CA1651 – アフォーダンス理論に基づく情報行動研究の可能性 / 坪井伸樹

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カレントアウェアネス
No.295 2008年3月20日

 

CA1651

 

アフォーダンス理論に基づく情報行動研究の可能性

 

 

 ある日、旧友からどこの大学図書館でAという本を所蔵しているのか知りたいという電話がかかってきた。Webcatの存在を彼に教えるとともに、所蔵について調べてあげた―図書館員ならば業務とはいえないが友人の役に立った経験は1つや2つあるのではないだろうか。

 情報探索や情報利用、情報伝達といった領域の研究は、図書館情報学では情報利用研究(user’s study)と呼ばれ盛んに研究が行われている(1)。本論では、アフォーダンス理論(affordance theory)に基づき大学院生の情報行動分析を行った論文を紹介しつつ検討を行う。その際、先ほどの日常的な場面が分析の俎上に上っているのを目にすることになるだろう。

 

1.アフォーダンスとは

 アフォーダンスとはアメリカの心理学者ギブソン(James J. Gibson)が提唱した概念である(2)。本章では本論に必要な範囲内で、アフォーダンス概念を説明する。

 ギブソンは知覚の研究を行うにあたって、当時先端であったゲシュタルト心理学より大きな影響を受けた。ゲシュタルト心理学以前の心理学は、末梢神経に与えられる局所的刺激と要素的感覚の間に1対1対応が存在すると仮定し、要素的感覚が統合されることで知覚が可能になると考えていた。ゲシュタルト心理学はこの既存の心理学の思考法では、ある事象(仮現現象)を説明できないと批判する。

 たとえば夜、工事現場のLEDチューブ内の光点が移動しているように見えた経験はないだろうか。この光点は実際に運動しているのではなく、2つの点が一定の時間間隔を置いて明滅しているに過ぎない。しかし私たちには光点が運動しているように見える。既存の心理学の考え方ではこの運動視を説明できない。知覚の土台に刺激があるとするなら、運動視が生じるためには1点からもう1点への実際の刺激の移動が必須の条件と考えられるからである(3)

 ゲシュタルト心理学は、2光点の刺激をそれぞれ分離した刺激として考えるのではなく、2光点及びその運動自体が、一つの形態(ゲシュタルト)として、全体的に知覚されていると考えるべきであると主張した。このような部分からではなく全体から知覚を考える方法を、ギブソンも踏襲することになる(4)

 ではギブソンは知覚をどのように考えたのだろうか。ギブソンも刺激が知覚の原因ではないと考えた。ギブソンによれば、環境のなかに情報が実在し、情報をピックアップすることが知覚なのである。アフォーダンス(affordance)とは、環境が知覚に与える(afford)情報のことである。例えば椅子を見れば「座ることができる」という情報が、橋を見れば「渡ることができる」という情報がアフォードされていると考えるのである(5)

 このアフォーダンス概念は、デザインやインターフェースの領域に影響を与えている。たとえばドアの取っ手のデザインとアフォーダンス概念の関係について考えてみよう(図1)(6)。アフォーダンス概念によると、取っ手が縦に配置されているAのドアは、引くことと押すこと双方の行動をアフォードしていると説明することができる。しかし取っ手が横に配置してあるBの場合、押すことのみをアフォードしていると考えるのである。


 

図1. ドアの取っ手のアフォーダンス

図1. ドアの取っ手のアフォーダンス


 

 このような行動への影響はすべての人に妥当するわけではないが、ほぼ客観的に観察されている。従って利用者にドアを押してもらいたい場合には、Bのデザインとする方が適切であるといえるだろう。アフォーダンス概念はこのようにユーザビリティーを考える際のコンセプトとなるものである。

 

2. アフォーダンス概念と大学院生の情報行動分析

 サドラー(Elizabeth Sadler)とギブン(Lisa Given)は、大学図書館の利用について社会科学系の大学院生(8人)及び図書館員から聞き取り調査を行い、アフォーダンス概念を用いて分析を行った(7)

 サドラーらはアフォーダンスを、「実際のアフォーダンス」と「知覚されたアフォーダンス」とに分けた。「実際のアフォーダンス」とは図書館員によって意図された図書館の利用法であり、「知覚されたアフォーダンス」とは利用者が実際に図書館を使ってみて知覚した図書館の利用法である。「図書館員の意図」と「利用者の図書館に対するまなざし」とのずれを通して、図書館利用の実態を把握しようというのが彼女らの意図である。聞き取り調査の結果は、図書館側の意図を横軸に、利用者による知覚を縦軸にしたマトリックスで表現されている(図2)。


 

「図書館員の意図」と「利用者の図書館に対するまなざし」のずれ

図2. 「図書館員の意図」と「利用者の図書館に対するまなざし」のずれ
(出典:Sadler, Elizabeth. et al. (2007)(斜体部分 は坪井追記))


 

 (1)は図書館の意図に利用者が気づいている事柄である。オンライン目録やレファレンス・ライブラリアン、電子ジャーナル・データベースやILLについては、利用者にもよく知られ利用されていることがわかる。

 (2)は利用者が図書館の意図とは外れたところで図書館を知覚している事柄である。電子ジャーナルを学外の友人に不正に提供し且つそれを悪いことだと思っていないことや、最新技術の導入により学生が不安を覚えていることは、図書館が意図したものではない。

 また本稿冒頭でも触れたが、業務以外で図書館員が図書館の案内役となっていることも、必ずしも図書館員が意図したものではないだろう。友人の父親が図書館員であったり、友人が図書館情報学修士の学生であったりすることで、オンライン目録の存在を知ったり、実際に図書館員にレファレンスを依頼するようになったという実例が紹介されている。このように、業務外でも情報検索や図書館利用について相談すべき存在として、図書館員はアフォードされていることを、サドラーらは指摘している。

 (3)は図書館が意図した利用法のなかで、利用者に気づかれていない事柄である。新しいサービスを提供した場合、ウェブサイトに新しいアイコンをつけたり告知を行ったりするが、利用者にあまり気づかれていない。情報リテラシー講座は図書館が重要な位置づけをしてウェブサイト上で宣伝しているにも拘らず、利用者にはあまり気づかれていない。ウェブサイトの作りに問題があり気づかれていない場合もあるが、それ以上に構造的な問題が存在しているとサドラーらは考える。すなわち、利用者は図書館のウェブサイトを訪れた際、自分自身の目的に関心を集中させている。そのなかで新しいボタンや告知はノイズとなり見落とされる可能性が高くなる。情報リテラシー講座の案内はトップページに存在したにも関わらず、ほとんどの利用者の目には入っていないことを示している。

 上記(2)、(3)の分析より、個人的な関係からウェブサイト上での告知まで、図書館員が利用者に対して持つコミュニケーションの手段は多様であるべきであるという意見が導き出されている。

 

3 分析と私見

 サドラーらの論文を読んでまず感じたことは、取り立ててアフォーダンスという概念を使用しなくても分析が可能ではなかったかということである。彼女らが使用しているアフォーダンス概念(「実際のアフォーダンス」及び「知覚されたアフォーダンス」)は、実はノーマンがコンピュータなどの日常品のインターフェイスを考えるために単純化したものである(8)。ギブソンの『生態学的知覚論』では、アフォーダンス概念は様々な知覚経験や知覚実験をもとに提示されており、特に光と知覚を巡る考察はアフォーダンス概念を考える上で重要であると筆者は考えている。しかしサドラーらはそういったアフォーダンス概念の「深み」には入らず、アフォーダンス概念を道具的に利用し分析を行っている。情報行動研究にアフォーダンス概念を用いることの有効性については、サドラーらの論文からはよくわからないと筆者は考える。

 しかしながらサドラーらの論文は、重要な観点を提示していると筆者は考えている。それは図書館を部分や機能から捉えるのではなく、「複雑で絶えず変容する生態システム」(9)と捉える点である。ギブソンがゲシュタルト心理学に影響を受けたことについては1章で述べた。ゲシュタルト心理学には「全体は部分の総和より大きい」という有名なテーゼがある。ウェブサイトを、また対人コミュニケーションを単体で考えるのではなく、それらを図書館利用という全体のなかで位置づける必要があるということは、当たり前のことかもしれないが重要な観点ではないだろうか。更に彼女らの論文は図書館利用を全体から捉える方法を通じて、図書館員があまり意識していないであろう、利用者との個人的関係の重要性に光を当てている。この点も意外性があり、興味深い点だと筆者は考えている。

関西館文献提供課:坪井伸樹(つぼい のぶき)

 

(1) 「情報利用」という用語及び研究動向については下記を参考とした。田村俊作編. 情報探索と情報利用. 勁草書房, 2001, p.1-39., (津田良成編. 図書館・情報学シリーズ, 2).

(2) 本稿は『生態学的視覚論』で展開されたアフォーダンス概念によっている。 Gibson, James J. 生態学的視覚論:ヒトの知覚世界を探る. 古崎敬[ほか]共訳. サイエンス社, 1985, 360p.(原著:James J. Gibson., The ecological approach to visual perception. Boston, Houghton Mifflin, 1979, 332 p.)

(3) 岩下豊彦. 心理学. 第3版, 金子書房, 1999, p.146-150.

(4) ゲシュタルト心理学とギブソンとの関係、及びギブソンが網膜像より面や包囲光配列へと知覚の範囲を拡げていった経緯については下記を参照した。佐々木正人. アフォーダンス:新しい認知の理論. 岩波書店, 1995, p.13-35.

(5) James J. Gibson. 生態学的視覚論:ヒトの知覚世界を探る. 古崎敬[ほか]共訳. サイエンス社, 1985, p.144-146.

(6) この例はノーマンの例を参考とした。 Norman, Donald A. 誰のためのデザイン?:認知科学者のデザイン原論. 野島久雄訳. 新曜社, 1990, p.14-15.(原著:Norman, Donald A. The psychology of everyday things. New York, Basic Books, 1988, 257 p.)

(7) Sadler, Elizabeth. et al. Affordance theory: a framework for graduate students’ information behavior. Journal of Documentation, 2007, 63(1), p.115-141.

(8) Norman, Donald A. Affordance, conventions, and design. Interactions, 1999, 6(3), p38-42.

(9) Sadler, Elizabeth. et al. Affordance theory: a framework for graduate students’ information behavior. Journal of Documentation, 2007, 63(1), p.116.

 


坪井伸樹. アフォーダンス理論に基づく情報行動研究の可能性. カレントアウェアネス. (295), 2008, p.5-7.
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