E2172 – テクノロジー導入に伴う若者と図書館の関係構築<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.375 2019.08.29

 

 E2172

テクノロジー導入に伴う若者と図書館の関係構築<文献紹介>

新潟県立図書館・稲垣彩(いながきあや)
大阪市立水都国際中学校・高等学校・中田彩(なかたあや)

 

Subramaniam, M.; Scaff, L.; Kawas, S.; Hoffman, K. M.; Davis, K. Using Technology to Support Equity and Inclusion in Youth Library Programming: Current Practices and Future Opportunities. The Library Quarterly. 2018, vol. 88, no. 4, p. 315-331.

 ICTをはじめ,日進月歩するテクノロジーは図書館において図書の探索を支えるだけでなく,さらに豊かな探究活動において欠かせないものとなってきている。しかし,日本図書館研究会児童・YA図書館サービス研究グループの井上靖代氏らによる『YAサービスの現状―全国調査報告(2)』からも,日本の図書館の若者向けのプログラムはPOP作成やビブリオバトルなど紙媒体の図書の活用を促すものが多いことが読み取れ,テクノロジーが積極的に活用されている事例は少ないといえる。『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』においても,「現代社会が抱える様々な課題を解決するためにイノベーションが期待されており,世界的にも理数教育の充実や創造性の涵養が重要視されており,米国等におけるSTEM教育の推進はその一例である」とあるように,これからは情報や知識の習得だけに留まらず,他者との対話をとおして意見を深め合ったり,何かをつくりあげることが求められる,アウトプットの時代になってきている。それに伴い,テクノロジーの活用は必須になってくるだろう。

 本文献は,米国の公共図書館で若者向けサービスの実務を担当する92人の図書館員に対し,彼らが提供しているプログラムにおいて,用いているテクノロジーの種類・用途,またテクノロジーを「つながりの学習(Connected Learning)」にどのように結びつけているかについて,個別インタビュー及びフォーカスグループインタビューを行った結果を分析したものである。調査対象には,予算が潤沢にある都市部の図書館で働く職員のほか,郊外や農村部の規模も多様な図書館の職員も含まれており,ベストプラクティスだけではない実証的な研究である。

 分析の理論的な枠組みとしては,2010年代から米国を中心に広まった「つながりの学習」を用いている。「つながりの学習」とは,若者が仲間や教育者と開かれたネットワークテクノロジーを介し相互協力をしながら,興味を動機とした主体的な創作活動に焦点を当て,自ら新しい知識とスキルを発見し獲得することを核とする学習理論である。十分な学習経験の機会を持たない若者にも機会を与えるという意味での公平性にも重点を置いており,誰に対しても開かれている図書館を「つながりの学習」のための理想的な拠点として位置付ける先行研究もある。

 調査の結果,明らかになった事柄の一部を紹介する。

  • インタビューした図書館員の98%が,パソコン,タブレット,編集ソフト,3Dプリンタなどの何らかのテクノロジーをプログラムで活用していた。
  • 提供するプログラムの内容やテクノロジーの種類よりも,若者との関係づくりを重視している。
  • 州立図書館や企業,様々な専門家などコミュニティの人々と協力関係を結ぶことで,図書館員の技術的な専門知識の限界を超えたプログラムを若者に提供することに成功している。
  • 若者の興味に沿ったプログラムを企画することや,若者の交通事情やスケジュールに配慮して学習の機会を提供することに力を割いている。
  • 特定のテクノロジーに関する経験や知識が十分になく,メンターとしての能力に自信がないことが課題となっている。

 以上のような結果から,コミュニティの関係者や若者と良好な関係を築き上げる試みを続けることで,若者の生活の実情・興味に寄り添う,幅広く深いプログラムの提供を目指す図書館員の姿が浮かび上がってくるといえる。「図書館員が若者と強いきずなを結び,若者が応えてくれれば,どんなワークショップも提供できます」というインタビュー中の発言が紹介されていることからも,人と人とのつながりこそがプログラム成功の鍵であると米国の図書館員はとらえているといえるだろう。

 コミュニティの若者に関わる様々な関係者(保護者,教育者,図書館員,地域住民など)が手を取り合うことで,若者にとってもコミュニティにとっても有用な影響をもたらし得るプログラムを提供でき,コミュニティの他者や次の世代にもつながっていくだろう。

 本文献では,若者に対しては,図書館員が利用者へサービスや情報を与えるという役割から,利用者の実践を解決に導くために助言する役割も持つという意識の転換が求められていることが示唆されていた。知識や経験,資金・時間・人員の不足を抱えながらも実践されている米国の種々の図書館員の試みは,日本の図書館が今後テクノロジーを活用したサービスを構築していくにあたって,手がかりを与えている。

Ref:
https://doi.org/10.1086/699267
https://doi.org/10.20628/toshokankai.68.2_134
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/28/1407073_06_1_1.pdf
http://www.ala.org/tools/future/trends/connectedlearning
http://library.ifla.org/1014/
https://doi.org/10.18919/jkg.66.10_531