E1837 – 米国企業ライブラリアンを取り巻く最近の経済環境

カレントアウェアネス-E

No.310 2016.09.01

 

 E1837

米国企業ライブラリアンを取り巻く最近の経済環境

 

 ジェームズ・マタラッツォ(James M. Matarazzo)氏とトビー・パールスタイン(Toby Pearlstein)氏が,2016年5・6月号の“Online Searcher”に“New Management Realities for Special Librarians”と題した論文を発表している。両氏は,長年,米国の企業図書館のありようを調査し,数多くの提言を行ってきた専門図書館界の重鎮である。

 シモンズ・カレッジ図書館大学院名誉教授のマタラッツォ氏の名前を一躍有名にしたのは,1981年発表の“Closing the Corporate Library: Case Studies on the Decision-Making Process”である。著作は,閉鎖された5つの企業図書館を取り上げ,実際にそこで働いていたライブラリアンと,決定を下した経営者への取材をもとに,各社でどのようなプロセスを経て図書館の閉鎖が決定されたのかを赤裸々に再現し,続いて,どこに問題があったのかを考察している。経営者はその時,何を考え,ライブラリアンは何をしたのか。経営者の決定を覆すことはできなかったのか。閉鎖を避けるためにライブラリアンは何をすべきだったのか,どこで間違ったのか。

 成功事例の紹介が主流だった図書館界において,むしろ「図書館の閉鎖」という究極の“失敗事例”から学ぼうとする手法の新鮮さは,業界で話題となり,議論を呼んだ。この功績を讃えられ,マタラッツォ氏は1983年,米国専門図書館協議会(SLA)からSLA Professional Awardを受けている。

 その後マタラッツォ氏は,コンサンルティング会社ベイン&カンパニーで情報サービス部門のトップを務めていたパールスタイン氏とコンビを組み,数多くの企業図書館経営に関する論考を発表してきた。直近でも2013年に,“Special Libraries: A Survival Guide”と題し,企業図書館が生き残っていくために必要なことは何かを著している。

 一貫しているのは,経営者の置かれている状況に注意を払い,それに随時対応していくことが肝要だという考え方である。経営者の関心事を図書館運営に反映させ,いかに図書館が経営方針の実現に貢献できるかを証明し続ける努力を怠ってはならない,それができなければ企業図書館は閉鎖されるしかない,という主張は,30年余,強化されこそすれ,弱まることはなかった。

 今回発表された論文でも,まずは世界の経営者の動向が,ベイン&カンパニーの調査結果を引用しながら紹介されている。2013年には経営者は自信喪失傾向にあり,意思決定においてリスク回避,増収・増益と経費削減を重視する傾向が強まった。2015年には中国の低成長と地政学的不安定化を目の当たりにして,南北アメリカの経営者たちは景気の見通しに悲観的になっている。

 それゆえ企業図書館もまた,この直近の経営実態に即して自らの役割を今一度問い直し,サービスを変化させなくてはならない,と論文は説く。そして厳しい口調で畳みかける。「今,この問題を正しく認識していないとしたら,あなたのキャリアは近く終わりを迎えるだろう」と。

 論文は,SLAが2014年に企業経営者に対して行った調査結果も引用している。そこでは,経営者の3分の2が企業図書館の価値について分からないと答えたという。「これは四半世紀前に行った調査と変わらない」と論文は指摘する。そしてSLAの初代会長を務めたジョン・コトン・デイナが1914年に語った言葉「古いタイプの図書館は,知の進化によってもたらされた新しいニーズに応じて変化しなければならない」を引用し,警告が100年にわたって繰り返されてきたことを告げている。

 時代の変化に敏感であるか?ニーズの変化に対応できているか?サービスを常に見直しているか?100年前も今も,ライブラリアンたちが自らに問わなければならない問いは,常に同じである。いや,同じ問いを100年以上にわたり,不断に問い続けてきたからこそ,米国において企業図書館は,その地位を確立してきたのだ,ともいえる。

 マタラッツォ氏は,米国経営者の3分の2が企業図書館の価値を分かっていない,と嘆いた。しかし日本で今,図書館の価値について語れる経営者が何人いるだろうという問いに思いを馳せてみれば,逆に米国で,3分の1の経営者は企業図書館の価値を認識しているという,その数値の高さに驚嘆せざるを得ない。

 日本でも,今日まで数多くの企業図書館が閉鎖されてきた。日本にも,なぜ図書館が閉鎖されたのかを研究し,その運営を不断に見直していく必要性を唱える,マタラッツォ氏がなしたような研究が求められているように思う。

バーソン・マーステラ・豊田恭子

Ref:
http://www.infotoday.com/OnlineSearcher/Articles/Features/New-Management-Realities-for-Special-Librarians-110761.shtml
http://www.bain.com/publications/articles/management-tools-and-trends-2015.aspx
http://www.sla.org/wp-content/uploads/2013/11/Valuing-Corporate-Libraries.pdf
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000006269250-00
Matarazzo James M.; Toby Pearlstein. Special Libraries: A Survival Guide. Libraries Unlimited, 2013, 167p.