CA1648 – 動向レビュー:大学図書館と電子ブック / 加藤信哉

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カレントアウェアネス
No.294 2007年12月20日

 

CA1648

動向レビュー

 

大学図書館と電子ブック

 

 

 数年前にNetLibraryの消滅が懸念されたのとは打って変わり,最近英米では電子ブックの出版・販売・普及が促進されている。特に2006年から2007年にかけてSpringer社,Wiley社,Blackwell社,Elsevier社による電子ブックの一括販売が開始され,EBook Library(EBL)社、ebrary社、MyiLibrary社など、アグリゲータの成長も著しい。一方で,大学図書館での利用は活発であるとは、必ずしも言い難い面がある。本稿では電子ブック出版市場と米国,英国および日本の大学図書館の状況についてまとめてみたい。

 

1.出版

 電子ブックの出版点数を把握することは難しい。国際デジタル出版フォーラム(IDPF: International Digital Publishing Forum)は,電子ブックを5,242タイトル出版している18の商業・教育出版社の収入が1,100万ドルに上ると推定している(1)。シベラー(Zsolt Silberer)とバス(David Bass)は,電子出版の市場全体をよりよく理解するには電子ブックについての広範な観点が必要であるとする。特に学術出版の領域では,入手できる電子ブック資源の種類が多様で,一次出版社,アグリゲータ,データベース・ベンダーにより50万タイトル近い電子ブックが出版され,その収入が年間2千万ドルを超えると見積もっている(2)

 ユスト(Peter Just)は,英語の出版物についてのデータを書籍販売一覧であるGlobal Books in Print Onlineから取得し,米国市場で供給されている英語の市販電子ブック版は少なくとも13万5千タイトル,この20年間にわたって電子ブックの生産の増加は平均年20%,ハードカバー版の総タイトル数に比して,電子ブックの総タイトル数は11%に達すると推定した。また,ユストはドイツ語の出版物についてのデータを独自に調査し,約9千タイトルのドイツ語の電子ブックが出版され,それらはハードカバー版の総量の1.7%に達すると概算している(3)

 2006年以降、大手出版社が教科書や参考図書以外の単行書(monograph)の一括販売を開始した。世界最大の学術図書出版社であるSpringer社は、2006年に出版図書全点の電子化を完了し,“Springer eBook Collection”の販売を開始した。現在,科学・技術・医学分野に関する1万4千点以上の著作を含み,毎年3千点以上の新刊が追加されている。これらのタイトルは生命医学・生命科学、ビジネスなど、12の主題カテゴリーにまとめられている。図書館はパッケージ全体の購読もできるが,各カテゴリーごとに自由に選択・購入できる(4)

 Wiley社は2006年から、2千タイトル以上の科学・技術・医学,ビジネスおよび財政の電子ブックを提供する“Wiley InterScience OnlineBooks”を提供している。Wiley InterScienceのプラットフォームを経由してアクセスでき,これらのタイトルは購入あるいは年間購読により利用できる(5)

 Elsevier社は2007年9月に、科学技術部門のほぼすべての単行書4,000点を提供する“eBooks”サービスを開始した。出版年が2007年と1995年〜2006年である電子ブックについて,全タイトル,分野別コレクション,個別タイトルでの購入ができる(6)

 

2.アグリゲータ

 電子ブックを提供するアグリゲータは出版社との提携を強化し,提供タイトル数を増加している。

 OCLCのサービス“NetLibrary”が提供する電子ブックは、2007年10月に15万タイトルを超えた。2006年以降,英語の他、フランス語(Option Sante社 および Septentrion社),中国語(Airiti社)の出版物を追加したほか、大学出版会(Yale University Press)の刊行物提供を開始した(7)。また,日本におけるOCLCの販売総代理店である紀伊國屋書店は、2007年1月から日本語図書の搭載を開始し,さらに11月から朝倉書店,エヌ・ティー・エス,紀伊國屋書店出版部,春秋社,玉川大学出版部,東京電機大学出版局,白水社,みすず書房,未来社,理工図書の協力を得て本格的なサービスを開始している。2年後に5千点以上の掲載を目指している(8)

 ebrary社は,260社の12万タイトルを超える電子ブックを提供しており,2006年6月にはDemos Medical Publishing社など、11の学術,科学・技術・医学,専門出版社と提携を結んだ(9)

 MyiLibrary社は,現在10万タイトルの電子ブックを提供し,毎週1千点以上が追加されている。MyiLibraryとそのサービスを提供するCoutts社は2006年12月にIngram Industries社に買収され,2007年6月にはCambridge University Pressと提携を結んだ(10)。新たなビジネスモデルとして注目されるのは,2007年4月に開始されたカナダ国立研究機構国立科学技術情報機関(NRC-CISTI)と提携した電子ブック貸出(eBook Loans)サービスである。このサービスでは利用者がクレジットカードで25ドルを支払うと30日間,Elsevier社,Taylor & Francis社,Blackwell社,Springer社を含む主要な学術出版社の1万点以上の電子ブックを対象とする貸出サービスが提供される。プレスリリースでNRC-CISTIとMyiLibrary社は、「電子ブックのILLサービスである」と紹介している(11)

 

3.大学図書館

 電子ブックの図書館における広範囲な導入調査が行われ,大学図書館統計で電子ブックの統計データが定期的に提供されるようになっている。

 2007年3月にebrary社は世界の2,600の図書館を対象に電子ブックの調査を行った。552館から回答があり,館種の内訳は大学77%,企業6%,官庁5%,公共4%,学校2%,その他2%,所在は北米56%,ヨーロッパ17%,アジア16%,アフリカ6%,中東3%,ラテンアメリカが2%であった。また,回答館の88%が電子ブックを購読し,うち45%が1万点以上の電子ブックを講読していた。電子ブックの購入あるいは購読先は,NetLibrary 50%,ebrary 42%,Safari 23%,Books24x7 7%,MyiLibrary 4%,EBL 4%,その他58%(重複回答)であった。利用状況について,22%の回答館が電子ブックの利用状況は低調であると答えているのに対して,電子ブックの利用は目覚ましいと回答する館は6%に過ぎない(12)

 北米の大学図書館を対象とする大学・研究図書館協会(ACRL)の統計によれば,2005年に934の回答館が利用に提供していた電子ブックの中央値は5,475点であった(13)。 英国の大学図書館対象とする英国国立・大学図書館協会(SCONUL)の統計によれば,2005/2006年度に130の回答館が購入した電子ブックの中央値は614点であった。また,110の回答館の電子ブック経費の中央値は6,227ポンドであった(14)

 2007年3月に国立大学図書館協会会員館を対象に国立大学図書館協会(国大図協)学術情報委員会デジタルコンテンツ・プロジェクトが行った電子ブックの導入調査によると,NetLibrary導入館が6館,JapanKnowledge導入館は24館であった(15)

 ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の出版研究センター(Centre for Publishing)は,英国情報システム合同委員会(JISC)から委託を受け,2006年から2007年にかけて大学における電子ブックの利用実態を調査するためにSuperBookプロジェクトを行った。SuperBookプロジェクトではOxford Scholarship Online(OSO),Wiley InterScienceおよびTaylor & Francisから3千タイトルの電子ブックを選択した。OSOは経済,財政,哲学,政治学,宗教分野の1,200タイトル以上のOxford University Pressの電子ブックを収録し,抄録とキーワードの検索が可能である。OSOの2007年1月から3月の利用を見ると、(1) 利用の19%は学生寮からである、(2) 2タイトルが全ページ閲覧の12%を占める、(3) 上位20タイトルで利用の43%を占める、(4)1回のセッションの時間は3.5分である、(5)閲覧の17%は出版されて2年以内の図書であるが,25%はもっと古いものである、(6)OPACで検索できる電子ブックの利用はそうでないものの2倍以上である、ということが判明した(16)

 

4.電子ブックの普及を阻む要因

 前述したebrary社の調査でも指摘されているように電子ブックの利用は決して多くない。同調査では電子ブックの問題として「電子ブックのコレクションや調査ツールがかなり多くの割合の教員や学生から十分に理解されていない」,「電子ブックを購入する際に価格が一番気になる」,「コンテンツの種類と入手可能性」を指摘している(17)。同様に国大図協の調査でも、「価格が高い」,「日本語のコンテンツが少ない」ことが電子ブックの問題点として指摘されている(18)。SuperBookプロジェクトを受けて,JISCは電子ブックについての全国調査プロジェクトであるNational e-books observatory projectを2007年から2009年までの予定で開始した。このプロジェクトは電子ブックの影響や利用実態の調査と並んで電子ブック市場を活性化することを目的としている(19)。この調査によって,広範囲に渡りより具体的な電子ブックの利用実態の解明が行われ,新たなビジネスモデルが提案されることを期待したい。

東北大学附属図書館:加藤信哉(かとう しんや)

 

(1) Industry Statistics: 2005 eBook Sales Statistics. http://www.idpf.org/doc_library/statistics/2005.htm, (accessed 2007-11-11).

(2) Silbere, Zsolt; Bass, David. Battle for eBook Mindhsare: it’ all about the rights. IFLA Journal vol.33 no.1, 2007, p.23-31.

(3) Just, Peter. Electronic books in the USA:their numbers and development and a comparison to Germany. Library Hi Tech vol.25, no.1, 2007, p.157-164.

(4) シュプリンガー・ジャパン. “電子書籍Springer eBooks”. http://www.springer.jp/ebooks/ebooks.html, (参照 2007-11-11).

(5) ワイリー・ジャパン. “オンライン・ブックス”. http://www.wiley.co.jp/WIS/ob.html, (参照 2007-11-11)

(6) エルゼビア・ジャパン. “サイエンス・ダイレクトebooks (イーブック)”. http://www.oclc.org/netlibrary/news/default.htm, (accessed 2007-11-11).

(8) 紀伊國屋書店. “紀伊國屋書店が国内学術・教養書の電子版提供サービスを本格開始”. 共同通信PRワイヤー. 2007-11-06. http://prw.kyodonews.jp/prwfile/release/M000215/200711063008/_prw_open.html, (accessed 2007-11-11).

(9) “ebrary”. http://www.ebrary.com/corp/, (accessed 2007-11-11).

(10) “MyiLibrary”. http://www.myilibrary.com/company/home.htm, (accessed 2007-11-11).

(11) NRC-CISTI. “NRC-CISTI and MyiLibrary launch new eBook Loans service”. 2007-04-18. http://cisti-icist.nrc-cnrc.gc.ca/media/press/myilibrary_e.html, (accessed 2007-11-13).

(12) ebrary. ebrary’s Global eBook Survey. 24p. http://www.ebrary.com/corp/collateral/en/Survey/ebrary_eBook_survey_2007.pdf, (accessed 2007-11-13).

(13) ACRL. 2005 Statistics Summaries. http://www.ala.org/ala/acrlbucket/statisticssummaries/2005abcd/05statssummaries.cfm, (accessed 2007-11-11).

(14) SCONUL. Annual Library Statistics, 2005-2006. SCONUL, 2007.

(15) 内部資料.

(16) Nicholas, David et al. E-books: how are uers responding? Library + Information Update. 2007, 6(11). http://www.cilip.org.uk/publications/updatemagazine/archive/archive2007/november/Nicholas+Nov+07.htm, (accessed 2007-11-11).

(17) ebrary. ebrary’s Global eBook Survey. 24p. http://www.ebrary.com/corp/collateral/en/Survey/ebrary_eBook_survey_2007.pdf, (accessed 2007-11-13).

(18) 内部資料.

(19) Milloy, Caren. E-books: setting up the national observatory project. Library + Information Update. 2007, 6(11). http://www.cilip.org.uk/publications/updatemagazine/archive/archive2007/november/Milloy+Nov+07.htm, (accessed 2007-11-11).

 


加藤信哉. 大学図書館と電子ブック. カレントアウェアネス. (294), 2007, p.27-29.
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