E1599 – エルゼビア社のテキスト・データ・マイニング方針とその論点

カレントアウェアネス-E

No.265 2014.08.28

 

 E1599

エルゼビア社のテキスト・データ・マイニング方針とその論点

 

 2014年1月31日,エルゼビア社が,テキスト・データ・マイニング(TDM)に対する方針の更新を発表した。これに対して,7月には欧州の図書館関連団体等が方針の取り下げを求める質問状を送付し,同社はこれに回答を示した。本稿では一連の動きとその論点を紹介する。

 エルゼビア社が1月31日に更新した方針では,研究者による非商用目的でのTDMに係る条項が,学術研究機関におけるScience Directの契約に新たに含められることとなった。研究者は,エルゼビア社の開発者向けページ上で利用登録を行えば,APIキーが発行され,XMLやテキスト形式の全文データへAPIを介してアクセスできるようになり,TDMが可能となる。ただし,一括ダウンロードや画面のスクレイピングは禁止され,研究者がTDMの成果-スニペット(200文字以内に制限)や書誌データを含みうる-を配布する場合,CC BY-NCライセンスを含めること,デジタルオブジェクト識別子(DOI)を付与することが求められた。

 この方針に対し,7月1日,欧州研究図書館協会(LIBER),国際図書館連盟(IFLA),欧州研究大学連合(LERU),SPARC Europe等の欧州を中心とする18の団体が,エルゼビア社のTDM方針を取り下げるよう求める公開質問状を公表した。公開質問状では画像や図等を含むコンテンツ全体へのアクセスには個別の契約が必要であること,最も一般的な方法であるコンテンツのクローリングが明示的に禁止されていること,同方針自体が研究活動を妨げる障壁となることが指摘されている。そして,他の出版社の規範となる方針となるよう,次の5つの事項を提示している。

 まず(1)研究者の学問の自由を守ることを挙げている。利用者情報を入力の上,クリックスルー(上記方針に同意するボタンを選択する)形式で利用登録させ,利用条件をエルゼビア社側がいつでも変更可能なことは受け入れがたい。現方針では,研究者に過度の責任を押し付けており,また,出版社と研究者間の仲介者である研究機関の役割を軽んじるものである,としている。また,(2)責任ある研究とその成果の配信を支援することの重要性を挙げている。結果の透明性と再現性を確保するためには,研究者が使用したデータセットのコピーを研究機関が保管できるのが重要であり,さらに,出版社であっても,TDMによる研究成果のライセンスを規定するのは問題である,とする。続いて,(3)独占の禁止,すなわち,TDMを行うツールが限定されていないことを要求し,(4)研究者がクローリングを行えるプロトコルの採用を奨励し,むしろ,TDMによるアクセス負荷に耐えうる環境を保証することが重要であるとし,最後に(5)価格に見合うサービスの提供を求めており,すでに電子ジャーナル契約で,研究機関は十分な額をエルゼビア社等の学術出版社には支払っていることを指摘している。

 これに対し,7月10日,エルゼビア社は,LIBER等から寄せられていた取り下げを求める声明に対して,回答を公開した。2006年からTDMの環境を提供してきたことを前提に,著作権の権利制限が必要であるか否かに関わらず,また,各国の法的枠組みがどのようなものであれ,研究者に対して,実質的に機能するTDMサービスを提供することが重要であるとする考え方を示している。具体的には,論点ごとに以下のような内容を説明している。

 (a)クリックスルー契約について,追加で責任を負担させる意図はなく,APIの利用条件を示す手順に過ぎず,利用条件自体も,研究者のフィードバックを受けながら更新していく予定である。また,(b)仲介者の役割や研究者のプライバシーを軽視することはなく,利用登録(APIキーの発行自体は機械処理)は,より充実したサポートを提供したいためである。(c)画像のマイニングについては,要望があれば,2006年からデータ提供してきたが,これまでの例は僅かでしかない。画像や図表等については,第三者が権利を有す場合もあり,権利関係については継続して検討が必要である。また(d)研究者に個別の契約に係る無駄な作業コストを負担させないためにも,CrossRefのTDMサービス(複数出版社のTDMが可能)にも参加している。(e)研究成果に関するライセンス付与については,研究者からのフィードバックを受けて,表示と非商用目的の再利用のみを条件とし,特定のライセンス付与を条件とすることはしないこととした。さらに,(f)研究成果の透明性や再現性については,いずれも担保せねばならず,そのためにもDOIを提供しており,これにより他の研究者がDOIを介して同じデータセットへアクセスできるようになる。様々なデータリポジトリとも協力の上,引用の手順についても整備していく予定である。

 これに対するLIBER等からの反論は今のところなされてない。TDMは,立法措置だけでなく,エルゼビア社のようなDB提供者の提供方針やシステム設計によっても,実現性や内容が大きく左右される。特に欧州では,今後も,TDMをめぐり,様々な関係者を含めた議論が展開されていくと思われる。

電子情報部電子情報サービス課・井上奈智

Ref:
http://www.elsevier.com/__data/assets/pdf_file/0005/215492/TDM_Elsevier_License_2014.pdf
http://www.elsevier.com/connect/elsevier-updates-text-mining-policy-to-improve-access-for-researchers
http://www.elsevier.com/about/policies/content-mining-policies#how-to-gain-access
http://www.elsevier.com/connect/how-does-elseviers-text-mining-policy-work-with-new-uk-tdm-law
http://libereurope.eu/wp-content/uploads/2014/07/Open-Letter-To-Elsevier1.pdf
http://www.elsevier.com/__data/assets/pdf_file/0004/208948/TDM_openletter.pdf