3.2 大学図書館が教育・リテラシーに果たす役割 ~情報リテラシー教育とインフォメーション・コモンズ~

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関西学院大学図書館利用サービス課  魚住 英子(うおずみ えいこ)

はじめに

 大学図書館のミッションは、学術情報の収集や提供によって、その大学における教育と研究を支援することである。そのミッションの実現のために、現代の大学図書館は伝統的な図書館業務に加えて、さらに能動的かつ主体的に大学教育に関わろうとしている。

 大学図書館の従来のイメージといえば、ずらりと本が並んだ書架に囲まれた重厚かつ静謐な空間で黙々と読書に励む学生の姿であるが、今や図書館の内部にワークステーションやソファーなどが配置された明るくカジュアルな雰囲気の場が出現し、小人数のグループがパソコンのモニターを見ながらディスカッションしている様子が日常的に見られる。このように、21世紀の大学図書館は、情報の収集・整理・交換・発信の基地として機能するよう変化しつつある。

 その変化は、大学図書館が学内の教務やシステムなどの部署と連携して、全学的な学生の情報リテラシー教育に積極的に加担していることから生じている。

(1) 情報リテラシー教育と大学図書館

1) ALA/ACRLの情報リテラシー教育の推進活動

 情報メディアの多様化と浸透に伴い、社会に流通する情報の量が急激に増加している。不明確な情報源からの玉石混淆の情報が混在するようになると、情報をいかに賢明に利用するかの重要性が認識され、情報リテラシーの概念が注目を浴びるようになった。

 日頃からメディアや情報を扱うライブラリアンは、情報リテラシーの必要性を最初に認識したグループに属するであろう。アメリカ図書館協会(American Library Association:ALA)は、1989年1月に“Information literacy is a survival skill in the Information Age.”(1)にその見解を表明している。そこでは、“To be information literate, a person must be able to recognize when information is needed and have the ability to locate, evaluate, and use effectively the needed information”(2)と、情報リテラシーを問題解決や決断のために必要な情報を効果的に見つけ出し、評価し、利用できる能力と定義付け、その能力を身につけることの重要性を訴えている。

 情報リテラシー能力の育成のために、教育現場、特に高等教育に課せられた役割は大きく、その使命の達成にあたっては、教員と情報専門家である大学図書館のライブラリアンが密接に協力して指導を行うことが不可欠である(3)。ALAの大学・研究図書館部会(Association of College & Research Libraries:ACRL)は、高等教育課程における情報リテラシー教育の指針とするべく、2001年1月に「高等教育のための情報リテラシー能力基準(Information Literacy Competency Standards for Higher Education)」を公表した(4)。この基準は多くの情報リテラシー教育担当者に利用されており、ACRLはその後も“Characteristic of Programs of Information Literacy That Illustrate Best Practices: A Guideline”や“Guidelines for Instruction Programs in Academic Libraries”などの情報リテラシー教育プログラムを支援するガイドラインや基準を次々と作成している(5)

2) 大学図書館における実践

 では、個々の大学図書館ではどのような情報リテラシー教育を実施しているのであろうか。中規模以上のほとんどの図書館では専任の“Instruction Librarian”を任命しており、自らが講師となって指導するのはもちろんのこと、一連のプログラムのコーディネーターとして他のライブラリアンや教員と連携するなどの責務を負っている。

 大学図書館が主体となって実施している情報リテラシー教育の種類としては、

1. 個人を対象としたデータベース検索講習会や文献リサーチのセミナーなど図書館独自で単発に実施するもの(伝統的な“Bibliographic Instruction”に該当)

2. 教員と連携して授業内でその分野における文献や情報探索を指導するもの(“Course-integrated Instruction”として扱われる)

3. 図書館が母体となってリサーチの方法を教授するクラスを開講するもの(“Credit Course”として独立した開講科目で履修者に単位認定)

 以上3タイプがある。どれも情報リテラシー教育の特定の段階や範囲をカバーしているが、とりわけ(3)は情報の収集から表現までの一連の過程を網羅できるとあって、大学図書館が最も力を注いでいる部分である。

 米国の大学図書館における情報リテラシー教育の取り組みについては文献に多数紹介されているが、ここではパデュー大学図書館(Purdue University Libraries)における情報リテラシー教育を取り上げたい。図書館が開講している“GS 175 Information Strategies”という学部生対象の1単位のコースでは、情報の種類と情報源の特性、情報の収集・評価、情報の整理・表現の3項目を習得させることを目標にしている(6)。受講生は、毎週宿題を与えられるだけでなく、自分が選んだトピックで3分程度のマルチメディアプレゼンテーション(スライドショーだけでなく、音声や動画も挿入してもよい)を作成・提出することを義務付けられている。これらの課題をこなすことにより、受講生たちがクリティカル思考と情報リテラシー能力を身に付けることを目標としている。なお、このクラスの授業内容を検討し、事後評価を下すために、ライブラリアンたちはACRLの基準など複数のモデルを参照している(7)

 ライブラリアンが大学全体の情報リテラシー教育の中心となって動き始めたことにより、図書館自体もその活動を支援するような施設とサービスを提供することが求められるようになった。その結果出現したものがインフォメーション・コモンズ(Information Commons)の概念であり、それを具現化した場である。

(2) 大学図書館の新しいサービスモデル「インフォメーション・コモンズ」

1) インフォメーション・コモンズの出現

 現代の大学図書館では、インターネットを介した非来館型サービスの拡充に努力してきた。既に索引などの二次資料はもちろん、百科事典などの参考図書や、学術ジャーナルなどの一次資料もデータベースとして提供されるようになり、利用者は図書館外からアクセスして自由に検索し、フルテキストを入手することが可能となっている。また、借りた本の貸出期限の更新や予約、購入希望の提出、相互利用の申込など各種サービスもオンライン上で利用できるようになった。さらに、レファレンスサービスも伝統的な来館型からインスタント・メッセージ(IM)やチャット(Chat)などを利用したオンライン経由の非来館型に移行しつつある。

 このように従来は大学図書館に行かないとできなかったことが、次々と館外からネットワークを通じて可能になると、図書館の来館者は必然的に減少する。1990年代後半には、建物としての大学図書館の役割は終わるとまで言われていたのも事実である(8)。しかし、一部の大学図書館はそれまでにないコンセプトを元にしたサービスモデルと空間を提供するようになり、キャンパス生活における図書館の存在意義をアピールするだけでなく、新たな需要を掘り起こしている。そのようなサービスあるいは場をインフォメーション・コモンズ(Information Commons)と呼んでいる。2003年8月に24時間オープンのインフォメーション・コモンズを開設したインディアナ大学ウェルズ図書館(Herman B. Wells Library, Indiana University, Bloomington)では、入館者数は開設前の2002年と比較して20%増、さらに翌年は前年比30%増加して、“a hub of student activity”として一躍注目されるようになった(9)

 インディアナ大学のインフォメーション・コモンズが2003年のオープンであるように、大学図書館がこのような場を設け始めたのは比較的最近のことである。研究図書館協会(Association of Research Libraries:ARL)が 2004年に公表したアンケート調査結果によると、ARL加盟館123館を対象にした調査で、回答を返送した館の内22館(30%)がその時点でインフォメーション・コモンズを図書館内に設置していたが、1995年以前の開設は5館、1996年から2000年の間が8館に過ぎなかった(10)

2) インフォメーション・コモンズの概念

 まだ「インフォメーション・コモンズ」という用語が大学図書館のライブラリアンの間でもあまり知られていなかった1999年にビーグル(Beagle)が発表した論文によると、インフォメーション・コモンズには“virtual space(仮想空間)”と“physical place(物理的な場所)”の2つのレベルが考えられる(11)。前者は、さまざまなソフトウェアやインターネット上での資源、デジタル化されたツールなどが同じインターフェイスで利用でき、例えばワンクリックで各種データベースを横断検索できるような機能を備えたシステム環境を指す。一方、後者はワークステーションや情報機器が配置された場所で、専門家が常駐していてサポートを受けることができる物理的な施設のことである(12)。ビーグルはインフォメーション・コモンズの3つのコアサービスとして、

• 情報の収集と検索(Reference core)

• 情報の整理と利用(Research Data Service core)

• 情報の加工と発信(Media Services core)

を挙げている(13)。つまり、図書館のレファレンススタッフ、コンピュータ室のユーザーサポートスタッフ、そしてマルチメディアセンターの指導スタッフという三者の協力なしには提供できないサービスモデルなのである。

 バイリー(Bailey, et al.)たちが紹介しているノースカロライナ大シャーロット校アトキンス図書館(J. Murrey Atkins Library, University of North Carolina Charlotte)におけるインフォメーション・コモンズのミッションは次の通りである(14)

The mission of the Library’s Information Commons is to integrate in design and function the Library’s: (1)spaces, (2)informational resources, (3)technological resources, (4)production resources, and (5)support services in such a fashion that patrons experience a seamless environment for contemplating, planning, researching and bringing to finished product their academic, intellectual and, at times, personal work.

 ここに「シームレス(seamless)」という言葉が挙がっているが、空間、情報資源などのさまざまなリソース、サポートサービスのどれにおいても「シームレス」であることがインフォメーション・コモンズの基本姿勢であると言えよう。

3) インフォメーション・コモンズの構成要素

 大学図書館内の物理的な空間であるインフォメーション・コモンズの目的は、先述の3つのコアサービスを網羅することで、学生が情報の収集から表現までの一連の作業を“one-stop shopping environment”で行うことができ、さらに履修相談や登録窓口機能、ペーパー(レポート)作成のためのライティング・ワークショップなど他の学生サービスも提供する可能性を有する場である(15)

 端的にイメージするならば、インフォメーション・コモンズとは、従来の大学図書館の参考資料室(レファレンスエリア)にコンピュータセンターやメディアラボの機器とスタッフがそっくりそのまま移住したようなものである。ただし、それだけに留まらず、グループで作業できるようなセミナー室やデスク、くつろげるソファーがあちこちに配置されて、所によってはコーヒーショップまで併設されているなど、まさに学生にとっては至れり尽せりの空間となっている。最近の学部レベルの講義では、ディベートやグループプロジェクトが課せられることが多く、インフォメーション・コモンズにそのようなスペースを設けることは必須事項となっているようである。

(3) 今後の展望

 1980年代以降に生まれた世代を“Net Generation”と呼び、物心ついた時にはパソコンやインターネットが身近にあり、それらを使いながら成長した彼らに大学図書館はどのようなサービスを展開すべきかリッピンコット(Lippincott)が論じている(16)。この世代に対しては、情報リソースの評価やイシューを特に強調するなどの情報リテラシー能力の育成を重視したサービスを提供する必要があり、さらにこの世代の情報環境としては個人だけでなくグループワークの場を提供することを始めとしたインフォメーション・コモンズ機能をさらに発展させることを提案している(17)

 インフォメーション・コモンズの導入は、学生の認知度や普及度においては成功事例ではあるが、今後コモンズでの具体的なサービス内容を検証することが必要となるであろう。インフォメーション・コモンズは大学図書館の一部分で留まるのか、大学図書館全体がそうなるのか、大学図書館が扱うすべての空間やリソース、サービス、利用者グループに拡大できるのか、今後も大学図書館の挑戦は続いていく(18)



(1) Presidential Committee on Information Literacy, American Library Association. “Presidential Committee on Information Literacy: Final Report”. Association of College & Research Libraries. 1989. http://www.ala.org/ala/acrl/acrlpubs/whitepapers/presidential.htm, (accessed 2007-01-31).

(2) Presidential Committee on Information Literacy, American Library Association. “Presidential Committee on Information Literacy: Final Report”. Association of College & Research Libraries. 1989. http://www.ala.org/ala/acrl/acrlpubs/whitepapers/presidential.htm, (accessed 2007-01-31).

(3) Rockman, Ilene F. “Integrating Information Literacy into the Learning Outcomes of Academic Disciplines: A Critical 21st-century Issue”. College & Research Libraries News. 2003, 64(9), p.612-615.

(4) Association of College & Research Libraries. Information Literacy Competency Standards for Higher Education. American Library Association, 2000, 16p. http://www.ala.org/ala/acrl/acrlstandards/standards.pdf, (accessed 2007-01-30).

(5) Association of College & Research Libraries. “Standards & Guidelines”. American Library Association. http://www.ala.org/ala/acrl/acrlstandards/standardsguidelines.cfm, (accessed 2007-01-30).

(6) Sharkey, Jennifer. Towards Information Fluency: Applying a Different Model to an Information Literacy Credit Course. Reference Services Review. 2006, 34(1), p.71-85.

(7) Sharkey, Jennifer. Towards Information Fluency: Applying a Different Model to an Information Literacy Credit Course. Reference Services Review. 2006, 34(1), p.73.

(8) Albanese, Andrew Richard. Campus Library 2.0. Library Journal. 2004, 129(7), p.30-33.

(9) Dallis, Diane et al. Reference Services in the Commons Environment. Reference Services Review. 2006, 34(2), p.248-260.

(10) Haas, Leslie.; Robertson, Jan. The Information Commons. Association of Research Libraries, 2004, 15p. (SPEC Kit, 281). http://www.arl.org/bm~doc/spec281web.pdf, (accessed 2007-02-03).

(11) Beagle, Donald. Conceptualizing an Information Commons. Journal of Academic Librarianship. 1999, 25(2), p.82-89.

(12) Beagle, Donald. Conceptualizing an Information Commons. Journal of Academic Librarianship. 1999, 25(2), p.82.

(13) Beagle, Donald. Conceptualizing an Information Commons. Journal of Academic Librarianship. 1999, 25(2), p.84.

(14) Bailey, Russell.; Tierney, Barbara. Information Commons Redux: Concept, Evolution, and Transcending the Tragedy of the Commons. Journal of Academic Librarianship. 2002, 28(5), p.277-286.

(15) Church, Jennifer. The Evolving Information Commons. Library Hi Tech. 2005, 23(1), p.75-81.

(16) Lippincott, Joan K. “Net Generation Students and Libraries”. Oblinger, Diana G.; Oblinger, James L.(eds.). Educating the Net Generation. EDUCAUSE, 2005, p.13.1-13.15. http://www.educause.edu/ir/library/pdf/pub7101m.pdf, (accessed 2007-02-03).

(17) Lippincott, Joan K. “Net Generation Students and Libraries”. Oblinger, Diana G.; Oblinger, James L.(eds.). Educating the Net Generation. EDUCAUSE, 2005, p.13.1-13.15. http://www.educause.edu/ir/library/pdf/pub7101m.pdf, (accessed 2007-02-03).

(18) Spencer, Mary Ellen. Evolving a New Model: the Information Commons. Reference Services Review. 2006, 34(2), p.242-247.