E1439 – トリニティ・カレッジ・ダブリン図書館の300年<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.238 2013.06.06

 

 E1439

トリニティ・カレッジ・ダブリン図書館の300年<文献紹介>

 

Vaughan, W. E. ed. The Old Library, Trinity College Dublin, 1712-2012. Dublin, Four Courts Press, 2012, 480p.

 本書はアイルランド,トリニティ・カレッジ・ダブリン旧図書館の300周年記念論文集である。50本もの論文が収められた大部の著作であるが,ここでは昨今の研究動向に鑑みてとりわけ重要と思われる論文を3点紹介する。

 まず,フォックス(Peter Fox)による巻頭の論文“The Old Library: ut erat ? ut est ? ut esset”では,300年にわたるトリニティ・カレッジ・ダブリン図書館の歴史がその建築の変遷という視点から語られる。この図書館は1592年の大学創立とともに開館し,1801年からはアイルランドと英国の合同にともなって英国の法定納本図書館に指定された。したがって,納本図書館に必要な規模の蔵書・閲覧スペースの確保は図書館にとってだけでなく,大学全体にとっての懸案事項でもあり続けてきた。図書館の増築とそれに伴う古い建築の再利用を繰り返しながら大学が発展してきたという点から見れば,いわばこの図書館の歴史はトリニティ・カレッジ・ダブリンの歴史そのものであったと言っても過言ではない。たとえばGrimes, Brendan. Carnegie Libraries in Ireland. History Ireland. 1998, 6(4), p. 26-30など,建築史的な視点からも図書館に注目する研究が盛んであることを想起すれば,本章はその視点からも興味深い研究であると考えられる。

 次に,“Book-borrowing in Trinity College in the early eighteenth century”は,18世紀の図書貸出記録を用いた研究である。この章で著者ボラン(Elizabethanne Boran)は,貸出記録から(1)学生がどのような本を読んでいたか,だけでなく(2)学生の読書傾向が年々どのように発展したか,(3)教師が学生に対してどのような教科書を指示していたか,(4)大学では何がどのように教えられていたか,を明らかにすることができるようになるという点において,貸出記録が当時の知的生活を描き出すための貴重な史料となりうると結論づける。特に英語圏の図書館史ではこれまで,近代以降の公共善の思想のもとに図書館がいかに設置され,どのように利用者の需要に応えたかという「上から」の側面に注目が集まりがちであり,またその際の史料も委員会議事録など公的な性質の強いものが主に用いられてきたが,ボランの研究は利用者側の立場に近い史料を用いることによって前述したような先行研究上の死角を克服する可能性を示すものであると言える。さらに「読書の歴史」(ラアベ(Paul Raabe)によれば,読み手の読書傾向(reading habits)と社会的階級を分析し,いかなる目的のもとに人びとが本を用いていたかを解明することを目的とするもの)に図書館利用という観点から迫る新たなアプローチ方法を示したという面でも,本章は画期的な研究であると言えるだろう。

 バーン(John G Byrne)による“The 1872 printed catalogue online”は,歴史的な(ここでは1872年当時の)蔵書目録のオンラインデータベース化,およびそのデータベースの数値的分析が研究上にもたらし得る新たな発見について示唆するものである。最新のOCR技術を用いて作成されたこのデータベースによって,蔵書の出版年とその冊数,それぞれの本の購入年と納本年,出版地などを詳細かつ手軽に調べることができる。たとえば蔵書の中で1690年代に出版された本が群を抜いて多いが,それは1740年代に寄贈されたコレクションに1690年代に刊行されたパンフレットが大量に含まれているためとわかる。近年史料のオンラインデータベース化が急速に進められているが,こうした動きは研究の効率化を大いに促進するだけでなく,従来の研究では気づかれなかった点に目を向けさせることをも可能にする。本章はそのような研究可能性の一例を提示し,データベースのさらなる利用を促す効果のある論考であると言える。

 大学図書館の歴史についての研究文献や記念論文集は従来も多く出版されてきたが,その領域横断性・学際性において本書は類を見ないだけでなく,新たな研究法や技術の利用,アプローチの角度についても図書館史研究に示唆を与えうるものである。本書が良い「着火剤」となり,後に続く研究がより一層実り多いものとなることが大いに期待される。

(東京大学博士課程/トリニティ・カレッジ・ダブリン歴史学部博士課程・八谷舞)

Ref:
http://www.historyireland.com/20th-century-contemporary-history/carnegie-libraries-in-ireland/
https://www.cs.tcd.ie/misc/1872catalogue/index.php