CA1729 – 図書館と観光:その融合がもたらすもの / 松本秀人

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カレントアウェアネス
No.306 2010年12月20日

 

CA1729

 

 

図書館と観光:その融合がもたらすもの

 

はじめに

 筆者は「図書館と観光の融合」について研究しているが(1)、このテーマはこれまであまり注目されることがなかった。本稿では、今後、議論や実践が活発になることを期待して、研究の概要などを以下に紹介する。

 なお、図書館と観光が様々な点で連携したり相互に利活用することを「融合」と表現する。また本稿でいう「図書館」は「公立図書館」のことを示している。

 

 こんにちの日本における観光は、いわゆる「物見遊山」や「気晴らし」といった従来のイメージでは収まりきらないほど大きな変容が起こりつつある。そのうち特に顕著なものとして、①地域志向の高まり (地域文化や固有性へのこだわりなど)、②多様化(あらゆるものが観光対象になったり、学習や体験が求められるなど)、の2点をあげることができる (2)

 従来からの観光地はもとより、観光を視野に入れてまちづくりを進めている多くの地域において、こうした変化に対応することが課題となっている。そこで、その方策のひとつとして、「地域に密着した活動を行い、様々な資料や専門的なノウハウを持つ図書館を観光に活用する」というプランを想定することができる。

 一方、日本の図書館もいろいろな課題を抱えているが、前述したプランを「観光に関連した活動を行うことにより、地域の活性化に貢献する」という観点からとらえてみると、①新たなサービスの創出と利用者の開拓、②情報の受発信や交流を通しての地域貢献、という点について効果が期待できる。

 こうした発想をふまえると、図書館と観光の融合は、両者それぞれが抱えている課題を互いにある程度解決に導く可能性を持ち、図書館にも観光者にも、そして地域にもメリットのある試みだと考えられるのである。

 

図書館の本質と観光との関連性

 図書館は、社会における「記憶装置」であり(3)、知識や文化の「可視化装置」であり(4)、情報の収集・選別を行う「濾過装置」である(5)ととらえることができる。こうした特性はこれまでにも指摘されていたが、これを観光との関連性から再考してみると、「図書館は、地域住民の営みを記録し、地域文化や伝統を資料として保存し、信頼できる地域情報を観光者に提供できる機関である」といえる。

 訪問地の歴史や文化などについて学ぼうという観光者は増えているし、地域の側も「“住んでよし、訪れてよし”のまちづくり」を、わかりやすく観光者に伝えることを模索している(6)。少子高齢化が進む日本においては、地域内と地域外の交流が地域活性化の鍵を握っている(7)。そこで、地域の情報拠点たる図書館の存在意義を、このように地域外を強く意識した目でみると、「記憶」「可視化」「濾過」という機能が、地域情報の受発信にも欠くことのできない重要な図書館の本質であり、それゆえ観光とも親和性があることに気づくのである。

 

図書館の新たな役割

 図書館と観光が融合することによって、図書館は新たな役割を担うと考えられる。それを図にモデルとして示した。

図 観光者と地域とのコミュニケーションモデル

図 観光者と地域とのコミュニケーションモデル

 まずこのモデルについて簡単に説明する。左右でコミュニケーションの主体を区分し、左側に「観光者」、右側に地域住民や行政機関、地場産業などを総称して「地域」を配置する。上下で受発信を区分し、上側に「発信」、下側に「受信」を配置する。

 ここで例えば、観光者が図書館において、地域に関する質問をしたりイベントに参加したりする(左上)と、図書館はそうした観光者の行動などを地域に還元することによって、観光者が知りたいと思っている事柄や関心の持たれ方などを地域で共有できる(右下)。それをふまえて、図書館の資料を充実させたり地域情報の発信を図書館経由で進めていけば(右上)、それによって観光者も地域文化をさらに理解しやすくなる(左下)。こうした一連の相互作用の流れ(∞および矢印)を想定したとき、その交点に図書館が配置される。すなわち、図書館は観光者と地域の「媒介役」として、両者の円滑なコミュニケーションの構築に大きな役割を担うことができると考えられるのである(8)

 図書館自身による情報の受発信ももちろん重要であるが、図書館が観光を意識した活動を行うことによって、観光者が「訪問地の図書館に行けば地域の情報が得られる。地域文化を理解できる」と認識するようになり、地域の側も「図書館を通じて観光者に情報を発信しよう。観光者が求めているものを探っていこう」と考えることで、図書館が観光者および地域による受発信の媒介役となる点が重要である。

 観光者と地域とを結ぶ接点は、これまでにも例えば観光案内所や宿泊・飲食施設、イベントなどがあったが、それらはともすればビジネス優先指向になったり、観光者向けの「よそゆきモード」になりがちであった(9)。しかし図書館は、地域住民が日常生活の中で利用している施設であり、様々な資料と職員を擁し、また公共機関・社会教育機関として公平性、客観性、信頼性を備えるなど、地域において独自の特性を持っている(10)。こんにちの観光者は情報リテラシーが高く、自ら進んで情報を得ようとする傾向にある。従って、こうした図書館の持つ特性を活かしたポジションに立つことにより、新たな「地域のターミナル(窓口)」として機能することが期待できるのである。

 観光やまちづくりを持続可能なものにしていくためには、観光者の声をよくヒヤリングし、また地域からも積極的に情報発信を行うことによって、地域外の人々と地域とのコミュニケーションをうまく循環させることが望ましい(11)。そのサイクルにおいて、図書館がカナメとして寄与できるならば、それは観光への効果だけではなく、地域全体のコミュニケーションにも好影響をもたらすのではないだろうか。

 

融合の具体的な可能性

 では具体的に、図書館のどういう要素が観光と結びつくだろうか。

 例えば、地域資料は、地域の歴史、民俗、動植物、偉人、食文化等々、地域情報の宝庫である。観光者にとって貴重な情報源であるし、地域住民が観光振興を進める際の手がかりにもなる。またレファレンスサービスは、観光者の地域に対する疑問を解決したり、地域情報と観光者を結びつける大切な役割をはたす。状況によっては「観光案内」的なサポートを行うこともできる。また、地域文化に関するイベントや企画展は、地域住民のみならず、観光者の関心を集めたり、そこから地域内外の交流をもたらす効果を持っている。とりあえず3点ほどあげてみたが、他にも海外からの旅行者を意識した多文化サービスや様々なツアーと蔵書との連携、情報端末へのデータ配信等々、多くの結びつきが考えられる。

 これらの例からわかるように、従来は「地域住民のため」としていた諸要素が、見方を変えることによって、「観光者への効果もある」ということに気づくことがポイントである。これまで行ってきた活動内容を大きく軌道修正するというより、サービス対象を地域住民から観光者へ拡げたり、「観光者からみて、それは地域の理解に役立つか」という視点で見直すことがヒントになる。

 また、従来のものだけではなく、「地域と連携して、地域外に情報を発信する」という見地から、これまでにないサービスを創造していく試みがなされてもよいだろう。

 なお、ここで留意しなければならないのが、「公共図書館は地域住民への奉仕が本義である」という点と、「公共施設として広く開かれた存在である」という点のバランスである。これは各々の図書館が、地域の状況などをふまえて判断するしかないが、「観光を意識した結果、地域住民の利用を阻害していないか」という観点からチェックを行うことが、ひとつの指針になると考えられる。

 

参考事例と課題

 観光あるいは観光者を意識した本格的な取り組みはまだ少ないが、参考になる活動事例としては、地場産品や観光スポットの紹介、観光振興イベントとのタイアップ、ご当地ドラマに関する展示、地域ガイドマップの作成、地域資料の積極的な情報発信などが各地の図書館で行われている。また複数の館が連携して相手の地域を互いに紹介する「交換展示」も行われている。

 観光に関連した活動に積極的な図書館としては、「リサーチ・エンジン on 奈良」をWeb上で運営し、地域情報ポータルとして存在感を示している奈良県立図書情報館(12)、交換展示を積極的に行っている高知県立図書館(13)、「コンシェルジュ」コーナーを設けて地域案内も行っている東京都の千代田区立千代田図書館(14)などがある。また群馬県の草津町立図書館は「心の湯治を@あなたの図書館で」をキャッチフレーズに、観光マップを配布したり観光案内所的な役割を担うなどにより観光の場に溶け込んでいる図書館として、特筆すべき存在である(15)

 全国各地で、まちづくりを進める方向性のひとつとして観光振興に注目が集まっており(16)、図書館はまちづくりに欠くことのできない存在であるため、「図書館と観光の融合」というテーマへの関心は、今後高まっていくと思われるが、手探り状態もしばらく続くと予想される。その理由として、①活動の効果が測定しにくい、②参考となる先例が少ない、③行政、観光協会、地場産業など様々な関係者との調整が必要になる、④他地域と連携しにくい場合がある、などがあげられる。各地の取り組みが広く知られるようになり、実施した図書館の経験を共有することができれば、留意すべき点やノウハウなどが明確になっていくと思われるので、活動の実践と併せて、情報交換が活発に行われることも必要であろう。

 

まとめ

 予算削減や職員不足など図書館をとりまく環境は厳しいが、それゆえ図書館の役割を既成概念だけでとらえるのではなく、発想を豊かにして図書館の未来を拓いていくことが求められている。

 図書館が、人と資料、人と人、人と地域文化が出会い、交流・交感し合う場所であることの意義を改めて考えたとき(17)、「図書館と観光の融合」は様々な発展の可能性を持っているテーマである。

北海道大学観光学高等研究センター:松本秀人(まつもと ひでと)

 

(1) 詳しくは、以下を参照。
松本秀人. 観光と図書館の融合. 北海道大学観光学高等研究センター, 2010, 160p., (CATS叢書, 5).

(2) こんにちの観光の特徴については、以下でわかりやすくまとめられている。
社会経済生産性本部. レジャー白書2007 : 余暇需要の変化と「ニューツーリズム」. 2007, 150p.

(3) 図書館を「社会における記憶装置」とする指摘はいくつかの文献でみられるが、例えば『図書館学用語辞典』では、図書館を「通時的に見るならば、記録資料の保存、累積によって世代間を通しての文化の継承、発展に寄与する社会的記憶装置」と説明している。
“図書館”. 図書館情報学用語辞典. 日本図書館情報学会用語辞典編集委員会編. 第3版, 丸善, 2007, p. 173-174.

(4) 高山は「日本における文書の保存と管理」において、図書館は暗黙知を形式知に変換する機能を持っていると述べている。これをふまえていえば、地域に関する文献を整理して提供したり、無形な伝統や文化を資料化して蓄積することを「知識や文化の可視化」ととらえることができる。
高山正也. “日本における文書の保存と管理”. 図書館・アーカイブズとは何か. 藤原書店, 2008, p. 42-58, (別冊環, 15).

(5) 柳は『知識の経営と図書館』において、図書館には商品を公共の文化資源にしていくという濾過機能があると述べている。筆者は、この「濾過」の過程において地域性が反映されることに注目する。図書館は資料の収集・選別にあたって、地域にとって必要な資料であるか、地域の歴史や文化を伝えるのに適当か、地域住民の要求に応えられるかなどを常に意識している。従ってたんに商品を文化資源にするだけではなく、ある種の「地域フィルター」というべき濾過作用が図書館にはあるとみなすことができる。
柳与志夫. 知識の経営と図書館. 頸草書房, 2009, 254p., (図書館の現場, 8).

(6) 額賀は『観光統計からみえてきた地域観光戦略』において、地域間競争の時代になって「人の訪れる地域」にすることは自治体の最大の政策課題になったとしたうえで、地域外に向けて情報発信を充実させることが、観光振興に重要な役割をはたすと述べている。
額賀信. 観光統計からみえてきた地域観光戦略. 日刊工業新聞社, 2008, 175p.

(7) 例えば、以下の文献が参考になる。
観光まちづくり研究会. 新たな観光まちづくりの挑戦. ぎょうせい, 2004, 273p.

(8) ここでは便宜的に左上(観光者の発信)から説明をスタートしたが、必ずしも左上が常に開始点ということではない。

(9) 観光空間の特殊性については、以下の文献が参考になる。
古池嘉和. 観光地の賞味期限. 春風社, 2007, 211p.

(10) 例えば、以下などが参考になる。
吉田右子. “住民による図書館支援の可能性:公共空間の創出に向けて”. 変革の時代の公共図書館 : そのあり方と展望. 日本図書館情報学会研究委員会編.勉誠出版, 2008, p. 135-152, (シリーズ・図書館情報学のフロンティア, 8).
植松貞夫ほか編. 本と人のための空間 : 図書館建築の新しい風. 鹿島出版会, 1998, 168p., (SD別冊, 31).

(11) 例えば、以下などが参考になる。
川口直木. “まちの魅力は住民視点だけではわからない”. 都市観光でまちづくり. 都市観光でまちづくり編集委員会編. 学芸出版社, 2003, p. 96-97.
奈良県立大学地域創造研究会編. 地域創造への招待. 晃洋書房, 2005, 156p.

(12) “リサーチ・エンジン on 奈良”. 奈良県立図書情報館.
http://www.library.pref.nara.jp/search/google_coop.html, (参照 2010-10-27).

(13) “展示の広場”. 高知県立図書館.
http://www.pref.kochi.lg.jp/~lib/event/event-tenjinohiroba.html, (参照 2010-10-27).
2010年の実績でいうと、「高知と愛知の観光展」(3/16-5/2)、「福山の龍馬(高知と福山)」(5/8-7/15)、「長崎ノ心、龍馬ノ夢(高知と長崎)」(7/17-8/31)、「倉敷の歩き方(高知と倉敷)」(10/3-31)など様々な地域との観光展示エクスチェンジ(交換展示)が行われている。

(14) “コンシェルジュ”. 千代田区立千代田図書館.
http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/facilities/concierge.html, (参照 2010-10-27).

(15) 他にも事例をあげたい図書館はあるが、紙幅の都合上省略した。『CATS叢書第5号 観光と図書館の融合』(前出)を参照いただきたい。
なお、図書館問題研究会は、第57回全国大会(2010年7月)において「まちづくり・観光・図書館」をテーマにシンポジウムを行っている。
“第57回図書館問題研究会全国大会in草津”. 図書館問題研究会群馬支部.
http://tomonkengunma.jimdo.com/第57回全国大会-2010-7-4-6/, (参照 2010-10-27).

(16) 観光を視野に入れたまちづくりの手法は「観光まちづくり」と呼ばれるが、これについては、例えば以下などが参考になる。
安村克己. 観光まちづくりの力学 : 観光と地域の社会学的研究. 学文社, 2006, 166p.
溝尾良隆. 観光まちづくり : 現場からの報告. 原書房, 2007, 197p.
西村幸夫編著. 観光まちづくり : まち自慢からはじまる地域マネジメント. 学芸出版社, 2009, 285p.
総合観光学会編. 観光まちづくりと地域資源活用. 同文舘出版, 2010, 129p.

(17) 例えば、以下が参考になる。
菅原峻. 図書館の明日をひらく. 晶文社, 1999, 274p.

 

Ref:

石森秀三編著. 大交流時代における観光創造.北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院, 2008, 266p., (大学院メディア・コミュニケーション研究院研究叢書, 70).

羽田耕治監修. 地域振興と観光ビジネス. ジェイティービー能力開発, 2008, 278p.

米浪信男. 現代観光のダイナミズム. 同文舘出版, 2008, 210p.

大串夏身編著. 課題解決型サービスの創造と展開. 青弓社, 2008, 261p., (図書館の最前線, 3).

渡部幹雄. 地域と図書館 : 図書館の未来のために. 慧文社, 2006, 235p.

 


松本秀人. 図書館と観光:その融合がもたらすもの. カレントアウェアネス. 2010, (306), CA1729, p. 2-5.
http://current.ndl.go.jp/ca1729