CA1479 - 動向レビュー:「問題利用者」論の動向 / 樋山千冬

カレントアウェアネス
No.274 2002.12.20

 

CA1479
動向レビュー

 

「問題利用者」論の動向

 

 図書館,特に公共図書館は広く公開されることを前提としているがゆえに,「問題利用者」(problem patron)に直面するリスクがありうる。

 問題利用者による問題行動(problem behavior)とされる行為は,飲食,徘徊,覗き行為・他人の凝視,大声での会話,ペットの持ち込み,物乞い,他の利用者や職員にみだりに話しかけるなどの迷惑行為から,喫煙,スリ・窃盗,恐喝,利用者・職員への暴言・暴行,放火,図書館資料や備品の窃盗または破壊行為,妄想症,露出症や子どもへの性的いたずらのような性的逸脱まで,さまざまである(1)

 図書館が思索と研究のための静謐な空間であるというイメージとは異なり,現実には,第一線の図書館員にとっては,問題利用者に関わる局面もありうる。「問題利用者」問題に対して,図書館情報学は何らかの解答を与えてきているであろうか。

 

1.アメリカにおける議論

 アメリカにおいては,これまでに問題利用者に関する研究の蓄積がなされてきた(2)

 1960年代までは,「コレクションセキュリティ」論の枠内において,図書館資料を損なう原因として火災,虫害などと並び,資料の切り取りや盗難があることが認識されていた。現場レベルでも,BDS(当時はBook Theft Detection System:図書盗難探知システムと称した)の導入などの対策が講じられた。

 1970年代に入ると,利用者による暴行,器物損壊,窃盗のほか,迷惑行動などの問題行動の事例が図書館誌で報告されるようになっている。

 1980年代には,利用者の問題行動が,「図書館犯罪」(3)として「図書館セキュリティ」(4)に対するリスクの一つと考えられるようになり,対策マニュアルおよび利用規則の整備,関連法令の研究,警察との協力などについて論じられた(5)

 この刑事政策的なアプローチは,現在まで問題利用者論の重要な要素となっている。しかし当時の議論は,セキュリティ対策を強化するという枠組みにとどまっており,犯罪に至らないような日常的な迷惑行為への対策は必ずしも十分には考慮されていなかった。

 また,セキュリティ対策と図書館の利用がしばしばトレードオフの関係にあるという問題は解決されていなかった。例えば,利用者による危険物の持ち込みを防ぐためには,出入り口で持ち物を検査するという対策がありうる。しかし検査は利用者の入退館にとっては不便であり,プライバシーに抵触する可能性も生じてこよう。

 このディレンマが表れたのが,1990年代初頭,ニュージャージー州モリスタウン図書館が定めた利用規則について争われた「クライマー事件」である。この事件では,主としてホームレス利用者を対象とした利用規則のあいまいさが問題となった。

 ホームレスも図書館が提供する資料や情報にアクセスする権利をもっており,ホームレスであること自体は,問題利用者とされることを意味しない。ただし,ホームレスが不衛生な状態にあってその身体が悪臭を放つとか,居場所がない,入浴や洗濯の機会がないなどの事情(6)から,閲覧席やトイレの長時間にわたる占有がなされ,他の利用者や職員に対する不快な迷惑行為となることはありうるだろう。もっとも,例えば臭気について客観性のある基準を示すことは難しい。

 「クライマー事件」では,当該利用規則の合法性について,一審と二審の判断は分かれた。一審は,公共図書館は,表現された思想を受け取る場所であるとし,公共図書館は,公園や道路などと同様,表現の自由のために開放された「伝統的なパブリックフォーラム(public forum)」にあたるとした。したがって図書館利用を制限する余地は少なく,当該利用規則を定めることは合衆国憲法およびニュージャージー州憲法に違反するとした。また,規則の文言はあいまいであり無効であるなどとした。

 これに対して二審は,公共図書館には静謐で平穏な環境が不可欠であるとした。また,公共図書館は文字によるコミュニケーションという,限定された目的のための「限定的な(limited)パブリックフォーラム」であるとした。公共図書館の設置目的は,利用者が知識を獲得するのを助けることにあり,その目的や他の利用者の権利を妨げるような行為は許されない。したがって当該利用規則は有効であり適法であるとし,一審の判決を棄却した。

 事件は和解によって一応の解決を見たが,かくして,問題利用者論には,セキュリティ対策と図書館へのアクセスを両立させる課題が課せられた。また,問題行動が他の利用者の知る権利を侵害する行為であることも明らかになった。

 1990年代以降の議論では,1980年代の枠組みをさらに発展させ,犯罪行為に分類されないような日常的な問題にも対象が拡大された(7)。利用規則(8)の制定にあたっては,問題行動が他の正当な利用者の権利を侵害することを明確にしたうえで,図書館の公開性と利用規則を調和させることが求められている。

 また,図書館界で蓄積された経験にもとづき,議論の対象を職員の業務レベルで分けるようにもなっている。管理者向けには,従来の総論的な枠組みに加え,利用規則の適切な制定と運用,職員の勤務計画の立案や研修の実施,訴訟対策などにまで及んでいる。パブリックサービスに従事する職員向けには,臨床心理学を応用した問題利用者へのふるまい,被害者への接し方,利用者を怒らせないコミュニケーション技法の具体例などが示されるようになっている(9)

 現在では,パブリックサービスを扱った教科書でも問題行動への対処について記述されるようになった。

 

2.日本における議論

 1994年から1997年まで『ず・ぼん』誌に連載された記事(10)では,日本にもアメリカと同様の問題利用者が存在することが明らかにされている。古典的な問題行動としての資料の窃盗については,とくに近年になって公共図書館・大学図書館における資料の紛失が報道されている。公共図書館の蔵書の管理体制について議会において問題とされた例もある。2002年1月に生じた少年によるホームレス殺害事件は,少年らの図書館における態度をホームレスであった利用者が注意したことが契機となったという。

 このように,状況は,問題利用者論はアメリカにおける議論であって日本とは無縁である,などとはすでに言えなくなっていると思われる。しかし,日本の図書館界においては,問題利用者の存在が明らかにされる機会はほとんどない。

 図書館情報学における問題利用者論も,1986年の『現代の図書館』にアメリカのLibrary Trends誌記事の抄訳が掲載されたのち(11),まとまった議論を見いだすことは難しい。いわゆる寄せ場地区における図書館サービスについて論じた1997年の日本図書館学会における報告では,「非本来的利用者」による「迷惑行為」に関する具体的な記述がなされていたが(12),問題意識は図書館サービスのアウトリーチにあり,問題利用者に関するものではなかった。

 1996年から司書課程に新たに導入された「図書館経営論」について多くの教科書が刊行されたが,問題利用者への対応に関する記述がなされている例は極めて少なく,それも断片的なものでしかない(13)。この中で,ホームレス利用者への現場における対応から論じた『みんなの図書館』掲載記事(14)や,図書館における暴力行為の事例を紹介した『現代の図書館』「図書館の危機管理」特集号の記事(15)は,問題の発見として貴重な例であるといえる。

 この『現代の図書館』特集号には,図書館の危機管理のアプローチの一つとして,リスクマネジメント論を援用することを提唱した論文(16)も掲載された。この論文に例示されているリスクには利用者の問題行動も含まれている。図書館経営上のリスク,例えば問題行動の発生を所与の条件として経営戦略を立てるというマクロな視点が示されている。

 なお,「クライマー事件」に限れば,事件の経緯に関する優れた紹介がある(17)。この事件の教訓として,特定の利用者の行為が図書館利用者コミュニティ全体の利益を損なうような場合,利用者の権利とコミュニティの利益を比較考量しその調整を図るために規則を定めることが必要であるとも指摘されている(18)

 もっとも,事件の判決では,一審でも二審でも,原告による女性利用者へのつきまといなどの行動の是非について,直接に判断が示されたわけではなかった。アメリカにおける問題利用者論の立場では,原告による迷惑行為がなされたという事件の文脈から二審の判決を重視しているのに対し,知的自由論の立場は二審の判決について否定的な見解を持っているようである(19)。このためか,「クライマー事件」に関する日本の別の研究では,事件の論点は,裁判を通じて公共図書館と「知的自由」の関係が明らかになった点にあるととらえられている(20)

 しかしながら「クライマー事件」を日本で論じる際に注意しなければならないことは,アメリカ法の文脈から切り離すことは―裁判であるから当然だが―本来はできない,ということである。裁判の真の争点は利用規則に「あいまい性ゆえに無効の法理」(vagueness doctrine / void for vagueness)を適用してよいか否かであった。この法理を適用すべきだということになれば,例えば身体の異臭の場合,臭いの限度を客観的に定義しておく一方で,現場において科学的に臭いを計測しなければならなくなる。一審は,この法理ゆえに利用規則は無効であるとし,二審では,この法理は刑法上のものであることを指摘して,利用規則は民事に属するから有効であるとした(つまり利用者が異臭を放ち迷惑だということであれば,図書館側がその旨を本人に伝えればよいとされた)のであるが,日本の場合には,公共図書館における利用規則の適用が,行政行為として行政法上の問題となる可能性を検討しなければならないだろう(21)。議論を日本で行うとすれば,これら比較法学の課題に留意する必要がある。

 もし「クライマー事件」が,今後も日本の図書館情報学の関心の対象となるのであれば,知的自由論の翻訳だけではなく,事件の文脈をふまえ,問題利用者論との関係を論じた研究が待たれる。

 アメリカにおける問題利用者論に関する図書の翻訳がなされることも有益であろう。法的側面については彼我の違いを考慮に入れる必要があるにせよ,現実に生じた問題に対して実践的なアプローチを示している点で,大いに資するところがあると思われるからである。

 

3.まとめ

 問題利用者論が,日本の図書館情報学における研究領域となるかどうかはまだ明らかではない。日本では勤務中の図書館員が利用者によって殺害されるような事態はまだないものの,問題利用者が存在しないわけではない。それにもかかわらず議論が低調であるのはなぜだろうか。

 いまのところ,研究者や実務を離れた業界関係者にとっては「問題利用者」は観念的な存在にとどまっており,図書館情報学の研究のあり方や図書館界における論議と,第一線の図書館員や図書館の利用者の問題意識(22)との間には,相当な乖離があるように思われる。

 問題利用者は図書館にとって一過性の問題だと考えられているのだろうか。問題行動がその場限りのことだとされてしまえば,経験は組織による対策に生かされることはないだろう。一利用者による資料の切り取りを看過したとして,その資料を利用しようとする他の利用者からの苦情に図書館はどのように応えればよいのだろうか。問題行動は他の正当な利用者の権利や図書館サービスを妨げる行為であるという意識がまず必要かもしれない。

調査及び立法考査局外交防衛課:樋山 千冬(ひやまちふゆ)

 

(1) Shuman, B. A. Library security and safety handbook : prevention, policies and procedures. ALA, 1999. p.80-82
(2)Switzer, T. R. Safe at work? : library security and safety issues. Scarecrow Press, 1999. p.49-59
(3)Lincoln, A. J. Crime in the library: a study of patterns, impact and security. Bowker, 1984. 179p
(4) 「図書館セキュリティ」論の経緯については,
小林昌樹 アメリカの図書館における危険管理の発展 図書館経営論の視座 日外アソシエーツ 1994. p.86-97
(5) e.g. Morris, J. The library disaster preparedness handbook. ALA, 1986. p.9-16
(6) このような情報へのニーズとは異なるニーズを充足するためには,社会的にはむしろ「ホームレス・シェルター」などによる援護サービスが提供されることが望ましいかもしれない。
(7) e. g. Shuman, B. A. Case studies in Library Security. Library Unlimited, 2002. 252p
(8) 利用規則の事例集としては,
Association of Research Libraries, Management of library security. ARL, 1999. 101p
(9) e.g. Turner, A. M. It comes with the territory: handling problem situations in libraries. McFarland, 1993. 197p ; McNeil, B. et al. ed. Patron behavior in libraries : a handbook of positive approaches to negative situations. ALA, 1996. 160p
(10) 図書館にくる困ったやつ ず・ぼん 1(1994)〜4(1997)

(11) 友光健二ほか訳 図書館の犯罪 アメリカでの調査結果と犯罪の分析ならびに対策 現代の図書館 24(3) 162-168, 1986
(12) 山口真也 山谷地区における寄せ場労働者に対する図書館サービスの現状 1997年度日本図書館学会春季研究集会発表(1997.5.17);山口真也 山谷労働者と公共図書館 ず・ぼん (4) 124-132, 1997
ここでは「迷惑行為」は広くとらえられており,暴行,放火など刑事犯とされるべき行為が含まれている。
(13) 図書館経営論に関して日本では図書館情報学の研究が蓄積されていないとの批判もある。
根本彰 図書館情報学における知的貧困 現代の図書館 39(2) 64-71, 2001
(14) 西河内靖泰 カウンターからみた「図書館とホームレス」問題 みんなの図書館 (268)  31-43, 1999
(15) 山本宣親 図書館における暴力とその対応 現代の図書館 40(2) 79-84, 2002
(16) 小林昌樹 図書館の危機管理総論:リスクの全体像とさまざまなアプローチ 現代の図書館 40(2) 59-67, 2002
(17) 山本順一 公共図書館の利用をめぐって―クライマー事件を素材として― 転換期における図書館の課題と歴史 緑陰書房 99-111, 1995
(18)山本順一 公共図書館に関する権利の競合:クライマー事件を素材として 第42回日本図書館学会研究大会発表要綱 日本図書館学会 24-27, 1994
(19) Jones, B. M. Libraries, access, intellectual freedom : developing policies for public and academic libraries. ALA, 1999. 266p(川崎良孝ほか訳 図書館・アクセス・知的自由 公立図書館と大学図書館の方針作成  京都大学図書館情報学研究会 2000. 315p
(20) 川崎良孝 1990年代初頭のアメリカ社会と知的自由―公立図書館を中心に 図書館界 47(3)  186-187 1995;川崎良孝 ホームレスの図書館利用と公立図書館の基本的役割―クライマー事件,修正第1条,アメリカ図書館協会― 京都大学教育学部紀要 (42) 53-72, 1996
(21) 鑓水三千男 地方自治法の一部改正と図書館設置条例 現代の図書館 38(4) 276-283, 2000
(22) 諸橋孝一 図書館で考える道徳―書き込み被害をめぐって― 鳥影社 2001. 322p

 


樋山千冬. 「問題利用者」論の動向. カレントアウェアネス. 2004, (274), p.7-10.
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