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英国の読書促進活動を概観する前に,その背景にあるリテラシー政策について少々触れておきたい。というのは,「読み」と「読書」の間に境界をひくことが難しいのと同様に,読書促進活動という場合にも,リテラシー向上のための活動と本の世界の楽しさを伝える活動との区切りが難しいように思われるからである。
英国では1988年の教育改革法によって,全国共通カリキュラム(National Curriculum)が導入され,リテラシーの水準を向上させることに力が注がれてきた(CA1241 [2]参照)。
1996年には11歳児の57%が,1997年には63%がその年齢の英語能力の標準に達していないという状況のなかで,1996年5月にリテラシーに関する調査委員会が設置され,リテラシーの水準を高める方策が検討された。1997年2月にその予備調査結果『読みの革命(A Reading Revolution: how we can help every child to read well)』が発表され,1997年9月に最終報告『リテラシー政策の実施(The Implementation of the National Literacy Strategy)』が発表された。
これによりリテラシー政策(National Literacy Strategy)の基礎として,1998年9月から英国のすべての初等学校において「リテラシーの時間(literacy hour)」の実施が義務づけられた。
リテラシーの時間は,例えば次のように4段階で行うように説明されている。< 1 >学習の目的を明らかにし,クラス全体で読む・書く練習。15分。< 2 > クラス全体で文字・文の練習。15分。< 3 > グループか個人で読む・書く,あるいは文字・文の練習。約20分。< 4 > クラス全体で学習活動を振り返り,何を学んだかを生徒自身が説明する。約10分。
具体的には,例えば「バーミンガム市内の学校では毎週6〜7時間,月曜から金曜まで毎日,各1時間から1時間半程度・・・全員で読み(リーディング),書き取り(ライティング)をし,ストーリーを作り,そして全体で話し合うという形で進められる。リスニング,リーディング,ライティングとスピーキングのスキル(技能)を含み,具体的にはスペリング,文法,文字の手書き,創作,フォニックスなどの方法を用いているようである。フォニックスとは,音声を重視した文字の学習方法である。」(1)
また,リテラシー政策を支援するために1998年9月〜1999年8月が英国読書年(National Year of Reading: NYR)とされ(CA1354 [3]参照),多くのキャンペーンがなされた。そのなかには,1日に20分間保護者が子どもに本を読んでやったり,子どもが本を読むのを聞いてやったりすることの奨励もあった(2)。
以上のような国家のリテラシー政策と並行して,各種組織・団体の協力によって多くの読書促進活動が展開されている。これらの活動は,英国リテラシー・トラスト(National Literacy Trust: NLT)のウェブページによって概観し検索することができる。
このウェブページ(3)では,読書促進活動を,< 1 >対象(乳幼児期,初等学校期,中等学校期,16〜25歳,成人,60歳代以上,特別なニーズをもつ者,コミュニティ,男性と少年),< 2 >主催者(刑務所,連携・協力によるもの,産業界,ボランティア,図書館,芸術団体,保健分野のもの),< 3 >開催地域(全国的,地域)という観点から検索することができる。この観点(分類)をみるだけでも実に多様な活動が展開されていることがわかる。このページには他に,主要な促進活動として9つをあげそのページにリンクを張り,また,検索のために3つのデータベースへのリンクを提供している。
以下に,読書促進活動の主な例をみていこう。
1926年設立のブックトラスト(Booktrust, 旧称:National Book League)は, 年齢や文化的背景に関わらず,すべての読者が本を見出し本を楽しむことを推進する,つまり本と人をつなぐことを目的とした教育基金団体である。
2つのサイトによる情報提供のほか,国内向けに電話による情報サービスを行っている。本,出版者,作家,著作権所有者などに関わることについて,毎年7万件以上の質問が,書店,図書館,出版者,リテラシー団体,TV・映画会社,新聞社などから寄せられるという。
ブックトラストはまた,機関誌のBooktrusted News(年4回)や青少年のためのペーパーバックの小説の推薦リスト 100 Best Books (年刊)等を出版したり, 国籍に関わらず女性によって英語で書かれた優秀な小説に与えられるオレンジ賞(Orange Prize for Fiction), 児童向けの小説や詩の優秀作品に与えられるスマーティ賞(Smarties Book Prize)などの賞を出したり,書店や作家,出版者,図書館等の関連団体が参加している全国図書委員会(National Book Committee)の設立(1974年)を働きかけ事務局を担当したり,児童図書週間(Children's Book Week, 10月第1週)を開催したりしており,英国における図書・出版関連の傘下機関といえる。
わが国でもよく知られている「ブックスタート(Bookstart)」はブックトラストによって1992年に始められたもので,世界で初めての赤ちゃんのための本を扱った全国的プログラムである。英国のすべての赤ちゃんに本や資料の入ったブックスタートパックが渡される。
このほか,プロの作家を学校に招いて話を聞いたりする「Writing Together」など,ブックトラストのサイトには進行中のプロジェクトが5つ挙げられている。
1993年設立のNLTは,リテラシーのスキルや自信,喜びを享受できるような社会を創造するために,自主的・戦略的・実践的な貢献をすることを目的とした団体で,次のような読書促進活動を行っている。
英国読書協会(The Reading Agency)は,2002年7月に3つの既存の機関(LaunchPad, The Reading Partnership, Well Worth Reading)の合併によって設立された(E017 [4]参照)。読書は人生を豊かにする無限の可能性をもっており,人々に本をもたらす最も民主的な手段は図書館であるという理念に基づいている。主要な図書館ネットワークと緊密に協力しており,美術館や図書館の関連団体や政府機関から資金援助されているという。
この協会の活動として第一に挙げられるのは,「夏休み読書チャレンジ(Summer Reading Challenge)」である。図書館関連団体やブックス・フォー・スチューデント(Books for Students:BfS), 児童書出版者の協力により行われる子ども(4〜11才)の全国的読書促進活動の最大のもので,毎年テーマが決められ夏休みに公共図書館で実施される。毎年50万人の子どもたちが参加する。
2003年のテーマは「読書の迷路(Reading Maze)」で,読書の旅においてわくわくするような多くの可能性と著者との思わぬ出会いが用意されている。国民のネットワーク(the People's Network, CA1394 [5], E054 [6]参照)との連携により,子どもたちは,「読書の迷路」のサイトから自分のペースで写真やオーディオ,ビデオの情報をとおして新しい読書体験を探求することができる。サイトから著者を訪ねることもできる。2003年の読書チャレンジは,「本とITとの融合」なのである。
2002年には3,500の地域の図書館が参加したが,1999年のプロジェクト開始以来,毎年3万人以上の子ども達が図書館に新しく登録するという成果があった(4)。
そのほか,2001年7月に開始された「ブックス・コネクト(Books Connect)」がある。本や読書をとおして公共図書館と芸術家,博物館との活発な協働を図るプロジェクトである。創作,パフォーマンスとビジュアルアート,ストーリーテリング,ダンス,工作,写真撮影などの実践が行われ,その実践例データベースや協力関係構築のツールキットが開発された。2003年4月から第2段階が始まっている。
以上のほか,このサイトでは,20余りのプロジェクトが紹介されている。
(1)英国図書館・情報専門家協会(CILIP)の報告書
上述のNLTのサイトでは,図書館が行う読書促進活動が,一般的なもの,男性・少年対象のもの,学校と関連したもの,若者対象のものなどに分類されている。
こうした公共図書館の活動を方向づけているもののひとつに,1995年に図書館情報サービス評議会(Library and Information Services Council)が発表した報告書『子どもへの投資(Investing in Children)』がある。過去数年間に行われた活動,すなわちブックスタートやホームワーク・クラブ,スタディ・サポート,夏休み読書活動のアイデアは,この報告書の中に現われていたという(5)。
2001年秋に,英国図書館協会の青少年図書館委員会(Youth Libraries Committee)は,再び図書館サービスの検討の必要性を認め,図書館員,リテラシー団体,著者,出版者,政府の代表から構成される調査委員会を設置した。
この調査報告書が,CILIPによって2002年10月に発表された。この報告書『スタート・ウィズ・ザ・チャイルド(Start with the Child:E019 [7]参照)』には次のことが勧告されている(6)。
(2)国民のネットワークの整備(7)
このネットワークは,英国のすべての公共図書館のすべての利用者にインターネットアクセスを提供するもので,2002年末までに英国の4,488の図書館・分館のうち4,000以上がこのネットワークに接続された(CA1394 [5]参照)。
2003年の「夏休み読書チャレンジ」が,本とITを融合したものとして展開できるのは,国民のネットワークが整備されたからである。
ITを利用するために初めて図書館を訪れた人々の40%が図書館に登録し,貸出しがわずかだが伸びているという。また,図書館利用者は「みんなの選ぶ本大賞(WHSmith People's Choice Book Awards)」へオンラインで投票ができるようになった。このように,ネットワークというインフラ整備が,読書促進の要因のひとつとなっている。
(3)情報・資料の共有
ブックトラストやNLTなどのサイトには,実践例や研究の成果,統計,ニュース等,多種多様な情報が多量に提供されている。これらは,読書促進活動を進めたりPRしたり,自己学習をしたりするために非常に有用な情報である。
(4)道具の共有
CILIPは,上述の報告書の説明用としてパワーポイントによるプレゼンテーション用ファイルをウェブ上に公表している。英国読書協会では,例えば,「読書の未来(Their Reading Futures)」プロジェクトの一環として,児童図書館員のための新しい訓練用教材やテーマを作成しており,また,ポスターやステッカー,ポストカード,旗,書架用飾り,雑誌,ハンドブック,プログラム例など,各種の道具を開発し販売している。
以上の(3)(4)のように,個人で探索・入手の難しい情報がウェブ上で簡単に収集でき,個人で準備するには時間的・能力的に制約のある資料や道具などが,ウェブ上で入手できたり注文できたりすることは,活動に携わる者や関心のある者,研究者などにとってどんなに便利であろうか。活動にとって共通に必要なものがこのように一括して作成されたら,どんなに効率的に効果的に活動が展開できることであろうか。また,活動に携わる人々の質を高めるための訓練用のものも種々に用意されている。読書促進活動は,共通に必要なもの・ことに共同あるいは集中的に開発にあたり,成果を共有して効率的・効果的に展開すべきことを,わが国は学ぶべきである。
また英国では,わが国のような「子ども読書年」ではなく「英国読書年」であったことにも注目しておきたい。社会的背景が異なるとはいえ,子どもに限定せずに,生涯をとおして読者として成長するように人々に働きかけることが重要であろう。
島根県立島根女子短期大学:堀川 照代(ほりかわてるよ)
(1) 佐貫浩.イギリスの教育改革と日本.東京,高文研,2002,32-33.
(2) National Literacy Trust. "The role of parents, schools, LEAs and the inspectorate in the NLS". (online), available from < http://www.literacytrust.org.uk/Update/strat.html#role [8] >, (accessed 2003-04-11).
(3) National Literacy Trust."Reading Initiatives". (online), available from < http://www.literacytrust.org.uk/campaign/targets1.html [9] >, (accessed 2003-04-11).
(4) Cilip."News 26/09/02, Announcing The SummerReading Challenge 2003". (online), available from < http://www.cilip.org.uk/news/260902.html [10] >, (accessed 2003-04-11).
(5) Douglas, Jonathan. Start with the child. Library + Information Update. 1(9), 2002. (online), available from < http://www.cilip.org.uk/update/issues/dec02/article4dec.html [11] >, (accessed 2003-04-11).
(6) Cilip."News 16/10/02, Start with the Child calls for increased investment in children's libraries". (online), available from < http://www.cilip.org.uk/news/161002.html [12] >, (accessed 2003 -04-11).
(7) National Literacy Trust."Net begins to spark library revival, 24/01/2003". (online), availablefrom < http://www.literacytrust.org.uk/research/libresearch3.html [13] >, (accessed 2003-04-11).
Ref.
以下のURLを起点にした各種ページを参照した。
CILIP < http://www.cilip.org.uk [14] >, Reading Agency < http://www.readingagency.org.uk [15] >, National Literacy Trust < http://www.literacytrust.org.uk [16] >, Booktrust < http://www.booktrust.org.uk [17] > および < http://www.booktrusted.com/ [18] >.
堀川照代. 英国の読書促進活動. カレントアウェアネス. 2003, (276), p.15-19.
http://current.ndl.go.jp/ca1498 [19]
リンク
[1] http://current.ndl.go.jp/files/ca/ca1498.pdf
[2] http://current.ndl.go.jp/ca1241
[3] http://current.ndl.go.jp/ca1354
[4] http://current.ndl.go.jp/e017
[5] http://current.ndl.go.jp/ca1394
[6] http://current.ndl.go.jp/e054
[7] http://current.ndl.go.jp/e019
[8] http://www.literacytrust.org.uk/Update/strat.html#role
[9] http://www.literacytrust.org.uk/campaign/targets1.html
[10] http://www.cilip.org.uk/news/260902.html
[11] http://www.cilip.org.uk/update/issues/dec02/article4dec.html
[12] http://www.cilip.org.uk/news/161002.html
[13] http://www.literacytrust.org.uk/research/libresearch3.html
[14] http://www.cilip.org.uk
[15] http://www.readingagency.org.uk
[16] http://www.literacytrust.org.uk
[17] http://www.booktrust.org.uk
[18] http://www.booktrusted.com/
[19] http://current.ndl.go.jp/ca1498
[20] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/1
[21] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/155
[22] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/87
[23] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/120
[24] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/32