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専修大学文学部:野口武悟(のぐちたけのり)
2019年6月21日、視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(以下「読書バリアフリー法」)(1)が衆議院本会議で可決、成立し、1週間後の6月28日に公布、施行された。本稿では、この読書バリアフリー法の制定背景、内容、課題について論じる。
読書バリアフリー法制定の直接的な契機となったのは、盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約(以下「マラケシュ条約」;E2041 [4]参照)の締結とそれに伴う著作権法の一部改正であった(ともに2018年)。また、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「障害者差別解消法」)の制定(2013年)と障害者の権利に関する条約の締結(2014年)、当事者団体の働きかけなども大きな背景となった。
2013年6月に世界知的所有権機関(WIPO)において採択されたマラケシュ条約は、条約締結国間において印刷物の判読に障害のある者が利用しやすい様式の複製物をAuthorized Entity(AE:権限を与えられた機関)を介して交換できるようにするものである。条約締結に関する国会承認の手続きが2018年4月に完了し、同年10月に日本政府は加入書をWIPO事務局長に寄託した(2019年1月1日発効)。
マラケシュ条約締結にあわせて、2018年5月には著作権法の一部改正が行われ、第37条第3項も改正された(2019年1月1日施行)(2)。同規定の対象者を「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」から「視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者」(以下「視覚障害者等」)に改め、対象者への公衆送信を可能とした(改正前は自動公衆送信に限定)。また、同規定にもとづく複製等の主体にボランティアグループ等も含むことになった(3)。
著作権法の一部改正にあたっては、「視覚障害者等の読書の機会の充実を図るためには、本法と併せて、当該視覚障害者等のためのインターネット上も含めた図書館サービス等の提供体制の強化、アクセシブルな電子書籍の販売等の促進その他の環境整備も重要であることに鑑み、その推進の在り方について検討を加え、法制上の措置その他の必要な措置を講ずること」(4)との附帯決議が衆参両院の委員会でなされた。時を同じくして、国会議員による超党派の「障害児者の情報コミュニケーション推進に関する議員連盟」が設立(2018年4月)され、議員立法で読書バリアフリー法制定に取り組むこととなった。
そもそも、障害者の権利に関する条約締結に向けた国内法整備の一環として制定された障害者差別解消法(2016年4月1日施行)では、行政機関等に障害者への合理的な配慮を義務づけ、合理的な配慮の的確な提供のための基礎的環境整備(事前的改善措置)に努めることとされた(E1800 [5]参照)。当然ながら、公立図書館等にも適用される。ところが、2018年度に国立国会図書館が実施した『公共図書館における障害者サービスに関する調査研究』(以下「調査研究」)では「視覚障害者などに対する障害者サービスの実績が「確かに」あるといえる図書館は2割にも満たない」現状や、障害者差別解消法施行を受けても新たなサービス等を「検討していない」図書館が3割を超える状況などが示された(5)。
こうした読書環境に対する改善を求めて、視覚障害者等の当事者団体は、「国民読書年」と「電子書籍元年」だった2010年前後から読書バリアフリー法制定を求め続けてきた(6)。当事者団体による約10年にわたる地道で粘り強い働きかけも、読書バリアフリー法制定の大きな後押しとなったことは間違いない。
障害者やバリアフリーに関する法律はこれまでも制定されてきたが、「読書バリアフリー」に特化した法律の制定は初めてとなる。また、視覚障害者等が利用しやすい書籍や電子書籍を「借りる」だけでなく「買う」ところまでをカバーする法律となっていることも注目される。これは、当事者団体が前述の働きかけのなかで求めてきた「借りる権利」と「買う自由」の確立にも呼応している。
18条から成る読書バリアフリー法は、第1条で目的が明示されている。すなわち、「視覚障害者等の読書環境の整備を総合的かつ計画的に推進し、もって障害の有無にかかわらず全ての国民が等しく読書を通じて文字・活字文化の恵沢を享受することができる社会の実現に寄与すること」である。また、第3条には次の3つの基本理念が示されている。要約すると、(1)視覚障害者等が利用しやすい電子書籍等の普及を図るとともに、電子書籍等以外の視覚障害者等が利用しやすい書籍も引き続き提供されること、(2)視覚障害者等が利用しやすい書籍及び電子書籍等の量的拡充と質の向上が図られること、(3)視覚障害者等の障害の種類及び程度に応じた配慮がなされること、の3つである。
読書バリアフリー法の要点は次の3点に整理できる。
1つめは、国と地方公共団体の責務を明らかにし、国に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画」(以下「基本計画」)策定を義務づけ、地方公共団体に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する計画」(以下「計画」)策定を努力義務としていることである(第4条から第8条)。第6条では「政府は、視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する施策を実施するため必要な財政上の措置その他の措置を講じなければならない」とし、財政措置を明示している点は施策の実効性を高めるために重要である。
2つめは、基本計画等に盛り込むことになる9つの基本的施策をあらかじめ示していることである(第9条から第17条)。「借りる」だけでなく「買う」ところまでの施策が盛り込まれている。なかでも、「借りる」については、全ての館種に関わって「視覚障害者等が利用しやすい書籍等の充実、視覚障害者等が利用しやすい書籍等の円滑な利用のための支援の充実その他の視覚障害者等によるこれらの図書館の利用に係る体制の整備が行われるよう、必要な施策を講ずるものとする」(第9条第1項)などの施策が示されている。
3つめは、施策の効果的な推進を図るための協議の場を国に設置するとしたことである(第18条)。協議の場を構成する関係者は、「借りる」から「買う」までに関わる「文部科学省、厚生労働省、経済産業省、総務省その他の関係行政機関の職員、国立国会図書館、公立図書館等、点字図書館、第十条第一号のネットワークを運営する者、特定書籍又は特定電子書籍等の製作を行う者、出版者、視覚障害者等その他の関係者」とした。この協議の場として、2019年10月に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に係る関係者協議会」が設置された。設置以降、基本計画の策定に向けた協議が進められ、2020年3月現在、基本計画案の内容がほぼ固まりつつある(7)。今後、パブリックコメントを経て、同年5月から6月ごろに策定の予定である。
なお、読書バリアフリー法の逐条解説は、拙稿(8)を参照してほしい。
読書バリアフリー法の制定により、今後、視覚障害者等の読書環境整備が一層推進されることになろう。しかし、いくつかの課題もある。
課題の1つめは、「読書バリアフリー」が必要な人々は視覚障害者等以外にも存するが、読書バリアフリー法ではカバーできていないことである。例えば、外国にルーツのある人々や帰国者のうち日本語の読書に困難のある人々などである。図書館界における障害者サービスは、従来から「図書館利用に障害のある人々へのサービス」として、これらの人々も対象と捉えてきた。今後も、視覚障害者等はもちろん、それ以外の読書に困難のある人々の「読書バリアフリー」にも留意して、読書環境整備を進めていくことが大切であろう。
課題の2つめは、地方公共団体、とりわけ都道府県の計画策定が努力義務にとどまることである。先述の国立国会図書館による調査研究では、障害者サービスの現状に都道府県間で大きな開きがあることも明らかとなっている。努力義務ではあるが、各都道府県には、当該都道府県内の市町村のモデルとなるべく、率先して計画を策定し、施策を実施してほしい。
課題の3つめは、出版者の協力である。読書バリアフリー法は民間の出版者に対して何かを強制したり、義務づけているわけではない。しかし、読書バリアフリー法に示された目的や基本理念の実現には、出版者による視覚障害者等が利用しやすい書籍や電子書籍の一層の出版拡大と販売促進が欠かせない。ぜひ多くの出版者が「読書バリアフリー」の必要性を理解し、可能なことから取り組みを進めてほしいと期待している。
(1) “視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(令和元年法律第四十九号)”. e-Gov.
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=501AC1000000049 [6], (参照 2020-04-01).
(2) “著作権法の一部を改正する法律”. 衆議院.
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/19620180525030.htm [7], (参照 2020-04-01).
(3) 野口武悟.“障害者サービスをめぐるこの一年”. 図書館年鑑2019. 日本図書館協会図書館年鑑編集委員会編. 日本図書館協会,2019,p. 110-112.
(4) 衆議院文部科学委員会. “著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議”. 衆議院.
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/monka2FF88AD49B164BB04925826E0029907C.htm [8], (参照 2020-04-01).
なお、参議院の文教科学委員会でも同様の決議がされている。
参議院文教科学委員会. “著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議”. 参議院. 2018-05-17.
https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/196/f068_051701.pdf [9], (参照 2020-04-01).
(5) 国立国会図書館関西館図書館協力課編. 公共図書館における障害者サービスに関する調査研究. 国立国会図書館, 2018, 118p., (図書館調査研究リポート, No.17).
https://current.ndl.go.jp/files/report/no17/lis_rr_17.pdf [10], (参照 2020-04-01).
(6) 宇野和博. 障害者・高齢者のための「読書バリアフリー」を目指して:2010年国民読書年と電子書籍元年に文字・活字文化の共有を. 出版ニュース. 2010, (2207),p. 12-15.
(7) 協議の経過については、文部科学省のウェブサイト上で公開されている。
総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課障害者学習支援推進室. “視覚障害者等の読書環境の整備の推進に係る関係者協議会”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/043/index.htm [11], (参照 2020-04-01).
(8) 野口武悟. 視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」の内容と今後の展開. 図書館雑誌. 2020, 114(4), p. 184-186.
[受理:2020-04-27]
野口武悟. 読書バリアフリー法の制定背景と内容、そして課題. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1974, p. 2-3.
https://current.ndl.go.jp/ca1974 [12]
DOI:
https://doi.org/10.11501/11509684 [13]
Noguchi Takenori
Background, Contents, and Issues of the Reading Barrier-Free Law
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東京大学大学院情報学環:福島幸宏(ふくしまゆきひろ)
2018年12月に発覚した厚生労働省所管の毎月勤労統計調査の不正問題は(1)、問題が経済・雇用政策の根幹にかかわるだけに、大きな波紋があった。非常に多くの検証や報道がなされたなか(2)、明治初年以来の伝統を誇る日本統計協会では、月刊誌『統計』において、2019年中に5回も「統計の信頼性向上をめざして」という特別企画を組んでいる。結局この問題を発端にした政府統計の不備は、「政府の一斉点検によると、56ある基幹統計のうち約4割で問題が見つかっている」(3)とされている。日本の基幹統計が全く信頼性を失ったことのインパクトは非常に大きい。
この事件は、一見直接的な当事者でない図書館にも深い関係を持つ。従来、図書館は収蔵している個別の図書館資料の記述が検証を要することを前提に資料提供を行ってきた。しかし、2000年代前半以降、図書館機能の再構成が検討されるなかで重視されてきたビジネス支援などの課題解決支援サービスや(4)、その後に広く議論され実践されてきているオープンデータ、オープンガバメントを巡る動向のなかでは(5)、前述の資料提供の前提は意識しつつも、踏み込んで資料を提示・データ化していく以上、より信頼できる資料を中心に行うことは無意識の前提となっていたのである。
今回、特に信頼度の高い情報源とされていた政府統計について、上記の状況が明らかになった。レファレンスをも含めたこの間の図書館の取組は、砂上に楼閣を営々と築いていたと言われても反論できるだろうか。
そして、これまで「確か」と思われていた情報の信頼性が揺らいだ時代において、図書館の役割をどのように考えればよいのだろうか(6)。
もっとも、近代の各種統計の数値はより慎重に扱われるべき、という議論が統計学の分野からも提起されている。以下、佐藤正広の一連の研究から指摘する(7)。まず、統計院書記が、1884(明治17)年に西日本の各地の、特に農作物統計を調査した記事から、当時の統計調査の実態として、地域の事情に詳しい人に頼った概算、平年作の状況の聴取に基づく推計、前年と今年との比較からの推計、などの手法があることを指摘している。これらは、佐藤も指摘するように、中央政府もまだまだ脆弱で、地域においては近世以来の構造を受け継がざるを得ない明治前半期の、特に農業統計に関わる部分においては、仕方がない部分もあるかもしれない。
しかし、近代化の要のはずの海運の状況を直接把握するために作成される港湾統計が、1920(大正9)年の段階になっても正確にカウントしたものではない実態が、当時の国勢院が各府県に対して行った調査から浮上する。最終的に『大日本帝国港湾統計』にまとめられる各種の基礎数値が、不確実な根拠に基づいているというのである。例えば北海道では、「最近5年間出入船舶輸出入貨物噸数価額」の調査に際し、突然かつ5年間にさかのぼる調査のため、小樽港などを参考に全道の数値を机上で推計したと報告している。また、農商務統計の生産統計のほとんどが「揣摩臆測」「筆なめ」「達観調査」であるとされている。この要因には、通常扱う事務以外の範囲での数値提出の要請、調査項目の定義の不正確さ、調査方法の不明確さ、中央官庁による安易な照会の多発によるモラルの低下、などが指摘されている(8)。
しかし、佐藤は、推計であっても「同時代で同じ道府県にいる人から見て,不自然と思われない程度の確からしさ」を持つものであり、「非標本誤差」に十分注意しながらもこれらの統計を使うべきと主張する。そして、この課題の解消には訓練された人員と仕組みとが必要で、それらは1920(大正9年)年の初の国勢調査から段階的に整備され、戦後改革によってある程度達成されたとの見通しを述べている。言い換えれば、国家が国民生活を直接把握することが必須となった総力戦段階に立ち至って、より正確な統計が整備されようとした、と言えるのであろう。
しかし、意図的な操作のモメントとその結果は当然払拭されない。アジア太平洋戦争の敗戦時に、占領軍に提出する戦略物資に関する統計を日本側で操作しようとしていたことがわかっている。敗戦直後の1945(昭和20)年8月25日、近畿地方総監府から管下の各府県知事宛に「諸統計調査ニ関スル件」が通達された。これは、占領軍からの行政資料提出の要求に備えて、関係各機関の「諸統計ヲ統一整備」するために出された指示であったが、実は異なる形式のものが2通発出されている。より詳しいものには、〇統計の表に「概数」と「誤差修正」の2つの欄を設け、「概数」欄には真実数をあげ、「誤差修正」欄には占領軍に提示すべき数字を記入すること、〇関係機関から占領軍に提示する数字は、「誤差修正」欄の数字になるので、提示用統計表を至急作成し、その他の統計は焼却および隠匿すること、〇この通知は焼却すること、などが指示されていた。実際にこの指示に基づいて京都府から報告された数字を検討すると、医師数は、「真実数」は京都府内全体で2,141人であるのに対して「誤差修正」欄は1,065人となっている。他の数値もほぼ同様の傾向があり、ほとんどの項目でほぼ半減になっているのである。もっとも1947(昭和22)年に厚生省公衆保健局が発行した『衛生年報 昭和16〜20年』には、昭和20年度末の京都府の医師数として2,663人が計上されている。その間はどのように公式な数字を操作していたか判然としないが、内部に資料が遺されていたことによって、最終的にはほぼ正確に把握されたものと考えられる(9)。
結局、近代の統計は不全なものとして受け止め、利用していく必要があるのである。
もっとも、この統計の不全は、図書館界においてもその背景の構造も含め、前述と同様の問題を今も惹起している。日本図書館協会が毎年度取りまとめている『日本の図書館 統計と名簿』は特に公立図書館を議論するうえで基本となる資料だが、数字のブレがあることはよく知られている。文部科学省の委託調査の報告書でも「自治体によって登録者の範囲、登録の有効期限など統計の取り方がまちまちなので、自治体ごとの比較は困難である」(10)と表現されたりしている(11)。明治の吏員たちが統計調査の負担を軽減するためにとった様々な便法は、統計を含めた各種の調査に対応している現在の図書館現場に共通するのではないだろうか。そして、この統計の不揃いの問題は、解決策が見出しにくいために、課題と認識されながら、比較的等閑視されてきたのではないか。しかし、新たなサービスへの注目や運営効率化の議論のなかで、努力義務として図書館評価が2008年に改正された図書館法第7条に示されたように、こと図書館においても、統計をどのように作成していくかが、重要な課題となってきている(12)。
これらの課題は別途解消されてくるとして、この図書館自体の状況も含め、統計がそのようなものであると観念するとした際、当面どのように対峙していけばよいのだろうか。
「デジタルアーカイブ」という言葉を創ったとされる月尾嘉男は、おそらく今後永遠に続く爆発的な情報量の増加という事態のなかで、トランプ政権以降の米国における“alternative fact”や“deepfake”などを例に挙げながら、「急速に技術が進歩する情報社会でデジタルアーカイブがどのような問題に直面しているかを知ることが重要」と指摘する(13)。これに対し、この月尾の講演をレポートした鷹野凌は、私見と断りながら、「仮にフェイク情報だとわかっていても、可能な限りアーカイブしたほうがいいと思う」「あらかじめ「これはフェイクだ」というメタデータを付与しておけばいい。あとからフェイクと判明した場合も同様、消去するのではなく、「これは間違っている」「理由はこの情報を参照すればわかる」といったメタデータを付与する」「というのは、そのとき「間違っている」と判断したことが、間違っている場合もあるのだ」「そういう意味では、フェイクのアーカイブにも価値はあるのだ」と述べる(14)。この対話は非常に示唆的である。
前述の敗戦時の統計操作の挿話と京都府の「真実数」をなぜ我々は認識し得ているのか。これは、京都府行政文書「近畿地方総監府諸統計調査ニ関スル件併ニ人口調査表各種」(昭20-68)というファイルが京都府に保管され、そこに本来は「焼却」と指示されていた通知とそれに対応した処理過程が綴られていたためである。つまり、その時点の日本政府としては公式には「間違っている」と言わざるを得ない処理と数字が、資料が遺されていたために跡付けることが可能となったのである。
結局、その時点時点の「正確さ」には留意しつつも、後生も含めた多様な眼の検証に耐えるために、オルタナティブの数字を遺す、処理の過程を遺す、データを捨てずに保存しておく、という機能を社会のどこかが担わなければならないのであろう。
国レベルではまだ議論の余地があるが、多くの地方公共団体や大学では、集められる限りのデータを集め、捨てずに保存しておく機能は図書館が担わざるを得ない。冊子体にまとまったものを紙や電子で収集するという従来の発想を改め、収集範囲を広げて関係資料をごっそりと収集する、その蓄積のためにデジタル技術を正面から導入するということがまずは考えられるだろう(15)。そして、一方では、地下茎のようにひそかに関係各所や個々人に渡りをつけて、資料と情報を蓄積することが重要かもしれない。国立国会図書館の憲政資料室や米国の大統領図書館を持ち出すまでもなく、意思決定の過程は必ずしも公的文書に残るとは限らないからである(16)。
2020年の年初から始まった新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況下においても、公式に発表される数字がどのように作成されているか、その背景を知悉するリテラシーを市民は常に求められている(17)。この状況は、100年前のスペイン・インフルエンザの際と、実は大きくは変わらない(18)。
図書館の特性が、その資料と機能のロングテールにあるとすれば、これらの状況が事後に十分検証できるように、各種の情報を積極的に収集するよう、制度と心性が更新されなければならない。また、事後の検証を社会のどこかで担保することによって、今まさに各種の課題に直面している現場の負担を減らしていくことにもつながると考える(19)。そして、冒頭に述べた図書館固有の文脈に戻しても、より深い課題解決支援サービスやオープンデータの提供につながることが期待される。その際の営為は、つとに主張されている「図書館の態度を問う‘図書館の社会的責任’の理念は、価値中立ではありえず、進歩的価値観(progressive priorities)の採用を迫る」(20)ということを念頭に行われるべきであろう。
(1) 厚生労働省. 毎月勤労統計調査において全数調査するとしていたところを一部抽出調査で行っていたことについて.
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_03207.html [22], (参照 2020-05-24).
(2) 朝日新聞社の「論座」では「統計不正問題が意味するもの」として、10本の特集記事を掲載している。他の報道機関でも同様に重視された。
https://webronza.asahi.com/feature/articles/2019021300008.html [23], (参照 2020-05-24).
(3) 前掲.
(4) 全国公共図書館協議会編. 2015年度(平成27年度) 公立図書館における課題解決支援サービスに関する報告書. 全国公共図書館協議会, 2016, 68p.
https://www.library.metro.tokyo.jp/pdf/zenkouto/pdf/2015all.pdf [24], (参照 2020-05-24).
(5) 例えば、『情報の科学と技術』では、2015年12月号で「特集:オープンデータ」を組んでいる。
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jkg/65/12/_contents/-char/ja [25], (参照 2020-05-24).
また2018年3月には慶應義塾大学において「公開ワークショップ 図書館はオープンガバメントに貢献できるか?—行政情報提供と行政支援—」が開催されている。
“公開ワークショップ(実施報告) 図書館はオープンガバメントに貢献できるか?—行政情報提供と行政支援—”. 慶應義塾大学.
http://user.keio.ac.jp/~lis_m/houkoku.html [26], (参照 2020-05-24).
(6) 勢い、本稿では、2019年12月段階での国際図書館連盟(IFLA)による「不確実性や複雑さを増す時代であるからこそ,図書館や情報専門家たる図書館人が提供する情報が重要になってくる」という提起に響きあう内容となっている(E2246 [27]参照)。
IFLA Headquarters. IFLA TREND REPORT 2019 UPDATE.
https://trends.ifla.org/files/trends/assets/documents/ifla_trend_report_2019.pdf [28], (accessed 2020-05-24).
(7) 佐藤正広. 明治前期における統計調査の調査環境と地方行政. 総務省統計研修所, 2013, 39p., (ディスカッションペーパー, 1).
https://www.stat.go.jp/training/2kenkyu/pdf/msatou01.pdf [29], (参照 2020-05-24).
佐藤正広編. 近代日本統計史. 晃洋書房, 2020, 291p.
など 。
なおこれらの研究については高島正憲氏(関西学院大学経済学部専任講師)の教示を得た。
(8) 佐藤正広. “両大戦間期における公的統計の信頼性 —統計編成業務の諸問題とデータの精度について—”. 近代日本統計史. 佐藤正広編. 晃洋書房, 2020, p. 267-285.
なお、これらは、近代の行政文書を、府県・行政村・大字の各レベルで扱っている実感とある意味符合するところである。例えば、
平野明夫. “千葉県庁に伝来した文書の謎”. 日本の歴史を解きほぐす. 文学通信, 地方史研究協議会編.2020, p. 129-144.
では、明治新政府の度重なる方針転換に振り回される地方機関の様子が描写されている。
(9) 福島幸宏. 占領軍のだまし方. 京都府立総合資料館メールマガジン. 2008, (42).
https://www.pref.kyoto.jp/kaidai/maga-g.html [30], (参照 2020-05-24).
(10) “日本の図書館”.諸外国の公共図書館に関する調査報告書. シー・ディー・アイ, 2005., (平成16年度文部科学省委託事業 図書館の情報拠点化に関する調査研究). p. 273.
https://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/houkoku/06082211.htm [31], (参照 2020-05-24).
(11) このことは現場の図書館員にも以前から認識されている。例えば、
田井郁久雄. 開館時間の延長は効果があったか:一地区図書館の事例研究. 図書館界. 2001, 53(2), p. 56-75.
https://doi.org/10.20628/toshokankai.53.2_56 [32], (参照 2020-05-24).
には、入館カウンターの数字をどのように取り扱うかの記述がある。
(12) 例えば、
原田隆史. 図書館の評価. 図書館界. 2019, 71(2), p. 79.
https://doi.org/10.20628/toshokankai.71.2_79 [33], (参照 2020-05-24).
また、『情報の科学と技術』では、2019年3月に「特集:図書館利用者をデータで把握する」を組んでいる。
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jkg/69/3/_contents/-char/ja [34], (参照 2020-05-24).
(13) 月尾嘉男. デジタルアーカイブ推進コンソーシアム(DAPCON)2018年度デジタルアーカイブ産業賞受賞講演「デジタルアーカイブの危機」. デジタルアーカイブ学会誌. 2019, 3(4), p. 405-408.
https://doi.org/10.24506/jsda.3.4_405 [35], (参照 2020-05-24).
(14) 鷹野凌. “情報の洪水と捏造の時代におけるデジタルアーカイブの意義”. HON.jp News Blog. 2019-08-31.
https://hon.jp/news/1.0/0/26097 [36], (参照 2020-05-24).
(15) この点、以下のシンポジウムで論じた議論とも連動する。
第67回日本図書館情報学会研究大会シンポジウム記録:「デジタルアーカイブと図書館」. 日本図書館情報学会誌. 2020, 66(1), p. 41-52.
(16) そして公的記録が、公的には手続きに沿って的確に破棄されているとされているためでもある。この背景については、
久保亨, 瀬畑源. 国家と秘密:隠される公文書. 集英社, 2014, 206p., (集英社新書, 0759).
新藤宗幸. 官僚制と公文書:改竄、捏造、忖度の背景. 筑摩書房, 2019, 250p., (ちくま新書, 1407).
などを参照のこと。そのうえで、ユネスコ(UNESCO)と電子情報保存連合(DPC)が組織内でデジタル保存の重要性を説明するために作成したガイドラインが今後ますます重要となろう(E2200 [37]参照)。
“Executive Guide on Digital Preservation”. DPC.
https://www.dpconline.org/our-work/dpeg-home [38], (accessed 2020-05-24).
(17) 厚生労働省自身が「国内事例については、令和2年5月8日公表分から、データソースを従来の厚生労働省が把握した個票を積み上げたものから、各自治体がウェブサイトで公表している数等を積み上げたものに変更した」とするなど、各種の公的統計に含まれる数字をそのまま直ちには比較することはすでに困難となっている。
“新型コロナウイルス感染症について 国内の発生状況”. 厚生労働省.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html#kokunaihassei [39], (参照 2020-05-24).
(18) 速水融. 日本を襲ったスペイン・インフルエンザ: 人類とウイルスの第一次世界戦争. 藤原書店, 2006, 474p.
の特に第6章「統計の語るインフルエンザの猖獗」を参照。
また、
池田一夫, 藤谷和正, 灘岡陽子, 神谷信行, 広門雅子, 柳川義勢. 日本におけるスペインかぜの精密分析. 東京都健康安全研究センター年報, 2005, (56), p. 369-374.
http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/sage2005/ [40], (参照 2020-05-24).
でも分析が行われている。
(19) われわれは、国レベルの決裁文書自体が「改ざん」されるという、およそ想定外の事態に直面している。これに対応するために作成過程のデータを遺す仕組みの整備等、情報に関わる研究者や専門職総体での議論が必要であろう。
財務省. 決裁文書の改ざん等に関する調査報告書について. 2018-06-04.
https://www.mof.go.jp/public_relations/statement/other/20180604chousahoukoku.html [41], (参照 2020-05-24).
(20) 山本順一. “図書館の社会的責任と知的自由の保障”. 図書館概論. ミネルヴァ書房, 2015, p. 166., (講座・図書館情報学, 2).
[受理:2020-05-25]
補記:本稿脱稿後、
佐藤正広. 「統計不信問題」を考える−歴史的視点からの試論. 東京外国語大学国際日本学研究, 2020, プレ創刊号, p. 2-21.
http://repository.tufs.ac.jp/handle/10108/94463 [42], (参照 2020-06-08).
に接した。あわせて参照されたい。
福島幸宏. オルタナティブな情報を保存する:統計不正問題からこれからの図書館を考える. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1975, p. 4-6.
https://current.ndl.go.jp/ca1975 [43]
DOI:
https://doi.org/10.11501/11509685 [44]
Fukusima Yukihiro
Saving Alternative Information: Thinking about the Future of Libraries from the Problem of Incorrect Statistics
本著作(CA1975 [43])はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 パブリック・ライセンスの下に提供されています。ライセンスの内容を知りたい方は https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/legalcode.ja [45] でご確認ください。
PDFファイル [49]
科学技術振興機構:中島律子(なかじまりつこ)
学術情報流通において、情報を同定する役割を持つ永続的識別子(Persistent Identifier:PID)は今や必要不可欠であり、利用者にとってもなじみ深いものになっている。その代表は、論文等出版物に登録されるデジタルオブジェクト識別子(Digital Object Identifier:DOI)(1)であり、さらにDOIは、研究データ等論文以外の研究成果物にも用いられるようになっている。また、研究者個人を識別するPIDとして、世界的には ORCID(CA1740 [50]、CA1880 [51]参照)(2)が普及している。そして、学術情報を有機的に連携させるための「ミッシングピース」として必要性が訴えられているのが組織に対して付与されるPIDであり、その中でも、Research Organization Registry(ROR)(3)が注目を集めている。RORは、オープンで持続可能な組織PIDとして、2019年1月にMVR(Minimum Viable Registry)の提供を開始した。2020年4月現在、約9万8,000件のユニークなROR IDとこれに対応するメタデータが登録され、その活用が進んでいる。
RORの立ち上げに当たっては、2016年から2018年までの間に、ORCID、DataCite(CA1849 [52]参照)、Crossref(CA1836 [53]参照)等の主要なPID登録機関を中心に、オープンかつコミュニティ主導であることを意識した取り組みによる議論が行われた。2017年1月にはORCID内に組織識別子ワーキンググループ(OrgID WG)が立ち上がり、レジストリの実装計画が検討された(4)。WGは、オープンで永続的な組織IDレジストリを構築するには、コミュニティのガバナンスと、コミュニティによるデータ品質への深い関与が必要であり、要件として、運営者によってキュレーションされたデータ、権限を有する者用のデータ更新管理機能、登録する組織のレベルがユースケースに対して適切であること、人および機械にとって可読であること等を挙げた(5)。運営体制については、ホスト機関による非営利モデルを採用し、少なくとも初期の立ち上げ期間には、組織IDを登録するための新機関を設立することはしないと結論した(6)。組織IDレジストリを実現するためのビジネスモデルはホスト機関とデータソースに大きく依存するとし、2017年秋に、これに関心を持つホスト機関、データソース/プロバイダー、および一般的な研究コミュニティに対して意見招請(Request For Information:RFI)を発出した(7)。これを踏まえた議論の結果、カリフォルニア電子図書館(California Digital Library:CDL)、Crossref、DataCite、およびDigital Science社が、スタートアップ期間の管理者として、2018年にRORを開始した(8)。RORの歴史については、関連資料のリンクと共に、同レジストリのウェブサイトにまとめられている(9)。データは、Digital Science 社が運営する学術研究に関連する組織のデータベースGRID(10)をソースとし、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC0で提供している。運営は、上記4機関が中心となって、運営グループおよび3つのプロジェクトチーム(技術的実装、アウトリーチとコミュニケーション、製品開発と管理)により推進されており、2019年11月に拡大された運営グループには筆者も参加している。コミュニティベースの取り組みが強く意識され、コミュニティアドバイザー、RORを支援・採用することを誓約した署名者、資金提供者であるサポーターらにより支えられている(11)。
2019年1月にMVRの提供を開始した後、同年8月には主に研究データにDOIを登録する機関DataCite(12)のメタデータスキーマがRORに対応し、9月にはリポジトリDryad(13)が連携、さらに、グラント申請システムやジャーナル等との連携も行われ、活用が進んでいる(14)。Crossrefメタデータの対応も近いうちに予定されている(15)。
組織に対して付与されるIDは、他にもROR開始以前から存在する。RORの検討過程において、既存の組織IDに関する調査が2016年に行われた(16)。以下、この調査報告書で挙げられている組織IDを中心に、概要を紹介する。なお、記載した数値は全て2020年4月時点のものである。
Funder Registry(17)は、ファンディング機関が資金提供した研究から生産された出版物を追跡できるようにすることを目指し、当初FundRef(E1450 [54]参照)という名前で開発された。Elsevier社が内部用に作成したデータにCrossrefがDOIを割り当て、CC0の下でサービスを開始した。2万2,000機関以上の登録があるが、対象はファンディング機関のみである。Crossrefにより論文等出版物のDOIを登録する際、当該研究に資金を提供した機関をメタデータに記述することが可能であるが、そのIDとしてFunder Registryに登録されている機関のDOIを登録することができる。Funder RegistryのDOIは、約480万件の出版物データと結びついている。APIも提供されており、出版社等により利用されている投稿審査システムの中には、これを利用することにより、著者が投稿する際にこのレジストリの機関DOIを登録することが簡単にできる仕組みを備えているものがある(18)。
国際標準識別子(International Standard Name Identifier:ISNI;E1773 [55]参照)(19)は、ISNI国際機関(International Agency:ISNI-IA)が管理するレジストリで、研究者、発明者、作家等、創造的な作品の作成者(個人及び組織)を対象としており、ISO認証を受けている。1,100万件の登録のうち、組織は約93万件である。データは、OCLCがホストする国立および研究図書館からのデータの集約であるバーチャル国際典拠ファイル(VIAF)を始め、54のソースから提供されている。
Ringgold社(20)によって提供されているRinggold IDは、同社による学術および研究分野における主要な組織のデータベースIdentify databaseで検索できる。すべての国における学界、企業、病院、政府機関などのセクターの50万以上の組織を登録している。RinggoldはISNI登録機関でもあり、またORCIDの組織IDの提供者でもある。
Publisher Solutions International(PSI)(21)は、図書館、出版社、会員学会等が学術コンテンツを安全に利用できるよう、不正アクセス排除の目的でIPアドレスを検証するために、組織IDデータベースを構築した。
Digital Science社は、上述のデータベースGRIDを提供している。Digital Science社の他のサービスに利用するために運用されているが、CC0で公開されており、約9万8,000件の登録がある。なお現在、RORはGRIDデータを同期しており、またそのほか、Crossref Funder Registry、ISNI(Ringgoldのサブセットを含む)、WikidataのIDと相互運用性がある。
以上のように組織IDがすでに様々に存在し、相応の役割を果たしているにもかかわらずRORが検討された理由は、大学・研究機関や図書館等において研究成果を捕捉するために、研究成果とその著者の所属機関をつなげるリンクとして働くIDが必要とされたことである。またさらに、オープンな学術情報インフラとして提供され、活用されることが求められていた。報告書において、上記に挙げた既存IDのサービスは、「オープンに利用可能か」「メタデータ記述が標準的であるか」「持続的に運営可能か」「運用プロセスが透明であるか」「研究成果のリンクに必要な機能を備えているか」等の観点から検証され、全てを満たすものは存在しないと結論された。
一方日本では、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が、大学・公的機関名辞書を整備している(22)。NISTEPは、政府予算で実施されている研究開発の実態やパフォーマンスの把握・分析・評価を行う際に必要な基礎データの整備を行っており、上記辞書はその中核的役割を担っている。2011年から整備を開始し、1年に1回の頻度で更新されている。大学及び公的研究機関を中心に、研究活動を行っている日本の約2万機関(約1万6,000の機関とその主な下部組織)の情報が掲載されている。
RORは今後、レジストリを拡大し、データの操作・実装のための優れたツールの開発、ウェブサイトのユーザーフレンドリー化、ROR IDの幅広い採用と実装のサポート等を目指しており、システム構築を進め、GRIDと独立してデータキュレーションを行う構想を持っている(23)。2022年には付加価値の高いオプショナルの有料サービスを立ち上げ、オープンかつ無料のデータ提供を保ちつつコストを回収するモデルの確立を目指す(24)。このため、2019年10月にファンドレイジングを開始し、すでに10万ドルを調達した。得た資金により技術主任を雇用し、さらなる機能改善を行う計画である(25)。
今後、RORはDOIやORCIDのように、標準的に使われるPIDとなるだろうか。上で見てきたように、主要なリポジトリやジャーナル、データベースサービス等に導入されている状況を考慮すると、見通しは明るいように思われる。すでにデファクト化しているという意見を聞くこともある。実行機関であるCrossrefやDataCiteが自身のサービスを展開する上で困難を乗り越えてきた経験を生かし、またコミュニティ標準となっている自らの既存サービスでRORの利用を開始するという戦略展開から見ると、少なくとも、これらサービスが支配的に使われている国際的な商業出版社を中心とした学術情報プラットフォームにおいては導入が進むと考えられるだろう。データが充実するかどうか、持続的に運営できるかどうかは、資金提供者や有料サービス化した際の利用者がどれほど現れるかによるが、それには技術的な困難さ(対象物である「組織」は他のPIDに比べて統合・分割が頻繁に起きる、階層構造が複雑、表記揺れが多い、等)をどのように乗り越えられるか、また初期段階で多様なサービスにどれほど導入されるかが関わってくるだろう。
日本においては、論文に登録するDOIの普及は進んでいるが、研究データ等その他の研究成果へのDOI登録や、ORCIDの普及率は、他国と比べると高いとはいえない(26)。ORCIDの普及率には、日本では公的研究資金に応募する際に使われる政府の府省共通研究開発管理システム(e-Rad)で使用される研究者番号が既に普及していることが関係していると考えているが、組織IDの今後の展開についても、日本独自の既存IDとの関係が鍵となるかもしれない。
(1) Digital Object Identifier System.
https://www.doi.org/ [56], (accessed 2020-04-16).
(2) ORCID.
https://orcid.org [57], (accessed 2020-04-16).
(3) ROR.
https://ror.org/ [58], (accessed 2020-04-16).
(4) “Organization Identifier Working Group”. ORCID.
https://orcid.org/content/organization-identifier-working-group [59], (accessed 2020-04-16).
(5) Pentz, Edward; Cruse, Patricia; Laurel, Haak; Warner, Simeon. ORG ID WG Governance Principles and Recommendations. Figshare. 2017.
https://doi.org/10.23640/07243.5402002.v1 [60], (accessed 2020-05-13).
(6) Laurel, Haak et al. ORG ID WG Product Principles and Recommendations. Figshare. 2017.
https://doi.org/10.23640/07243.5402047.v1 [61], (accessed 2020-04-16).
(7) Laurel, Haak et al. Organization Identifier Project: Request for Information.Figshare. 2017.
https://doi.org/10.23640/07243.5458162.v1 [62], (accessed 2020-04-16).
(8) California Digital Library et al. “The ROR of the crowd: get involved!”. ROR. 2018-12-02.
https://ror.org/blog/2018-12-02-the-ror-of-the-crowd/ [63],(accessed 2020-04-16).
(9) “About”. ROR.
https://ror.org/about/ [64], (accessed 2020-04-16).
(10) GRID-Global Research Identifier Database.
https://grid.ac/ [65], (accessed 2020-04-16).
(11) “supporters”. ROR.
https://ror.org/supporters/ [66], (accessed 2020-04-16).
(12) DataCite.
https://datacite.org/ [67], (accessed 2020-04-16).
(13) Dryad.
https://datadryad.org/ [68], (accessed 2020-04-16).
(14) Gould, Maria. “ROR-ing Together in Portugal: A Community Celebration”. ROR. 2020-02-10.
https://ror.org/blog/2020-02-10-ror-ing-in-portugal/ [69], (accessed 2020-04-16).
(15) Feeney, Patricia. “You’ve had your say, now what? Next steps for schema changes”. Crossref. 2020-04-02.
https://www.crossref.org/blog/youve-had-your-say-now-what-next-steps-for-schema-changes/ [70], (accessed 2020-04-16).
(16) Bilder, Geoffrey; Brown, Josh; Demeranville, Tom. Organisation identifiers: current provider survey. ORCID. 2016.
https://orcid.org/sites/default/files/ckfinder/userfiles/files/20161031%20OrgIDProviderSurvey.pdf [71], (accessed 2020-04-16).
(17) “Funder Registry”. Crossref.
https://www.crossref.org/services/funder-registry/ [72], (accessed 2020-04-16).
(18) 一例としてはScholarOne Manuscriptsが挙げられる。
“ScholarOne Partner Program”. Clarivate.
https://clarivate.com/webofsciencegroup/solutions/scholarone-partner-program/ [73], (accessed 2020-05-13).
(19) ISNI.
http://isni.org/ [74], (accessed 2020-04-16).
(20) Ringgold Inc.
http://www.ringgold.com/ [75], (accessed 2020-04-16).
(21) PSI.
http://www.publishersolutionsint.com/ [76], (accessed 2020-04-16).
(22) 科学技術・学術政策研究所. 大学・公的機関名辞書ver2019.1. 文部科学省科学技術・学術政策研究所ライブラリ. 2019.
http://doi.org/10.15108/data_rsorg001_2019_1 [77], (参照 2020-04-16).
(23) Gould, Maria. “A Reflection on ROR's First Year”. ROR. 2019-12-17.
https://ror.org/blog/2019-12-17-year-in-review/ [78], (accessed 2020-04-16).
(24) “supporters”. ROR.
https://ror.org/supporters/ [66], (accessed 2020-04-16).
(25) Gould, Maria. “ROR-ing Together in Portugal: A Community Celebration”. ROR. 2020-02-10.
https://ror.org/blog/2020-02-10-ror-ing-in-portugal/ [69], (accessed 2020-04-16).
(26) Cheng, Estelle et al. “ORCID in the Asia-Pacific Region: Involve, Engage, Consolidate”. ORCID. 2019-05-17.
https://orcid.org/blog/2019/05/31/orcid-asia-pacific-region-involve-engage-consolidate [79], (accessed 2020-05-13).
[受理:2020-05-27]
中島律子. 組織IDの動向−RORを中心に. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1976, p. 7-9.
https://current.ndl.go.jp/ca1976 [80]
DOI:
https://doi.org/10.11501/11509686 [81]
Nakajima Ritsuko
Overview of Organization Identifiers - with a Focus on ROR
PDFファイル [84]
国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター:尾城孝一(おじろこういち)
最近、大学図書館あるいは大学図書館コンソーシアムによる、学術雑誌に係る出版社への支払いを購読料からオープンアクセス(OA)出版料に移行させることを意図した転換契約(Transformative Agreements)が注目を集めている。既に、欧州の図書館コンソーシアムをはじめとして、多くの転換契約の事例が報告されている。日本の大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)も、2020年以降の契約に関して、英国のケンブリッジ大学出版局(CUP)から転換契約の提案を受け、協議の結果その提案に合意した。
本稿では、はじめに、転換契約の背景として電子ジャーナルの価格問題やOAの進展状況を取り上げる。続いて、転換を後押しする取り組みとして、Open Access 2020(OA2020)イニシアティブと欧州の研究助成機関を中心としたコンソーシアムcOAlition Sが策定したPlan Sについて述べる。さらに、転換契約に関連するさまざまな用語を解説し、最近の主な契約事例を紹介する。最後に、課題や批判を踏まえて、転換契約の今後について展望する。
電子ジャーナルの普及に伴い、世界の図書館や図書館コンソーシアムはビッグディール(CA1586 [85]参照)と呼ばれる包括的な購読契約を出版社との間で締結し、アクセス可能な学術雑誌の種類数を飛躍的に増加させてきた。しかしながら、電子ジャーナルの価格上昇は留まるところを知らず、図書館は経費の確保に腐心している。こうした中、ビッグディールから離脱する図書館の数も増加している(1)。学術雑誌はなぜ値上がりを続けるのか。さまざまな要因が考えられるが、購読契約というシステムが、競争の働かない不健全な市場を形成しているが故に、学術雑誌の価格上昇に歯止めがかからないという指摘がある(2)(3)。学術雑誌の価格問題に対処するためには、購読という契約方式を見直すことが求められている。
一方、2002年にブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブ(Budapest Open Access Initiative:BOAI)によるブダペスト宣言(4)が公表されて以来、学術論文のOA化をめざしたさまざまな取り組みが世界中で進められ、一定の成果を上げてきた。しかしながら、2019年の時点で、世界で出版された学術論文のOA率は約31%に留まっている(5)。
また、学術雑誌の多くは、著者が論文処理費用(APC)を払った論文はOAで出版されるが、他の論文は購読者のみが利用できるというハイブリッドモデルを導入している。このモデルの普及に伴い、出版社によるAPCと購読料の二重取り(ダブルディッピング)についての不安が図書館コミュニティを中心に広まっており、二重取りを明確な形で回避することが喫緊の課題となっている(6)。
こうした背景の下、2015年4月にドイツのマックスプランクデジタルライブラリ(Max Planck Digital Library: MPDL)は、“Disrupting the subscription journals’ business model for the necessary large-scale transformation to open access”という白書(7)を発表した。この白書の中で、図書館が出版社に支払っている学術雑誌の購読料をOA出版料に転換すれば、全ての論文を即座にOAで出版することができるという試算が示された。購読契約からOA出版契約への転換に必要な資金は既に市場に存在しており、今以上の経済的な負担なく、転換は十分に可能である、というのがこの白書の主張である。
この主張に基づき、2015年12月に開催された国際会議Berlin 12(The 12th conference in the Berlin Open Access series)において、新たなOAイニシアティブであるOA2020(8)の発足が決定された。
JUSTICEも、OA2020の取り組みに賛同し、2016年8月に学術雑誌の大規模OA化実現への関心表明(Expression of interest in the large-scale implementation of open access to scholarly journals)に署名した。その後、日本における論文公表実態調査などを経て、2019年3月に『購読モデルからOA出版モデルへの転換をめざして~JUSTICEのOA2020ロードマップ~』(9)を策定した。これはOA2020の戦略に沿って、JUSTICEが従来の購読契約からOA出版契約への移行を見据え、出版社との間で転換契約の交渉を開始することを宣言し、その道筋を描いた行程表である。
研究助成機関もOA出版への転換を後押しする取り組みを始めている。2018年9月に欧州の11の研究助成機関によるcOAlition S(10)が誕生し、完全にして即時のOAを求めるPlan Sの10の原則が発表された。その後2018年11月に公表された実施ガイドライン(11)の中で転換契約が取り上げられており、それによれば、購読型の学術雑誌は2021年末までに転換契約を結ぶこととされている。さらに、転換契約の詳細を公開すること、契約期間は最長3年とし、契約終了後に完全OA誌(掲載論文の全てがOAの学術雑誌)に移行するというシナリオが含まれていること、という条件が課せられている。
転換契約とは、学術雑誌の契約に基づいて図書館あるいはコンソーシアムから出版社に対して行われる支払いを、購読料からOA出版料にシフトさせることを意図した契約の総称である(12)。
実際の転換契約にはさまざまなバリエーションが存在するが、そこには共通するいくつかの原則が認められる。例えば、転換契約の下では、著作権は出版社に譲渡されるのではなく、著者が保持することを原則とする。出版論文のライセンスとしては、一般にクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC BYが推奨されている。また、これまでの購読契約では、守秘義務条項により、図書館やコンソーシアムが契約内容を開示することは原則的にできなかったが、転換契約では逆に契約条項を公にすることを原則とする。実際には、契約書の全文が公開されることもあれば、骨子のみが提供される場合もある。さらに、転換契約は、購読のための支払いから出版のための支払いへの移行をめざすという点で過渡的な契約である。最終的には、購読のための支払いをなくすことが目標とされている。
転換契約には、大別するとRead and Publish(RAP)とPublish and Read(PAR)という2つのモデルがある。RAPは、読むための料金とOA出版するための料金をひとつの契約としてまとめて出版社に支払うモデルである。PARは、出版社に対してOA出版のための料金のみを支払い、追加料金無しに、OAではない論文も読むことができるという契約である。RAPよりも一歩完全なOA出版契約に近づいたモデルと言えよう。しかしながら、実際には、両者は明確に区別できないこともある。
オフセット契約は、購読のための料金とOA出版のための料金を相殺することを目指した契約である(13)。OA出版料の増加に応じて購読料が削減される場合もあれば、購読料に応じてOA出版料が割り引かれる場合もある。出版社による購読料とOA出版料の二重取りを回避することを強く意識した契約である。
Pure Publish契約とは、図書館やコンソーシアムと出版社との間で合意された支払いにより、機関の著者が個別に料金を負担することなく完全OA誌に出版できるようになる契約を指す(14)。Pure Publish契約は単独に締結される場合もあれば、転換契約の中の構成要素のひとつとして組み込まれる場合もある。
cOAlition Sは、2019年5月にPlan Sの実施ガイドライン改訂版(15)を公表した。その中で、購読型の学術雑誌から完全OA誌への転換については、転換契約に加えて、転換モデル契約(Transformative Model Agreements)と転換雑誌(Transformative Journals)が支援の対象とされている。ここで言う転換モデル契約とは、転換契約に移ることが困難な中小規模の出版社や学会系の出版社が、二重取りを発生させない形で、OA出版に転換することを促すためのモデルとなる契約のことである。一方、転換雑誌は、出版社単位ではなく雑誌単位で、OA出版論文の比率を徐々に拡大し、二重取りを発生させないようにOA出版料を購読料の相殺に用い、2024年12月までに完全かつ即時のOAへの転換を確約する学術雑誌を指している。なお、2020年4月8日に公開された転換雑誌の改訂基準(16)で、転換の期限は撤廃された。
転換契約については、OA市場に関するデータ収集を行うイニシアティブであるESAC(Efficiency and Standards for Article Charges)が事例集(レジストリ)(17)を整備しており、そこには2020年5月20日現在、101の契約事例が掲載されている。地域毎に集計すると、欧州が93、北米が5、大洋州が2、中東が1という内訳になっている。この事例集には、契約出版社、契約大学・コンソーシアム等の名称と国名、年間出版論文数、契約の開始日と終了日などの情報が記載されている。また、いくつかの事例では契約書そのものへのリンクが設定されており、契約条項の公開という原則が可能な限り守られていることがうかがえる。
ここでは、2019年後半以降の主な契約事例の概要を紹介する。
出版社は、国や政府のOA政策、研究助成機関のOA方針、購読料収入、出版論文数に基づくAPC収入予測などを基にして、図書館やコンソーシアムに対して転換契約の提案を行うか否かを判断していると推測される。出版社から転換契約の提案を引き出すことができるかどうかは、図書館やコンソーシアムが、大学等の経営層や研究助成機関との緊密な連携を通じて、OA出版への転換に向けた強い意志を出版社に示すことができるかどうかにかかっている。
転換契約について出版社との交渉を進めるためには、機関に所属する研究者による論文公表数やOA率、さらにはAPCの支払い額などの基礎的データを正確に把握し、それを分析する必要がある。しかしながら、とりわけAPCの支払い額を正確に把握するのは容易ではない。日本では、ここ数年の間、JUSTICEが論文公表実態調査(24)を行い、会員機関のAPC推定支払い額を算出しているが、それはあくまで公表論文数にAPCの定価を乗じたものである。また、京都大学は独自に大学の財務会計システムからデータを抽出し、集計を行っているが、集計結果にはAPC以外の論文投稿料も含まれているとのことである(25)。
APCの正確な支払いを把握するには、学内研究者によるAPC支払いを図書館等の組織が一元的に管理するなどの方策が不可欠となる。
仮に転換契約を締結できたとしても、図書館やコンソーシアムはそのための費用を負担し続けることができるのか。ドイツのOA2020-DEのレポート(26)は、研究助成機関がOA出版料の負担を継続すれば、現在の購読料を、助成金を得ていない研究成果のOA化料金に振り替えることで、予想されるAPC支払いを維持できると報告している。一方、研究助成機関がOA出版への助成を撤回した場合は、機関と機関に所属する著者の予算への影響は、今後のAPCの価格設定によって大きく変わってくることも指摘している。日本では、今のところ、OA出版への明示的な助成を行っている研究助成機関はひとつもない。そのため、多数の学術論文を算出する研究特化型の学術機関がOA出版モデルに移行するには、追加の予算確保が必要になると思われる。
また、世界各国や各地域が足並みを揃えて転換契約を進めなければ、購読(アクセス)に係る費用が大幅に減ることは期待できない。前述したように、転換契約の事例を地域ごとに集計してみると、現状ではそのほとんどが欧州の図書館やコンソーシアムの事例であり、米国の実績はまだわずかである。また、米国と並んで世界最大の論文産出国のひとつである中国の事例は、今のところ皆無である。
転換契約が順調に増加し、今後公表される論文の全てがOA化されたとしても、過去に公表された論文を読むためには費用が伴う。JUSTICEがOA2020ロードマップの補足的な取り組みのひとつに挙げているように、学術雑誌のバックファイルへのアクセスについては、例えば国レベルでのライセンス契約を進めるなどの方策が別途必要となる。
転換契約については、上述した課題に加えて、転換契約そのものに対していくつかの批判が寄せられている。例えば、人文学分野からは、APCモデルによるOAよりもグリーンOAや非APCモデルのゴールドOAの方が適しているとの声が上がっている(27)。また、潤沢な研究資金を持たない研究者から見ると、これまでの「購読の壁」が「出版の壁」に置き換わるだけであり、論文出版の局面において新たな格差が生じるとの懸念も表明されている(28)。
転換契約は、APCによるOA出版を推進する取り組みとみなされることがある。しかしながら、転換契約の推進役であるOA2020の真の目的はあくまで「既存の購読モデルの撤廃とOAを可能にする新しいモデルの確立」であり、決してすべての図書館が購読料をAPCに振り替えることを推奨しているわけではない(29)。また、JUSTICEのOA2020ロードマップも「APCがなじまない学術情報のOA化を進めるため、図書館共同出資モデル等の非APC型の取り組みに対しても支援策を検討する」と表明しており、Plan Sも、実施ガイドライン改訂版において、APCモデル以外にも多様な持続可能なモデルをサポートすることを明言している。
一方、当初から完全OA誌のみを刊行する出版社5社(Copernicus Publications、JMIR Publications、MDPI、Ubiquity press、Frontiers)は、現在の転換契約はOA出版への転換をもたらさず、かつ、完全OA出版社を交渉の場から締め出している、という共同声明(30)を発表している。
確かに、現在の転換契約に関する取り組みは、大規模な出版社との交渉が優先されていることは事実である。こうした批判に対して、米国のカリフォルニア大学のように、大手商業出版社との大規模な転換契約を模索すると同時に、完全OA出版社との間でPure Publish契約を積極的に進めている機関もある(31)。
転換契約は、全く新しい形の契約であり、その有効性や持続可能性についても今のところ未知数と言わざるを得ない。今後、さまざまな利害関係者からの意見や批判も踏まえつつ、より成熟したモデルへと成長させていく努力が必要となろう。また、転換契約を一部の国や地域、あるいは一部の学問分野に留まらず、より広く普及させていくためには、APCモデルへの転換や大手商業出版社との大規模な契約だけでなく、国や組織の政策や方針、購読規模や出版論文数といった個別の事情を踏まえ、最適な形でOAを実現する手段や方法を選択して、購読からOAへの転換を図っていくことが求められるだろう。
いずれにしても、転換契約をめぐる動向を引き続き注視していきたい。
(1) “Big Deal Cancellation Tracking”. SPARC.
https://sparcopen.org/our-work/big-deal-cancellation-tracking/ [86], (accessed 2020-04-03).
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(7) Schimmer, Ralf et al. “Disrupting the subscription journals’ business model for the necessary large-scale transformation to open access”. MPG.PuRe. 2015.
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(8) “OA2020(Open Access 2020)”.
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(9) “購読モデルからOA出版モデルへの転換をめざして~JUSTICEのOA2020ロードマップ”. 大学図書館コンソーシアム連合.
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(10) “'Plan S' and 'cOAlition S' ? Accelerating the transition to full and immediate Open Access to scientific publications”. cOAlition S.
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(12) Hinchliffe, Lisa Janicke. “Transformative Agreements: A Primer”. Scholarly Kitchen. 2019-04-23.
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3.1.の説明は本文献に基づき整理したものである。
(13) “Negotiating with scholarly journal publishers: A toolkit from the University of California”. Office of Scholarly Communication, University of California.
https://osc.universityofcalifornia.edu/wp-content/uploads/2019/06/UCNegotiationToolkitforTransformativeAgreements_May2019.pdf [99], (accessed 2020-04-03).
(14) Hinchlife, Lisa Janicke. “The “Pure Publish” Agreement”. Scholarly Kitchen. 2020-02-20.
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(15) “Accelerating the transition to full and immediate Open Access to scientific publications”. cOAlition S.
https://www.coalition-s.org/wp-content/uploads/PlanS_Principles_and_Implementation_310519.pdf [101], (accessed 2020-04-03).
(16) “cOAlition S publishes updated criteria for Transformative Journals”. cOAlition S. 2020-04-08.
https://www.coalition-s.org/coalition-s-publishes-updated-criteria-for-transformative-journals/ [102], (accessed 2020-04-29).
(17) “Transformative Agreements. Agreement Registry”. ESAC.
https://esac-initiative.org/about/transformative-agreements/agreement-registry/ [103], (accessed 2020-04-03).
(18) “New transformative agreement with Elsevier enables unlimited open access to Swedish research”. National Library of Sweden. 2019-11-22.
https://www.kb.se/samverkan-och-utveckling/nytt-fran-kb/nyheter-samverkan-och-utveckling/2019-11-22-%E2%80%8Bnew-transformative-agreement-with-elsevier-enables-unlimited-open-access-to-swedish-research.html [104], (accessed 2020-04-24).
“New transformative agreement with Elsevier enables unlimited open access to Swedish research”. Elsevier. 2019-11-22.
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(19) “Springer Nature and Germany’s Projekt DEAL finalise world’s largest transformative Open Access agreement”. German Rectors’ Conference. 2020-01-09.
https://www.hrk.de/press/press-releases/press-release/meldung/springer-nature-and-germanys-projekt-deal-finalise-worlds-largest-transformative-open-access-agree/ [106], (accessed 2020-04-03).
(20) “Projekt DEAL ? Springer Nature Publish and Read Agreement”. MPG.PuRe. 2020.
http://hdl.handle.net/21.11116/0000-0005-A8EA-6 [107], (accessed 2020-04-03).
(21) “Cambridge University Press が、JUSTICE に Read & Publishモデルを新提案”. 大学図書館コンソーシアム連合.
https://www.nii.ac.jp/content/justice/news/2020/20200128.html [108], (参照 2020-04-03).
(22) “オープンアクセス論文に関わる費用の免除につきまして(CUP)”. 早稲田大学図書館.
https://www.waseda.jp/library/news/2020/02/28/8289/ [109], (参照 2020-04-03).
(23) “Jisc, UK institutions and Wiley agree ground-breaking deal”. Jisc.
https://www.jisc.ac.uk/news/jisc-uk-institutions-and-wiley-agree-ground-breaking-deal-02-feb-2020 [110], (accessed 2020-04-03).
(24) “論文公表実態調査(2019年度)の結果を公開しました”. 大学図書館コンソーシアム連合. 2020-02-28.
https://www.nii.ac.jp/content/justice/news/2020/20200228.html [111], (参照 2020-04-03).
(25) 京都大学附属図書館学術支援課. “京都大学におけるオープンアクセス費(APC)・論文投稿料支払状況2016-2018 (速報版)”. 京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI), 2019-12-24.
http://hdl.handle.net/2433/245219 [112], (参照 2020-04-03).
(26) Schönfelder, Nina. Transformationsrechnung: Mittelbedarf für Open Access an ausgewählten deutschen Universitäten und Forschungseinrichtungen. OA2020-DE, 2019.
https://pub.uni-bielefeld.de/record/2937971 [113], (accessed 2020-04-03).
(27) “Towards a Plan(HS)S: DARIAH’s position on PlanS”. DARIAH-EU. 2018-10-25.
https://www.dariah.eu/2018/10/25/towards-a-planhss-dariahs-position-on-plans/ [114], (accessed 2020-04-03).
(28) Raju, Reggie. From green to gold to diamond: open access’s return to social justice. Paper presented at: IFLA WLIC 2018 ‐ Kuala Lumpur, Malaysia ‐ Transform Libraries, Transform Societies. in Session 92 ‐ Science & Technology Libraries with Serials and Other Continuing Resources. In: IFLA WLIC 2018, 24-30 August 2018, Kuala Lumpur, Malaysia.
http://library.ifla.org/2220/1/092-raju-en.pdf [115], (accessed 2020-04-03).
(29) 小陳左和子, 矢野恵子. ジャーナル購読からオープンアクセス出版への転換に向けて−欧米の大学および大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)における取り組み−. 大学図書館研究. 2018, 109, p. 2015-1-15.
https://doi.org/10.20722/jcul.2015 [116], (参照 2020-04-03).
(30) “Current Transformative Agreements Are Not Transformative Position Paper – For Full, Immediate and Transparent Open Access”. Frontiers Blog. 2020-03.
https://frontiersinblog.files.wordpress.com/2020/03/position-statement-transformative-agreements.pdf [117], (accessed 2020-04-03).
(31) “PLOS and the University of California announce open access publishing agreement”. Office of Scholarly Communication, University of California. 2020-02-19.
https://osc.universityofcalifornia.edu/2020/02/plos-uc/ [118], (accessed 2020-04-03).
[受理:2020-05-20]
尾城孝一. 学術雑誌の転換契約をめぐる動向. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1977, p. 10-15.
https://current.ndl.go.jp/ca1977 [119]
DOI:
https://doi.org/10.11501/11509687 [120]
Ojiro Koichi
Trends over Transformative Agreements of Scholarly Journals
PDFファイル [136]
獨協大学経済学部:井上靖代(いのうえやすよ)
米国の公共図書館等における電子書籍貸出をめぐる議論とその背景について述べる。筆者が別稿(E2226 [137] 参照)で紹介しているが、米国を中心とする英語圏図書館界での電子書籍貸出をめぐり、図書館と出版社との間で軋轢が生まれている。ここでは、その背景となる議論点をもう少し詳しく報告していきたい。議論点となるのは、電子書籍販売/貸出に対する出版社側の商取引としての思惑と、無料で提供することで誰でも利用できる情報環境を充実させたい公共図書館の使命とのせめぎあいである。特に米国には、公共貸与権制度(CA1579 [138] 、CA1754 [139] 参照)が導入されておらず、著作権者や出版エージェント、出版社にとっていかに収益を上げるかは大きな課題となっているかと思われる。その法的議論点として、電子書籍社会における米国著作権法の図書館での利活用を念頭においた整備が不十分であることが指摘できる。
電子書籍が登場してから人々の要求に応えるべく、主として北米の公共図書館は出版社側とライセンス契約を結び、提供してきた。電子書籍をはじめとして、電子化された雑誌・新聞・オーディオブック・映像作品などを人々は読むようになっているが、依然として紙媒体書籍での読書が電子書籍での読書を上回っている(1)。しかし、無料で図書館Web上から借りることができるとの利用者への広報が功を奏して、公共図書館での電子資料貸出は増加している(2)。ただ、ワトソン(Watson)の調査によると、その読者の電子書籍入手動向は変化しているという(3)。Statista社の2017年調査データを元にした分析では、電子書籍の入手先は購入(42%)や図書館からの借出(25%)以外に、友人からの入手(33%)、個人作品をアップしたサイトや違法サイトからのダウンロードが多い(31%)。その主な理由は無料であること以外に、ダウンロードが簡単であることや電子書籍として市販されていないことなどがあげられている。
電子書籍販売は、出版点数が右上がりに伸びてきたものの、売り上げはここ数年低迷(4)しており、出版社側は利益を守るべく、図書館側に厳しい利用条件を強く求めてきた。多くは2年間の利用という制限であり、期限が来れば再度購入し直すという条件である。利用価格も一般販売額に比べ、高額を要求してきた。それでも図書館側は利用者のニーズに対応するため、条件を受け入れてきた。が、ここにいたってマクミラン社は2019年11月から利用価格を定額(ただし、一般向け販売価格より高額)にし、サービス対象人数にかかわらず1図書館システムにつき1点を8週間利用可とする条件を提示してきた。8週間経過するとさらにもう1点利用購入できるとしている(5)。図書館に電子書籍等を直接利用提供しないアマゾン(6)に比べれば、利用提供するだけましかもしれないが、それでも図書館側にとっては大きな負担となるし、1点のみでは利用者を待たせることとなる。ただ、マクミラン社はこの方針を2020年3月17日付で2019年10月以前のモデルにもどすと決定した、と米国の出版情報誌Publishers Weeklyが報じた(7)。新型コロナウイルス感染症の流行がその背景にあるのかどうか、正確な理由は不明であるともしている。米国図書館協会(ALA)は歓迎しつつも、他の出版社も含めて誰でも読めるようにするために図書館界と出版界との協働関係を築くための最初の一歩としている(8)。つまり、継続して電子書籍提供のための交渉を続ける意思を示しているといえよう。
ここで伊藤(9)や筆者(E2226 [137]参照)らが指摘している図書館と電子書籍出版界との議論点を整理しておく。
マクミラン社など電子書籍出版社の図書館への条件提示に対してALAが行っている活動を広報するためのウェブサイト#eBooksForAll(10)によると、Big5と呼ばれる大手出版社(その傘下には多くの関連出版社がある)の2019年10月時点での電子書籍提供(リース)モデルは表1のようなものである(11)。
出版社 | 図書館との電子書籍ライセンス契約条件 |
アシェット社 | 2年間のライセンス契約 |
ハーパーコリンズ社 | 従量制ライセンス契約(26回の貸出ごとに新規契約) |
マクミラン社 | 新刊書1部につき1ライセンス。貸出期間8週間後に追加従量制ライセンス新規契約(2年間) |
ペンギン・ランダムハウス社 | 2年間のライセンス契約 |
サイモン・シュースター社 | 2年間のライセンス契約 |
情報源;ALA.“eBook licensing terms for Big Five Publishers”. #eBooksForAll.
https://ebooksforall.org/index.php/faq/index.html [140], (accessed 2020-04-19)./
つまり、学校や企業でPCを5年間でリース契約することがあるが、同じように出版社から電子書籍をリースするわけである。表1にみられるように、2年間のライセンス契約が期限を過ぎるとアクセスできず、再度リース契約を結ぶとしている出版社が多い。最初もそうであるが、再契約の際の契約金額が議論点のひとつである。
2020年冬のALA大会で公共図書館部会(Public Library Association)副会長のクラーク(Larra Clark)が行った発表によれば、公共図書館資料費の27%は電子書籍を含む電子資料費となっているという(12)。したがって電子書籍にかける費用について注視せざるを得ないのである。公に内容を確認できる事例はごくわずかだが、例えば、ダグラス郡図書館の報告書(13)は、ニューヨークタイムズ紙やUSA Today紙でのベストセラー資料の価格を調査したものである。ベストセラーとなる人気の高いタイトルについては、複本を入手し、提供することが多い米国の公共図書館にとって価格は大きな課題である。出版社側では大量に紙媒体書籍の複本を購入する図書館に対しては、一般消費者向けに比べやや安値に設定しているようである。ところが電子書籍価格になるとそうはなっていない。前述の報告書から一部を表2で例として抜粋してみる。
タイトル* | 図書(印刷媒体) | 電子書籍 | ||||||
図書館価格 | 一般販売価格 | 図書館価格 | 一般販売価格 | |||||
ベイカー&テイラー(注) | イングラム(注) | アマゾン | バーンズ&ノーブル(注) | オーバードライブ | 3M(注) | アマゾン | バーンズ&ノーブル | |
『さあ、見張りを立てよ』(2015) | $15.45 (¥1,854) |
$15.39 (¥1,847) |
$16.07 (¥1,928) |
$16.71 (¥2,005) |
$24.99 (¥2,999) |
$24.99 (¥2,999) |
$13.99 (¥1,679) |
$13.99 (¥1,679) |
『アラバマ物語』(1960) | $14.35 (¥1,722) |
$14.29 (¥1,715) |
$19.25 (¥2,310) |
$19.63 (¥2,356) |
$12.99 (¥1,559) |
$12.99 (¥1,559) |
$9.99 (¥1,199) |
$10.99 (¥1,319) |
『本泥棒』(2007) | $11.03 (¥1,324) |
$10.99 (¥1,319) |
$11.31 (¥1,357) |
$11.91 (¥1,429) |
$38.97 (¥4,676) |
$38.97 (¥4,676) |
$6.11 (¥733) |
$8.99 (¥1,079) |
『ペーパータウン』(2010) | $10.48 (¥1,258) |
$9.89 (¥1,187) |
$10.72 (¥1,286) |
$11.16 (¥1,339) |
$12.99 (¥1,559) |
$12.99 (¥1,559) |
$3.99 (¥479) |
$6.99 (¥839) |
『グレイ』(2011) | $9.57 (¥1,148) |
$9.41 (¥1,129) |
$9.89 (¥1,187) |
$9.98 (¥1,198) |
$47.85 (¥5,742) |
$47.85 (¥5,742) |
$7.99 (¥959) |
$9.99 (¥1,199) |
* 『さあ、見張りを立てよ』(Go set a Watchman, 2015)はハーパー・リー著『アラバマ物語』(To kill a mockingbird, 1960)の20年後を舞台とした物語作品。この新作に関連して『アラバマ物語』も注目されたと思われる。『本泥棒』(The book thief, 2007)・『ペーパータウン』(Paper towns, 2010)・『グレイ』(Grey: fifty shades of Grey, 2011)は2015年に公開された映画の原作。
注:ベイカー&テイラー社(取次会社。主に公共図書館が取引先)、イングラム社(取次会社)、バーンズ&ノーブル社(大手書店チェーン)、3M社(化学・電気素材企業。事業の一環として図書館向け電子書籍サービスを提供)
電子書籍の図書館向け価格と一般消費者向け価格の差がはたして妥当なのか、どうか。また、異なる事業者なのに、図書館向け価格が同一なのは何らかの意図が働いているのではないか。といったビジネス面での疑問とともに、あらゆる人々に読む自由を保障するために環境を整備したいという図書館側の思いとの間で、この価格やライセンス使用にかかる条件が妥当なのかという点に疑問が残る。
図書館向けに電子書籍貸出システムを提供しているオーバードライブ社のプラットフォームは米国・カナダの95%の公共図書館や多数の学校図書館で導入され4万3,000館以上と契約している(14)。他にもEBSCO社や3M社などとの契約により、多様なプラットフォームを公共・学校図書館は採用している。提供する電子書籍のタイトルが異なるため、出来るだけ多様な資料の提供を行うなら、複数のプラットフォームと契約する必要があり、図書館側と利用者側双方にとって煩雑になっていく。
また、プラットフォームの事業者などに図書館利用者の個人情報を収集されてしまう危惧がある。ALAでは図書館でのプライバシー保護のためのチェックリスト(15)を準備しているが、危惧は大きいようである。Kindleをもつ利用者にオーバードライブ社のプラットフォーム経由で図書館が電子書籍を貸出するごとに、アマゾンがその利用情報を収集していた(16)ことが発覚した事例があり、そのため、チェックリストを準備し、図書館員に注意喚起をしているのである。この件に関しては、カリフォルニア州の州法第602条として、秘密裏に読書の内容やインターネット上での電子書籍購入などの個人の利用履歴を収集することの禁止等を定めた「読者のプライバシー法(Reader Privacy Act)」が制定される契機となった(17)。さらに、ALAはベンダーに対してもガイドラインを制定し、図書館から利用者の個人情報を無断収集・利用しないように要望している(18)。
米国デジタル公共図書館(DPLA;CA1857 [141] 参照)のようにオープンシステムで電子資料を提供しようとする試みも広がりつつある。理由としては図書館での電子書籍利用の煩雑性を少しでも回避するためには、クリエイティブ・コモンズ(CC)ライセンスでの公開の了解を得て提供したほうが、費用と技術面、さらにサービス度といった点で問題が軽減するからである。ただ、これは著作権者や出版社には大きな利益をもたらさないことから、利用者や図書館、著作権者らが利益を得られるようになるため模索が続いている。
大きな課題は著作権法である。米国著作権法(19)第108条には図書館における利用の例外規定が明記されているが、第101条の著作物の定義(20)には電子書籍について明記されていない。第108条では保存や研究のため、図書館がほかの図書館に対して電子媒体で提供することは示している(21)ものの、一般大衆のための電子資料貸出利用については示していない。改訂すべく調査研究され報告書が提出された(22)ものの、未だ実現にはいたっていない。したがって、著作権者(と、その代理人である出版社)からライセンスの許諾をうけて、図書館は電子書籍の貸出が可能となるわけである。電子書籍貸出のプラットフォーム提供事業者は、出版社とその利用価格を協議して、図書館に提供している。その価格設定について、上記の表1に示したように、著作権者(の代理人)の示すライセンス(利用に係る補償金)を図書館と交渉するものの、基本的には出版社側のビジネスとしての思惑から、一方的に決まるのはおかしいのではないか。また、表2に示すように事業者が異なるのに同一価格に設定しているのは、独占禁止法違反行為ではないか。このような考えの下、ALAは下院に審議を求めるべく要望書を提出したのである(23)。
出版社による電子書籍の販売額が減少している理由の一つには、個人での電子書籍公開(販売も含む)もさることながら、「海賊版サイト」の増加があげられる。例えば、Internet Archiveが2020年4月現在、新型コロナウイルスの状況に鑑みてNational Emergency Library(24)として、所有している電子書籍を2週間1部ずつ複数の利用者に貸出しているのは、フェア・ユースの範囲内であるとの見解もあるが(25)、著作権者である作家達は海賊行為であると批判している(26)。Internet Archiveは公共図書館とは異なり、電子書籍利用のライセンス補償金を支払っていない。米国著作権法(27)第107条にはフェア・ユースについての規定はあるが、民間個人や団体が自ら所有する電子書籍の貸出を行うことが果たして妥当なのかどうか議論となっている。ALAは著作権者の権利を尊重するためフェア・ユースの姿勢を明確にし(28)、交渉を行っているが、その姿勢をないがしろにするような出版社のライセンス条件の変更を問題視しているのである。
遅々としてすすまない米国著作権法改訂作業とは別に、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、オンライン授業に切り替わる学校が続出する中で、安易なデジタル資料作成・提供を危惧して、大学図書館等で勤務する著作権担当図書館員のグループが、著作権遵守とフェア・ユースについての声明を出している(29)。現在、大学図書館等が契約して利用できる電子書籍アーカイブであるHathiTrust(30)や、Google Booksをめぐる全米作家ギルドとGoogleの裁判事例(31)にみられるように、電子化することと提供することには大きな隔たりがある。そこで著作権者とその代理人である出版社と、利用提供側である図書館との間に軋轢が生じる。
さらに、その利用面では、図書館間での電子書籍や電子資料の相互貸借(ILL)は可能なのか、図書館で買い取り入手した電子書籍を「中古品」として再販売可能なのかどうか、など議論点は多い。
本稿執筆時点(2020年4月)では、新型コロナウイルス感染症蔓延に関連して、米国では多くの出版社等が電子書籍をオープンにする動きがある。ただ、終息したあと、電子書籍利用について図書館界と著作権者や出版社などが再び以前の状況にもどるのか、あるいは社会的貢献の影響を鑑みて、新しい状況を生み出すのかはまだよくわからない。ただ、オンライン上のオーディオブックを中心とした販売市場が拡大する一方、電子書籍売り上げが低下していくなかで、いわゆる「海賊版サイト」や違法ダウンロードを取り締まる担当部局が設立され強権を行使することが考えにくい「自由の国」米国では、電子書籍利用や価格などの明確な交渉窓口である図書館界に対する風当たりが強くなることは想像に難くないといえよう。
(1) Perrin, Andrew. “One-in-five Americans now listen to audiobooks”. Pew Research Center. 2019-09-25.
https://www.pewresearch.org/fact-tank/2019/09/25/one-in-five-americans-now-listen-to-audiobooks/ [142], (accessed 2020-04-19).
(2) 73 public library systems enable readers to borrow 1 million ebooks. Impact Financial News. 2020-01-15.
(3) Watson, Amy. “E-books - Statistics & Facts”. Statista. 2018-12-18.
https://www.statista.com/topics/1474/e-books/ [143], (accessed 2020-04-19).
(4) “AAP OCTOBER 2019 STATSHOT REPORT: INDUSTRY UP 3.6% YEAR-TO-DATE”. Association of American Publishers. 2020-01-14.
https://publishers.org/news/aap-october-2019-statshot-report-industry-up-3-6-year-to-date/ [144], (accessed 2020-04-19).
(5) Kozlowski, Michael. “Macmillan is thinking about scrapping their library embargo”. Good e-Reader. 2020-03-09.
https://goodereader.com/blog/digital-library-news/macmillan-is-thinking-about-scraping-their-library-embargo [145], (accessed 2020-04-19).
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https://americanlibrariesmagazine.org/blogs/the-scoop/the-latest-on-ebooksforall/ [146], (accessed 2020-04-19).
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(7) Albanese, Andrew. “Macmillan Abandons Library E-book Embargo”. Publishers Weekly. 2020-03-17.
https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/industry-news/libraries/article/82715-macmillan-abandons-library-e-book-embargo.html [147], (accessed 2020-04-19).
(8) “ALA welcomes cancellation of Macmillan embargo”. ALA News. 2020-03-17.
http://www.ala.org/news/press-releases/2020/03/ala-welcomes-cancellation-macmillan-embargo [148], (accessed 2020-04-19).
(9) 伊藤倫子. 電子書籍貸出サービスの現状と課題 米国公共図書館の経験から. 情報管理. 2015, 58(1), p. 28-39.
https://doi.org/10.1241/johokanri.58.28 [149], (参照 2020-04-19).
この論文では2014年時点までの米国における電子書籍貸出モデルについての議論を紹介している。
(10) #eBooksForAll.
https://ebooksforall.org/ [150], (accessed 2020-04-19).
(11) “eBook licensing terms for Big Five Publishers”. #eBooksForAll.
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(12) Carton. op. cit.
(13) Maier, Robert C. “DCL Ebook report, August 2015”. American Libraries. 2015-08-13.
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(26) Grady, Constance. “Why authors are so angry about the Internet Archive’s Emergency Library; Authors are suffering under the pandemic economy, too. They say the Emergency Library will make things worse”. Vox. 2020-04-02.
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(30) HathiTrust digital library.
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著作権で保護された資料については、対応する冊子体資料を所蔵する図書館からはアクセスできるが、その他の図書館からはアクセスできない。
(31) HathiTrust、及びGoogle Booksと全米作家ギルドとの裁判の経緯は以下を参照。
時実象一. 大学図書館書籍アーカイブHathiTrust. 情報管理. 2014, 57(8), p. 548-561.
https://doi.org/10.1241/johokanri.57.548 [172], (参照 2020-04-19).
松田政行編. Google Books裁判資料の分析とその評価 : ナショナルアーカイブはどう創られるか. 商事法務, 2016, 292p.
[受理:2020-05-26]
補記:本稿脱稿後、米国出版協会(AAP)の会員企業複数社により、p.18で取り上げたInternet Archiveに対する著作権侵害訴訟が提起された。
“Publishers File Suit Against Internet Archive for Systematic Mass Scanning and Distribution of Literary Works.” AAP. 2020-06-01.
https://publishers.org/news/publishers-file-suit-against-internet-archive-for-systematic-mass-scanning-and-distribution-of-literary-works/ [173], (accessed 2020-06-07).
井上靖代. 米国での電子書籍貸出をめぐる議論. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1978, p. 16-20.
https://current.ndl.go.jp/ca1978 [174]
DOI:
https://doi.org/10.11501/11509688 [175]
Inoue Yasuyo
“Library War” over E-Book Lending at Libraries in the US
PDFファイル [184]
ボーンマス大学知的財産権政策・管理センター:ベンジャミン・ワイト
獨協大学経済学部:井上靖代(いのうえやすよ)(翻訳)
The Original (Written in English) [185]
図書館における電子書籍事情は、欧州においては難題であり続けている。若者にとって電子書籍は常に自然な書籍環境であり続けてきたが、比較的新しい現象であることは覚えておく価値がある。電子書籍は、1994年にインターネットが公に採用されてから数年以内に、科学分野の出版社と研究図書館の間で利用可能になり始めた。例えば、ElsevierのScience Directは1997年に発売された(1)。しかしながら、消費者を対象とした電子書籍はそれから10年ほどを要し、欧州において公共図書館で利用できるようになるにはさらに時間がかかった。
図書館は1990年代に所蔵資料を電子化し始めたのだが(多くは手稿であり本ではない)、90年代後半あるいは2000年代初頭になってようやく電子書籍リーダーは消費者対象として販売が始まった。筆者は、この頃にドイツのフランクフルトのブックフェアで展示されていた電子書籍リーダーを疑問に思いながら眺め、紙の本ではないこんなものを誰が読むのだろうと考えたことを覚えている。その頃、電子書籍リーダーで読める資料は限られていたことも、人気を欠く要因になっていた。そのせいか、このベンダーはその後数年の間にブックフェアに参加しなくなっていた。2007年になって、Amazonが米国で、その2年後に欧州(2)や世界の他の地域で、Kindleを発売し、公共図書館で電子書籍を貸出して本格的に楽しめる可能性が立ち現われてきた。
現在、公共図書館の電子書籍利用に関して、欧州全体では、かなり複雑な様相を見せている。図書館界の関与が見られたデンマークのような国々では、出版社からライセンスを得られる電子書籍の品揃えに比較的満足しているように見えるが、ハンガリーやルーマニアなど、利用者への提供タイトルが極めて限られているとされる国々もある。ここでは欧州で複数の国々での状況を調べ、いくつかの鍵となるテーマや課題に着目していく。
全体としてみると、現在は比較的充実した電子書籍提供を行っているこの国においてさえ、はじめから順調に事が運んだわけではない。2012年にスウェーデン図書館協会(Swedish Library Association:SLA)は、電子書籍貸出についてスウェーデン出版社協会(Swedish Publishers Association)の関与不足に不満を表しており、政府に対して「新しい司書にあいさつを」というキャンペーン(3)を開始した。このキャンペーンは、7月初めにゴットランド島・ヴィスビューでのスウェーデンにおける例年の政治期間中に始まった。そこでは、あらゆる政党が集まり、演説・討論が行われる。その年、政治家やジャーナリストを含む1万7,000人が参加した(4)。
このキャンペーンで配布された冊子の表紙には、スーツを着た厳めしげで嫌な感じのビジネスマンが読者を見ている様子が描かれている。このメッセージは明らかである。図書館はもはや如何なる本も自由に購入し貸出できず、出版ビジネス界がライセンスを認めた電子書籍の販路の1つに過ぎなくなったことを示している。さらに、人気のあるタイトルを図書館が利用者に貸出できるようになるまでには何か月も待つ必要があることを強調している。その頃でさえ、事前通知なしに提供されなくなるタイトルがあったのである(5)。
問題はかなり深刻だった。当時、スウェーデンで図書館が貸出可能な電子書籍数は約5,000タイトルであり、公共図書館で100万タイトルほど利用可能であった米国のような国々と比べずっと数が少なかったのである。さらに、スウェーデンの図書館は1回の貸出につき20スウェーデン・クローナ(日本円で約225円)を出版社に補償金として支払っており、その高額なコストは図書館が貸出可能数を制限せざるをえないようにしていた。
したがって、SLAは定額購読価格モデルを目指しており、貸出回数が少なくなれば、出版からの経過時期により書籍の価格を下げるようにと主張していたのである。また、人気のあるタイトルのみならず、図書館があらゆる書籍のプロモーションを行う役割を主張して、スウェーデンの出版社の電子書籍すべてに定額購読価格の適用を求めたのである。消費者向け電子書籍と図書館向け電子書籍の販売価格の隔たりという問題を提起し、そのような価格設定があらゆるタイプの出版物を広める公共図書館システムの役割といかに相容れないかを示すことで、SLAは図書館や図書館員の核となる機能や原則、価値といったものを守ろうとしたのである。このキャンペーンがスウェーデン語と英語で行われたことは、スウェーデンの図書館界がこの課題を世界共通のものと認識していたことを示している。
このキャンペーンにより、出版から一定期間を経た書籍の価格が低下するという改善がみられたが、2016年時点での1回あたりの貸出に対応する補償金の価格は依然として高く、5スウェーデン・クローナ(約56.25円)から20スウェーデン・クローナ(約225円)となっていた(6)。この意味では、消費者が入手できるすべてのタイトルが図書館でも入手可能かどうかに関係なく、依然として高額な補償金の価格が新刊電子書籍を入手しようとする図書館の妨げとなっている。図書館は貸出ごとのコストを考慮して電子書籍貸出を制限し続けることになる。図書館利用者からみれば、利用できるタイトルの範囲が限定的であるため電子書籍貸出の魅力は薄れ、複数のアプリをダウンロードする必要があるといったような技術的な課題も重なって、図書館は十分に電子書籍利用に貢献できず、全体としてスウェーデンにおける電子書籍利用の成長が妨げられることになった(7)。
欧州全体で提供に関する同様の問題が見られるものの、オランダで数年にわたり焦点となっているのは、利用可能性や価格の問題ではなく、著作権法に関連した課題である。最終的には、これについて2016年にEU司法裁判所(CJEU)により司法判断がくだった電子書籍貸出の課題である。
この訴訟の背景には、オランダ教育・文化・科学省(Dutch Ministry of Education, Culture and Science)の委託によりアムステルダム大学によって実施された研究が関連している。この研究で、オランダの図書館が権利者の承認を求めずにEU著作権法のもとで電子書籍貸出を行うのは合法ではないと結論づけたのである。問題となった法律は貸出指令(Rental and Lending Directive(92/100/EEC))とその後の修正条項であり(8)、この指令では、欧州のEU加盟国において適切と判断された場合、公共貸与権(公貸権;PLR)として著者に支払われる適切な補償金の見返りに、公共図書館が人々に本を貸出することが認められている。
このアムステルダム大学の法的所見に基づいて、オランダ政府は出版社からの電子書籍ライセンスに完全に基づいた電子図書館貸出プラットフォーム構築のための法律を作成しようとした。これに対抗して、オランダ図書館協会(Verenging van Openbare Bibliotheken:VOB)はオランダ国内の裁判所、最終的にはCJEUにおいて、新しい法律の法的前提に対して異議申し立てを行うことにした。その要点を挙げれば、VOBは既存の指令にそって市場で入手可能ないかなる電子書籍をも図書館が貸出することはすでに合法であり、この法律の改正は必要ないと主張したのである。
このVOBとStichting Leenrechtとが争った訴訟の2016年の最終評決(9)では、VOBに軍配があがり、貸出指令は技術の発展を考慮しながら解釈されるべきであり、アナログの書籍のみの解釈に限定されるものではないとした。別の言い方では、この指令は図書館が法律のもとで電子書籍貸出を行うために、新しく修正する必要はないとなる。
したがってこの司法判断は、消費者向け・図書館向けのいずれのライセンスであるかにかかわらず、潜在的にはアナログの書籍からデジタル化されるものも含めて、市場に出回っている電子書籍を図書館が合法的に入手した上で人々に貸し出すことへの許可を与えているように思われる。この判決自体は、図書館がどのように書籍を入手するかについては言及していないが、紙の書籍の状況に倣って、「1部1ユーザー」の原則で図書館のサーバーからダウンロードされ、合法的に入手されることを求めているのである。しかし、図書館による書籍の入手手段に言及していないために、重要な課題や疑問点はこの法律のもとでは不明なままである。
図書館にとって、この判決の結果残されている疑問点は以下のとおりである。
疑問点を残した判決にもかかわらず、図書館と利用者にとってこれは画期的な決定であった。この判決は、公共図書館が積極的に活用すれば、“controlled digital lending”と呼ばれる技術的保護手段を用いてインターネット・アーカイブ(10)が米国で行っているようにデジタル化により作成した電子書籍を「1部1ユーザー」の原則で貸出することや、出版社との交渉の場で法律の効力を最大限に利用することにより、独自のサービスを開始する新しい機会をもたらしうるものであった。
しかし、実際には実現していないようである。筆者はこの判決の庇護下で、欧州内で“controlled digital lending”モデルによるサービスの開始を仄聞していない。図書館が一定期間の利用禁止を黙認し、Hachette社(後述)のような大手出版社がいくつかの国で図書館向けの電子書籍販売を拒否し、図書館で貸出可能な電子書籍と消費者向けに販売されている電子書籍には差があるという状況を考えると、欧州における図書館専門職はこの画期的な判決結果をその利益の最大化のためにほとんど何もしていないようである。
例えば、オランダでは図書館からの貸出は、依然として出版社のライセンスに依存している。2018年にはオランダ政府からの資金増加もあり、図書館から入手可能な電子書籍数は増加しているのに対し、利用可能になるまで6か月から12か月ものタイムラグが残存している(11)。この判決は、オランダの出版社にとって図書館とよりいっそう緊密に協力するように圧力を加える効果はあったかもしれないが、図書館向け電子書籍数が増加した要因のほとんどは、出版社が自らのビジネスモデルへの自信を深めるにつれ、公共図書館で利用できるタイトルを増やしてきたことに帰することが出来る。本稿で扱う他の国々すべてで明らかにこの同様の動きが見られる。
英国はこの貸出指令(Rental and Lending Directive)に沿って、公共図書館から電子書籍貸出を通じて公貸権の補償金を著者が受け取れるようにした、欧州で最初ではないとしても非常に早期に法制化した国のひとつである。2010年にデジタル経済法(Digital Economy Act)の一環として法改正され、EU法を国内法化した二次法となり(7年後の2017年に可決)、著者は電子書籍とオーディオブックの貸出ごとに補償金を受け取れることになった。
公共政策の観点からは、これはいくつかの理由で実に興味深いものである。まず最初に、当時著者への二重支払いがあまり議論されなかったことである。著者がフランクフルト・ブックフェアで聞いたところでは、出版社によれば、十分に人気のある著者は電子書籍化する権利を出版社と再交渉して、紙媒体の書籍の場合よりさらに高いロイヤルティーを得る機会を有しているというのである。
もちろん平均的な著者は一般的にハードカバーの書籍販売価格の10%以下ぐらいしか受け取れない(12)が、電子書籍化した場合、著者は出版社と平等に販売価格の半々にするよう再交渉することを奨励されている(13)(14)。したがって、英国の著者はデジタル・文化・メディア・スポーツ省(Department for Digital, Culture, Media and Sport:DCMS)から公貸権の補償金を受け取るのみならず、電子書籍に関して出版社の商業活動から平均すれば高めの支払いも受け取っているようである。これが意図的な文化政策であるかどうかは、この件について公に議論されていないために不明である。
第2に、上で述べたように、著者に公貸権補償金支払いを実施する二次法は2017年に可決されたのだが、それは前に述べたCJEUの判決の翌年であったことである。このことは図書館が“controlled digital lending”モデルに基づき電子書籍貸出を行うことを合法化したにも関わらず、この二次法(15)は図書館での貸出対象を「(電子)書籍の購入あるいはライセンスの条件に準拠している」ものに限定するとした点で重要である。すべての電子書籍に利用規約が付随することを考えると、この文言は画期的なCJEUの判決を拒否するに等しく、英国の図書館に出版社が許可する電子書籍のみを貸出可とさせるものである。
DCMSと著作者協会であるSociety of Authors(元専門弁護士であるCEOが代表者)とともに、英国図書館(British Library)やライブラリー・コネクテッド(Library Connected(正式には図書館館長協会(Society of Chief Librarians)))、英国図書館情報専門家協会(CILIP)といった図書館組織も法制化への議論に関わった。CJEUの判決にもかかわらず、これらの図書館組織は出版社による図書館での電子書籍貸出の制限に合意したため、いまや英国著作権法に定められ、近い将来に覆すことはかなり困難である。この状況は図書館の伝統的な権利と自由とを大きく損なうことになる。人々に貸出するためにどんな本でも購入することができる状態から、いまや出版社がライセンスを図書館に与えると決めた電子書籍のみを貸出する法律に制限されている状態に変化したのである。
読者にとってこの変化がどの程度のものであるかは、図書館が制限なしに購入・貸出できるタイトルと、出版社が図書館向けの価格・条件により利用可能とするタイトルとの開きの大きさによるであろう。
英国と他国の公共図書館における電子書籍貸出に関してオーストラリア・モナシュ大学の研究者らが行った最近の重要な調査研究(16)では、電子書籍の入手やアクセスの可能性について簡単な全体像を示している。この調査では、特に関心が高い546タイトルをサンプルとし、英国やカナダ、ニュージーランド、オーストラリア、米国といった異なる英語圏の公共図書館における利用可能性を調査した。英国はどの国よりも低い入手状況であり、公共図書館で入手可能なのはサンプルのタイトルのうち59%にすぎなかった。この調査研究論文の著者たちによれば、「英国の図書館での入手性の低さは現在の極端な財政緊迫、つまり2012年以来、英国の公共図書館の25%程度は閉鎖あるいはボランティアに運営を委託されていることによるのかもしれない」「国際的なデータを集約するアグリゲーターによれば、英国の出版社は他のどの地域の出版社よりリスクを回避する傾向にあり、電子書籍貸出への不熱心さにさらに説明がつく」となる。同様に、モナシュ大学の研究者らによる2回目の調査研究(17)では、10万タイトル近くの電子書籍という多数のサンプルが利用されたが、こちらでも英国は調査した他の国に比べ最も低い77.5%の入手可能率であった。
1回目のモナシュ大学の調査研究(18)では、英語圏の5大出版社のうち、4社のみが複数の図書館貸出プラットフォームで電子書籍を広く提供していることがわかっている。サンプルとした546タイトルのうち、97%は少なくともひとつの図書館貸出プラットフォームから入手可能であった。しかし、Hachette社は公共図書館による電子貸出で入手可能なタイトルに関して他の4大出版社に比べ対照的であった。50タイトルのHachette社の電子書籍のうち、わずか4タイトル(8%)のみが図書館貸出プラットフォームで貸出可能であり、著者らの調査したすべての図書館貸出プラットフォームで共通して入手可能なタイトルはなかったのである。
英国は4大英語圏市場で電子書籍の入手可能なタイトルがもっとも少ないだけでなく、1回あたりの貸出にかかるコストが最も高いことも判明した(19)。結論として、この調査研究では英国での状況は「全体として英国はライセンス条件に最も魅力がなく、最も高価であり、最も低い入手可能性を示している」とまとめている。したがって、これらの調査結果は、英国がCJEUの判決を活用せず、図書館による包括的な電子貸出モデルの発展に役立つ著作権法改正を推し進めなかったことの影響に焦点を当てたものになっている。この理由は推測するにすぎないのだが、グローバルな図書館コミュニティが法的・政策的な専門知識を持つことの重要性を強調しているといえる。これらの専門知識に関しては、この分野で出版産業が行っている投資と比べると欧州の図書館コミュニティ内では深刻な欠如がみられ、自らに不利益をもたらしている。
英国とは対照的に、フランスではCJEUの判決が政策レベルで広く議論された。当時のフランス文化大臣ニッセン(Françoise Nyssen)が電子貸出のためにフランスの著作権法に例外規定を導入することを拒否したこと(20)に対し、フランス図書館員協会(l’Association des Bibliothécaires de France:ABF)は一貫して公共図書館から電子書籍を利用できるようにするための入手手段とその適切なモデルが不足していると声をあげてきた。
2019年6月に(21)フランスの文化大臣も出席していたABF年次大会席上で、会長のバーナード(Alice Bernard)は「われわれはすべての出版社の作品を読者から奪い続けるつもりか?」と当てつけるように問いかけて、図書館での電子書籍貸出周辺の進展欠如を嘆いたのである。これはその年の1月に、複数のフランスの図書館団体が署名したフランス出版社協会会長宛て公開書簡(22)が背景となっている。この書簡では、フランス電子図書館貸出プラットフォーム(Prêt Numérique en Bibliothèque:PNB)での電子図書館貸出システムの重要性を認めつつ、公的機関が運営する図書館で電子書籍提供が制限されていると批判している。また、中小規模の図書館にとってはその価格があわず、出版社が提供するメタデータの質の悪さが図書検索を妨げているとの事実を指摘していた。
2017年のインタビュー(23)において前ABF会長も、CJEUの判決にそって著作権法を改正し図書館の電子書籍貸出を可能にすることについての文化大臣の拒否に反発を示した。ライセンス・モデルが中小および大規模図書館に応じて提案されていたとしても(実際はそうではなかったが)、消費者に販売されていた電子書籍の52%しか公共図書館で貸出できていなかったという事実は、現状が根本的にフランスの図書館に合っていないことを意味していた。電子書籍貸出が可能なタイトル数の増大は、主な出版社の書籍が欠落していることで停滞していると報告されていた(24)。
電子書籍提供への実務的な解決策を望むフランスの図書館は、電子書籍リーダーを購入し、そのなかに電子書籍をダウンロードし、人々にそのリーダーを貸出したのである。
公貸権による支払いにより著者に安定的な収入を保障するという重要性も、なぜ電子貸出を奨励するべきかという重要な理由のひとつとしてABFによって強調された。これは重要な政策課題である。特に有名な著者は多様な収入を得ているが、ベストセラー作家ではなくそれほど有名でもない作家は、一般的に公貸権による補償金から現実的な収入を得ており、そういった支払いに概ね価値を認めているように見える(25)。
デンマークは本稿執筆時点では、公共図書館を通じての電子書籍提供では最良の事例の一つであるものの、ここまでの道のりは平坦ではなかった。デンマークの図書館が利用する電子書籍貸出プラットフォーム(eReolen)は2011年に、文化王室庁(Agency for Culture and Palaces)とデンマークの複数の公共図書館との共同出資により設立された。クリックするたびに支払うpay-per-clickモデルを採用し、複数の利用者が同時に同じタイトルにアクセス可能にするということで急速に広がっていった。2012年の夏までに4,200タイトルが4万1,000の利用者(デンマーク人口の0.75%)に8万8,000回貸出された(26)。
しかし、この人気がかえってあだとなり、eReolenが売り上げに悪影響を及ぼしたと述べて、2012年後半にデンマークの7つの大手出版社がこのプラットフォームから撤退した。これによりプラットフォームで利用可能なタイトルの60%が一晩で減少した(27)。さらに悪いことに、セキュリティ上の問題が発覚したために、2013年にeReolenは再構成され、プラットフォーム専用のアプリでのみ使えるようになり、図書館利用者から極度に否定的な反応を呼び起こしたのである。
デンマークの7大出版社によるeReolenからの撤退につづき、出版社はEBIBと呼ばれる「1部1ユーザー」モデルによる図書館利用者向けの独自のプラットフォームを設立した。これは以前のすぐにアクセスできるモデルに慣れていた利用者を苛立たせた。このプラットフォームで利用できるタイトルは不十分で、2014年にはEBIBを利用していた中小規模の図書館群はこのサービスの契約中止を決定した(28)。出版社のプラットフォームであるEBIBの事実上の崩壊を受けて、図書館は大規模出版社と交渉を再開し、妥協できる解決策に達した。それは2015年の1月までに最大規模の出版社らのタイトルを、再びeReolenで利用可能にするというものだった。
eReolenへ大手出版社に戻ってきてもらうために、図書館は最初の6か月間、出版社が望むなら、「1部1ユーザー」モデルの下、プラットフォームで電子書籍を利用可能にすることを認めた。6か月が経過すると、「1部複数ユーザー」モデルに変更するが、必須ではない。このサービス利用の再開により劇的に利用が増加し、再び大手出版社のいくつかが2015年後半にプラットフォームから撤退することになった。しかし、今回は国内第二の出版社が残ったことから、2012年に比べ人々への提供タイトルの減少幅は小さかった(29)。
このボイコットは2017年、CJEUの判決結果をもってデンマークの文化大臣が電子書籍貸出に関して法律で出版社に強く対応するまで継続した。その後、大手出版社はeReolenと再交渉し、いくつかの中小出版社を除きデンマークの出版社はこのeReolenに提供するようになったのである。
現在では、このプラットフォームは書籍、コレクション、出版社に応じた3つの貸出モデルを運営しており、すべてのコレクションにアクセス可能な「無制限」モデル、「1部1ユーザー」モデル、それから「1部複数ユーザー」モデルである。以前は「1部1ユーザー」から「1部複数ユーザー」へと6か月経過後に移行するモデルであったが、現在は1出版社が提供するタイトルのうち「1部1ユーザー」のタイトルは40%以下に留めるというモデルに置き換えられた。デンマークで利用できる電子書籍のおおよそ60%がこのプラットフォームから利用可とされており、残りの40%は出版社から提供されなかったものと図書館がライセンスを要求しなかったものの組み合わせとなっている。2017年に25万6,000人の利用者数が2018年には53万5,000人の利用者数になり、それはデンマーク人口の10%にあたる(30)。
eReolenの発展にみる紆余曲折は、図書館の貸出に対する出版産業側の曖昧な態度とともに、電子書籍を消費者に販売する最良の方法について出版産業側に確信がないことを、一面において物語っている。2017年、CJEUの判決後にデンマーク政府が介入し、出版社に決断を強いたことは重要なことである。この事例のみならず、時によっては異なる状況で、欧州の出版社は政府による著作権改正という脅威にさらされてアクセスと著作権の問題に積極的に対応しているように見受けられる。デンマークの事例では、他にも政府の重要な役割を見ることができる。最初にeReolenを設立した際の、公共図書館と文化王室庁の連携である。
電子書籍は1990年代後半に研究図書館(大学図書館、国立図書館など)で利用可能になり始めたのだが、議論の焦点の多くは欧州においては公共図書館がいかに電子書籍にアクセスできるかというところにあった。しかし、電子書籍「問題」のもう一つの重要な側面は図書館相互貸借にあった。
大学図書館や国立図書館は、自館内で見つからない際に利用者のために他の図書館から紙の書籍を借りて提供するが、たいていの場合電子書籍では可能ではない。技術的保護措置により、購入または法定納本により入手した電子書籍を別の図書館に貸し出すことが出来なくなっている。電子書籍をある図書館から別の図書館へと貸出できない場合、研究者には2つの選択肢しかない。所蔵している図書館まで出向いていくか、行っている研究の一部に関わりのあるそのタイトルを参照資料としてふれないか、である。明らかにどちらの選択も望ましくない。この件に関しては、図書館からの強い介入―図書館コミュニティが政策課題に対して見せる普段の弱い反応を踏まえるとなさそうなことであるが―または政府の介入なしでは、研究目的での電子書籍へのアクセスは紙の書籍に比べかなり制限された状況がつづくとみていいだろう。
書籍がアナログであったかつては必要とされなかったにもかかわらず、インターネットの時代に電子書籍へのアクセスを求めて、その図書館へ出向いていく必要が生じてしまう。このことは、インターネットの出現が生み出した多くのアクセス関連の矛盾点の一つに過ぎない。
電子書籍に関連して図書館が直面している上記のような数多くの課題を考えると、図書館が電子書籍貸出のプロセス全体を管理運用するのが一つの解決策かと思われる。上記で概観したように、米国におけるインターネット・アーカイブは、フェア・ユースという米国の著作権の原則を主張し、図書館との協力により紙の図書を電子化し、図書館が所蔵するアナログの図書冊数にあわせた数の貸出制限を行う技術的保護措置を設けて電子書籍の貸出を行っている。このシステムでは、独自の電子プラットフォームを運用して資料を貸出し、「返却」して、独自の技術で管理している。この技術は決してユニークというわけではない。英国図書館(British Library)も、2003年以来、技術的保護措置を使い、期限付きで論文記事を特定の利用者に電子的に提供している(31)。
こういった電子書籍貸出システムの利点は、1か所で安全に制御でき、理解しやすく、問題があればたやすく検証可能であることである。また、図書館が選んだあらゆる図書を購入し、電子的に貸出可能となる。これはすべての欧州の国々でできなかったことである。
VOB対Stichting Leenrechtの判決について欧州の図書館界内での批判のひとつは、電子書籍貸出の制限をアナログの書籍の例と同じく、「1部1ユーザー」にしたことである。この電子書籍貸出技術は、複数ユーザーへの書籍貸出モデルを可能とするが、業務の基礎となる法律の観点からは、実用的でたやすく理解できる解決策に思われる。欧州の著作権法に導入された場合、基本的な基準を形作るものとなり、適切な追加ライセンスや公貸権による補償金を踏まえて改善がなされる可能性がある。
電子書籍は、公共図書館を通じて貸出してほしい人々にとっても、大学図書館や国立図書館から館内でアクセスできない電子書籍にアクセスしたい研究者にとっても、多くの深く考えさせるようなアクセスの課題をもたらしてきた。欧州の図書館では、広範囲のタイトルを入手しようと苦労していて、期間限定貸出禁止措置が珍しくない。価格設定や著者が受け取る補償金の割合についての懸念も広く図書館界で表明されている。図書館の貸出を規則化する著作権法からライセンスへの移行は難題であり続けており、人々にとって購入可能な電子書籍数と、図書館で貸出可能な数との間には非常に大きな差があるといえる。CJEUによる画期的な判決があるにもかかわらず、判決は欧州の公共図書館の運営者たちから無視され続けてきたように見える。つまり、図書館はいまや出版社の選択、すなわち、何を、いつ、どうやって図書館向けの電子書籍として提供することを認めるかに依存している。紙の書籍貸出に関しては図書館の権利と自由はまだ継続しているが、いまや電子書籍貸出は異なる例となっており、図書館の使命とは異なる出版社のビジネスとしての決定にほとんど完全に支配されているのである。スウェーデン図書館協会が2012年に出した声明のように「新しい司書にあいさつを」。
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(6) Ibid.
(7) スウェーデンの公共図書館における電子書籍(オーディオブックを含む)の年間貸出回数の推移は、2015年:150万4,646回、2016年:187万9,363回、2017年:179万5,501回、2018年:229万6,562回となっている。
(8) Commission of the European Communities. “Directive 2006/115/EC of the European Parliament and of the Council of 12 December 2006 on rental right and lending right and on certain rights related to copyright in the field of intellectual property (codified version)”. EUR-Lex. 2006-12-27.
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(24) Ibid.
(25) Cowdrey, Katherine. “Tony Ross tops 'most borrowed illustrators' list”. The Bookseller. 2017-07-14.
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(27) Ibid.
(28) Christofersen. op. cit, p. 116.
オーフス公共図書館とコペンハーゲン公共図書館はEBIBを利用していなかった。
(29) Christofersen. op. cit, p. 118.
2015年の出版社撤退による提供タイトルの減少幅は26%である。
(30) Christoffersen, Mikkel. “eReolen ? the Danish, national e-lending platform”. SlideShare. 2018-01-18.
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Benjamin White
Translation: Inoue Yasuyo
European Libraries and eBooks - RIP the Public Library as We Know It?
本著作(CA1979 [208])はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 パブリック・ライセンスの下に提供されています。ライセンスの内容を知りたい方は https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/legalcode.ja [45] でご確認ください。
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