書物や公文書は,カビの温床となるセルロースを含む紙でできており,カビが繁殖しやすい条件を備えている。このようなことから,公文書館や図書館などの紙資料を保存する施設では,これまでも,カビの害に対しては一定の注意・関心が払われてきた。しかし,それは,カビによる資料の汚損や破損の防止,あるいはカビの被害を受けた資料の修復といった観点からであり,カビは主に資料との関係において関心を集めてきた。カビが職員の健康にどのような影響を及ぼすのかといった人との関係において,カビが問題とされることはあまりなかった。
ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州は,職場における“カビと人”という観点から,同州の公文書館を対象に職員のカビ・アレルギーについての調査を行った。この調査では,職員に対するカビ・アレルギーについてのアンケートとともに,公文書館において発生したカビの種類,その特有な発生状況・条件等に関する調査などが行われた。
同州の調査では,公文書館において20種を超えるカビの繁殖が確認されるとともに,通常はカビ・アレルギーの疑いがある者の割合が10〜15%と見積もられるのに対し,公文書館職員の場合はその割合が32%に上るという結果が示されている。この結果からすると,公文書館職員は通常よりもかなり高いカビの脅威にさらされているといえる。
この調査に基づき,カビの繁殖を“エコロジカルに”抑制し,カビによって引き起こされる健康被害を最小限に抑えるために,同州は下掲のような注意事項を挙げている。
資料にカビが発生・繁殖するのを防止するために,ガスや放射線あるいはその他の化学的処理を伴う措置を資料に施すことも考えられるが,この調査では取り扱われていない。このような措置を導入することによって,健康を害する恐れも完全には無視できないし,紙の劣化を速めるといったことも考えられるのである。このような措置の導入に関しては,公文書館,図書館,博物館関係者や修復技術者などをはじめ,労働衛生や化学・生物学の専門家などによる専門的な議論が必要である。
現在では,10万種を超えるカビが発見されている。大気中にカビが存在するのはごく普通のことであり,また,空気によって運ばれるものなので,根絶することは極めて難しい。病院の無菌室のような状態を作り出すことも可能ではあるが,カビは人間といわば共存しているようなものである。一般的な職場環境においては,カビの根絶に力を注ぐよりも,カビによるアレルギーの発症の危険性を普通の生活においても受ける程度に抑える措置を講じる方が現実的である。
【カビによるアレルギーを予防するための注意事項】
鈴木 昭博(すずきあきひろ)
Ref: Neuheuser, H.P.Gesundheitsvorsorge gegen Schimmelpilz-Kontamination in Archiv, Bibliothek, Museum und Verwaltung. Bibliothek 20 (2) 194-215 1996
リンク
[1] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/1
[2] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/122