E1921 – 紀要編集者NWキックオフセミナー『紀要』の可能性<報告>

カレントアウェアネス-E

No.326 2017.06.08

 

 E1921

紀要編集者NWキックオフセミナー『紀要』の可能性<報告>

 

 2017年3月24日,京都大学において「紀要編集者ネットワーク キックオフセミナー『紀要』の可能性」が開催された。

 紀要編集者ネットワーク(紀要NW)は,2016年秋,京都大学学術研究支援室(KURA)の協力のもと,京都大学の紀要編集者有志により立ち上げられた。紀要NWでは大学の部局や研究所で刊行される雑誌一般を広く「紀要」と定義している。通常,紀要の編集や刊行業務は編集委員の教員や編集担当職員が担っており,本学からも多数の紀要が出されているが,これらを「横」につなぐ仕組みがこれまでなかった。紀要NWは,学内外の紀要関係者をつなぎ,紀要の編集・刊行に関する有用な情報を共有するとともに,その存在意義や有用性を再考し,共通の課題の解決に向けた議論の場となることを目指している。

 本セミナーは,京都大学学際融合教育研究推進センター「2016分野横断プラットフォーム構築事業」の経費支援を受けて開催された。当日は,学内外の紀要編集者,校正者,図書館や印刷会社・出版社の関係者等32名の参加者のもと,投稿資格や刊行形態の異なる5誌の編集関係者が登壇し,創刊の背景や編集体制,今後の課題などについて発表した。

 京都大学『ヒマラヤ学誌』編集長の松林公蔵氏からは,同誌は辺境の地域研究に関する文理融合の萌芽研究を査読・刊行する総合誌であり,既存の分野には収まりきらない論考や,インパクト・ファクターの高い医学誌では掲載しきれない大量のデータを公表する場としても機能している,との報告があった。

 京都大学人文科学研究所は『東方學報』『人文學報』“ZINBUN”の3誌を発行しているが,今回は欧文誌“ZINBUN”について,編集委員長の立木康介氏から,編集体制や編集作業フローの紹介があった。検討課題として,査読者へ謝礼を支払うことの是非,若手研究者に多く見られる形式の不備や半可な言葉遣いの改善などの点が挙げられた。また,投稿資格の拡大も検討事項であるが,それによる所員の負担増も考慮する必要がある,とのことであった。

 京都大学『いのちの未来』編集委員長の澤井努氏からは,大学院人間・環境学研究科のカール・ベッカー研究室が2016年に創刊したばかりのこの紀要について,2年半にわたる創刊準備や,編集作業や編集委員会の運営における苦労話が紹介された。2017年3月末にベッカー教授が退官し研究室が解散するため今後も雑誌を継続するかは未定であるが,継続する場合は刊行の目的を再考する必要がある,また,投稿者をどのように募るか,編集委員会の負担をいかに軽減するか,などの点も考える必要があるとのことであった。

 北海道大学『科学技術コミュニケーション』編集委員長の種村剛氏と副編集委員長の川本思心氏からは,同誌が日本初の科学技術コミュニケーション専門誌として創刊された経緯や,刊行・編集体制について紹介があった。また,独自の取組として,論文の執筆経験のない著者を対象としたアドバイザー制度の導入や,北海道大学学術成果コレクション(HUSCAP)による電子版公開とダウンロード履歴確認の仕組みなどが紹介された。なお,同誌は投稿資格を設けておらず,大学関係者以外でも投稿できるが,そうした論文はどうしても学術的な精密さを欠きがちなので,そのバランスをどう保つか毎回苦心している,とのことであった。

 東京外国語大学『アジア・アフリカ言語文化研究』副編集長の近藤信彰氏と編集事務担当の浅井万友美氏からは,編集や査読の体制,投稿の傾向などについて紹介があった。紀要=同人誌というイメージをもたれることもあるため,同誌を紀要とは認識していない,との前置きの上で,予算も人員も限られているが,同大学アジア・アフリカ言語文化研究所の顔として同誌の刊行を重視している,との話であった。

 本セミナーの企画に協力したKURAの神谷俊郎リサーチ・アドミニストレーターからは,学内外組織の関係者を結ぶ活動を通して,関係者の要望や提案を集めれば,紀要の置かれている環境の改善につなげることができる,という主旨の提案がなされた。

 セミナー後半には,参加者を交えてディスカッションが行われた。紀要編集者を結ぶという紀要NWの趣旨に基づき,参加者全員に自己紹介ののち関心事や質問等を自由に述べてもらう方式を採り,必要に応じて登壇者や参加者よりフィードバックを得た。特に,オンライン版への移行の利点(「紙を読まない」デジタル世代へのアピール,テキスト化・メタデータ・注書式の整備による見える化の向上等)と,これに対する冊子体(紙)発行の意義(「紙しか読まない」世代がいること,オンライン化が経費削減に必ずしもつながらないこと,図書館の新刊コーナーに並んでこその学術誌であるとの意見等)について白熱した議論が交わされた。その他,投稿数の増加に向けた取組,校正や編集にかかる負担の軽減,編集スタッフの確保等の話題も挙がった。

 紀要NWでは今後も,編集関係者の関心に応じたセミナーを定期的に開催する予定である。なお,セミナーでの発表資料の一部を京都大学東南アジア地域研究研究所のウェブサイト上で公開しているので,関心のある方はご参照いただきたい。

京都大学東南アジア地域研究研究所・設楽成実
京都大学学術研究支援室・神谷俊郎

Ref:
http://research.kyoto-u.ac.jp/gp/紀要編集者ネットワーク
https://kyoto.cseas.kyoto-u.ac.jp/2017/06/20170324/