カレントアウェアネス
No.197 1996.01.20
CA1045
サイバースペースでの著作権
クリントン政権は1995年9月初旬,情報スーパーハイウェイ構想を推進する政策である全米情報基盤(NII)において知的所有権がどのような意味を持つかを調査分析したレポートを発表した。これは,ロナルド・ブラウン(Ronald H. Brown)商務長官を代表とする情報基盤タスクフォース(IITF)内に設置された,ブルース・レーマン(Bruce. A. Lehman)商務次官補兼特許商標庁長官率いる知的所有権作業部会が2年にわたる検討の結果提出した最終レポートである。
このレポートの核心は,電子化時代における著作権保護の問題にある。レポートでは,現行の著作権法がサイバースペース(用語解説T4参照)ではどのように適用されるべきかを明確にすると共に,時代に対応した著作権法の部分的な修正を議会に勧告している。
現行法でも図書館については著作権保護の例外として認められているが,レポートでは新たに,デジタル形式のコピーを3部まで作成する法的な権利が与えられるように勧告している。コピーは又,保存目的でも作成することができる。加えて,図書館及び学校には著作権者が特別な許諾を与えること,そして電子出版物を購入するための援助金を増額することを薦めている。図書館関係者は,後世に文化遺産を伝えてゆくためにも必要な措置であるとして,この権利には賛同している。しかしその代わりに,他の諸権利,とりわけ情報の受け手の側の権利が犠牲にされるのではないかとの懸念もある。
何故ならば,このレポート自体が産業界の要請を背景として作成されたものだからである。ブラウン商務長官が述べたように,レポートで勧告している修正は,インターネットを単なる「おもしろそうなコミュニケーションツール」から開かれた「電脳市場」へと発達させるためにこそ必要なのだという認識が根底にある。そのため,著作権者の利益に配慮した点が多く,勧告通りに議会で承認されると,著作物に対する公共的なアクセスが損なわれる可能性も生じる。それでは今までの誰もが自由に使用できたデジタル共有地が囲い込まれることにもなりかねない。
例えば,委員会は電子化された文書を送信する権利が著作権者のみに与えられるよう提案している。しかしそうすると,ユーザーが,受信した文書を友人に電子メールで転送し,かつ自らのコンピュータから,その文書ファイルを削除しても違法になってしまう。もしもこのように著作権侵害を厳密に捉えなければならないならば,ネットワーク運営者が監視機構として「著作権警察」のようなものを設ける可能性も考えられ,ネットワークの自由な発展が阻害される恐れがある。
以上のような懸念が生じたのは,レポートでフェアユース(用語解説T5参照)の権利が十分に言及されなかったためである。しかし,1994年7月のレポート草案でも調査会が認めたように,フェアユースの権利と,著作権所有者の利益との間のバランスを取ることは極めて困難である。1995年8月には,テキサコ対アメリカ地球物理学協会事件で,連邦控訴審が著作権に関する修正的な見解を示した。独立的な個人として教授や科学者がコピーを取ることが認められる一方で,研究所の雇用員がその組織の利益のためにリサーチする場合はフェアユースとは認められない,としたのである。このようにフェアユースの概念そのものが未だ流動的であり,この点に関して最終レポートでも解決策は提示されなかった。しかし図書館や教育関係者,そして出版者からなるフェアユースに関する協議会(CONFU)がレポート発表後から検討を続けており,1995年度末迄にはガイドラインがまとめられる予定である。
レポートには共和党も賛成しており,これを元に1995年度末迄には法制化へ向けて動きだし,1996年初頭には公聴会を開きたいとしている。
上保 佳穂(うわぼよしえ)
Ref: Blumenstyk, Goldie. Court's revisions in copyright case add to confusion for scholars. Chron High Educ 1995. 8. 15
DeLoughry, Thomas J. Copyright in cyberspace. Chron High Educ 1995. 9. 22
Intellectual property and the National Information Infrastructure: the report of the working group on intellectual property rights. http://www.uspto.gov/ipnii/; http://www.iitf.doc.gov
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