CA1255 – アメリカの図書館におけるコミック事情 / 古野朋子

カレントアウェアネス
No.237 1999.05.20


CA1255

アメリカの図書館におけるコミック事情

日本のマンガは,一時期は悪書よばわりされたこともあったが,多くの人に愛好されるだけでなく,すぐれた内容のものが多いことなどから,一定の社会的評価を得てきていると言えよう。しかし,図書館においてはそうではない。ごく少数の専門図書館があるほかは,公共図書館では人気のある図書の一部として,学校図書館では参考書として一部が所蔵されているにすぎず,マンガを一つの特殊コレクションとして構築するという考えはほとんど見られないのが現状である。

その一方でアメリカの図書館では,ここ20年ほど,コミックは特殊コレクションとして扱われるようになってきた。その理由の一つは,日本やヨーロッパのコミックにくらべて,出版物の中での独自性が高いということだろう。アメリカにはコミックコレクターの集団がいて,コミック専門書店という彼等向けの流通ルートもあり(一般の人は新聞スタンドで購入することが多い),コミック市場はかなり限定され,愛好家によって支えられている。また,日本のようにまず雑誌に掲載された後に単行本化されるのではなく,「シリーズ」と称する定期刊行物扱いの発行が主で,単行本はそれとは別に最初から単行本として出版され,しかもごく少数のため,コミックとそれ以外の図書とは明確に区別されている。そのことと,芸術性との因果関係はさておき,ここでは,Serials Review誌の特集から,アメリカの図書館のコミック事情を紹介することにしよう。

所蔵 コミックの大きなコレクションを持っているのは,アメリカ内外の約50の大学図書館や美術館・博物館である。この中でもっとも大きいものは米国議会図書館(LC)で,5千タイトル,10万冊を所蔵している。大学図書館ではミシガン州立大学がもっとも大きく,8万冊を所蔵し,独自の分類を行っている。中には,あるジャンルに特定した収集をしている図書館もある。例えば,アイオワ州立大学は1960年代終わりのアンダーグラウンドコミックを1,455タイトル,3,600冊,所蔵している。

資料組織 先に述べたとおり,ほとんどが逐次刊行物なので,目録作業も逐次刊行物のカタロガーによって,逐次刊行物の規則にのっとって行われることが多いが,コミック独自の対処を迫られる問題もある。例えば,タイトルの変更が多い。一般誌で言えば,『ニューズウィーク』が突然『ウィーク オブ ニューズ』として発行され,何号かあとにまた元のタイトルに戻る,というようなことがざらにある。変更後のタイトルと同じタイトルのコミックがすでにあり,そのコミックもタイトル変更をしていった結果,相互にタイトルを入れ替えているかのような現象も起きてしまう。また,内容的には続いているのに違うシリーズに移ってしまうということもある。こういった問題を解決するために,タイトル順ではなくジャンル別に分類し請求記号をつけるというやり方もある。しかし,これにもコミック独自の問題がある。例えばクロスオーバー,すなわち,あるコミックのキャラクターが他のコミックのキャラクターと「共演」する,といった現象がしばしば見られる。「バットマン」は「バットマン」で,「スーパーマン」は「スーパーマン」で請求記号をつけていたとして,「バットマン対スーパーマン」はどちらの請求記号をつければいいのだろうか?また,号数の問題もある。1号が出てから55年もたって0号が出たり,最初に4号が出て次に5号,次に3号が出るなどということもある。中身は同じ号なのに表紙だけ違うということもある。宣伝用などのために特別な表紙をつけているのだ。これは別の資料としてそれぞれ別に扱うべきではあるが,整理に工夫が必要だ。

LCでは,コミックは長い間整理基準でいう「最低レベル」に位置づけられていたため,目録が作成されるようになったのは1994年以降のことである。それもシリーズものに限られ,ペーパーバックなど,単行本扱いのものはまだ着手されていない。ミシガン州立大学では,1970年代の終わりに目録化をはじめ,1997年に2万件の目録を世に出すことができた。LC分類表のPN6728(アメリカのコミック)をさらに展開した分類は,今ではほかの図書館でも使用されている。まずシリーズがはじまった年代によって分類し,次に出版社で分類し請求記号をつけるやり方である。これにより,コミックの歴史を通観することができるようになるとともに,分類がタイトルの変更に左右される心配はなくなった。しかし,同じキャラクターが登場する作品であっても,発刊年代によっては違う分類になってしまうという問題が残る。

ミシガン州立大学ではさらに,索引をつくりWWW上で公開している(http://www.lib.msu.edu/comics/rri/index.htm)。これは元々は閲覧室に備え付けのルーズリーフ状のノートだったもので,利用者からのレファレンス質問の蓄積によってできたものだ。目録からとってきたデータだけでなく,コミックに関する論文やコミックを論じた図書の巻末索引なども収録し,作者名や出版社名,ジャンルからひける。作業はミシガン州立大学のスタッフだけではなく,Amateur Press Alliance for Indexing とGrand Comic-Book Databaseという二つの民間団体の協力によって完成した。どちらも,コミック愛好家の集まりで,すべてのコミックを索引にとろうという野心的な団体である。1978年に磁気テープの導入によりコミックの目録化がすすんだが,ここにきてWWWの普及により索引化がすすんだわけである。

収集 ミシガン州立大学のWWW上の索引はまた寄贈本の収集にも役立っている。寄贈者は,どの号が欠号なのかわかれば,寄贈がしやすくなるからだ。このことからもわかるように,どの図書館も大半の資料が寄贈によるものである。コミック収集家が家からあふれてしまうからと寄贈してくることもあるし,編集者の遺族が手稿もろとも寄贈してくることもある。もちろん,購入も欠かせない。ニューヨーク公共図書館の人文科学センターでは,1965年から1988年まで,新聞スタンドやコミック専門書店で年に一回様々なタイプのコミック資料について,それぞれのタイプを代表するものを1部見本として選んでフィルム化するという,サンプリングを行っていた。

利用 LCは当初は一般に公開していたが,現在は研究者に限定している。ほかの図書館では現在も一般に公開しているが,特殊コレクション扱いのため,手袋着用や職員の監視のもとで閲覧が認められるのみで,持ち出しは禁止,書庫でのブラウジングも禁止されているのが普通である。

保存 コミックが非常に質の悪い紙に印刷されているのは日本と同様であるため,資料保存には万全を期さなければいけない。これもコミックの特徴である。必ず中性紙の封筒やケース,マイラーバッグ(写真を保存するためのポリ袋)などに入れ,袋状のものは資料がぺらぺらのままなので中性紙のボール紙を入れ,空調設備のある部屋に保存する。ミシガン州立大学では,請求記号は封筒などの入れ物につけるか,しおりにつけてコミックにはさむようにしている。

もちろん,アメリカの図書館が,当初からコミックの扱いに熱心だったわけではない。1970年代までは,コミックは単なる一時的な娯楽であり,なぜそんなものを図書館が集めなければならないのかという意見が大半だった。それを,コミックが誕生して75年以上もたってはじめて図書館資料として扱うようになったのは,大衆文化の資料をきちんと残そうという動きがあったからこそである。大衆小説,大衆雑誌,日曜学校のお話本,ファン雑誌。そういった資料を抜きにして,文化全体を語ることはできないという視点があってはじめて,コミックを図書館資料として体系的に構築していくことが可能なのである。では,今後日本の図書館では,コミックははたしてどのように扱われていくのであろうか。

古野 朋子(ふるのともこ)

Ref: Sechay, David. Comic research libraries. Ser Rev 24(1) 37-48, 1998
Scott, Randall. A practicing comic-book librarian surveys his collection and his craft. Ser Rev 24(1) 49-56, 1998
Serchay, David. Comic book collectors: the serials librarians of the home. Ser Rev 24(1) 57-70, 1998
内記稔夫 現代マンガ図書館におけるマンガ雑誌の利用と保存について 現代の図書館 31(4) 275-279,1993
吉田昭 マンガと大学図書館 図書館雑誌 84(9) 632-635,1990