E1756 – オープンサイエンスを実現する:OECDの俯瞰レポート

カレントアウェアネス-E

No.296 2016.01.21

 

 E1756

オープンサイエンスを実現する:OECDの俯瞰レポート 

 2015年8月 に経済協力開発機構(OECD)の科学技術政策委員会に承認された“Making Open Science a Reality”と題したレポートが同年10月に発行された。オープンサイエンスに関する現況と課題をまとめ,付録として各国の協力を得て国別の状況もまとめられている。 

◯はじめに

 このレポートでは,オープンサイエンスを「公的資金による研究成果を,デジタルフォーマットによって,研究者コミュニティ,企業,社会から幅広く,そしてより一般的にアクセスできるようにすること」としている。そして,科学における従来からある研究成果や研究データ等の公開の 伝統と情報科学技術のツールが組み合わさることで,科学の在り方を積極的に見直し,政策立案者から重要な観点を引き出し,長期的な観点から研究やイノベーションを促進するものとしている。 

◯オープンサイエンスを進める理由

 オープンサイエンスを進める理由としては,(1)オープンサイエンスは科学を効率化し,より広く普及させること,(2)研究成果をより正しく検証できること,(3)研究成果の普及によって科学研究の枠組みに限らず広くイノベーションを育むこと,(4)市民や企業もオープンサイエンスの便益を得られ,経済効果も期待できること,などが示されている。 

◯主な関係者

 オープンサイエンスを進める関係者として以下を列挙し,解説を加えている。

  • 研究者
  • 政府機関・研究助成団体
  • 大学,公的研究機関
  • 図書館,リポジトリ,データセンター
  • 私的な非営利団体,助成団体
  • 民間の科学出版社
  • 企業・超国家的に独立した組織 

 最後の「超国家的に独立した組織」とは,IGO(International Governmental Organization)を指している。具体例としてOECD,UNESCO,EU,世界銀行などを挙げつつ,オープンサイエンスというグローバルな活動の政策作りにおいて,超国家的に独立した組織が国家間の調整を行って協調することの重要性を示している。 

◯オープンサイエンス政策の動向

 OECDは2007年に研究データへのアクセスに対する原則とガイドラインを公開しており,それに従いOECD加盟国はオープンサイエンス を進めてきたが,このレポートでは,オープンサイエンス政策を進める際の,飴と鞭(Sticks and Carrots)や,実現手段(Enablers)について述べている。 

飴 :論文やデータのオープンアクセス(OA)出版の費用を負担する。オープンサイエンスに関する研究者の対応,活動を(肯定的に)評価し,キャリア形成に繋げる。

:国,研究機関が研究助成の際のポリシーとして研究成果のオープン化を義務化する。

実現手段:論文やデータを共有するためのインフラを整備する。オープンサイエンス文化を育てるイニシアチブを立ち上げる。オープンサイエンスに対応した法改正を行う。研究者のスキルを向上させ,研究成果の共有と再利用を進める。データ管理ガイドラインを大学・研究機関で作成する。

 これら3つを様々な観点から総合的に勘案する必要があるが,近年の各国の政策では,義務化ルールの制定とインフラの整備にとどまっていること,インセンティブに関しては,現状では,OA出版の経費をサポートすることが多いこと,そして,対照的にオープン化に対応した研究者への報酬についてはまだ一般的ではなく,研究者のキャリアとして評価することや,研究チームへの資金提供などが検討されているとしている。 

◯主な発見と政策向けメッセージ

 今回の調査で分かったこととしてレポートでは13項目が列挙されている。主なものとしては,次がある。

  • オープンサイエンスは論文やデータの出版及び公開を超えたものであり,研究インフラを相互に運用する,研究手法をよりオープンに共有する,機械可読性も考慮するなど幅広い概念を含む。
  • 研究データのオープンデータを進める政策は論文のOAに比較して未熟であり,データの粒度,多様性などを考慮しながら, セキュリティ,知財関連の課題にも対応する必要がある。
  • オープンサイエンス政策は原則に従って進められるべきであるが,研究データ等の管理に係る長い伝統を有すると目されるコンピューターサイエンスや物理学などの学問分野における既存の活動の状況を踏まえ,柔軟に対応すべきである。
  • データの扱いに関するスキルが重要であり,研究者とそのコミュニティが,教育を含めてデータの利活用を進め,オープンサイエンスを実現する必要がある。
  • コンテンツの質が悪いと,リポジトリやオンラインプラットフォームは十分に活用されない。データの質を高め,メタデータも整備する必要がある。
  • オープンな研究成果が長期的に利用できるように,国際連携や官民連携によるなど,保存のコストをどう賄うか考慮する必要がある。
  • オープンサイエンスに関するあらゆる関係者(動機や目的が異なる,研究者や政府機関,学術機関,図書館など)を巻き込んで協議を重ねることが成功の鍵である。 

 これらの他にも,オープンサイエンスは手段であって,最終目標ではないこと,研究者間のデータ共有を進めるインセンティブの仕組みが必要であり,オープンサイエンスの文化について研究者が認識し,慣れ親しむことが重要であること,国家的,国際的にオープンサイエンスに対応する明瞭な法体系を整備する必要があること,この世界的な課題を解決するために,国際協調が今まで以上に重要であると共に,無理強いすることなく,自発的な競争性のある状況を保つことが重要であること,などが挙げられている。

 本レポートによる俯瞰的な現状認識と課題の洗い出しによって,各国における研究成果のオープン化の検討と利活用の促進が進むことを期待したい。 

文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術動向研究センター・林和弘

Ref:
http://dx.doi.org/10.1787/5jrs2f963zs1-en
http://www.oecd-ilibrary.org/making-open-science-a-reality_5jrs2f963zs1.pdf
CA1851