E1211 – ゲリラOA活動家による EJ大量ダウンロードが投げかけた波紋

カレントアウェアネス-E

No.200 2011.09.08

 

 E1211

ゲリラOA活動家による EJ大量ダウンロードが投げかけた波紋

 

 これまで電子ジャーナル(EJ)の大量ダウンロードといえば,主に大学図書館界だけで不定期に生じる話題にすぎなかった。しかし,2010年に起こった米マサチューセッツ工科大学(MIT)での事件は,翌2011年1月に容疑者が逮捕,7月には連邦地検から起訴される事態にまで至り,新聞をはじめとした各種メディアで話題となっている。

 起訴されたのは,事件当時,24歳のハーバード大学研究員だったアーロン・シュワルツ(Aaron Swartz)で,10代前半からRSSの開発やインターネット関連の政治活動で世界的に知られていた人物である。2008年には,一部の学術商業出版者を「強欲」と非難し「学術雑誌をダウンロードしてファイル共有ネットワークにアップロードすることが必要」だとするゲリラ・オープンアクセス(OA)を主張していた。

 起訴状によれば,シュワルツは2010年9月から2011年1月にかけてMIT構内の建物に不正侵入し,同大のネットワークを利用してEJアーカイブのJSTORから数回にわたって合計約480万論文を不正ダウンロードした。結果としてJSTORのサーバをダウンさせ,一定期間にわたりMITからのJSTORへのアクセスを完全に禁止させるまでに至った。シュワルツは取得したファイルを一般公開しておらずかつJSTORへ返却したため,JSTORは起訴には至らなかったものの,結局地検により起訴された。容疑は(1)電信詐欺,(2)電子計算機使用詐欺,(3)保護された電子計算機からの違法な情報入手,(4)保護された電子計算機への損害などで,有罪となれば100万ドル以下の罰金と35年以下の禁固刑とされている。

 なぜシュワルツがハーバード大ではなくMITのネットワーク経由で,しかも非営利であるJSTORからEJファイルを大量ダウンロードしたかについては,不明である。ファイルをオンライン共有サイトで公開するため,あるいは個人的な研究プロジェクトのため,という憶測もあるが,現時点では今後行われる裁判で本人から明らかにされるのを待つほかない。

 起訴自体及び起訴内容に対する批判(たとえば,何が詐欺にあたるのか等)も少なくなく,シュワルツへの起訴に同情的な意見もある。一方で,OA運動の関係者からは,起訴状の事実関係の信頼性への疑問や公判前であることを留保しつつも否定的なコメントが寄せられている。たとえば,ハーバード大学のシーバー(Stuart Shieber)教授は,シュワルツの行為はJSTORの利用規約をはなはだしく侵害したものであり「道徳的でも,合法的でも,効果的でもない」としている。シュワルツと昔から親交のある同大学のレッシグ(Lawrence Lessig)教授も「越えてはならない倫理的な一線を越えてしまったとしたら残念だ」としている。

 ビブリオメトリクスに見られるように大量の学術雑誌論文が研究対象になることは珍しくないが,最近ではデータマイニングの対象としてかつてないほどの膨大な量の論文がそこに含まれるデータを含めて分析されるような事例も出てきている(E1195参照)。これは,学術雑誌が電子化されかつオープンアクセスで提供されて初めて,十分に実現可能なことである。たとえば,PLoSなどの出版者側も,XMLフォーマットやクリエイティブコモンズライセンスを設定するなど,マイニングに対応する形でEJを提供し始めているが,こうした出版者はごくわずかでしかない。シュワルツ事件は,領域によっては出版者側に,従来のような学術雑誌論文の利用パターンだけではなく,新しい利用形態に対応する必要性を認識させるきっかけになるかもしれない。

(三重大学・三根慎二)

Ref:
https://www.documentcloud.org/documents/217115-20110719-schwartz.html
http://chronicle.com/blogs/wiredcampus/programmer-is-charged-with-hacking-into-journal-database/32316
http://about.jstor.org/news-events/news/jstor-statement-misuse-incident-and-criminal-case
http://blogs.law.harvard.edu/pamphlet/2011/07/28/on-guerrilla-open-access/
http://mediafreedom.org/2011/07/larry-lessig-responds-says-swartzs-alleged-actions-crossed-ethical-line/
http://www.theawl.com/2011/08/was-aaron-swartz-stealing
http://www.publishingresearch.net/documents/PRCSmitJAMreport20June2011VersionofRecord.pdf
E1195