CA857 – NRENと図書館 / 牧村正史

カレントアウェアネス
No.162 1993.02.20


CA857

NRENと図書館

1991年12月9日,ブッシュ大統領は,高度情報化社会における情報流通のための基盤整備の一環として米国研究教育ネットワーク(National Research and Education Network:NREN)の構築をめざす法律“High-Performance Computing Act of 1991”(PLlO2-194)にサインした。NRENの構築及び関連する技術開発支援等に対し連邦政府がイニシアチブをとり,1992〜96年の5年間に総額29億ドルの連邦予算を投入することを盛り込んだものである。この構想の背景には,科学技術分野をはじめとする学術研究を活性化し世界の主導的地位を維持するとともに,ひいては国内生産力の向上及び経済的な国際競争力を確保しようとする21世紀に向けた米国の国家戦略がうかがわれる。

米国では1969年に国防総省高等研究計画局(DARPA)が構築したARPANETをはじめ,1970〜80年代にかけ全国各地で多数のコンピュータ・ネットワークが形成されてきた。またこれらのネットワーク相互の接続を行う技術や標準的な通信プロトコル(TCP/IP)も開発され,1983年にはARPANETをバックボーンとして既存のネットワーク群をゲートウェイで相互接続するネットワークの複合体Internetが形成されている。1989年からこのバックボーンは全米科学財団(NSF)が管轄するNSFnetに移されたが,このInternetを通じ,電子メールによる研究者間の情報交換,オンライン・データベースの利用,大量実験データ等のファイル転送,遠隔地からの研究用ソフトウェアの共同利用など様々な形態によるコンピュータ資源の相互利用が活発に行われている。その後Internetは急速に成長し,現在ではヨーロッパをはじめオーストラリアや日本など110ケ国1万ものネットワーク及び100万台のコンピュータを接続し,1千万人もの利用者をサポートする世界最大規模の広域ネットワークに発展を遂げている。一方,NSFnet上を流通するデータ量は現在も11%/月の割合で増え続け,現実問題としてすでに容量不足が深刻化していた。

NRENとは,具体的にはこのInternetの機能の向上と拡大を図ろうとするものであり,全米各州の行政機関,大学・研究所などの高等教育研究機関,図書館,民間企業の研究所,さらには高校など各種の教育機関等を数ギガビット/秒レベルの超高速データハイウェイ(NREN)で連結し,国内のどこからでも高性能計算機システム,データベース,ソフトウェアなどのコンピュータ資源にアクセスすることを保証しようとするものである。

米国図書館協会(ALA)をはじめ米国図書館界も,ネットワークを通じ様々な情報資源をすべての人々に提供できるように,大学図書館や専門図書館のみならず公共図書館を含むあらゆる種類の図書館が広く参加できる全国的なネットワークを構築すべきであるとして,NRENの構想に対しては当初より強い支持を表明してきた。米国図書館情報科学委員会(NCLIS)が1992年7月21日に開催した公開フォーラムにおいても「NRENにおいて図書館は,電子化された情報の提供者として,また利用者に対するアクセス・ポイントとしてきわめて重要な役割を果たす」ことが共通認識として強調されている。

最大の書誌ユーティリティであるOCLCは,EPICなどの情報検索サービスを提供するためすでにInternetとの接続を実現しており,1993年にはInternet経由によるオンライン目録システムのテストを予定するなど,NREN構想を視野に入れた新たなサービス事業を展開する方針を打ち出している。また最近では,米国議会図書館(LC)も共同目録作業などにInternetの利用を開始した。さらに個々の図書館システムについても,カリフォルニア大学のMELVYLをはじめ200以上のOPACがInternetを介して提供されているが,今後は従来のような図書館目録ばかりでなく電子的なレファレンスサービスの強化(例えば,各種の二次情報データベース,大学等で生産される研究情報,地域情報・行政情報データベースの提供など),あるいはネットワークサービスに対するディレクトリ機能の支援,さらにネットワーク利用に関するプロモーション活動及び教育訓練なども新たな図書館サービスとして期待されている。

NREN構築の初年度である1992年には,商業ベースによる45メガビット/秒レベルのデータ通信サービスを含む暫定版NREN(IINREN)の稼動に向けて準備が進められた。しかし一方で,NREN実現に向け解決すべき問題も多く,例えば,TCP/IPとOSIとの通信プロトコルの調整や分散ネットワーク処理の管理運営,あるいはシステム利用におけるユーザ・インターフェイスやコマンド言語の標準化などがあげられている。またこうした技術的な問題のほかに,ネットワーク環境下においてますます複雑化する著作権問題,さらに利用者層の拡大と多様化にともなう課金体系の問題,そしてプライバシー保護とセキュリティの問題などもあらためてクローズアップされている。

存在はしても利用されず陳腐化していく情報のことをイクスフォーメーション(Exformation)と呼び,全国に分散する電子化された情報資源の有効活用を図るべくNREN構想を提唱し法制化をうながしてきたのは,クリントン新政権の副大統領を務めるゴア上院議員である。いずれにせよこのNREN構想は新政権のもとで強力に推進されていくと思われるが,NRENという全国規模のネットワーク環境のもとで米国の図書館が,情報の生産と伝達プロセスにより深くコミットした新しい形態のサービスをどのように具体化し自らの変貌を図っていくのか,今後の動向が注目される。

牧村正史(まきむらまさし)

Ref: Parkhurst, C.A. (ed.) Library Perspectives on NREN. LITA, 1990. 75p
Gore, A. Infrastructure for the global village. Scientific American 265 (3) 150-153, 1991
牛崎進 米国研究教育ネットワーク(NREN)の動向 Library & Information Science News (68) 9-12, 1991
NFAIS Newsletter 34 (5) 54-55, 34 (10) 109-111, 1992
NCLIS holds forum on NREN implementation. Library Journal 117 (16) 34-36, 1992
0CLC issues linking strategy for the Internet and the NREN. Information Management Report 1992 (11) 7-8, 1992