E1870 – 購読型ジャーナルをオープンアクセスに転換する15の方法

カレントアウェアネス-E

No.317 2016.12.22

 

 E1870

購読型ジャーナルをオープンアクセスに転換する15の方法

 

 2016年8月,米国・ハーバード大学図書館の学術コミュニケーション室(Harvard Library Office for Scholarly Communication)が,購読料収入で運営する学術雑誌をオープンアクセス(OA)に転換する方法について体系的にまとめた報告書を公開した。

 本報告書の最大の目的は,OAへの転換のさまざまなシナリオを提供することである。主題分野や財務状況などの環境条件はジャーナルごとに異なるので,多くの選択肢を示すことは,個々のジャーナルがOAへの転換について十分な情報を持った決断(informed decision)を行うことにつながるからである。シナリオの内訳は,論文処理費用(APC)が資金源のシナリオが10,APC以外が資金源のシナリオが5である。各シナリオについて,「関連のある出版者のタイプ」「前提条件」「関連のある分野」「転換の目的」の4つの項目に加えて,SWOT(強み・弱み・機会・脅威)分析が示されており,自らのケースに関連の深いシナリオを確認しやすくなっている。これらを簡略に整理した表を研究データ公開プラットフォームfigshare上に公開しているので適宜参照されたい。以下,それぞれのシナリオの概要を紹介する。

 

1.APCが資金源のシナリオ

 
◯投稿料を課すシナリオ

 著者に対して投稿料とAPCの両方を課すか,投稿料のみを課す方法。APCは論文が受理された著者のみに課されるが,投稿料は受理の可否にかかわらず投稿したすべての著者に課される。投稿料は一般的には50~200USドル程度で収入としては大きくないが,本気でない(non-serious)投稿を減らし,査読の負担を軽減する効果が期待される。

◯段階的に完全なOAへ移行するシナリオ群

・ハイブリッドOAを経由するシナリオ
 購読モデルを維持しつつ,著者がAPCを支払うことによって論文単位でOA化を選択できる方法。財政的に安定した状態で著者層のAPCモデルへの関心を評価できる一方で,購読料とAPCの二重取り(double dipping)によって学術コミュニティの負担コストが増える恐れがある。

・APCを機関購読契約と組み合わせるシナリオ
 大手学術出版社との電子ジャーナル機関購読契約にAPC免除もしくは割引の条項を含める方法(E1790参照)。ハイブリッドOAの二重取り問題の1つの解決方法であり,オフセットモデル(offsetting deals)とも呼ばれる。

・Delayed OAを経由するシナリオ
 出版後に一定のエンバーゴ期間(購読者のみが利用できる期間)が経過してからOAにする方法。エンバーゴ期間は6か月から2年程度のケースが多い。完全なOAへの転換に向けたリスク評価手段として有効かどうかは意見が分かれている。 

◯OA転換を機に対象領域やサービスを変更するシナリオ群

・ジャーナルのブランド再構築および対象領域を変更するシナリオ
 ジャーナルの立ち位置を調整し,より多くの投稿を得ることを狙う方法である。投稿数の増加によって安定したAPC収入につながる可能性がある一方で,変更内容によっては投稿数の減少や現在ジャーナルを支持している層の離反を招く恐れがある。

・明確に定義されたセクションを別ジャーナルに分離するシナリオ
 既存の購読型ジャーナルのうち明確に定義された1セクションを,別の新しいOAジャーナルとして分離独立させる方法。母体となるジャーナルも含めた完全なOA化に向けた足掛かりとして活用できる。新しく革新的なツールやプロトコルを扱う,電子版にのみ掲載のセクションを分離した“American Journal of Botany”の事例が紹介されている。

◯OA転換後の出版者についてのシナリオ群

・同じ出版者に留まるシナリオ
 この方法には,編集者を含めた転換前からの出版インフラを維持できるメリットがある。そのジャーナルが出版社に所有されている場合や出版契約を結んでいる場合には,学術コミュニティの意図と出版社の経営戦略との合致が必要になる。

・出版者を変更するシナリオ
 非常に一般的な方法であり,購読モデルを提供する出版者から,APCモデル中心の出版者への移行がよく行われる。また,学会の資源やボランティアの協力を得て,学会自らが出版する方式へ移行するというケースもある。

・低コストの出版社・出版事業者と出版契約を結ぶシナリオ
 OAに特化した多くの出版社が費用対効果の優れた出版サービスを提供している。コストを減らすことは追加の収入を生むのと同程度に効果的であるので,小規模な学会・組織にとって大きな助けとなる方法である。

・大手学術出版社と出版契約を結ぶシナリオ
 日本を含むアジアのSTM系英語ジャーナルが主な例である。質の高い非欧米圏ジャーナルを手に入れたい出版社と,認知度や権威の向上を狙う学会の意図が合致したときに取りうる方法である。

 

2.APC以外が資金源のシナリオ

 
◯学会による資金拠出

 APCは課さず,学会の他の収入源を出版費用に充てることでOA化する方法。学会員や著者からのOA化への圧力により比較的よく発生する。予算の使途変更により,学会の他の活動に影響を及ぼすため,広く学会員の意見を集めた上で判断する必要がある。

◯低コストインフラとボランティアの活用

 購読料収入に代わる安定した資金源が見込めず,APCもなじまないようなジャーナルで活用される方法。ボランティアやオープンソースのシステムなどを活用することで,コストを大幅に減らす。ボランティアの継続的な確保と育成が課題となる。

◯各国・地域のジャーナルプラットフォームへの参加

 購読型冊子の販売は続けながら,電子版を,ラテンアメリカのSciELO,日本のJ-STAGEなどの各国・地域のプラットフォームを使ってOAで公開する方法。この種のプラットフォームは公的助成を受けていることが多く,低コストで利用することができる。

◯コンソーシアムや図書館協力補助金モデルへの参加

 SCOAP3(E1845参照)やOpen Library of Humanities(E1395E1469参照)のような図書館の広域コンソーシアムを結成し,これまでジャーナルの購読費として使っていた費用をOA出版経費に振り替えるという方法。比較的新しい方法だが,各図書館の追加の出費を抑えつつ,多くのジャーナルをまとめてOA化する潜在的可能性を持つ。

◯そのほかの非APC資金源

 広告料収入や,募金・クラウドファンディング,無料のHTML版に対する有料のPDF版といった付加価値サービスなど。いずれもその手法のみでは必要な運営資金を得られそうにないが,追加の収入源となる可能性がある。

 

 海外の事例が中心ではあるが,OAへの転換を考えている日本のジャーナルにとって,参考になる報告書であるだろう。また,図書館員にとっても,普段は断片的な事例として接している数々のOA転換ルートを包括的にとらえ,OAの推進に向けてより説得力のあるメッセージを発信するための有益な基礎資料となっている。

神戸大学附属図書館・藤江雄太郎

Ref:
http://nrs.harvard.edu/urn-3:HUL.InstRepos:27803834
https://osc.hul.harvard.edu/programs/journal-flipping/
https://dx.doi.org/10.6084/m9.figshare.4299446
http://www.scielo.org/php/index.php
https://www.jstage.jst.go.jp/pub/html/005_jp_menu_.html
https://www.nii.ac.jp/sparc/scoap3/
E1790
E1845

E1395
E1469