CA703 – IFLA『聴覚障害者への図書館サービスの指針』 / 河村宏

カレントアウェアネス
No.136 1990.12.20

 

CA703

IFLA『聴覚障害者への図書館サービスの指針』

多くの図書館員は聴覚障害を見ていない。平均的な図書館員は,聴覚障害者は目が見えるのだから棚にある本を自分で手にとって自由に読めると思っている。われわれは,日本手話を第一言語とする人が,日本語の話し言葉と書き言葉を外国語のように学ぶという事実を確認するところから出発しなければならないのである。

このような事情は実は世界の図書館に共通する課題である。国際図書館連盟(IFLA)の「不利な扱いを受けている人々への図書館サービスに関する専門委員会(Section for Libraries Serving Disadvantaged Persons)」は,傘下の「聴覚障害者の要求を明らかにするワーキング・グループ(Working Group to Identify the Needs of the Deaf)」の活動の成果である『聴覚障害者への図書館サービスの指針』をIFLAストックホルム大会で採択した。世界ろう連盟もこの『指針』の支持を表明している。

『指針』を実際に起草したのは,米国ギャロデット大学図書館長のデイ(J. M. Day)氏である。聴覚障害者のために設立されたギャロデット大学は,おそらく世界唯一の手話を第一言語とするユニークな大学である。そのキャンパスに立地する同大学図書館は,聴覚障害者への図書館サービスのあらゆるアイディアが凝縮されたモデルである。しかし,『指針』そのものはあらゆる種類の図書館に適用される一般原則――聞こえる人々と対等のサービスの提供――について述べている。

『指針』は,1)図書館員,2)聴覚障害者とのコミュニケーション,3)資料収集,4)サービス,5)積極的広報活動,の5項目にわたって要点を示している。

この中で最も力点がおかれている図書館員の項目について少し立ち入ってみよう。まず聴覚障害者サービスが専門的力量を備えた図書館員が責任を持つべき仕事であることが明らかにされる。そして図書館員は例外無く聴覚障害者サービスに関する研修を受けるべきであり,聴覚障害者とその家族から信頼される人物をサービスの担当者に選任すべきであると述べる。図書館員養成の要である大学の図書館学課程については,司書資格認定と現職者の再教育の必須科目に聴覚障害者サービスを含めることにふれている。個々の図書館の努力を支援する専門のポストを,全国に責任を持つ図書館と地域ごとに責任を持つ図書館との両方に設けることも提案されている。聴覚障害者サービス担当者が全国から情報と経験と問題を持ち寄る場を図書館協会の中に設けて協会に必要な行動の勧告を行う,それが聴覚障害者サービスを効果的に発展させる,という考え方も示されている。

TDD(聴覚障害者用タイプ式電話)やクローズド・キャプション(必要な時にだけ見ることができる字幕がついたテレビ放送またはビデオ)など,普及が地域的に限られると思われる技術への言及もあるが,基本的には,聴覚障害者サービスのみならず日本の図書館がこれまで対応できなかった様々な「非利用者」全般を考える上でも重要な示唆に富む『指針』である。

また,この『指針』を提示する理由と目的を明らかにした“Introduction”と末尾の「用語の定義」は,図書館員が聴覚障害を理解するために必要な知識を簡潔にまとめた文書としても注目される。

全文19頁の英語の原文はIFLAより出版される予定と伝えられるが,これの日本語訳がJLAの障害者サービス委員会聴覚障害者サービス・ワーキング・グループによって進められている。1991年7月に東京で開催される第11回世界ろう者会議にはデイ氏も来日する。『指針』日本語訳の出版は,いま全く立ち遅れている日本の図書館の聴覚障害者サービスに極めて刺激的な一石を投ずることになろう。

河村 宏(かわむらひろし)

Ref: International Federation of Library Associations and Institutions. Section for Libraries Serving Disadvantaged Persons. Guidelines for Library Services to Deaf People. Edited by John Michael Day.