一般社団法人VR革新機構・横松繁(よこまつしげる)
一般社団法人VR革新機構では,2020年4月以降,日本銀行,市民会館,図書館,博物館・美術館,震災遺構の展示施設,子ども向け施設,水族館,ホール,防災センターなど約40施設を3Dビュー&VR映像で撮影し,その映像を公開した。
当機構は2018年に全国のGoogleストリートビュー認定フォトグラファーが集まった有志の会からスタートしている。2019年には「車いす目線歩道ストリートビュー」での東京2020参画プログラムへの参加や,マスコミ報道でその取組が世界にも発信された。そして,当機構の3Dビュー&VR映像の撮影スキルで特筆しておきたいのは他に無いような大型施設専用撮影ができる点がある。これは当機構の活動を支援する日本マーターポートユーザー会がおそらく日本で一番多くの撮影を行っているからである。国内だけで500か所以上,2万平方メートル以上の大型施設や,同一施設内での1,000ポイント超えのきめ細やかな撮影実績を持っている。そのノウハウで一般では撮影が難しい施設も対象としてきた。
そのような折,新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で世界は様変わりした。学校や職場も3密をさけるための対策がとられた。そして今,ソーシャルディスタンシングと手洗い等の感染症対策が当たり前の社会が広がっている。博物館や美術館も臨時休館が次々と発表された。大規模な物理的な集客は将来も難しいのではと各施設では話をしているようである。そして,コロナ禍は世界のオンラインコミュニケーションも変えた。「おうちで」鑑賞・勉強することが広がっている。
このような世界で,当機構の強みである3Dビュー&VR映像および360度動画の撮影技術を駆使することは,自宅や遠隔地からの臨時休館中の施設の仮想体験を可能とすると思案した。無人の施設は撮影に最適である。3Dビュー&VR映像を普及させることで自宅で展示を鑑賞し,勉強に役立てることを実現させるとともに,3密が解消された後には集客につなげることで施設を支援することは,VRによる社会貢献を目的に設立された当機構の目的に合致するのではないかと考えた。まずは2020年3月にTwitterで広告を出した。掲載した3Dビュー&VR映像の動画は1週間で45万回再生されたが,コメントのほとんどが取組への応援であり,撮影への申し込みはなかった。
そのような中,国立科学博物館の3Dビュー&VR映像は子どもの勉強にもなり,需要もあるのではないかとの,テレビに映る同館の取材映像を見ての筆者の家族の感想を聞き,即座に同館に対してボランティア撮影の問い合わせを行なったところ,とんとん拍子に話しが進み数日後に撮影を行って公開することができた。これがマスコミに大きく取り上げられ,夕方の単独ニュースでも放送されたことで申し込みが多数寄せられることとなった。これまでの問合せや撮影申込数は300件を超えている。2020年4月から10月までの全公開済施設の3Dビュー&VR映像の総インプレッション数は120万件を超え,総訪問者数も80万件に達した。
本取組による撮影・公開は,2021年3月末まで無償で対応している。それは施設支援と3Dビュー&VR映像の普及が日本では急務であるからである。欧米や韓国の博物館・美術館ではすでに3Dビュー&VR映像の普及は進んでいる。オンライン時代に日本も乗り遅れてはいけないと考え,積極的に取り組んでいる。今,需要があるのは解体や建て替えによる「残したい施設」,生まれ変わる施設の「ビフォアアフター」,教材としての「展示解説できる施設」,地域おこしや観光を意識した「集客促進施設」,展示会場で物理的に建てたブースの「オンライン展示会」の撮影・公開である。
ただ,普及のための課題の一つは,無償公開終了後の3Dビュー&VR映像等を閲覧した際の鑑賞寄付金や課金についてである。今後施設側の3Dビュー&VR映像作成・公開のためのクラウドファンディングを当機構が共催し,コンテンツ支援を行うつもりである。もう一つの課題は,著作権や使用目的上の制約で撮影できない対象物が多くある点である。これからの展示は,展示物の所有者との契約のなかでオンラインでの開示を使用目的に入れてほしい。アフターコロナの社会には,3Dビュー&VR映像内での展示物が必要である。
Ref:
一般社団法人VR革新機構.
https://vrio.jp/ [1]
“ウイズコロナ時代応援します 施設の入場制限・残したい建物や記憶・観光推進・地域おこし「集客とオンライン」支援します!”. 一般社団法人VR革新機構.
https://vrio.jp/lp202003a.html [2]
東京国立博物館・阿児雄之(あこたかゆき)
2020年9月12日,アート・ドキュメンテーション学会(JADS)の第99回研究会・第3回オンラインイベント「新型コロナ資料の収集」が開催された。新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって,私たちの生活は一変し,様々な感染症対策をとりながらの日々が続いている。行事中止のお知らせやチラシ,各種店舗における営業案内の貼り紙などは,この生活変化に伴って生まれたものであり,後世に現状を伝える貴重な資料である。こうした「新型コロナ資料」は,博物館等を中心に収集活動が展開されている。その中でも,浦幌町立博物館(北海道)と吹田市立博物館(大阪府)は,日本国内でいち早く新型コロナ資料の収集を開始した。本研究会では,2館の活動についての報告と対談が設けられ,新型コロナ資料収集の意義や今後の展開について語られた。
最初に,研究会の主旨説明を兼ねて,JADS行事企画委員会から,新型コロナウイルス感染症発生からの振り返りと,国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)によるウェブサイトの収集保存やコロナアーカイブ@関西大学(E2282 [10]参照),saveMLAKによる図書館の動向調査 (E2283 [11]参照)等のコロナ禍社会の記録に取り組む活動が紹介された 。
浦幌町立博物館の持田誠氏からは,「博物館がコロナ関係資料を収集する意義」と題して,活動の紹介があった。収集資料の中心は,講演会などの催しに関するお知らせや新聞折込チラシなどの紙資料であり,中でも一過性のお知らせやポスターなどは,その時を過ぎればすぐに失われてしまう危険性が高いため,意識的に収集しているとの報告があった。浦幌町立博物館では,従来より産業資料収集の観点から,地域の商店などの折込チラシを収集しており,今回の新型コロナ資料の収集も,その延長線上に位置している。新聞折込チラシは新型コロナウイルス感染症の影響を色濃く反映しており,チラシの量は減り続け,感染拡大が進むに従いなくなる日も見受けられている。新聞販売店からは, 「3月はまだ良かった。4月の20日過ぎくらいから激減し, 5月にかけて全く折込みの入らない日が続いて大変だった」という言葉が出ていた。また,これらの収集と並行して,コロナ禍における生活変化を象徴するひとつである手作りマスクも地域住民等から博物館に寄せられることが多く,8月には同館が募集したマスクも含めた企画展「コロナな時代のマスク美術館」が開催された。
続いて,吹田市立博物館の五月女賢司氏から「吹田市立博物館における新型コロナ資料の収集と展示」と題して同館の活動が紹介された。五月女氏は,オーストリアのウィーンミュージアムなど海外博物館での取り組みを知り,新型コロナ資料の収集を始めたそうである。持田氏と同じく,収集する資料種別を特に設定せず,できる限りフラットな収集を心掛けたそうである。一過性の企画展を目的とした収集ではなく,いつか、何かに役立てることができる可能性を重視し,まずは失われてしまう前に記録・保存するという姿は両者に共通である。収集した資料には,飲食店に寄せられたメッセージやテイクアウト開始などの掲示物,マスク購入に並ぶ人々などの街角でみられた風景写真がある。これら収集資料は,7月に同館で開催されたミニ展示「新型コロナと生きる社会」へと繋がっている。本展示では,来場者に資料・証言提供のお願いも呼びかけ,かたちとして残りづらい人々の心情を集めることができている。
これら活動紹介をうけた対談では,筆者が司会を務め,参加者からの質問を取り上げつつ,持田氏と五月女氏から話を聞いた。多くの質問が寄せられたが,個人的に最も関心をひいたのは,「新型コロナ資料収集をはじめるところが少ないのはなぜか」「いつまで収集を続けるのか」という話題である。この話題は,新型コロナ資料収集を実施されている両者が登壇していたからこそ,出てきたものではないだろうか。両者とも,収集を始めた当初は他の館でも収集がすぐに実施されると考えていたそうであるが,実際には取り組む館は少ない。浦幌町立博物館では以前より折込チラシの収集をしており,吹田市立博物館も五月女氏が近現代史の担当学芸員であるので,新型コロナ資料の収集は,これまでの博物館業務の一環として取り組むことができる。しかし,他館では業務の追加となるため,なかなか実施に至らないのであろうという話があった。これと同様に,新型コロナ資料の収集をいつまで続けるのかという課題も見えてきた。収集を実施している館が少ない中で,二人は地元以外の資料の収集も手がけるようになってきており,いつまで続けるのか,区切りをつけるタイミングはいつなのかという判断に苦慮している。
最後に,本研究会は新型コロナ資料収集に携わる博物館等関係者が集まる初めての会合であった。SNSが発展した現在であっても,新型コロナ資料の収集について具体的な検討,議論ができる場所はこれまで設けられることがなかった。登壇者,参加者からは全国的な情報交換ネットワークの確立が切望され,それを受けて,現在はJADSを中心に他関連学会などと連携し,情報交換ネットワークの確立に向けて動き始めた。興味のある人は, JADSウェブサイトに案内を掲載しているので,ぜひ参画してもらえると幸いである。
Ref:
“第99回研究会・第3回オンラインイベント「新型コロナ資料の収集」”. JADS.
http://www.jads.org/news/2020/20200912.html [12]
浦幌町立博物館. 浦幌町立博物館だより 2020年5月号. 2020, 1p.
https://www.urahoro.jp/chosya_shisetsu/kokyoriyo/museum/files/dayori202005.pdf [13]
“新型コロナと生きる社会~私たちは何を託されたのか~”. 吹田市立博物館.
http://www2.suita.ed.jp/hak/moy/pdf/2020_02.pdf [14]
“2020年5月特集 新型コロナウイルス感染症”. WARP.
https://warp.da.ndl.go.jp/contents/special/special202005.html [15]
コロナアーカイブ@関西大学.
https://www.annex.ku-orcas.kansai-u.ac.jp/covid19archive [16]
saveMLAK.
https://savemlak.jp/wiki/saveMLAK [17]
“covid-19-survey”. saveMLAK.
https://savemlak.jp/wiki/covid-19-survey [18]
“COVID-19”. saveMLAK.
https://savemlak.jp/wiki/COVID-19 [19]
“CORONA IN VIENNA : A COLLECTION PROJECT ON THE HISTORY OF THE CITY”. Wien Museum.
https://www.wienmuseum.at/en/corona-collection-project [20]
“お問い合わせ ■行事企画委員会 新型コロナ関係資料収集・保存等情報交換について”.JADS.
http://www.jads.org/contact/contact.htm#kikaku [21]
菊池信彦. コロナアーカイブ@関西大学の開設経緯,特徴とその意図. カレントアウェアネス-E. 2020, (395), E2282.
https://current.ndl.go.jp/e2282 [10]
saveMLAK COVID-19libdataチーム. 現在(いま)をアーカイブする:COVID-19図書館動向調査. カレントアウェアネス-E. 2020, (395), E2283.
https://current.ndl.go.jp/e2283 [11]
関西館電子図書館課・福島優寿(ふくしまゆず)
オランダのアムステルダム大学情報法研究所(Institute for Information Law)が所管する学生イニシアチブ,The Glushko & Samuelson Information Law and Policy Lab(ILP Lab)は,2020年8月,ポリシーペーパー“Web harvesting by cultural heritage institutions”を公開した。
同ポリシーペーパーは,オランダ国立図書館(KB)とオランダ視聴覚研究所(Nederlands Instituut voor Beeld & Geluid:以下「Sound and Vision」)の協力を得て作成された。オーストラリア,デンマーク,フランス,ドイツ,ニュージーランド,英国の計6か国の事例を比較参照しながら,オランダにおける文化遺産機関によるウェブサイト収集の法制化に向けた課題などを検討している。
以下,概要を紹介する。
オランダでは現在,文化遺産機関によるウェブサイト収集は法制化しておらず,KBやSound and Visionは著作権者に個別に許諾をとることで,ウェブサイトやウェブコンテンツを選択的に収集している。しかしこれは多大な時間と労力のかかる作業である。そのため,両機関を合わせた収集件数は,“.nl”をトップレベルドメインとするウェブサイトに限っても,そのわずか1%ほどにとどまっている。なお,オランダ国立公文書館(Nationaal Archief:NA)については,オランダ政府のウェブサイトやソーシャルメディアのコンテンツを保存すべきとの政府見解が2016年に出されている。
オランダにおけるウェブサイト収集法制化の方法を検討する上で,他国の法制度について調査が行われた。文化遺産機関によるウェブサイト収集の方法,対象,範囲は国により様々であるが,多くが納本制度の改正により収集に法的根拠を与えていることを報告している。また中には著作権法の改正による対応例もあることを示している。詳細な各国事例についてはポリシーペーパー本文やRefに挙げた参考文献(E359 [27]ほか参照)を参照されたい。
続いて,先の事例調査を踏まえて,収集主体,収集対象の形態・範囲について詳細に検討している。
ILP Labは収集主体について,制度的収集を行う多くの国では特定の国家機関にのみその権限を与えているという調査結果から,オランダにおいても同様に限定すべきだと主張する。具体的にはKB,Sound and Vision,NAといった大規模な機関を候補に挙げている。同時に,他の小規模機関が3機関に対し収集対象を助言・要求できる体制の構築を推奨している。
収集コンテンツの種類については,「オンライン上のあらゆるデータを含み,この定義は文化遺産機関が公務と法律の範囲内で,動的に解釈しうる」とすることを提案する。法文上緩やかな定義とすることで,テクノロジーの変化やコンテンツ間の相互依存性(例えば,ある「ウェブサイト」には「ソーシャルメディアアプリ」も「動画」も掲載されている,など)に適応しながら,文化遺産の保存という最終目的を達成できるとしている。
収集範囲については,国別コードトップレベルドメインに限定しないデンマークの事例等を参考に,以下を提案している。
また,一般に公開されているコンテンツのみ収集対象とすべきで,IDやパスワードを必要とするなどアクセスに制限のあるものについては,著作権法に準拠して,権利者からの事前の許諾を条件とすることが望ましいとの立場を示している。
ILP Labは,文化遺産機関によるウェブサイトの制度的収集の実現のため,2つの立法案を提示している。一つは著作権法の改正により収集を明示的に許可する案である。著作権法に権利制限規定を集約できる点などをメリットに挙げている。一方で欧州連合(EU)により2001年に制定された「情報社会における著作権と著作隣接権の一定の側面の調和に関する指令」には文化遺産機関によるウェブサイト収集が明文化されていないことから,欧州全域における著作権法の調和の側面にやや懸念があるともしている。
もう一つの案は納本法の制定である。そもそもオランダでは納本は義務ではなく,法制化されていない。ILP Labは,紙媒体の資料については現行の方法で安定的な収集が確立しているとして,ウェブサイト収集についてのみ納本制度を立法化することを提案している。納本法は収集対象や方法などについて柔軟に規定できるとしている一方,歴史的な経緯から納本の制度化そのものに対して,出版者から反発が起きる可能性を指摘している。
ウェブサイト上の情報は日々失われていくため,収集の制度化は急務である。オランダでの法制定の際には,各国のウェブアーカイブの状況や最新動向を踏まえることが予想され,今後の展開を注視したい。
Ref:
“ILP Lab calls for regulatory action to save the online cultural heritage”. ILP Lab. 2020-08-28.
https://ilplab.nl/2020/08/28/ilp-lab-calls-for-regulatory-action-to-save-the-online-cultural-heritage/ [28]
Schumacher, Luna.; Kolfschooten, Stefan van.; Soons, Daniël. Web harvesting by cultural heritage institutions:Towards adequate facilitation and regulation of web harvesting digital content in order to preserve national cultural heritage. ILP Lab. 36p.
https://ilplab.nl/wp-content/uploads/sites/2/2020/08/ILP-Lab-Policy-Paper-Web-Harvesting-final.pdf [29]
デンマーク,ウェブ・アーカイブを制度化. カレントアウェアネス-E. 2005, (63), E359.
https://current.ndl.go.jp/e359 [27]
菊池信彦. 英国で非印刷出版物の納本を定める規則が制定. カレントアウェアネス-E. 2013, (236), E1426.
https://current.ndl.go.jp/e1426 [30]
大沼太兵衛. オンライン資料の納本制度の現在(1)フランス. カレントアウェアネス-E. 2014,(272),E1634.
https://current.ndl.go.jp/e1634 [31]
福林靖博. オンライン資料の納本制度の現在(3)オーストラリア. カレントアウェアネス-E. 2016, (302), E1793.
https://current.ndl.go.jp/e1793 [32]
熊倉優子. ニュージーランドにおける法定納本制度改正の動き. カレントアウェアネス. 2006, (290), CA1612, p. 6-7.
https://doi.org/10.11501/287057 [33]
渡邉斉志. ドイツにおけるオンライン出版物の法定納本制度. カレントアウェアネス. 2006, (290), CA1613, p. 7-8.
https://doi.org/10.11501/287056 [34]
鈴木尊紘. フランス法定納本制度改正とウェブアーカイブへの対応. カレントアウェアネス. 2006, (290), CA1614, p. 8-10.
https://doi.org/10.11501/287055 [35]
関西館図書館協力課・木下雅弘(きのしたまさひろ)
読書量は過去20年間で減少しており,特に若年層での減少は顕著である。国際出版連合(IPA)が2020年10月に公開した報告書“Reading Matters: Surveys and Campaigns – how to keep and recover readers”(以下「本報告書」)では,26か国における読書習慣調査のレビューを行った上で,そのような傾向が広く見られることを指摘する。
IPAは世界の出版協会等が加盟する業界最大の国際団体であり,日本書籍出版協会も含め,69か国から83の組織が加盟している(2020年1月現在)。2020年5月にノルウェーで国際出版会議を開催予定であったが,新型コロナウイルス感染症の感染拡大により中止を余儀なくされた。IPAは,同会議に提出された複数の報告書を10月にオンラインで公開しており,本報告書もその一つである。以下,その概要を紹介する。
IPAとノルウェー出版協会が作成した本報告書は,26か国における読書習慣調査と読書推進活動のレビューを行い,その結果を国別に英文で報告している。対象国は,掲載順にアルゼンチン・ベルギー・ブラジル・カナダ・中国・デンマーク・フィンランド・フランス・ドイツ・アイスランド・イタリア・メキシコ・オランダ・ニュージーランド・ノルウェー・ロシア・スロベニア・南アフリカ共和国・スペイン・スウェーデン・スイス・タイ・トルコ・アラブ首長国連邦・英国・米国である。読書習慣調査では,政府機関,出版社・書店の業界団体,その他民間団体等が2015年から2020年までに実施した調査をレビューの対象としているが,各国でどのような組織が読書習慣調査を実施しているかを把握できる意義は大きいと思われる。同一組織が繰り返し調査を行う傾向が見られることから,将来時点で各国の読書事情を調査する際にも参考情報源としての活用が見込めるためである。
本報告書が言及する各調査の枠組みは多様であるが,年齢・性別といった読者の属性と,読書習慣に関するデータとの相関を調査し,その経時変化に着目するものが多い。読書習慣に関するデータには,閲覧時間数・頻度・冊数・好まれるフォーマット(紙・電子書籍・オーディオブック)等が含まれる。調査結果の比較から判明した興味深い点として,年齢と読書量との相関関係を挙げる。ブラジル・スペイン・タイ等では年齢が上がるにつれ読書量が減少する一方で,カナダ・デンマーク・フランス・アイスランド・ノルウェー等では年齢とともに増加している。他にも様々な傾向を指摘しているが,特に強調されているのは冒頭で述べた若年層による読書量の減少である。
そもそもなぜ読書が重要なのか。ノルウェー出版協会会長のEdmund Austigaard氏は,本報告書の冒頭で読書の意義を強調する。読書は自己表現と社会参与に求められる言語能力の発達や知識へのアクセスを,そして他者の視点を通じて物事を見る機会を提供する。読書は他者を理解する試みであり,時として読者の信念とぶつかり,その思考や行動に変化をもたらす。それゆえに,同氏は(他者との対話を促す)読書を民主主義の基盤を成すものと見なしている。本報告書の結論部では,読書を取り巻く環境は厳しい一方で,各国の調査で多くの回答者が読書への意欲を示していたことも指摘する。潜在的な読者を本へと呼び戻すため,読書習慣の変化を考慮した戦略を立案しなければならないとし,イタリア出版協会の調査手法に注目している。同協会では2017年から,現代社会において「読書」の意味が変容しつつあることを踏まえた調査を開始した。例えば,雑誌・SNS・料理や旅行等に関するウェブサイトといった媒体上の記事の閲覧も「その他の読書」として調査対象としており,その結果,「その他の読書」のみを行う層が2017年には全体の19%,2018年には21%存在することが明らかになった。
具体的な読書の推進方法についても,本報告書では各国での実践を幅広く紹介している。同じくイタリアの例となるが,イタリア出版協会は全国規模の読書推進キャンペーン“#ioleggoperché”を2016年から毎年開催している。将来の読者層を増やす上で学校図書館が果たす役割に注目した取組である。賛同者は,キャンペーン期間中に特定の書店で本を購入すると学校図書館への寄贈を選択できる。最後に出版社も国全体の合計寄贈冊数と同じ冊数(最大10万冊)を寄贈する。このキャンペーンにより,過去4年間で1万5,000を超える学校に約105万冊が寄贈されたという。この他にも,ドイツの非営利組織“LitCam”らによる難民を対象とした読書推進活動“Books Say Welcome”や,メキシコの民間企業による児童書のサブスクリプション型宅配サービス“Little Bookmates”等,各国では工夫を凝らした活動を展開している。
本報告書では日本は調査対象となっていないが,日本でも同様に読書量は減少傾向にある。文化庁が全国16歳以上の男女を対象に実施した平成30年度「国語に関する世論調査」によれば,1か月に1冊も本を「読まない」と回答した人は47.3%,「読書量は減っている」と回答した人は67.3%に上る。本報告書にまとめられた諸外国の調査手法や取組は,共通の課題に直面する日本においても参考に資するものと思われる。
Ref:
“IPA Launches new State of Publishing Reports”. International Publishers Association. 2020-10-15.
https://www.internationalpublishers.org/copyright-news-blog/1037-ipa-launches-new-state-of-publishing-reports [51]
“Reading Matters: Surveys and Campaigns – how to keep and recover readers”. International Publishers Association.
https://www.internationalpublishers.org/state-of-publishing-reports/reading-matters-surveys-and-campaigns-how-to-keep-and-recover-readers [52]
“What is the IPA?”. International Publishers Association.
https://www.internationalpublishers.org/about-ipa/background [53]
“IPA Membership”. International Publishers Association.
https://www.internationalpublishers.org/about-ipa/ipa-membership [54]
#ioleggoperché.
https://www.ioleggoperche.it/ [55]
““Books Say Welcome”: Book Sector Launches Initiative For Refugees”. LitCam.
https://www.litcam.de/en/books-say-welcome [56]
Little Bookmates.
https://littlebookmates.com/ [57]
“平成30年度「国語に関する世論調査」の結果について”. 文化庁.
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/1422163.html [58]
オープンアクセスリポジトリ推進協会事務局・安原通代(やすはらみちよ)
2020年9月9日から16日にかけて,オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)が組織するAsia OA Meeting 2020 “Building a Sustainable, Asian Knowledge Commons for Open Science Era”が開催された。Asia OA Meetingはアジア各国によるオープンアクセス(OA)およびオープンサイエンスに関する情報共有を支援する国際会議である(E2150 [69]ほか参照)。今回の会議は韓国科学技術情報研究院(KISTI)の主催であり,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により,オンラインでの開催となった。
全体のプログラムは3部構成になっており,イベント1 ではVirtual Conference として8人のスピーカーによる講演動画がウェブサイトで公開され、参加登録をすればコメントや質問の投稿が可能となっていた。日本からは国立情報学研究所(NII)オープンサイエンス基盤研究センター(RCOS)の山地一禎氏が登壇し,日本における国際レベルの研究データ基盤開発についての講演が公開された。KISTIのHey-Sun Kim氏による講演では,韓国のオープンサイエンスの現状およびKISTIの活動が紹介された。韓国全体でのOAポリシーは策定されていないが,データマネジメントプランの適用については試験的に実施されているとのことである。また,KISTIが2020年3月に正式に公開したOAプラットフォームであるKorea Open Access platform for Researchers(KOAR)や,2018年から開発している研究データプラットフォームKorea Research Data Platform(KRDP),2019年に開始した国家研究データプラットフォームであるDataOnの機能や提供するサービス等について説明があった。
イベント2ではZoomウェビナーを使用し,アジアにおけるOAの促進をテーマに,COARの事務局長であるKathleen Shearer氏やNIIの船守美穂氏を含む5人のパネリストによるパネルディスカッションおよび一般参加者との質疑応答があった。アジア諸国が協働できるオープンサイエンスプロジェクトにはどういったものが考えられるかという参加者からの質問には,まずは共通のビジョン,目的,価値観を確立する必要があり,そのためにはネットワークを確立して議論しなければいけないとの回答があった。また,地域のニーズと国際的な相互運用性のバランスをとるために,地震等の災害やCOVID-19等の国や地域を越えて共通する課題に焦点を当てた共同プロジェクトを実施する必要性について議論された。
イベント3ではAsia OA Member Workshopとして,Zoomウェビナーを使用して各国の報告者が自国のOA,オープンデータの現状について報告し,情報交換が行われた。日本からは筆者が日本の機関リポジトリの状況について,オープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR)の活動内容を中心に報告を行った。その他には,例えば,ミャンマーからの報告では2020年2月に公開されたMyanmar Education Research and Learning Portal(MERAL)について紹介された。MERALはミャンマー国内の研究成果を公開するリポジトリであり,本稿執筆時点で,19の大学が参加している。またNIIがミャンマー教育省高等教育局,ミャンマー大学学長協会およびEIFL(CA1800 [70]参照)と国際交流協定(MOU)を締結し,NIIにより開発中のリポジトリソフトウェアであるWEKO3を用いてMERALの構築を支援している。パレスチナの報告では,パレスチナにおける研究成果の可視化やアクセシビリティの向上のためのResearch Output Management through Open Access Institutional Repositories in Palestinian Higher Education(ROMOR)プロジェクトが紹介された。2017年から2019年の3年にわたる同プロジェクトでは,参加機関の機関リポジトリの立ち上げ,研究データ管理ポリシーの作成,OAへの理解促進や機関リポジトリ構築等のための研修教材の作成等の成果をあげ,同プロジェクト非参加機関のOAへの関心を高める効果ももたらしたことが報告された。
2019年に開催された同会議(E2150 [69]参照)と比較すると,今回の会議はオンライン開催であったこともあり,参加国数が大幅に増加した。特にイベント3のワークショップでは,2019年に報告を行ったのがインド,バングラデシュ,日本の3か国であったのに対し,今回は15の国と地域が報告を行い,オープンサイエンスに向けての活動状況が把握しにくい国や地域の情報を得ることができた。また,一般参加者からの質問もZoomのQ&A機能を利用して活発なものとなった。全体を通して,アジア地域での協力体制の必要性についての議論もあり,このAsia OA Meetingの開催が更なるOAおよびオープンサイエンスに関する情報共有と,事業協力の活性化へつながることが期待される。
Ref:
Asia OA Meeting 2020.
https://2020korea.asiaoa.org [71]
KISTI.
https://kisti.re.kr/eng/ [72]
“Myanmar Education Research and Learning Portal”. EIFL. 2020-05-31.
https://www.eifl.net/news/myanmar-education-research-and-learning-portal [73]
MERAL.
https://meral.edu.mm/ [74]
“Myanmar to be first country in ASEAN Region to launch free and open national research portal”. NII. 2020-02-21.
https://www.nii.ac.jp/en/news/release/2020/0221.html [75]
“ミャンマーの国家ポータルMERALの創設において、NIIは国際交流協定(MOU)を締結しました”. RCOS. 2020-02-21.
https://rcos.nii.ac.jp/news/2020/03/20200303-0/ [76]
ROMOR.
http://romor.iugaza.edu.ps/romor/ [77]
Awadallah, Rawia. Research Output Management through Open Access Institutional Repository. ROMOR, 26p.
http://romor.iugaza.edu.ps/romor/images/documents/ROMOR_IUG_ROMOROVERVIEW_200117_Rawia-Awadallah.pdf [78]
中谷昇. Asia OA Meeting 2019<報告>. カレントアウェアネス-E. 2019, (371), E2150.
https://current.ndl.go.jp/e2150 [69]
中谷昇. COAR Asia Meeting 2017<報告>. カレントアウェアネス-E. 2018, (340), E1988.
https://current.ndl.go.jp/e1988 [79]
冨岡達治, 田口忠祐. COAR Asia オープンアクセスサミット<報告>. カレントアウェアネス-E. 2017, (322), E1898.
https://current.ndl.go.jp/e1898 [80]
井上奈智. EIFL:その組織と活動. カレントアウェアネス. 2013, (317), CA1800, p. 5-7.
https://doi.org/10.11501/8308152 [81]
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