カレントアウェアネス-E
No.266 2014.09.11
E1602
黒板による広報の可能性:京都大学吉田南総合図書館の事例
2013年2月,京都大学吉田南総合図書館では新たな広報手段として閲覧室入口前に黒板を設置した。60×90cm,カフェなどの飲食店でよく見られるものである。イベントの告知やお知らせを中心に,日々のことを綴っている。原則毎日更新し,内容はその日の担当者の裁量で決めている。図書館の風景に変化を持たせるため,全く同じものは再現できないという黒板ならではの良さを活かした広報を行っている。
吉田南総合図書館は,京都大学の歴史に深く関わってきた図書館である。第三高等学校の図書館として設置されて以来,京都大学分校,教養部,大学院人間・環境学研究科・総合人間学部の図書館として利用され今に至る。貴重な蔵書を引き継ぎつつ,幅広い分野の資料を提供している。
現在の主な利用者は,全学共通科目の履修生と吉田南構内関係各部局に所属する学生・教職員であり,圧倒的に学部生が多いのが特徴である。そのため,広報の第一の目的はまず学部生に図書館の存在を知ってもらうこと,図書館に親しんでもらうことにある。特に1・2回生の中にはまだ図書館を利用したことのない学生も多く,そのような潜在的利用者に図書館に興味をもってもらうにはどうすればよいのか,ということが常に課題となっている。従来通りの紙媒体やウェブサイトなどでの広報だけでは,当館の情報に自らアクセスしようとしない層に対しては全く広報ができない。そのため,TwitterなどのSNSも積極的に取り入れつつ,出来るだけ学生の情報環境に添った広報を心がけている。
当館の黒板は既存の利用者に対するウェルカムボードとしてスタートした。新規の利用者を獲得するためには,まずは一度来館した人がまた利用したくなるような居心地の良い雰囲気作りが必要だと考えたからである。確かにウェブサイトやSNSなどの手段に比べると,黒板という広報ツールはその場に来た人にしかアピールできないのが弱点である。しかし裏を返せばそれは来館者だけの特典のようなサービスになるとも言える。その日の黒板は,その日来館した利用者だけが見ることが出来る。来館頻度の高い利用者にこそ,アピール力を持ったツールなのである。実際,カウンターで会話が生まれるきっかけになったり,また投書箱に黒板へのリクエストや感想が投函されたりと,来館者とのコミュニケーションに貢献している。
いまその黒板が当初想定していなかった流れを生み出している。黒板自体は,本来情報の広がりがその場を超えることのない媒体である。ところが,来館者が写真をSNSに投稿することにより,黒板の画像がリツイートやシェアという形でネット上に拡散されるようになった。もはや職員の手の届かぬところで,その存在をアピールし,情報の広がりを生み出すようになったのである。デジタルサイネージや電子黒板などの電子機器が各地の大学図書館に次々と導入されている一方,手描きでなければ更新できない黒板のアナログさが,かえって目を引いているのかもしれない。黒板を見たいからと,来館される他館の図書館員の方もいる。オープンキャンパスでは黒板と記念撮影をする高校生らも見られた。
最近では描き手の方でもSNSでの拡散を意識して黒板を作成している。もし学生に影響力のあるアカウントに取り上げられれば,それらをハブとしてさらに広く図書館の活動を伝えることができ,その結果として新たな利用者を獲得することにもつながるからである。
もちろんそのようにだれかの話題になるには,それ相応のコンテンツでなければならないし,そもそも黒板広報を維持するということ自体,手間がかかる。毎日描き続ける必要があり,かつ来館者に飽きられてはならないため,創意工夫が日々求められる。話題を図書館に限定しすぎず,四季折々の行事や京都の出来事,その日ならではのニュースなどを幅広く取り入れたり,黒板担当者を複数名置くことで,内容や表現にヴァリエーションを持たせ,黒板広報が無理なく継続できるよう工夫をしている。
黒板作成例
注) 当館ブログ「今日も逍遥館」では,黒板の設置場所の写真を掲載したり,作成のプロセスを紹介している。
図書館のイメージを魅力的に伝えることが黒板広報の目的であり,そのために自館がどう見られたいかを意識しつつ視覚的にアピールできる情報発信を行うのが黒板担当者の仕事である。黒板広報を通して図書館の活動に少しでも興味をもってもらい,利用につなげることが出来ればと思い今日も黒板に向かっている。
京都大学吉田南総合図書館・山口琴衣,城下文子,小津摩耶
Ref:
http://yoshidasouthlib.hatenablog.jp/entry/2014/07/25/173301
http://yoshidasouthlib.hatenablog.jp/entry/2014/08/26/170112