E2167 – アーカイブサミット2018-2019<報告>

カレントアウェアネス-E

No.374 2019.08.08

 

 E2167

アーカイブサミット2018-2019<報告>

アーカイブサミット組織委員会・井上奈智(いのうえなち),眞籠聖(まごめたかし)

 

 2019年6月11日に,千代田区立日比谷図書文化館(東京都)において,アーカイブサミット組織委員会(委員長:長尾真(京都大学名誉教授))の主催により「アーカイブサミット2018-2019」が行われた。本稿では,同委員会事務局の立場から,本会の内容について報告する。「アーカイブサミット」とは,産官学民を横断するアーカイブ関係者による集まりで,2015年,2016年(E1814参照)は東京で,2017年(E1973参照)は京都で開催された。5年間で4回目の開催となる今回がいったんの着地点となる。なお,今回は集中的な議論をするため招待制をとった。

●アーカイブサミットが達成してきたもの

 長尾氏の開会挨拶では,アーカイブサミットの意義として,ばらばらに課題に取り組んでいた産官学民を横につなぐ機能を果たしてきたとの言があった。これまでの成果と今後の課題として,吉見俊哉氏(東京大学教授)から,2015年に初めてアーカイブサミットが開かれた当初は,目標とする知識基盤社会からほど遠い状況であったが,2015年の同サミットで「アーカイブ立国宣言」が提言され,人・金・法律に関する課題の取り組みがなされてきた,という説明があった。

●「法」「公」「民」

 ここから3つの分科会に分かれた。それぞれ簡単に中心となる内容を表すなら,第1分科会は「法」,第2分科会は「公」,第3分科会は「民」と整理できるだろうか。

 第1分科会では,「近年の一連の著作権法改正の動きの背景とその本質,これからの影響」と題して,コーディネータの福井健策氏(骨董通り法律事務所弁護士),生貝直人氏(東洋大学准教授)を中心に,会場全体で議論が進められた。

 会場からは,2018年の著作権法改正を受けて,保護期間が延長され(E2060参照),パブリックドメインが生まれにくくなった一方で,アーカイブ機関が利用しやすい規定が追加されたという意見が出された。しかし,米国の大学では,教授から依頼を受けた大学図書館が,学生に文献の指定箇所をメールで配布するが,日本では実現できていないという指摘があった。また,法的な制約により所在検索サービスの表示箇所が数行のみに限定されると,技術的な手間がかかり公開コストが上がるため,一頁単位での公開を認めることはできないかという意見があった。これらに対して,権利者が対価を得る方法を考えるべきであり,ソフトロー(ガイドラインなど法令によらないルール)も含めた法制度を整備する必要があるという指摘があった。

 第2分科会では「「官」に独占された「公文書(official document)」概念を捉え直す」と題して,コーディネータの瀬畑源氏(成城大学非常勤講師)から,現在の「公文書」の概念を広げた「公共文書」の提案があった。提案の背景として,現在の公文書管理法は,行政府の文書しか保存対象にしておらず,立法府・司法府の記録は抜け落ちているという課題がある。また,政策決定に至るまでの官僚のメモや与野党間の法案修正協議は記録に残らないという。近年は政策立案がシンクタンクやNPOなどの民間セクターに委託されることもあり,民間の関わりが従来の公文書の記録では見えにくくなっている課題もある。会場からは次のような意見があった。

 行政の現場では,大臣へのレクチャー資料や大臣答弁資料が,組織のオーソライズを受けた文書として重要な位置を占めるが,これらは組織内でも共有されておらず,隣の課でどのような説明を行っているか分からない状態だという。これらの資料が横断的に組織内で共有されれば,業務の効率化に資するはずだとの指摘があった。また,最近の行政の現場では,メールを使わずSlackといったメッセージサービスでやり取りをする例もあり,職員のメモという形で私文書すら残らなくなっている現状があるという。現在の文書管理では残さないことにインセンティブが生じており,残すためのコストを丁寧に解決していく視点が必要であるという意見があった。出版された本については国立国会図書館で収集する仕組みができているが,納本対象でない公共機関の文書については,一定の基準を設けて収集する仕組みが必要ではないかとの意見があった。

 第3分科会「全国の特色ある小規模コレクションアーカイブ・DAの意義と維持・発展の可能性」では,コーディネータの井上透氏(岐阜女子大学教授),沢辺均氏(ポット出版社長)を中心に,「小規模コレクションアーカイブの意義とはなにか」「小規模コレクションアーカイブの維持・発展の可能性を考える」「どこからアーカイブの振興に着手するか」の3つの論点を念頭に置きながら,アーカイブ関係者や研究者からのアーカイブ紹介を題材として議論された。

 「小規模コレクションアーカイブの意義」では,会場から紹介された事例を通じて,その地域での個人的な記憶が,話しているうちに他の地域の話に広がっていくことは,パーソナルからコミュニティ,ソサエティへの広がりともいえるとの指摘がなされた。「小規模アーカイブの維持・発展」について,アーカイブを作るという点からは,各々の状況に合わせたデジタルアーカイブの作り方があるという考え方が示された。公益財団法人たましん地域文化財団(東京都国立市)では地元の金融機関の地域貢献をベースとして,寒川文書館(神奈川県寒川町)では公益財団法人図書館振興財団の助成金を得て,それぞれTRC-ADEAC株式会社と組んでデジタルアーカイブを作成した。一方岡山市では,アーカイブを図書館の業務として安価な民間商用サービスで作って公開し,今後予算獲得やより精細なアーカイブ作りに広げていくという進め方をした。これらの例から,多様な実現方法を検討することの必要性が語られた。「アーカイブの振興」という点からは,Instagramのように,デジタルアーカイブが日常に近いものになっている,デジタルアーカイブ作成の際にそういった説明で敷居を下げるところから始めてもよいのではとの主張があった。一方で,個人のアーカイブは権利や保存の点で難しくもあり,アーカイブ関係機関と連携していく重要さも指摘された。

●デジタルアーカイブ整備推進法(仮称)への期待

 続くラウンドテーブルでは,2018年5月にデジタル文化資産推進議員連盟総会で提示されたデジタルアーカイブ整備推進法(仮称)に関する議論がなされた。冒頭で,推進法には,権利面の手当のほか,国内・国際機関の連携,人材育成,研究開発といった多様な視点に加え,それらの受け皿となる組織を作ることも含まれるという説明が行われた。

 登壇者や会場から活発に意見が出された。ルールや予算を厳密に定めすぎると現場が疲弊するため,実際に運用可能なルールとなるように現場目線が必要であるという。また,関係者以外には意義が理解されにくいため,重要な位置づけを与えられた震災アーカイブを例に,パッションが伝わるような書きぶりにするべきであるという意見があった。最後は長尾氏により,推進法には,理念の核となる文言,国立国会図書館法にある「真理がわれらを自由にする」もしくは同氏が国立国会図書館長在任中にそれをベースにして提示した「知識はわれらを豊かにする」に比するもの,を入れるべきではないかという指摘で締め括られた。

●アーカイブサミットのこれから

 2015年のアーカイブサミットで課題として挙げられていたのは,デジタル文化資産の把握であり,孤児著作物など著作権の壁,人材育成などであった。2017年のデジタルアーカイブ学会の設立(E1997参照),2018年のデジタルアーカイブに関する規定を多く含んだ著作権法改正,2019年のジャパンサーチ(試験版)の公開など,アーカイブ立国へのステージは確実に前進している。アーカイブサミットは今回で一区切りとなるが,産官学民が横断的に政策や課題を議論する場は,今後も必要である。アーカイブサミットが母体となったデジタルアーカイブ学会も含めた様々な枠組みも用いて,アーカイブ社会のさらなる前進を期待したい。

Ref:
http://archivesj.net/summit20182019top/
E1814
E1973
E2060
E1997