E1379 – 広島大学図書館におけるEspresso Book Machineの導入

カレントアウェアネス-E

No.229 2012.12.28

 

 E1379

広島大学図書館におけるEspresso Book Machineの導入

 

 “Espresso Book Machine”―この心地良い響きのフレーズを,本誌も収録されているカレントアウェアネス・ポータルで検索すると,現在11件の記事がヒットする。少数ながら毎年のようにエポックな記事が紹介されている。ニューヨーク公共図書館(2007),ミシガン大学図書館(2008),ハーバード大学書籍販売部と英国ブラックウェル社(2009),三省堂書店(2010),フランス国立図書館(2011),そして広島大学図書館(2012)と,このことばは関係機関に静かに広がっている。

 Espresso Book Machine(EBM)は,米国On Demand Books社が2006年に開発した製本処理機である。プリンター・PCと一体となり,コンパクトなプリント・オンデマンドのシステムを構成している。電子データ(本文と表紙等のPDFファイル)をもとに,数分間で印刷・製本・裁断を行いソフトカバーの書籍を製造できる。専用のクラウド“EspressNet”上の数百万の既存の電子データが利用できる。また,自作データからでも安価に小部数の書籍を作成することができ,クラウド上に登録すれば世界中の約60機関のEBMでも書籍を提供することができる。2011年に米国で複写機メーカーがリース販売・保守を開始して市場が広がり,日本でも2012年から提供が始まり導入可能性が高まった。

 広島大学は,2012年3月,日本の学術機関として初めてEBMを導入した。大学が生産する学術情報を,EBMによって電子だけでなく印刷体でも出版することにより,教育や研究の高度化と社会貢献を強化することを目的としている。導入後,環境設定・規則改正・料金決定・試行を経て,11月に本格サービスを開始した。

 このEBMの導入に,広島大学図書館は中心的な役割を果たしている。図書館事務室にEBMを設置し,研修を受けた図書館職員が操作を行い,関係規則のなかで利用法を定めている。利用料金は,基本料400円プラス印刷料2円/頁と安価に設定している。これは,用紙・トナー・インク・糊等の消耗品代の実費に相当し,システムの導入経費は,大学や学部・図書館等で全学的に負担している。利用者は大学の学生・教職員とし,利用目的も教育・研究や大学の活動に資するものとして,私的な利用はできない。

 学生・教職員が創作する学位論文・教科書・学術書・報告書等の多くは,現在では電子的に作成・利用されているが,通覧性が高く書き込みも容易な印刷体を必要・有効とする場合は少なくない。例えば,学位論文は,審査効率を高めるうえで印刷体が有効な場合があり,学位が授与された後の印刷公表も求められる。現在国レベルで博士論文のインターネット公表が検討されているが,広島大学では,電子公表と併せて印刷公表も必要とする場合に,EBMを活用することを検討している。その他,印刷体の教科書に対する教員のニーズは少なくない。EBMであれば,受講生が少数でも容易に必要部数を作成でき,学期ごとの追加・修正等の改訂も容易となる。

 また,広島大学は,図書館が事務を担当している大学出版会を有しており,そこでEBMによるオンデマンド出版を計画している。出版会の審査で採択されれば,学位論文や教科書あるいは絶版図書等を,必要部数だけEBMで製造し,ISBNを付して書店等で広く有償販売することができる。必要経費は大学出版会が負担するため著者の負担はない。読者への販売価格には書店等の手数料が加算されるものの一般の図書よりも安価であり普及を図ることができる。オンデマンド出版であるため在庫レスとなり,大学出版会の健全な経営が期待できる。

 機関リポジトリに登録された資料で,ダウンロード回数の多いコンテンツを,EBMによって印刷体でも出版することを準備している。逆に,EBMでの印刷体作成を主眼にしているコンテンツも,機関リポジトリへの登録へと誘導するようにしている。

 さらには,教育的効果への期待も大きい。授業のレポート等が,電子形式だけでなく印刷体として固定・保存されることになれば,ライティングにおける正確性・責任性の意識向上も期待できる。広島大学では,2013年度にライティングセンターの設置を目指している。授業における著作権・引用・盗用・剽窃に関する指導,ラーニングコモンズでの院生によるピアサポートや教員による対面指導などを通じて,電子時代の「書く力」の育成を展開しようとしている。そのための要素のひとつとしてEBMを位置付けている。

 今,広島大学図書館は,学術情報を創作するという大学の活動への支援を強化しようとしている。電子化の潮流にあっても看過できない印刷体に係る課題をEBMは解決するものと期待している。EBMには,広島大学図書館にとって“エスプレッソ”というくつろぎの響き以上の意味が込められている。

(広島大学図書館副図書館長・甲斐重武)

Ref:
http://www.lib.hiroshima-u.ac.jp/ebm/
http://hdl.handle.net/2027.42/83240