E2046 – アート・歴史分野における国際的な標準語彙の活用<報告>

カレントアウェアネス-E

No.351 2018.07.26

 

 E2046

アート・歴史分野における国際的な標準語彙の活用<報告>

 

 2018年6月16日に国立歴史民俗博物館(以下「歴博」)にて,国際シンポジウム「アート・歴史分野における国際的な標準語彙(ボキャブラリ)の活用 - Getty Vocabulary Programの活動と日本」が,アート・ドキュメンテーション学会年次大会の関連企画として歴博メタ資料学研究センターとの共催で開催された。

 日本の芸術文化を国内外に正確に伝えるために国際的に共通した語彙の導入が求められており,後述のようにゲティ語彙集の概要や台湾での実践事例が紹介され,来場者とともに日本での実現や可能性が論じられる場となった。

 冒頭に歴博副館長の西谷大氏より開会挨拶があり,続いて同館の後藤真氏から趣旨説明が行われた。歴博では2015年度からメタ資料学研究センターを設置し「総合資料学」の創成を目指している。後藤氏からは2018年5月に歴博から公開された様々な機関の資料データを横断的に検索できる総合資料学情報基盤システム「khirin」が紹介された。

 まず,米・ゲティ研究所ゲティ・ボキャブラリー・プログラムのシニアエディターであるワード(Jonathan Ward)氏の講演が行われ芸術分野に関する語句をまとめたゲティ語彙集の概要について解説された。語彙の情報は固有IDによって管理され,階層的な構造化により異なる言語でも作品情報の同義性や関係性を表せることが示された。語彙集の多言語化は世界各国の機関と協力して進められており,日本からの情報の提供方法についても触れられた。ゲティ研究所が定める基準を満たす機関は同意書を取り交わして情報提供を行い,提供された語彙情報は研究所内で審査して語彙集の信用性が維持されている。2015年までに3つの語彙集がLinked Open Data(LOD)で公開され,将来的には情報処理の高速化を目指しさらにデータ共有を目指していく方針が述べられた。

 続いて,台湾・中央研究院歴史語言研究所の助研究員であるチェン(Sophy Chen)氏より先行事例としてゲティ語彙集の中国語への翻訳について講演が行われた。2008年よりゲティ研究所と共同でゲティ語彙集の「アートと建築のシソーラス」(the Art and Architecture Thesaurus®;AAT)を中国語へ翻訳することに取り組んでおり,中国語話者と中国語話者以外の研究者が双方の文化情報にアクセスできるようにすることを主な目的としている。中国語の語彙とAATの近似性を7つのマッピングタイプに分類し,異なる文化圏の語彙を照合する試みが紹介された。

 その後,話題提供として5名の発表者より日本国内の取り組みが紹介された。東京文化財研究所の橘川英規氏は,『日本美術年鑑』の編纂で収集・蓄積された美術家の人名情報をゲティ語彙集へ提供するための試みを報告した。総合地球環境学研究所の関野樹氏は,過去の地名情報を採取して経緯度と関連づけた歴史地名データを公開しており,歴史研究での活用について報告した。公益社団法人渋沢栄一記念財団の茂原暢氏は,渋沢栄一の伝記資料から人名表記のリスト,会社・団体名の変遷図を作成したデータベースについて報告した。慶應義塾大学の本間友氏は,展覧会などのイベント記録が作品来歴や作家経歴の調査に役立つことを示し,分散して蓄積されたイベントデータをリンクさせる可能性について報告した。東京藝術大学の嘉村哲郎氏は,博物館に関するデータを収集したLODAC Museumの活動からリンクの参照によって典拠データの属性と属性値を再使用できるLODの利点について報告した。

 休憩を挟み,後藤氏が進行を務め,ワード氏,チェン氏,橘川氏,嘉村氏が登壇してパネルディスカッションが行われた。会場からも国内でゲティ語彙集を導入するための技術的な課題や組織構成についての質問も多く,ワード氏とチェン氏からも具体的な回答が示されることで実践的な取り組みに関する議論が展開された。

 同じ漢字文化圏の台湾での試みは参考になることも多く,ワード氏からデータの提供から始めることが提案されるなど具体的な道筋が示されたことが印象的だった。今後の国内におけるゲティ語彙集の翻訳の進展と活用の広がりが期待される有意義な内容であった。

アート&ソサイエティ研究センター・井出竜郎

Ref:
http://www.jads.org/news/2018/20180616sympo.html
https://www.getty.edu/research/tools/vocabularies
https://www.getty.edu/research/tools/vocabularies/training.html
http://aat.teldap.tw/index.php?_lang=en&_session=z8X56dE3KLvb9*390
http://www.metaresource.jp/about-khirin/
http://blogs.getty.edu/iris/art-architecture-thesaurus-now-available-as-linked-open-data/
http://blogs.getty.edu/iris/getty-thesaurus-of-geographic-names-released-as-linked-open-data/
http://blogs.getty.edu/iris/getty-union-list-of-artist-names-ulan-linked-open-data/
http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/seminar/Kathleen_Salomon20171206.pdf