E1187 – 被災文化財等のレスキュー事業における水損資料の乾燥作業

カレントアウェアネス-E

No.196 2011.07.07

 

 E1187

被災文化財等のレスキュー事業における水損資料の乾燥作業

 

 東日本大震災で被災した文化財等の救援のため,文化庁の「文化財レスキュー事業」の活動が国内各地の機関等により行われている。その一つとして,津波等による水損被害を受けた文書資料等の乾燥作業が,奈良文化財研究所(奈文研)や奈良県立橿原考古学研究所をはじめとする,文化財保存を行っている機関で実施されている。水損資料の救済にあたっては,カビの発生や腐敗を防止することが重要であるため,資料を凍結させた状態で乾燥させる真空凍結乾燥という方法が用いられている。2011年6月に第1回目の乾燥作業が行われた奈文研を6月30日に訪問し,埋蔵文化財センター保存修復科学研究室の高妻洋成室長にお話を伺った。

 奈文研の真空凍結乾燥機の乾燥室は円柱を横にしたような形で,直径1.8メートル,長さ6メートルと,文化財用としては世界最大である。一度に乾燥機に入れられる量は濡れた状態で1トンから2トン,乾燥にかかる時間は概ね2週間から1か月程度である。第1回目の乾燥作業の対象は,岩手県大船渡市と宮城県女川町から運ばれた,段ボール箱で10箱分の近世・近代の文書資料等で,1点から数点ずつが白い不織布に包まれた状態で88のコンテナに収められ,6月14日に乾燥機に入れられた。2週間強の乾燥期間を経て,6月30日に資料が取り出された。高妻室長によると,乾燥状態は良好とのことであった。この後,埃や汚れ等を落とした後に,被災地に戻されるとのことである。

 高妻室長からは,資料救済には応急処置と本格処置の2種類があり,今回行っているのは,「通常の環境に於いて安定した状態を保つことができるようにする」という応急処置であるとの説明があった。一方,海水によって付着した塩分の除去や破損した部分の修理のためには,乾燥後に水で洗ったり解体して修理を行うなどの本格処置が必要となる。今回の作業では本格処置は実施していないが,応急処置をしておくことで,将来必要に応じて本格処置を行うことも可能になるとのことであった。なお,全てが真空凍結乾燥機で乾燥されるわけではなく,資料の状態や量によっては適切な方法で自然乾燥させることができるものもあるとのことである。

 被災資料の移送の流れは,文化財レスキュー事業の実施主体である被災文化財等救援委員会が被災地からの救援依頼を受け付けて資料を回収した後,冷凍倉庫に保管し,そこから乾燥作業を担当する各機関に資料が振り分けられるという手順となっている。奈良と仙台に冷凍倉庫が用意されており,緊急の処置を要するものはすぐに奈良に運び,そうでないものはまず仙台で冷凍した後で,奈良に運ぶか東北地区の機関で乾燥作業を行う。冷凍前の資料を奈良へ移送する際にも,なるべく冷凍庫付きの車で運び,移送中に冷凍を開始している。今後の資料の増加度合いによっては,九州地区での冷凍倉庫の手配と乾燥作業の協力依頼も視野に入れているとのことであった。

 奈良で冷凍倉庫を提供しているのは,奈良県中央卸売市場内にある奈良市場冷蔵株式会社である。今回の救援事業の実現にあたっては,同社と日本冷蔵倉庫協会の協力が非常に大きかったとのことである。冷凍倉庫で資料を一時保管できることで,乾燥機の順番待ちの間の資料の劣化を止めることができるとともに,冷凍した状態で乾燥機に入れられるので乾燥機内で冷凍する時間が節約できるとのことであった。

 高妻室長は,課題として,こうした救援体制があることがあまり知られておらず,もっと多くの人に知ってもらいたいということをあげられた。また,図書館の所蔵する貴重書や郷土資料等はあまり送られてきていないとのことで,被災した図書館資料の救済にも協力したいとの意向を示された。

(協力:奈良文化財研究所)

Ref:
http://www.tobunken.go.jp/~hozon/rescue/rescue20110510.html