CA1916 – 県立長野図書館の改革事業とネーミングライツ制度の導入 / 北原美和

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カレントアウェアネス
No.335 2018年3月20日

 

CA1916

 

 

県立長野図書館の改革事業とネーミングライツ制度の導入

 

県立長野図書館:北原美和(きたはらみわ)

 

 近年、公共図書館へのネーミングライツ制度の導入が見られるようになってきた(1)

 本稿では、県立長野図書館がこのたび、空間整備を目的に、ネーミングライツ制度を活用して共知・共創の場としての知識情報ラボ「UCDL(ウチデル):Uchida Community Design Labo」を設置した経緯を、当館が現在取り組んでいるこれからの図書館に向けた改革について触れながら解説する。

 

県立長野図書館のこれまで

 当館は、1907年(明治40年)に信濃教育会によって設立された信濃図書館が前身で、1929年(昭和4年)に開館した。1979年(昭和54年)、現在の長野市若里に新館を建設し、現在に至る。郷土資料を中心とした資料収集と調査サービスを事業の核としながらも、図書の巡回読書を主活動とした1950年(昭和25年)創設の「PTA母親文庫」に代表される全県的な読書推進活動に重きを置いた時期が新館建設後も続いた。

 平成に入り職員・組織体制を含むサービス体制刷新や貸出図書範囲の拡大など直接サービスへの移行も試みられたが、県立図書館としての存在感には欠けると言わざるを得ない状況に甘んじてきた(2)。なぜなら、長野県は平成の大合併を経ても多くの市町村が存在し、県域も広く、複雑な地勢のため各地域の独自性もあり、各地の公立図書館・公民館の活動に加え、広域ブロックの図書館連携が進んでいる。このため、県の北端に位置する立地条件や予算の大幅な削減と相まって、市町村立図書館に対する支援業務については焦点が定まらなかったのである。

 そのような中、県の行財政改革の中で県立長野図書館についてもあり方が検討され、2013年度(平成25年度)に教育委員会として、企画力強化のための外部人材登用や資料のデジタル化等の方向性が示された。そして、2015年度(平成27年度)よりその方向性にふさわしい館長として、前伊那市立図書館長の平賀研也氏を最長5年の任期で外部登用することとなった。

 

共知・共創の場としての図書館空間へ

 現在、当館では、平賀館長のもと、「これからの県立長野図書館の目指すもの」「これからの公共図書館とはどうあるべきか」等を県民、県内の市町村立図書館、当館職員との対話やワークショップを通じて考え、試行する改革に取り組んでいる(3)

そして、既定の予算と人を活用しつつ、県立図書館としての事業や役割の思い切った見直しを考え、従来の読書推進を担う市民の図書館から知識基盤社会に不可欠な情報基盤としての図書館、地域に根ざし未来を作り出すための学びの核となる図書館に向けて、2015年度(平成27年度)より、「情報」「人」「場」の改革に取り組み始めた(4)。また、これは単に県立図書館の改革にとどまらず、市町村立図書館のこれからの選択肢を示す一つのモデルとなることや県立図書館の市町村立図書館支援の再構築を企図しており、県内の中核的な市町村立図書館とも協働しつつ、県域全体への学びの基盤の構築を目指すものでもある。

 今回のネーミングライツ制度活用による空間整備は、この改革の目指す「交流と創造により新たな多様なコミュニティを創成する起点」としての図書館機能、「地域の人びとの共知・共創を促進するサードプレイス」としての図書館空間を部分的に具現化する試みである。

 当館には1階に児童図書室、2階に一般図書室、3階に学習室・会議室があり、各階で来館者の利用の目的も利用の方法も異なる。つまり当館は、利用者層が階層ごとに異なり、利用者が図書館の収蔵された本を借りる・読む・勉強する極めてオーソドックスな図書館ということができる。

 これに対して、2015年度(平成27年度)からの図書館改革に取り組む過程で、図書館の所蔵資料に限らず、デジタル情報も含めたより広範な情報を提供することや、情報の探索にとどまらず、情報と情報、情報と人、人と人をつなげて、新たな知的生産活動を創成し、その情報資産を蓄積する場として図書館を転換することについて議論がなされた。読者のための図書館から、表現者のための図書館への変革や、ラーニング・コモンズの空間が整備された地域社会をつなぐ場所としての図書館の変革ということができるかもしれない。

 こうした共知・共創の場の考え方は、これまでの読書の館としての公共図書館に慣れ親しんだ利用者にとっても、また図書館職員にとってもイメージすることが難しい。そうした考え方を見える化し、体験できるようにしなければ、そのような場の有意性を県民が実感することはできない。そこで当館では、2016年度(平成28年度)に2階閲覧室をゾーニングし直し、一様に静謐な空間を4つのゾーンからなる空間とした。個人が静かに読書や調査のできる個室ゾーン(サイレント・コクーン)、書架の間を探索しキャレルデスクを使い、職員や利用者同士が静かに会話しながら過ごせるゾーン(ジェントル・ノイズ)、パソコンやタブレット端末を使いながら商用データベースやウェブ情報に触れられるゾーン(メディア・スクランブル)、そしてワークショップや講座も開催できる人と人がコミュニケーションできるゾーン(ナレッジ・ラボ)の4つである(図1)。
 

図 1 2階閲覧室の空間構成

 

ネーミングライツ制度導入に至った経過

 しかし、4つの目的を持つ空間にゾーニングしただけで、共知・共創の取り組みが実現できる訳ではなく、こうした機能にふさわしい什器、デバイス、アプリケーション、活動プログラムの企画や活性化を進める人材が必要である。しかし、限られた予算の中でこれらを整えることは困難であった。そのような状況下、2017年度(平成29年度)予算の獲得に向けて内閣府の地域創生拠点整備交付金を活用して、より本格的な空間整備が可能かを模索した(5)。そして、同交付金活用事業相談会での助言や、長野県全体の予算獲得に向けた考え方などを踏まえて、収益が見込めるかどうか、複数の政策分野と連携できるものかどうか、「しごと」につながる場の構築かどうか、の3点から総合的に判断することになった。結果として実現には至らなかったが、その検討過程で、公共施設の空間整備やサービス支援のコンセプトの蓄積やノウハウを持つ株式会社内田洋行よりラーニング・コモンズ用の什器・備品、情報機器類を紹介してもらうとともに、当館からは空間整備に関するビジョンを説明する機会があった。

 その後、2017年(平成29年)5月から6月末までの期間で県によるネーミングライツの募集があった。その募集を県のウェブサイトで知った同社より当館に提供できる什器・備品や情報機器類が示され、県が導入しているネーミングライツ制度のうち「提案募集型」の申請をすることの可否について打診があった。

 

長野県のネーミングライツ制度

 ここで簡単に当県のネーミングライツ制度について説明しておきたい。当県では総務部財産活用課が年2回、県が所有している施設などに愛称をつけることができる権利(命名権)を募集している。

 種類には、対象施設を特定した「施設特定型」と、施設への貢献のあり方を提案する「提案募集型」の2通りがある。募集期間は2か月程度で、応募を希望する企業は、県の募集要項に則り、必要書類を準備し応募する。

 「提案募集型」は「施設特定型」に該当しない施設で、県の庁舎や県立学校を除く不特定多数の住民が利用する県有施設を対象としている。長野県では修繕を対価とした県立野球場への命名事例や歩道橋への命名事例などがある。

 長野県では、この「提案募集型」の導入の拡大を図るためにも、どのような施設にどのような対価が考えられるのかなど、申請を希望する企業には個別に相談を促している。

 「提案募集型」は、命名権料としては金銭ばかりでなく、施設で利用可能な製品やサービス(役務)の提供なども想定している(6)

 

ネーミングライツ制度導入に際して留意した点

 当館としては、図書館全体に対する命名権ではなく、これからの図書館のあり方を模索するゾーンのナレッジ・ラボに対する命名権であればこれを活用したいと考えた。そこで、2017年(平成29年)7月、県の規定に沿って館内に選考委員会を設置し、図書館事業に関する有識者2名、企業の財政状況を見極めるための専門家1名、県立図書館の主管課1名を選考委員に任命して、同年8月に選考委員会を開催した。申請者である同社によるプレゼンテーションと質疑応答を実施のうえ、以下の選考基準に則って選考を行った。

  • (1)図書館が実施したいことと、企業側が図書館に提供したいと考えていることに大きな相違がないか。
  • (2)図書館にとっても企業にとってもメリットがあるかどうか。
  • (3)役務の提案を受け入れることにより、今後の図書館の事業や図書館員の活動が発展するかどうか。
  • (4)什器・備品や情報機器類の提供はもちろん役務の提供の内容に具体性があるかどうか。サポート体制がしっかりしているかどうか。

 また、当館としては、この基準策定に先立ち、図書館の自由や中立性に影響を与えないかどうかについて検討したことは言うまでもない。まず、図書館全体に対する命名ではなく、これからの図書館が果たすべき役割を担う新たな空間を整備するものであり、図書館の資料収集の中立性や自由を阻害するものではないと考えられた。さらには、あくまでも活動主体は図書館であり、その空間の機能や活動のプログラムなどに対して、図書館にはない知見や経験を獲得する好機であること、そして、そこで得た情報や経験は、当館に限らず県内の公共図書館においても、共知・共創の場づくりのモデルとなり得ると思われた。以上から、ネーミングライツ導入は、図書館職員にとっても、また利用者にとっても有益であると判断した。

 選考委員会による審査の結果、ネーミングライツ・パートナーとして適当との評価を受け、ナレッジ・ラボ部分の愛称の命名権と引き換えに2017年(平成29年)10月1日から2020年(平成32年)9月30日までの3年間にわたる什器・備品、情報機器類、プログラム開催支援等の提供を受けることになり、知識情報ラボ「UCDL(ウチデル)」が誕生することとなった。

 

導入後の状況と今後

 こうして、2017年(平成29年)10月1日、自由自在に動かすことができる机や椅子、デジタルにアナログの手触りを融合させた情報展示や発信が可能な可動式情報ツールなど、提供された什器・備品と情報機器類を活用した日常的なコラーニングスペースとして、知識情報ラボ「UCDL(ウチデル)」の活動が始まった(7)

図 2 UCDL(ウチデル)の様子

 

 同年10月20日と21日にはオープニングイベントを開催した(8)。その後も、いくつかのイベントやワークショップを開催した(9)。参加者や利用者からは、「堅苦しい」「窮屈」「資料の利用」「静かに!」というイメージだった図書館が、「開かれた空間」「話しながら活動できる場」であるというのは新鮮であり、様々な活動の拠点として図書館を利用するという選択ができることへの驚きや共感をいただいている。ネーミングライツによって提供された什器・備品は活動に合わせた柔軟なレイアウト変更に対応でき、情報機器類は手元の操作によって情報を切り替えながら、話し合いの場での情報共有が一瞬で視覚的にできる。今後も、本など紙の資料を閲覧したり借りたりする場といった図書館の既成概念にとらわれることなく「共知・共創の場」として、情報の収集から発信、そして蓄積へとつながっていく場となることを目指していく。ネーミングホルダーからのサポート期間は3年。サポート終了の場合は期間終了6か月前に申し出がある。その時までに、活動の幅がさらに広がっているよう、県の行政機関はもとより市町村立図書館や学校図書館、学校の教職員などへの情報提供や企画提案など広報にも努め、地域の「共知・共創の場」のモデル空間として取り組んでいきたい。

図 3 UCDL(ウチデル)でのイベントの様子


(1)ネーミングライツを導入した館として例えば以下の事例がある。
・泉佐野市立図書館(大阪府)
市の施設への「ネーミングライツ(命名権)パートナー企業が決定. 広報いずみさの. 2014, 平成26 年4 月号, p. 2.
http://www.city.izumisano.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/35/20140402.pdf, (参照 2018-01-10).
・秋田市立図書館(秋田県)
“市立図書館のネーミングライツ・パートナーが(株)北都 銀行に決定!”. 秋田市. 2015-03-20.
http://www.city.akita.akita.jp/koho/data/html/1837/1837_03_01.htm, (参照 2018-01-10).
・八千代市立図書館(千葉県)
“中央図書館・市民ギャラリーの愛称が決定”. 八千代市. 2016-12-01.
http://www.city.yachiyo.chiba.jp/100100/page100046.html, (参照 2018-01-10).
・和泉市立図書館(大阪府)
“和泉市2 例目!和泉市立図書館のネーミングライツパートナーと愛称が決定!”. 和泉市.
http://www.city.osaka-izumi.lg.jp/kakukano/syougaibu/dokusyosinkou/osirase/1486967215950.html, (参照2018-01-10).
・広島市こども図書館(広島県)
“広島市こども文化科学館及び広島市こども図書館の命名権取得者と呼称の決定等について”. 広島市.
http://www.ssl.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1502069484695/index.html, (参照 2018-01-10).

(2)“沿革”. 県立長野図書館.
http://www.library.pref.nagano.jp/information/history, (参照 2018-01-10).

(3)“図書館フォーラム”. 県立長野図書館.
http://www.library.pref.nagano.jp/category/futurelibnagano, (参照 2018-01-10).

(4)“図書館フォーラム”. 県立長野図書館.
http://www.library.pref.nagano.jp/category/futurelibnagano, (参照 2018-01-10).

(5)“地方創生関係交付金”. まち・ひと・しごと創生本部.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/about/kouhukin/index.html, (参照 2018-01-10).

(6)“長野県ネーミングライツ・パートナーの募集について”. 長野県. 2017-10-02.
http://www.pref.nagano.lg.jp/zaikatsu/kensei/koyu/naminglights/partner.html, (参照 2018-01-10).

(7)“県立長野図書館×(株)内田洋行「知識情報ラボUCDL(ウチデル)」が始動します!”. 県立長野図書館. 2017-09-26.
http://www.library.pref.nagano.jp/osirase_170922, (参照 2018-01-10).

(8)“【10/20,21】知識情報ラボ「UCDL(ウチデル)」オープニングイベント”. 県立長野図書館. 2017-10-12.
http://www.library.pref.nagano.jp/osirase_171011, (参照 2018-01-10).

(9)“【12/07】「乗りたくなる地域鉄道 !高校生PR 動画コンテスト」の審査会・表彰式を開催します”. 長野県教育委員会×しなの鉄道株式会社. 2017-12-07.
https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/kyoiku/happyo/h29/documents/shinatetsupr.pdf, (参照 2018-01-10).
“【1/28】 新年気持ちを新たに!創業を考えている皆様へ 『出張』創業相談会in県立図書館を開催します”. 県立長野図書館. 2017-12-12.
http://www.library.pref.nagano.jp/wp-content/uploads/2018/01/sogyo180128.pdf, (参照 2018-01-10).


[受理:2018-02-14]
 

北原美和. 県立長野図書館の改革事業とネーミングライツ制度の導入. カレントアウェアネス. 2018, (335), CA1916, p. 4-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1916
DOI:
https://doi.org/10.11501/11062620

Kitahara Miwa
Introduction of Prefectural Nagano Library Reform Project and Naming Rights System