坂本 勇
(有限会社東京修復保存センター代表)
Isamu Sakamoto
Paper Conservator, Director of the Tokyo Restoration and Conservation Center
昨年12月26日にスマトラ沖で発生した大地震・大津波から間もなく一年となります。世界の隅々にまで報道された、すべてを呑み込み押し流していく大津波の衝撃的映像が思い出されます。数十万人の失われた人命のためにも、発生から現在までの被災地への支援について、実際にどのようなことが出来たかということを振り返っておくことは、今後の災害対策に参考となると考えます。
振り返りますと、ちょうど阪神淡路大震災から10年の記念の日である1月17日に「スマトラ沖大地震・大津波被災文化遺産救済支援五人委員会アピール」を国内各機関、団体、個人に向けて、事態を憂慮した5名のメンバーの連名で出しました。アピール文はその後2月3日に「スマトラ沖大地震・大津波被災文化遺産救済支援五人委員会緊急第二次アピール」として出し直され、本日の配布資料にその両方の全文が入れてありますので、ご覧いただければと思います。
五人委員会の中で、青木繁夫、安藤正人、高山正也、坂本はいずれも阪神淡路大震災の際に、早い段階で被災地に入って救援活動を実際に行った共通体験を有しておりました。この神戸、阪神間での「被災地での経験」というものが、スマトラ沖大地震で未曾有の被害が伝えられた被災地への「何か具体的な支援をしよう」という思いを抱かせ、実際の行動に向かわせたと考えます。この神戸経験が、世界にたくさんの国々がある中で、より踏み込んだ今回の支援を実践させた特色になったように思います。
短く五人委員会の行いました活動を紹介しておきます。
1998年に調査で訪ねた時から7年が経っていますが、街のシンボルである立派なモスクも痛々しく傷つき、周囲の美しかった芝生や花壇は消え去っていました。前回見せてもらったイスラムの古文書の多くは津波で流され永遠に再会できなくなっていました。宿泊した大きなホテルも完全に崩れ去っている状況でした。
被災した通りの沿道では個人の本や写真を炎天下で広げて干している光景を見かけましたが、多くは急激な乾燥や処置の遅れで永久に使えなくなっていました。家族の思い出、地域の記憶が、今回もまた膨大に失われてしまったのです。
アチェ・イスラム国立大学(Ar-Raniri)や新聞社の重要な情報サーバーは、盗まれたり、塩害で腐食しずっと放置されている状況でした。過去の蓄積された重要デジタル情報があっけなく全て消え去ってしまったのです。
津波に1階を完全に流された図書館、文書館の被害では、貴重な一点しかない60年代スカルノ時代の写真アルバム300冊や、行政府の警察資料、裁判資料、税務資料など一旦救出されながらも「修復専門家が不足したため」永遠に失われたものが多々あったとされます。
今回の大災害が契機となって、失われた人命、文書、歴史遺産への鎮魂の思いで、残された文化遺産、文書などが積極的に保護され保存されていくことが願われます。
他国や他地域で発生した大災害に国際的な支援を差し伸べることが一般化し、プロフェッショナルに行われていく流れにあると思います。また、機会あるごとに蓄積されてきた経験の記録化と共有化も増えてきて、未経験地域の人々も過去の経験に学ぶことが可能となってきました。例えば1997年に大洪水を経験したコロラド州立大学図書館がまとめた600頁もの「図書館災害計画と復旧ハンドブック」はハワイ大学の災害時にも参考にされたといいます。これらは、今後世界的に大規模災害が多発していく情勢からも大事な評価される点だと思います。
しかし、その一方で今回のアチェでも苦い経験となった、保存修復専門家など特殊技能を有する専門家が迅速に動ける支援体制などの確立は今後の課題としてあります。度重なる災害発生や経済の低迷で「救援資金の不足」や「人材支援・派遣体制の欠如」は世界的に深刻な問題となっています。
ぜひとも、過去の反省と課題の上に、1歩でも前に現実的、実践的に踏み出していき、人材支援・派遣体制の確立に前進していくことが求められていると思います。
これまでに図書館、文書館、博物館などにおいて様々なネットワークが結ばれてきました。ネットワークの形成・発展を促進するインターネットなどの通信技術、インフラ整備は急速に発達してきています。
2004年9月の「ワイマールのアンナ・アマリア公爵夫人図書館大火」、同年10月に起こった「ハワイ大学アマノ校ハミルトン図書館鉄砲水災害」、同年12月に起こった「京都大学人間・環境学研究科総合人間学部図書館配管破損事故」の例でも、迅速で具体的な災害対応が課題となり、困難を克服していきました。
今後求められていくのは、災害に直面した現場に必要な「具体的な支援」を可能にしていく「支援体制」です。すでに民間ではBELFORなどの災害復旧支援企業が実績を上げてきており、拡充されていくことと思われます。
では民間災害復旧支援企業が充実してくれば図書館、文書館自体では災害対策、国際的な支援体制など、どんどん軽減していけばよいのでしょうか。 答えはノーです。
特に、資料の中身を一番熟知しているスタッフが居られる図書館、文書館が担わなければならない専門的責任と互助精神が必要であり、人任せでは、助かるものも助からない悲劇が生まれます。
これまでの先例から私たちの学ぶべきこととして、世界の被災図書館などを支援することは、国内の災害にも強くなることを意味しています。
そして、このような世界各地での被災図書館の支援を円滑かつ効果的に行うためにも、IFLAおよびIFLA/PAC地域センターが「災害発生後すみやかに関係情報収集を開始し、アクセスコードを保有する登録会員間で信頼できる情報を共有化出来る機能」をWEB上に構築することが、まず望まれます。活発に機能できる機動性のあるコアが出来ることで、様々な財源確保や、BELFORなど災害復旧企業および修復専門家を擁するAIC(アメリカ修復保存協会)、CCI(カナダ修復保存協会)、IADA(国際修復家協会)、文化財保存修復学会などとの連携も現実的になってくることと考えます。
日本は今回のスマトラ沖大地震救援で神戸の経験をインドネシアに活かすことが出来ました。今回被災経験を有することになったスリランカやインドネシアの専門家の方々が、次には他国の災害に対して、その経験を活かして支援していく立場になって、支援の輪が世界中に張り巡らされていくことが願われます。
リンク
[1] http://current.ndl.go.jp/files/series/no39/sakamoto-html1.jpg
[2] http://current.ndl.go.jp/files/series/no39/sakamoto-html2.jpg