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No.390 (E2253-E2257) 2020.05.14

  • 参照(2635)

E2253 - 「自主学習できる図書館」への沖縄県立図書館の取組

  • 参照(6034)

カレントアウェアネス-E

No.390 2020.05.14

 

 E2253

「自主学習できる図書館」への沖縄県立図書館の取組

沖縄県立図書館・垣花司(かきのはなつかさ)

 

   沖縄県立図書館では,これまで閲覧室での自主学習を認めていなかった。自主学習への対応を本格的に検討し始めたのは,ある出来事がきっかけである。当館は2018年12月に新館へ移転し(E2114 [1]参照),座席数は全体で約500席と,約2倍になった。さらにバスターミナルと商業施設との複合施設となったため,来館者が増加した。その増加のピークとして,2019年2月,一日の来館者が約7,000人を記録した日があった。その日は開館前に150人は下らない人数がエントランスホール入口前に待機し,開館時には職員の制止の声も聞かずになだれ込み,館内を走り回って座席を確保していく。まるでバーゲンセールかのような有り様に,本格的な対策を考えなければならないと職員一同が感じたのである。

   増加した来館者の大半が自主学習の場を求める学生であることから,近隣学校の試験日情報を収集し,学生の増える時期を予想した。自主学習者が増えることで発生する問題点は,読書や調査研究に利用できる座席が少なくなること,利用者のマナー違反(館内での食事,荷物を放置しての長時間離席など)が増加することの二つに大別された。

   前者への対策として,館内の空き座席が少なくなってきた際に,館内放送で座席を図書館資料利用者に譲るように促した。また,後者について,利用マナーを明文化し,原則館内では読書や資料を使った調査研究のために座席を設置していること等を盛り込んだ図書館利用のマナーアップチラシを作成した。チラシは各座席に一枚ずつ掲示し,併せてカウンター業務委託先の図書館流通センター(TRC)と協力して館内の見回りも行った。しかし,マナー違反は続出し,大きな改善には至らなかった。これらの問題は近隣学校の試験期間に集中的に発生することは確かであり,年末から2月の間には期末試験やセンター試験などの試験が集中し,冒頭の出来事が再度発生するのではないかと強く懸念された。よって,自主学習に対する,より進んだ対策を行うこととした。

   自主学習を「図書館の資料を用いない学習活動」と定義し,まずは,自主学習を容認するのかどうかを検討した。容認する場合,自主学習場所として多くの県民が図書館を利用することにつながるが,上記のような問題が発生する。逆に容認しなければ,静かな図書館になるかもしれないが,自主学習者の退館要請などを考えることになる。当館は那覇市の中心部に位置し,学生のみならず,ビジネスパーソンの利用者も多い。自主学習は学生に限らず社会人もいることを考えると,自主学習禁止はデメリットが大きいと思われた。また,当館へ自主学習ができる環境を求める意見が多く寄せられていることや,旧館と比べて座席数が2倍となって比較的座席に余裕があることを総合し,容認することによるメリットをいかすべきだと結論された。これは,当館の方針「県民が気軽に利用でき,県民の多様なニーズに応える図書館」にも沿うものであった。一方で,自主学習容認による問題への対応も必要なため,試行的な実施として,対策案を練ることとなった。

   当館フロアには,自主学習を前提とした部屋が無かったため,フロア内の座席の一部を自主学習可能席として設定することとした。すでに示したとおり,読書席が無くなることが問題点とされていたため,館内全ての座席を自主学習可能席含めて5つに分けた。そのうち,読書・調査研究席を252席,自主学習可能席を117席,ビジネスエリア席に65席,新聞・雑誌閲覧席27席,ワラビンチャー席(子ども席)45席を設定した。各座席は読書・調査研究ができることを前提としている。あくまで当館は読書・調査研究のために座席を設置しているという前提を崩さず,自主学習活動などを付加的に可能とした。この座席設定に合わせ,一目でわかるように用途ごとに色を変えた座席札を作成し,それぞれの座席の背もたれなどに設置し,館内にはポスターや座席表を掲示することで周知を徹底した。

  この試行は,延長を含め2019年12月4日から2020年3月2日まで続いた。試行期間中は,もう一つの問題であったマナー違反への対策として,館内の見回りの強化と館内放送を行った。

   また,最も警戒した2月の試験期間に合わせて,通常セミナーなどで利用されている部屋を一部自習室として開放し,入館時に利用者を整列させるなどの対策を行った(実際には前年のような大人数の開館待機や駆け込みは起こらなかった)。その他,利用者へのお知らせとして,近隣学校の試験期間が重なることや来館者が多くなることを掲示し,周知を図った。

   試行の結果,前年に比較して落ち着いた図書館環境とすることができた。前年との大きな違いとして,職員の冷静な対応があげられる。これは,今年はどのような状況が発生しうるのか予想し,対策を共有し,対応マニュアルを作成していたことによるもので,スタッフ向けの対策を同時に行うことも重要であった。

   この期間のアンケートの結果,9割以上の利用者が図書館に自主学習できるスペースを求めていることがわかった。理由としては,「自宅では集中して勉強できず,飲食店では勉強が不可とされ,図書館しか勉強できる場所がない」「図書館は集中して勉強しやすい」という意見が大半であった。自主学習反対の意見としては,「学生のおしゃべりが目立つ」「読書のスペースが減る」などがあげられた。これらのアンケートからは他に,学生がグループで来館する傾向にあることがわかった。現在当館にはグループ学習を目的とした場所は特に用意されておらず,今後の課題とした。

   試行期間以降については,引き続いて試行を長期的に行う予定であったが,新型コロナウイルス感染拡大防止のため,図書館の利用制限を行っており,本稿執筆時点では試行は停止している。今回の試行により,課題等もより明確になってきており,今後は1年間を通して対応を練っていきたいと考えている。

Ref:
“図書館利用マナーについてお知らせ”. 沖縄県立図書館. 2019-02-13.
https://www.library.pref.okinawa.jp/notice/post-14.html [2]
“12.4 自主学習可能席等の試行について”. 沖縄県立図書館. 2019-12-06.
https://www.library.pref.okinawa.jp/notice/124-1.html [3]
“2.7(金)図書館座席の利用マナーについて”. 沖縄県立図書館. 2020-02-07.
https://www.library.pref.okinawa.jp/notice/27.html [4]
垣花司. 新沖縄県立図書館のオープン. カレントアウェアネス-E. 2019, (365), E2114
https://current.ndl.go.jp/e2114 [1]

カレントアウェアネス-E [5]
図書館サービス [6]
日本 [7]
公共図書館 [8]
公立図書館 [9]

E2254 - 蔵書2,000冊 書店による企業主導型保育所「本のほいくえん」

カレントアウェアネス-E

No.390 2020.05.14

 

 E2254

蔵書2,000冊 書店による企業主導型保育所「本のほいくえん」

今井書店・島秀佳(しまひでよし)

 

   2020年2月,株式会社今井書店は,島根県松江市に企業主導型保育所「本のほいくえん」を開所した。「なぜ,書店が保育所を?」と思う人も多いだろう。もちろん当社グループの従業員の働きやすさの向上や,松江市の待機児童の課題に貢献する目的もあるが,実はそこには当社の創業者の思いが大きく反映されている。

   当社の創業者・初代今井兼文が鳥取県米子市で書店を開業し,出版物の販売をはじめたのは明治維新真っ只中の1872年のことである。創業当初は呉服屋のような「座売り」だったと資料が残っている。さらに,その12年後には活版印刷所を開設し,印刷業も始める。どちらも,地域が発展するために,そこに住む人達に知識や文化が備わるようにという思いから出発した事業である。その創業の精神を私たちは受け継ぎ,書店や印刷業以外にも地域の人々が豊かな暮らしや充実した時間をすごせるよう,郷土出版物の企画発行,公立図書館や学校,医療機関への外商業務,上質な生活雑貨の製造販売,飲食事業などを展開してきた。そして,子どもたちが輝く将来に向け伸びやかに育つよう,地域の子育てをサポートするような事業を展開している。そのひとつがこの度の保育所の開所である。

  「本のほいくえん」は,松江市のシンボル・松江城の北側に位置する。木造平屋建てで敷地面積は952平米,60人の定員である。子育て世代の働き方に沿うよう,平日だけでなく,土・日・祝日も開けている。書店が運営する保育所であり,かつ創業者の思いから,コンセプトを「絵本と育つやさしい心」とし,絵本を中心とした保育を展開することにした。一番の特徴といえば,「本のほいくえん」の名の通り,所内に2,000冊以上の絵本を取り揃えていることだ。これらは,保育士たちが思い描く保育理念「ともに感じ,ともに育つ」,保育目標「からだもこころも元気な子ども」「自分でできることに喜びをもち,活き活きと生活する子ども」「自分や友達を大切にする子ども」「豊かな感性と表現力を持った子ども」に沿うよう,書店の児童書担当者たちが選書を行った。長く読みつがれる名作や,眺めるだけでもわくわくするような子どもの興味を育む成長過程に必要な作品などが並んでいる。そして,いつでも子どもたちが絵本に手を伸ばせるよう廊下の壁一面を本棚にし,自由に開いて見られるようにしている。ページをめくる度に楽しそうに笑ったり驚いたり,くるくると変わる子どもたちの表情は,しばし時を忘れさせてくれるものがある。

   毎日の保育所での生活でも,さまざまなシーンで絵本を取り入れている。例えば,歯磨きや衣服の着脱など生活習慣の自立を促す場面では,最初に絵本を読んで子どもたちの興味を刺激し,自ら能動的に取り組めるよう働きかけている。そうすることで,絵本に出てくる動物や登場人物たちに倣って,楽しそうに取り組む様子が見られる。また,食育の面でも,おはなしに出てくる野菜の収穫体験や,比較的簡単な料理を実際に子どもたちが作ってみるといったことも実践している。絵本の世界を通してから実際に体験することで,子どもたちもより好奇心が湧くようだ。今後も各クラスで,月毎にテーマを持った読み聞かせを実施するなど,保育活動に沿って絵本を取り入れていきたいと考えている。

   当社は企業主導型保育所の他にも,子ども向けのボール遊び教室や英会話スクール,個別学習塾や学生服のリユースショップなど,様々な子育てサポートの取り組みを行っている。とはいえ一書店が地域の発展や,豊かな暮らしづくりを手伝うのには限界があるかもしれない。ただ,「本」が地域を変えるほどの力を持っていることを私たちは信じている。今井書店グループだからこそ出来る「本」を中心とした事業を,これからも私たちなりのやり方で実現していきたい。

Ref:
本のほいくえん.
https://honnohoikuen.com/ [10]

  • 参照(4237)
カレントアウェアネス-E [5]
児童書 [11]
日本 [7]

E2255 - 分散型のオープンな出版フレームワーク“Pubfair”

カレントアウェアネス-E

No.390 2020.05.14

 

 E2255

分散型のオープンな出版フレームワーク“Pubfair”

国立情報学研究所・林正治(はやしまさはる)

 

   1665年のオルデンバーグ(Henry Oldenburg)による英語圏で最古の学術雑誌Philosophical Transactionsの出版から355年,学術出版の形態は大きく変わることなく現在も続いている。1994年,ハーナッド(Steven Harnad)は「転覆提案(The Subversive Proposal)」を公表し,学術出版に係るコストの適正化を目的に,ギンスパーグ(Paul Ginsparg)によるプレプリントサーバー(後のarXiv.org)を参考にした,インターネットを活用した既存の学術出版システムに依存しない新たな学術出版のあり方を提案した。ハーナッドの提案は,その後のオープンアクセス(OA)運動に大きな影響を与え,学術論文などの研究成果物を保存・公開する数多くのリポジトリを生み出したが,学術雑誌を中心とした学術出版の変革までには至らなかった。Pubfairは,この旧態依然の学術出版を取り巻くシステムを,機関とそのリポジトリによるリポジトリネットワークとそこにあるコンテンツを利用して構築される,分散型のオープンな出版フレームワークに置き換えることを目指している。Pubfairに関するホワイトペーパーの初版は2019年9月に,第2版は同年11月に公開された。

   Pubfairのコンセプトは,リポジトリまたはプレプリントサーバーを利用したオーバーレイジャーナルのアイデアに基づいている。オーバーレイジャーナルとは,リポジトリやプレプリントサーバーで公開された論文を選択し,一定の品質を確保した上で,オンラインジャーナルとして出版されたものである。例えば,Discrete AnalysisはarXiv.orgを,Episciences.orgがホストするLogical Methods in Computer ScienceはarXiv.orgとOAリポジトリHyper Articles en Ligne(HAL)で公開された論文を利用したオーバーレイジャーナルを提供している。これらオーバーレイジャーナルの中心となるのは,論文を公開するリポジトリと,そこに登録されている論文の品質・評価を行うためのワークフローを実現する仕組みである。Pubfairは,このオーバーレイジャーナルの概念を拡張したオーバーレイサービスの提供を,オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)が提唱する次世代リポジトリ(E2011 [12]参照)を利用して実現しようとしている。次世代リポジトリは,分散したリポジトリの相互運用性を高め,巨大なリポジトリネットワークとしての利用を可能にし,そのリポジトリネットワーク上のサービスとして,コンテンツの付加価値を高めるサービスを展開することをビジョンとしている。Pubfairは,この次世代リポジトリのビジョンをより具体的にしたものと捉えることもできる。

   Pubfairのアーキテクチャは,主にリポジトリネットワークを表すコンテンツ層(Content Layer),そのコンテンツ層から特定のコンテンツを選択・管理し,ピアレビュー等の評価を行うことでコンテンツの品質を保証する出版層(Publishing Layer),その出版層を利用して実際にコンテンツを普及させる流通チャネル(Dissemination Channels)から構成される。Pubfairでは,コンテンツ層で公開されているコンテンツを,出版層で,研究者や研究コミュニティ,資金提供機関等が取捨選択・評価することで付加価値を高め,特定の流通チャネルを介して普及させる。Pubfairは,成果の投稿,評価,公開といった論文のライフサイクルには欠かせない要素を含んでおり,既存の学術出版に依存せずに学術コミュニケーションを実現するための要素が整っている。

   また,Pubfairでは,流通チャネルとして,学会や分野コミュニティを対象にしたコミュニティチャネル(Community channels),組織単位の機関チャネル(Institutional channels),そして個人ユーザを対象にした個人チャネル(Individual channels)が定義されており,オーバーレイジャーナルに限らない広義のオーバーレイ出版を目指している点が興味深い。例えば,研究者の業績一覧は研究者によるオーバーレイ出版の一つの形態として捉えることは可能であるし,分野データリポジトリも特定の研究分野に資するデータの集合を提供しているという点では,研究コミュニティによるオーバーレイ出版の一つとして捉えることも可能である。Pubfairは概念モデルの段階にあり,その実現には技術的課題に加えて,研究者の慣習を切り崩すといった社会的課題の解決も必要である。しかしながら,従来のリポジトリの枠を超えての学術コミュニケーションの変革に取り組もうとする野心的なものであり,今後の機関リポジトリのあり方に大きく影響を与える可能性がある。今後も動向を注視していきたい。

Ref.
Tony Ross-Hellauer, Benedikt Fecher, Kathleen Shearer, Eloy Rodrigues. Pubfair : A distributed framework for open publishing services, Version 2.
https://www.coar-repositories.org/files/Pubfair-version-2-November-27-2019.pdf [13]
“Inviting community input - Pubfair”. COAR. 2019-09-03.
https://www.coar-repositories.org/news-updates/inviting-community-input-pubfair/ [14]
“Philosophical Transactions of the Royal Society of London”. The Royal Society.
https://royalsocietypublishing.org/journal/rstl [15]
Richard Van Noorden. Mathematicians aim to take publishers out of publishing. nature. 2013-01-17.
https://doi.org/10.1038/nature.2013.12243 [16]
Discrete Analysis.
https://discreteanalysisjournal.com/ [17]
Logical Methods in Computer Science.
https://lmcs.episciences.org/ [18]
Episciences.org.
https://www.episciences.org/ [19]
COAR. “Next Generation Repositories”.
http://ngr.coar-repositories.org/ [20]
林正治. 次世代リポジトリの機能要件および技術勧告. カレントアウェアネス-E. 2018, (344), E2011.
https://current.ndl.go.jp/e2011 [12]

  • 参照(3917)
カレントアウェアネス-E [5]
オープンアクセス [21]
学術情報流通 [22]
リポジトリ [23]
機関リポジトリ [24]
学術情報基盤 [25]
学術出版 [26]
COAR(オープンアクセスリポジトリ連合) [27]

E2256 - 第3回SPARC Japanセミナー2019<報告>

  • 参照(3524)

カレントアウェアネス-E

No.390 2020.05.14

 

 E2256

第3回SPARC Japanセミナー2019<報告>

東京海洋大学学術情報課・小山美佳(おやまみか)

 

   2020年2月7日,国立情報学研究所(NII)において第3回SPARC Japanセミナー2019「実践 研究データ管理」が開催された。

   冒頭に,国際農林水産業研究センターの林賢紀氏から本セミナーの概要説明があった。オープンサイエンスを実現するための基盤として研究データ管理(RDM)が必要だが,具体的にどのように行っていくのか,管理は誰が行うのかに関する情報が乏しいことから,日々管理しているリポジトリ,図書館,研究支援管理ツール等についての事例報告を通して,明日から何をすべきか,何ができるかを考える機会としたい,とのことであった。

   はじめに,名古屋大学附属図書館事務部/情報連携統括本部情報推進部の竹谷喜美江氏より「名古屋大学における研究データ基盤整備推進組織の整備について」と題した講演があった。名古屋大学では,2019年12月,研究データに関する取り組みを推進することを目的として,情報連携統括本部や附属図書館等といったステークホルダーを構成員とした研究データ基盤整備部会を設置したとのことである。部会の設置経緯や運営について,また,事務局として,各部署との事前打ち合わせ,課題の洗い出し・担当者同士の意識すり合わせ等の活動を行ったとの報告があった。今後は,情報連携統括本部を主担当とし研究データポリシーの策定を,附属図書館ではデータ公開の体制整備・人材育成等に,各部署と連携・情報共有して取り組んでいく予定とのことである。

   続いて,公益財団法人野口研究所の山田一作氏より「糖鎖科学における研究データ管理」と題した講演があった。糖鎖科学分野においては,論文等での文字列表記・画像・一次構造・三次元構造等,糖鎖構造のデータの記述が統一されていなかったため,糖鎖構造の記号・文字列表記・ID付与等糖鎖科学における標準化に取り組むことになった。2013年に開催された国際会議の結果,糖鎖構造のリポジトリを構築すること,及びデータの品質向上のためのガイドラインを提唱することが合意され,2014年8月には国際糖鎖構造リポジトリGlyTouCan が公開された。また,糖鎖科学では質量分析法により糖鎖構造を解析するが,その際に生成するデータも重要であることから,これらのリポジトリとしてUniCarb-DRおよびGlycoPOSTが開発された。これらはガイドラインに基づいて作成されているため,データの参照が容易であり,研究者は正確な研究データを利用可能となっている。

   国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)の熊崎由衣氏からは「原子力機構における研究データポリシー策定に向けた検討」と題した講演があった。これまでRDMは各研究開発部門によってなされてきたが,国立研究開発法人に研究データの管理・利活用のための方針を2020年度末までに策定することを求めた2018年6月15日の閣議決定「統合イノベーション戦略」を受けて,RDMと公開に関する方針を定めた研究データポリシーの策定に向けた準備を行っているとのことである。職員や研究者へのアドボカシー活動,研究データ取り扱いの状況調査,研究者へのヒアリング等を行い,作成したポリシー案は内部公開し,集まったパブリックコメントの結果を反映させた上で研究開発成果管理委員会・役員による審議を行った。今後は,ポリシーの策定・公開,取り扱いに関する規程の制定,管理に関するガイドライン作成に取り組むが,研究開発分野が多岐にわたることから統一的な方針を策定する難しさがあるとのことである。また,研究者への負担増大により研究者本来の研究開発活動への影響の危惧,公開データの質や信頼性を確保するための技術の整備・人材育成等が今後の課題である。

   NIIの込山悠介氏からは「研究データ管理サービスの概要と利用事例の紹介」と題した講演があった。学術機関におけるRDMの需要が高まりつつある中, NIIは,2020年度後半から,データ管理・公開・検索の3つの研究データのライフサイクルをサポートする総合的な研究データ基盤NII Research Data Cloudの一部として,RDMサービスGakuNin RDMを提供していくとのことである。研究推進と研究公正をサービス・ヴィジョンとするGakuNin RDMの機能・ツール,及び,利用者のユーザビリティー,実利用現場における業務フローとの適合性,及び導入運用における課題項目の抽出等を目的に全国の学術機関で実施中の実証実験におけるユースケースが紹介された。

   最後に,オープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR) 研究データ作業部会主査でもある北海道大学附属図書館の結城憲司氏より「JPCOARによる研究データマネジメント人材の育成と研究データに関する取組について」と題した講演があった。JPCOAR(E1830 [28]参照)が取り組んできたRDM人材の育成(教材の作成,研修の実施)の他,研究データに関する取り組み(データベースレスキュープロジェクト,RDM事例形成プロジェクト,JPCOARスキーマ等)について紹介があった。その他,大学ICT推進協議会研究データマネジメント部会での研究データ管理に関する提言や,研究データ管理に関するアンケートの雛形の公開,国立大学図書館協会オープンアクセス委員会における機関リポジトリの再定義やオープンサイエンスに向けて図書館が担う具体的な役割に関する文書の公開,「研究者に対する研究データ調査項目リスト(案)」についての紹介があった。

   各講演を踏まえたパネルディスカッションでは,林賢紀氏に加え,バイオサイエンスデータベースセンターの八塚茂氏がモデレーターを務め,RDMにおける最大の課題とは何か,その課題に対して誰がどのような役割を果たすべきか,という話題を中心に活発な討論が行われた。RDMの推進に関連する他部署との連携は必要だが,連携しようというだけでは押し付け合いになってなかなか進まない,自分がやろう,摩擦を起こしても進めていこう,と熱意を持った人がいると促進していくのではないか,まず声をあげることから始まるのでは,等の意見が出された。

   最後に,閉会挨拶として,NIIの木下聡氏より,オープンサイエンスやその実現の基盤となるRDMは日々実践的になってきているように感じられるが,令和時代がオープンサイエンスの花咲く時代になるよう,それを担う人達の熱意が更に広がっていってほしい,と発言があった。

   本セミナーは,RDMの実践例の報告,RDMサービスとRDMを担う人材育成の取り組みの紹介等,RDMの最前線を知ることができ,今後の取り組みへの足掛かりとなる充実した内容であった。

Ref:
“第3回 SPARC Japan セミナー2019「実践 研究データ管理」”. 学術情報流通指針委員会.
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2019/20200207.html [29]
“総合イノベーション戦略2019”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/index.html [30]
“学術機関における研究データ管理に関する提言”. 大学ICT推進協議会研究データマネジメント部会.
https://axies.jp/report/publications/proposal/ [31]
“大学における研究データ管理に関するアンケート(雛形)”. 大学ICT推進協議会研究データマネジメント部会.
https://rdm.axies.jp/sig/24/ [32]
機関リポジトリの再定義について. 国立大学図書館協会オープンアクセス委員会.
https://www.janul.jp/sites/default/files/janul_redefining_the_institutional_repository_20190805.pdf [33]
オープンサイエンスに向けて国立大学図書館が担う具体的役割. 国立大学図書館協会オープンアクセス委員会.
https://www.janul.jp/sites/default/files/janul_specific_role_for_open_science_20190412.pdf [34]
江川和子. オープンアクセスリポジトリ推進協会の発足. カレントアウェアネス-E. 2016, (309), E1830.
https://current.ndl.go.jp/e1830 [28]

カレントアウェアネス-E [5]
研究データ [35]
イベント [36]
日本 [7]
大学図書館 [37]
研究図書館 [38]
NII(国立情報学研究所) [39]

E2257 - 「国立国会図書館関西館書庫棟」の竣工

  • 参照(4327)

カレントアウェアネス-E

No.390 2020.05.14

 

 E2257

「国立国会図書館関西館書庫棟」の竣工

関西館総務課

 

   国立国会図書館は,納本制度に基づき,国内で刊行された出版物を網羅的に収集しており,収集した資料は,東京本館(1,200万冊収蔵可能),関西館本館(600万冊収蔵可能),国際子ども図書館(105万冊収蔵可能)の3施設に分散して保存している。所蔵資料の増加に対応した書庫の確保は,国立国会図書館の重要な課題となっているが,2002年の関西館開館から18年が経過し,東京本館,関西館ともに書庫の収蔵能力が限界に近づいてきたため,関西館第2期施設整備事業として,「関西館書庫棟」(以下「書庫棟」)を関西館本館(以下「本館」)の南側敷地に建設し,2020年2月に竣工した。

   書庫棟は,地下1階,地上7階の建物で,延床面積が約2万5,000平方メートル,収蔵能力は約500万冊である。2014年度から設計業務を開始し,2016年9月から建築工事が始まり,工期は3年半にもおよんだ。書庫棟という名称が表すとおり,書庫に特化した建物となっており,資料を保存するための様々な工夫がなされ,また,周辺の景観に配慮した外観デザインとなっている。

   本稿では,書庫棟の建築的特徴を中心に述べることとする。

●外観の特徴について

   書庫棟の高さは26.47メートルとなっており,本館よりも高さを低く抑え,かつ,建物の横幅を揃えることで,本館に付随する形で配置されている。外壁は書庫としての重厚感,緑豊かな風景との調和を考慮し,本館外構に設置されている修景滝の石の色をイメージした自然石が採用されている。

   その他,本館ガラスキューブ部に正対した書庫棟北側の1階から5階の一部をガラス壁面で構成し,本館から書庫棟にかけてガラスの連続性をイメージさせるデザインを採用した。これにより,書庫としての機能を備えながらも自然採光を実現するという機能性も併せて確保している点も特徴の一つである。

   また,外観上,最大の特徴とも言えるのが,書庫棟の東西壁面のデザインで,本の「天」と「地」の部分をモチーフにデザインされており,書庫として,資料や情報が増加するイメージを表すことを意図している(写真1)。

●内装の特徴について

   書庫棟は,1階から6階までを書庫スペースとして使用し,地下階は設備室,7階はファンルームとなっている。建物中央に吹き抜けの階段室を設け,その左右(東西)に書庫スペースを配置する。また,階段室に隣接して設置されているエレベーターは壁面がガラスで構成されており,吹き抜けの階段室と合わせて閉塞的になりがちな書庫に明るく開放的な空間を提供している。

   設置されている書架は手動ハンドルの集密書架(一部の固定書架を除く)となっており,主に図書・雑誌用と新聞用の2種類が設置され,それぞれ書架の幅と段数に違いがある(図書・雑誌用は幅900ミリメートル,新聞用は1,350ミリメートルとなっている)。

   また,書架のサイドパネルは通気性を良くし,カビなどの発生を抑制するため,穴あきのパンチングパネルが採用されている。サイドパネルは位置により色分けされており,書庫の北側を寒色系(藍色・水色),書庫の南側を暖色系(黄色,桃色)とすることで,窓がない書庫の中でも自分のいる位置がわかるように配慮されているのも特徴となっている(写真2)。

●書庫内環境への配慮について

   書庫内の温湿度については,本館書庫と同様,大切な資料を長く保存するため,資料の保存に最適とされる温湿度,室温22度(±2度)/ 湿度55パーセント(±5パーセント)を目安として,年間を通じて大きな変化がないよう,適正な保存環境に配慮した設定としている。また,外壁と書庫の間にバッファーゾーンと呼ばれる二重の緩衝帯を形成して,外気温の直接的な影響を抑制するような設計となっている。

   その他,消火設備も本館書庫と同様,万が一の場合に資料が水損しないよう,水を用いるスプリンクラーではなく,不活性ガス(窒素ガス)による設備を採用し,窒素ガスを噴射することで酸素濃度を11パーセント程度まで下げて消火できるようになっている。

   このように,書庫としての機能を有しながら,建築のデザインを高次元で融合させたスタイリッシュな建物となっており,準備が整い次第,書庫棟に資料を搬入する予定である。

[40]
写真1

[41]

写真2

Ref:
“関西館書庫棟完成!”. 国立国会図書館月報. 2020, (708), 巻頭1 p. 1.
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11460015_po_geppo2004.pdf?contentNo=1#page=3 [42]
“平成26年11月 国立国会図書館建築委員会が国会に対し関西館第2期施設(第1段階)の建設を勧告”. 国立国会図書館.
https://www.ndl.go.jp/jp/kansai/about/history_201411.html [43]

 

カレントアウェアネス-E [5]
図書館建築 [44]
日本 [7]
国立図書館 [45]
議会図書館 [46]
国立国会図書館 [47]
国立国会図書館 [48]

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Source URL: https://current.ndl.go.jp/node/40935

リンク
[1] https://current.ndl.go.jp/e2114
[2] https://www.library.pref.okinawa.jp/notice/post-14.html
[3] https://www.library.pref.okinawa.jp/notice/124-1.html
[4] https://www.library.pref.okinawa.jp/notice/27.html
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