E1994 – 第65回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.341 2018.02.08

 

 E1994

第65回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム<報告>

 

 2017年11月5日,名古屋市の椙山女学園大学において,第65回日本図書館情報学会研究大会シンポジウムが「研究者が現場と関わりながら研究をすること:医療健康分野で考える」と題して開催された。当日は,コーディネーターの田村俊作氏(元慶應義塾大学)による趣旨説明に続き,4人のパネリストからの話題提供,そしてパネルディスカッションが行われた。以下では,それぞれの話題提供およびディスカッションの内容について報告する。

 まず,田村氏より今回のシンポジウムでは,図書館における医療健康情報サービスの現状を確認した上で,今後の展開,さらには現場との協働のあり方を探りたい旨の趣旨説明があった。

 1番目のパネリスト,池谷のぞみ氏(慶應義塾大学)からは,近年における健康医療分野における図書館員,医療関係者,研究者の協働の状況について説明があった。続いて,健康医療分野の現場の課題把握にもとづき立ち上げた,科学研究費補助金による研究班(代表:池谷のぞみ)の「協働選書プロジェクト」について紹介があった。このプロジェクトでは,図書選定を協働して行い,そこで生み出される知識の共有化を目指している。最後に,研究者が現場に軸足を置きながら課題発見の段階から協働に努め,持続可能なサービスをデザインする必要性が指摘された。

 2番目の呑海沙織氏(筑波大学)からは,「超高齢社会における図書館」に関わるいくつかのプロジェクトの報告があった。そうした取り組みとして,近年では,図書館だけでは解決できない認知症高齢者に関わる課題を解決するため,多様な分野の研究者と実務者などによる「超高齢社会と図書館研究会」が立ち上げられ,「認知症にやさしい図書館ガイドライン」を発表している。同研究会の基本方針は参加者が「互いを知る」ことであると強調された。

 3番目の秋山美紀氏(慶應義塾大学)からは,まずヘルスコミュニケーションのエコロジカル・モデルの説明があった。これは,個人をとりまく環境・地域コミュニティ等の健康に関わる社会的決定要因に専門家が働きかけることを重視する概念モデルである。つぎに,秋山氏が調査研究の場にしている山形県鶴岡市にあり,慶應義塾大学も関わっている情報ステーション「からだ館」におけるこれまでの活動について報告があった。同館には「調べる 探す 相談する」「出会う 分かち合う」「楽しく学ぶ」という3つの活動の柱がある。同館の活動によって,地域住民から患者体験を語り合う等の自主的な活動がいくつも生まれているとのことであった。

 4番目の八巻知香子氏(国立研究開発法人国立がん研究センター)からは,まず,国立がん研究センターのがん対策情報センターを中心とした活動の紹介があった。つぎに,現場との関わりという観点から,堺市立健康福祉プラザ視覚・聴覚障害者センターとの協働によるがん情報の点訳・音訳資料の作成等,医療機関と図書館の関係者が出会う場づくり(E1808参照),がん情報ギフトプロジェクト(E1958参照)等について報告があった。

 パネルディスカッションでは,参加者からの質問への回答の後,研究者が現場と関わる際の課題やメリットを中心に議論が進められた。現場との関わりを円滑にするコツについて,池谷氏は,現場において研究者は学ぶ立場にあること,ラポール(信頼関係)の構築が重要であることの指摘があった。呑海氏からは,現場に歓迎されない研究者として,上から目線,すぐに結果を求める,結果への関心が薄いといった特徴の指摘があった。また,現場との間で壁を作らないようにするため,協働の場では敬称は「さん」に統一しているとのことである。秋山氏は,からだ館の発足当初,医師から言われた「情報は毒にも薬にもなる」との意見を受け,医師と患者のコミュニケーションを邪魔しないこと,そのコミュニケーションの促進を心がけているとの話があった。また,異なる専門職であっても,互いの歩み寄りが必要であることが述べられた。八巻氏からは,共有できる目標を見つけ,その観点から協働を呼びかけていくことが重要との発言があった。

 次に,研究成果について,現場と学術コミュニティの双方の立場からどのように考えるかについて議論した。池谷氏からは,成果の出し方の違いはあっても,両者が同じ目標を設定することが重要であるとの意見が述べられた。呑海氏からも,結果をどのように見せるかであり最終的には同じでは,との発言があった。ただし,協働には時間がかかり成果を出す時間を確保しづらいことが課題として挙げられた。

 秋山氏からは,英国医学研究会議(MRC)による複雑介入のガイドラインに基づけば,すべての研究段階で発表が可能であること,CBPR(Community-based participatory research) for Health(コミュニティに基点を置いた参加型研究)を用いて,現場の関係者に早い段階から研究に参加してもらい,一緒に研究を進めていくことが重要であるとの説明があった。八巻氏からは,学会への報告は成果の参照可能性を高めたり,現場の実感が確かめられたりするので重要だが,学際研究の場合,適当な発表媒体を探すことが難しいとの指摘があった。

 最後に田村氏より,実践的知とアカデミズムの知を峻別して研究プログラムを立てるべきでなく,むしろ,両者の間にいかに回路を作っていくかが重要ではないかと述べられた。同時に,現場と学術コミュニティの双方に向けて研究成果を出していくことが重要であるとの発言があり,現場での協働を考えている,あるいは進めている研究者への示唆に富んだ内容のシンポジウムがしめくくられた。

慶應義塾大学文学部・酒井由紀子,松本直樹

Ref:
http://old.jslis.jp/conference/2017Autumn.html#symp
http://www.slis.tsukuba.ac.jp/~donkai.saori.fw/a-lib/index.html
http://karadakan.jp/
http://ganjoho.jp/public/index.html
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2012/1023/02.html
http://www.mrc.ac.uk/complexinterventionsguidance
E1808
E1958