, (accessed 2014-05-16).

(15) “Web Archive Singapore”.
http://was.nl.sg/, (accessed 2014-05-16).

(16) Zawiyah Baba. “Chapter 9 Library as a heritage of a new nation: The National Library of Malaysia”. Libraries and the Malay world. Institut Alam dan Tamadun Melayu, Universiti Kebangsaan Malaysia, 2009. p.149-167.

(17) Khoo Siew Mun. Malaysian library deposit legislation and use of official publications. Government Publications Review. 1990. Vol.17. p.73-82.

(18) “Deposit of Library Material Act 1986”. Attorney General’s Chambers of Malaysia.
http://www.agc.gov.my/Akta/Vol.%207/Act%20331.pdf, (accessed 2014-05-16).

(19) マレーシア国立図書館長のこと。

(20) Zawiyah Baba. op. cit.

(21) “Perpustakaan Negara Malaysia Laporan Tahunan 2012 [English Version]”. p36.
http://www.pnm.gov.my/upload_documents/laporantahunan/PNM_AR12_BI.pdf, (accessed 2014-05-16).

(22) National Library of Malaysia. “Annual Report”. 22nd meeting of directors of national libraries in Asia and Oceania (CDNLAO) 2014.
http://www.ndl.go.jp/en/cdnlao/meetings/pdf/AR2014_Malaysia.pdf, (accessed 2014-05-16).

(23) “Key Milestones”. National Library of Vietnam.
http://nlv.gov.vn/ef/en/general-introduction/key-milestones.html, (accessed 2014-05-16).

(24) Ibid.

(25) “Luật Xuất bản”. Bộ Tư pháp Việt Nam. .
http://www.moj.gov.vn/vbpq/Lists/Vn%20bn%20php%20lut/View_Detail.aspx?ItemID=28213, (accessed 2014-05-16).

(26) ベトナムでは、出版事業を開始する際に、情報通信省に出版免許の申請をすることを定めており、出版免許を持たない出版者による出版活動を禁じている(出版法第10条第2項、第14条第1項、第25条第1項)。

(27) “Legal Deposit Division”. National Library of Vietnam.
http://nlv.gov.vn/ef/en/cac-phong-ban/legal-deposit-division.html, (accessed 2014-05-16).

(28) “Quy định về việc nộp luận án tiến sĩ tại Thư viện Quốc gia Việt Nam”. Thư viện Quốc gia Việt Nam.
http://nlv.gov.vn/quy-dinh-nop-luan-an-tien-si-tai-thu-vien-quoc-gia.html, (accessed 2014-05-16).

(29) “Luật báo chí”. Bộ Tư pháp Việt Nam
http://www.moj.gov.vn/vbpq/Lists/Vn%20bn%20php%20lut/View_Detail.aspx?ItemID=2085, (accessed 2014-05-16).

(30) “Quy định chi tiết thi hành Luật Báo chí”. Bộ Tư pháp Việt Nam.
http://www.moj.gov.vn/vbpq/Lists/Vn%20bn%20php%20lut/View_Detail.aspx?ItemID=22520, (accessed 2014-05-16).

(31) “National Library of Viet Nam Annual Report”.
The 22nd Conference of Directors of National Libraries in Asia and Oceania 25-28 February 2014.
http://www.ndl.go.jp/en/cdnlao/meetings/pdf/AR2014_Vietnam.pdf, (accessed 2014-05-16).

(32) “出版法(民國19年11月29日)”. 中華民國立法院.
http://lis.ly.gov.tw/lghtml/lawstat/version2/02402/0240219112900.htm, (参照 2014-05-16).

(33) 現在の国家図書館の前身で、中国の南京に設立された。

(34) “出版法(民國25年11月27日)”. 中華民國立法院.
http://lis.ly.gov.tw/lghtml/lawstat/version2/02402/0240225112700.htm, (参照 2014-05-16).

(35) “圖書館法(民國90 年1 月17 日總統華總)”. 國家圖書館.
http://www.ncl.edu.tw/public/Attachment/7121310405471.pdf, (参照 2014-05-16).

(36) “政府出版品管理?法(民國90年12月10日修正)”. 中華民國法務部.
http://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?PCode=A0030054, (参照 2014-05-16).

(37) “學位授予法(民國93年6月23日修正)”. 國家圖書館.
http://www.ncl.edu.tw/public/Data/82258574171.pdf, (参照 2014-05-16).

(38) 国家図書館のこと。

(39) “送存成果”. 國家圖書館.
http://www.ncl.edu.tw/lp.asp?ctNode=1287&CtUnit=336&BaseDSD=7&mp=2, (参照 2014-05-16).

(40) “電子書刊送存?覽服務系統(2012年12月に「數位出版品平台系統」から改称)”.
http://ebook.ncl.edu.tw/webpac/, (参照 2014-05-16).

(41) “臺灣網站典藏系統”.
http://webarchive.ncl.edu.tw/, (参照 2014-05-16).

(42) “關於本系統”. 臺灣網站典藏系統.
http://webarchive.ncl.edu.tw/nclwa98Front/commend/aboutme.jsp, (参照 2014-05-16).

 

[受理:2014-05-17]

 


齊藤まや. アジアにおける納本制度の動向―シンガポール、マレーシア、ベトナム、台湾の事例―. カレントアウェアネス. 2014, (320), CA1826, p. 17-23.
http://current.ndl.go.jp/ca1826

Saito Maya.
Legal Deposit in Asia : Examples of Singapore, Malaysia, Vietnam and Taiwan.