CA1723 – 国内の公共図書館における法情報提供サービス / 日置将之

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カレントアウェアネス
No.305 2010年9月20日

 

CA1723

 

国内の公共図書館における法情報提供サービス

 

1. はじめに

 1999年以降、国民にとって「より身近で、速くて、頼りがいのある」司法の実現を目的とした、司法制度改革が推し進められてきた(1)。この改革によって、2004年に法科大学院、2006年に日本司法支援センター(以下、「法テラス」)が設置されたほか、2009年には裁判員制度がスタートするなど、司法制度は大きく変化している。

 このような状況の中、公共図書館についても、法情報のアクセス拠点としての役割が期待されており(2)、議論が活発になっている(3)。また、すでに一部の公共図書館では、法情報の提供を課題解決型サービスの一種に位置づけ、積極的に取り組んでいる。そこで本稿では、徐々に取り組みが広がりつつある公共図書館における法情報の提供について、その主要な事例を紹介した上で、今後法情報の提供に取り組んでいく図書館にとっての課題等について述べる。

 

2. 都道府県立図書館の事例

 都道府県立図書館では、東京都立中央図書館、鳥取県立図書館、神奈川県立図書館の3館が、ほぼ同時期に積極的な取り組みを開始している。以下、各館の取り組み内容を簡単に紹介する。

 東京都立中央図書館では、2006年7月に「法律情報サービス」を開始している(4)。具体的には、法律関係の図書や雑誌、法令集等の資料を集めた「法律情報コーナー」の設置や、専用Webページの開設のほか、関係機関の情報提供や弁護士・司法書士等による無料法律相談会を行っている。また、期間限定の試験的な取り組みであったが、法テラスの専用端末(法テラス.net)の設置も行っていた(5)

 鳥取県立図書館では、2006年4月に「法情報サービス」を開始している(6)。同館でも、専用Webページの開設、関係機関の情報提供、無料法律相談会等を行っているほか、館内の法律関係資料の配置がわかる「法情報検索マップ」を作成している(7)。また同館では、鳥取県内の地方裁判所、弁護士会、法務局等からなるサービスの検討委員会である「法情報サービス委員会」(8)を設置しており、関係機関との連携も積極的に行っている。

 神奈川県立図書館では、1997年から「法令・判例」コーナーを設けていたが、2006年4月にこれを拡充し、「法律情報コーナー」としている(9)。同館では、このコーナーを軸として、法情報に関する調べ方案内の配布や法律関係の講座等を実施している。

 このほか、宮崎県立図書館では、Webページで法情報の調べ方等を紹介しているほか、宮崎県司法書士会との連携による法律相談会を定期的に実施している(10)。また、奈良県立図書情報館でも、2010年4月に「暮らしに役立つ法律情報コーナー」を設置し、行政書士市民法務研究会と連携して「法務無料相談会&知識セミナー」を実施するなど、積極的な取り組みを開始している(11)

 ここで挙げた都県の図書館では、いずれも「D1-Law.com」や「LexisNexis JP」等といった法律関係の有料データベースを、少なくとも一種類は導入している。都道府県立図書館のレベルでは、有料データベースの導入も、法情報の提供における一つの要件になっていると考えられる。

 

3. 市区町村立図書館の事例

 市区町村立図書館では、2008年以降に取り組みを開始する図書館が増えてきている。以下、主要な図書館の取り組み内容を簡単に紹介する。

 横浜市立中央図書館では、2008年12月に「法情報コーナー」を設置し、積極的なサービスを展開している。具体的には、「法情報分類索引」等のナビゲーション・ツールや関係機関のパンフレット提供のほか、専用Webページでの情報提供、講演会等を行っている(12)

 米子市立図書館では、2008年9月に「暮らしの中の法律情報棚」を設置し、Webページで情報提供を行っている(13)ほか、法情報の提供に関する研修会等を実施している(14)

 そのほか、2009年以降には、葛飾区立中央図書館(15)やふじみ野市立上福岡図書館でも、法情報に関するコーナーを設置している。これらの図書館では、いずれも近隣の法テラスと連携しており、チラシやパンフレットでの情報提供を行っている。特にふじみ野市立上福岡図書館では、法テラス川越から講師を招聘して職員研修を行うなど、より積極的に連携している(16)

 

4. 関係機関との連携

 当然のことではあるが、公共図書館は法律の専門機関ではない。このため、提供できる資料や情報にはどうしても限界がある。そこで重要となってくるのが、弁護士会や司法書士会等といった関係機関との連携である。本稿で取り組みを紹介した図書館でも、そのほとんどが連携しており、関係機関のチラシ・パンフレットの配布、弁護士・司法書士等によるセミナーや無料相談会、職員向け研修会等が行われている。

 関係機関のうち、法テラスについては、現在全国規模での連携が始まりつつある。具体的には、2010年5月に「図書館海援隊」プロジェクト(17)との連携を開始し、全国の公共図書館へのポスター配布等を行っている(18)。今後は、さらに活発な連携が行われるものと思われる。

 このほか、裁判員制度のスタート前には、裁判所との連携も活発に行われていた。裁判所から裁判員制度の広報用DVDやポスターが配布されていたほか(19)、裁判官を講師としたセミナー等が各地の図書館で実施されていた(20)。裁判員制度のスタート後には、このような連携はあまり見られなくなったが、司法制度の要である裁判所との連携は、今後も何らかの形で継続することが望ましいだろう。

 

5. 課題

5.1. 法情報コーナーの設置

 法情報の提供を行う場合、法律関係資料を一か所に集めたコーナーを設けたほうが、利用者にとっては便利である。実際に、本稿で取り組みを紹介した図書館の多くは、何らかのコーナーを設置している。しかし、所蔵資料の移動が伴う場合、このようなコーナーの設置はそれほど簡単ではない。

 通常、公共図書館の資料は、日本十進分類法に基づく分類番号順に配置されており、法律関係資料の場合、例えば、憲法(323)、消費者契約法(365)、道路交通法(685.1)等の、各法律の主題に分散している。しかし、コーナーの設置に際しては、分類番号に関わらず資料を集める必要があるため、図書館によっては、このような扱いが難しい場合もあると考えられる。その場合には、鳥取県立図書館の「法情報検索マップ」のような、館内の資料配置がわかる資料を作成するなどの対応が必要となるだろう。

 

5.2. 資料等の整備

 法情報の提供には、その基盤となる資料が必要である。都道府県立図書館の場合は、比較的規模の大きな図書館が多いため、豊富な資料や有料データベース等を背景にサービスを展開できる図書館が多いと考えられる。一方、市町村立図書館の場合、特に小規模自治体の図書館では、乏しい資料費の中で必要な資料を揃えるのは容易ではない。まして、高額な利用料金が必要な有料データベースを導入することは困難であろう。市町村立図書館では、有用な資料を厳選して揃えるとともに、都道府県立図書館等による協力貸出の利用や、関係機関と積極的に連携するなどといった工夫が必要であろう。

 

5.3. 専門性の向上

 図書館員が法情報の提供をスムーズに行うためには、法体系や司法制度のほか、法学文献の特徴等に関する基本的な知識が必要である。これらの知識が乏しい状態では、適切な資料や情報の提供はままならないと考えられる。

 近年は、法情報の提供に対する関心の高まりを受け、各地で図書館員を対象とした研修やセミナーが実施されており、2010年の全国図書館大会でも、「公共図書館員のための法情報検索入門セミナー」が関連事業に含まれている(21)。また、ローライブラリアン研究会による研修事業である「法情報コンシェルジュ」養成プログラムも、間もなく開始される予定となっている(22)

 このように、自己研鑽の機会は増加しつつある。公共図書館職員の場合、特定の主題のみに傾注することは難しいかも知れないが、法情報の提供に取り組む場合には、積極的に学ぶ姿勢が必要であろう。

 

6. おわりに

 これまで、公共図書館のレファレンスでは、制限事項の一つとして「法律相談」が挙げられることが多かった。しかし近年では、所蔵資料等に基づく情報提供であれば基本的に問題はないとの見解も、一部で示されている(23)。もちろん、利用者が求める資料や情報が見つからない場合や、法令の解釈等が必要な場合には、適切な機関を紹介すべきであるが、図書館に有益な資料や情報があるのならば、それらを提供するのも図書館員の使命であると考えられる。法情報のアクセス拠点としての役割を全うするためにも、公共図書館の職員の積極的な取り組みを期待したい。

大阪府立図書館:日置将之(ひおき まさゆき)

 

(1) 司法制度改革推進本部事務局. 司法制度改革 : より身近で、速くて、頼りがいのある司法へ. 2002, 10p.
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/others/pamphlet_h16.pdf, (参照 2010-07-19).

(2) 岩隈道洋. 地域法サービスにおけるロー・ライブラリアンの役割―総合法律支援法第30条第1項にいう法情報提供の担い手として―. 杏林社会科学研究. 2006, 22(1), p. 20-36.

(3) 例えば、以下のような雑誌で特集が組まれている。
特集, 図書館における法情報提供サービス. 図書館雑誌. 2008, 102(4), p. 214-230.
特集, 法情報へのアクセス拠点としての図書館. 現代の図書館. 2004, 42(4), p. 207-239.

(4) 東京都教育庁. “都立中央図書館が『法律情報サービス』を開始します”. 東京都. 2006-07-12.
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2006/07/20g7c300.htm, (参照 2010-07-19).

(5) 法テラス.netでは、法テラスのコールセンターに直接問い合わせることができるほか、法制度や相談窓口に関する情報検索が可能であった。
東京都教育庁. “「法テラス.net(ネット)」の試験運用について”. 東京都教育委員会. 2008-02-13.
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr080213t.htm, (参照 2010-07-19).

(6) 鳥取県立図書館. “沿革”. 平成22年度 鳥取県立図書館のすがた. 2010, p. 53-56.
http://www.library.pref.tottori.jp/event/h22youran.pdf, (参照 2010-07-19).

(7) “法情報サービスのご案内”. 鳥取県立図書館.
http://www.library.pref.tottori.jp/law/law_top.html, (参照 2010-07-19).

(8) “法情報サービス委員会設置要項”. 「司法制度改革と先端テクノロジィ」研究会.
http://www.legaltech.jp/katudou/pdf/09-0718/Mr.takahashi%20%20koukai090718-s3.pdf, (参照 2010-07-19).

(9) 矢島薫. 特集, 図書館における法情報提供サービス: 神奈川県立図書館における法律情報サービスについて. 図書館雑誌. 2008, 102(4), p. 224-226.

(10) “法律情報”. 宮崎県立図書館.
http://www.lib.pref.miyazaki.jp/hp/menu000000700/hpg000000680.htm, (参照 2010-07-19).

(11) “「暮らしに役立つ法律情報コーナー」と「法務無料相談会&知識セミナー」をスタート”. 奈良県立図書情報館イベント情報.
http://eventinformation.blog116.fc2.com/blog-entry-370.html, (参照 2010-07-19).

(12) “法情報コーナー”. 横浜市立図書館.
http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/library/chosa/houjouhou/houjouhou.html, (参照 2010-07-19).

(13) “法律情報棚について”. 米子市立図書館.
http://www.yonago-toshokan.jp/40/2618.html, (参照 2010-07-19).

(14) “「図書館における法情報サービス」研修会のお知らせ”. 米子市立図書館. 2010-01-29.
http://www.yonago-toshokan.jp/46/547/4514.html, (参照 2010-07-19).

(15) “図書館のサービスについて”. 葛飾区立図書館.
http://www.lib.city.katsushika.lg.jp/main/0000000801/article.html, (参照 2010-07-19).

(16) 本稿の執筆時(2010年7月)には、法律関連資料を集めたコーナーはすでに無くなっており、法テラスのパンフレット等を配布するコーナーのみが残っている。
法テラス埼玉. “ふじみ野市内図書館職員向け「法情報についての研修会」を開催しました”. 法テラス. 2010-02-26.
http://www.houterasu.or.jp/saitama/news/20100112.html, (参照 2010-07-19).

(17) 「図書館海援隊」プロジェクトとは、公立図書館が貧困・困窮者支援のほか、地域や住民の課題解決を支援するため、医療・健康、福祉、法務等に関する様々な支援を行うプロジェクトである。参加館は、文部科学省の呼びかけに賛同した有志の公立図書館によって構成されている。
“「図書館海援隊」プロジェクトについて(図書館による課題解決支援)”. 文部科学省. 2010-04-27.
http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/kaientai/1293814.htm, (参照 2010-07-19).

(18) “【プレスリリース】文科省「図書館海援隊プロジェクト」との連携開始について”. 法テラス.
http://www.houterasu.or.jp/news/houterasu_info/220511.html, (参照 2010-07-19).

(19) 最高裁判所事務総局. “裁判所における法教育の取組み”. 法務省.
http://www.moj.go.jp/content/000004294.pdf, (参照 2010-07-19).

(20) 例えば、大阪府立中央図書館では、複数年にわたって裁判員制度のセミナー等を実施している。
梶原修. 社会的課題解決型図書館への第一歩~大阪府立中央図書館での資料展示と参加型情報サービスとの連動. 情報管理. 2008, 51(8), p. 588-602.

(21) “平成22年度 第96回 国民読書年・図書館法60周年 全国図書館大会奈良大会”. 奈良県立図書情報館.
http://www.library.pref.nara.jp/event/zenkoku/index.html, (参照 2010-07-19).

(22) 「法情報コンシェルジュ」養成プログラムは、ローライブラリアン研究会が図書館振興財団からの助成を受けて実施するもので、同研究会から全国の公共図書館等に、法情報に関する研修講師を派遣するプログラムである。
“助成対象事業部ブログのリンク集”. 図書館振興財団.
http://www.toshokanshinko.or.jp/blog/link22.htm, (参照 2010-07-19).

(23) 例えば、以下のような記事で、法情報提供の是非について論じている。
山本順一. 特集, 図書館における法情報提供サービス: 公共図書館における能動的な法律情報提供サービスの可能性とその法的基礎. 図書館雑誌. 2008, 102(4), p. 214-217.
奥村和廣. “法情報の提供サービス”. 課題解決型サービスの創造と展開. 大串夏身編. 青弓社, 2008, p. 171-185, (図書館の最前線, 3).

 

Ref:

指宿信編. 法情報サービスと図書館の役割. 勉誠出版, 2009, 223p.

 


日置将之. 国内の公共図書館における法情報提供サービス. カレントアウェアネス. 2010, (305), CA1723, p. 2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1723