米国図書館協会(ALA)の機関誌“American Libraries”が,2008年の米国図書館界10大ニュースを発表している。
(2)は,ハーバード大学文理学部が研究成果のオープンアクセス化(大学図書館機関リポジトリでの公開)を義務化したことと,イリノイ大学シカゴ校の図書館がオバマ大統領(当時は民主党大統領候補)の過去に関する資料の閲覧制限をしようとしたとして批判されたこと,という「情報へのアクセス」をめぐる2つのニュースである。(3)では,ペイリン(Sarah Palin)アラスカ州知事(当時は共和党副大統領候補)が,過去に市長を務めていた市で同性愛をテーマとした本などの「禁書」や,図書館長の罷免を要求したのではないか,という疑惑が図書館界で大きなニュースになったことが紹介されている。(4)は,図書館のプライバシー保護に影響を及ぼしかねない,政府機関による情報の監視活動に対するALA等の取り組みである。(5)では,度重なる自然災害での図書館の被害と,そのような災禍の中でコミュニティ復興の中心的役割を果たした図書館の話である。(6)では図書館でのゲームの提供が識字の改善,学究的関心の喚起,世代間の橋渡し,資金調達などの効果をもたらしていること,(8)では,環境保護局(EPA)図書館ネットワークの図書館5館(E609 [6]参照)の再開館と,環境評価制度“LEED”(E578 [5]参照)のゴールド保証を獲得した図書館のニュース,(9)では全米図書館週間のイベントに多くの人がオンラインで参加したこと,が取り上げられている。
とりわけ大きなニュースとなったのは,(1),(7),(10)に見られるように,金融危機と図書館の関係である。自治体の税収の落ち込み,民間の寄付や組織の基本基金(endowments)の減少。このような経済状況で,図書館の運営も苦境にある一方で,(10)が紹介しているように,図書館の利用も急増している。求職活動のためにPCを利用しに来る人も増加しているという。このような利用者を巻き込んだアドヴォカシー活動により,閉鎖や開館時間削減等の危機から救われた図書館が,(7)で紹介されている。ALAは,(1)の紹介文中で,「図書館に投資すれば,それだけのものが返ってくる」ことを人々に理解してもらうことが重要だとしている。
Ref:
Year in Review: Top 10 Library Stories of 2008. American Libraries. 2008, 39(11), p. 38-41. http://site.ebrary.com/lib/ala/home.action [7], (accessed 2009-01-30).
CA1646 [4]
E578 [5]
E609 [6]
E629 [2]
E848 [1]
E863 [3]
米国芸術科学アカデミー(American Academy of Arts and Sciences)は2009年1月7日,米国における人文科学の現況に関する統計データを集約し,人文科学のベンチマークたる「人文科学指標(Humanities Indicators)」のプロトタイプ版として,オンラインで公開した。
これは,米国の文化における人文科学の意義を検証し,21世紀において健全な状態であり続けるためのリソースや政策を開発することを目的とした,同アカデミーの“Initiative for Humanities and Culture”プロジェクトの一環で作成されたものである。「データなしに,人文科学の効果,影響,必要性を評価することはできない」として,米国科学委員会(National Science Board)が策定している“Science and Engineering Indicators”に倣い,経験的データを集約したのだという。今回のプロトタイプでは,(1)人文科学と初等中等教育,(2)人文科学と大学・大学院教育,(3)人文科学の人材,(4)人文科学への助成と研究,(5)米国人の生活における人文科学の5分野,合計74の指標が集められ,その説明用に200以上の図表が付されている。さらに,各分野ごとに,指標の値から現状を解釈したエッセイがまとめとして収録されている。これらの指標については,新しい数値が入り次第,更新していくとのことである。
これらの指標の中には,図書館に関するものもある。大学・研究図書館に関しては,(4)の4つのセクションのうちの1つ「人文科学研究へのサポート」の中に,「指標IV-11 研究図書館」が含まれている。また(5)の4つのセクションのうちの1つが「公共図書館」となっており,「指標V-7 公共図書館の蔵書数」「指標V-8 公共図書館の利用」「指標V-9 公共図書館におけるインターネットアクセス」「指標V-10 公共図書館の支出と資金源」「指標V-11 公共図書館司書の数と研修」の5つの指標が設定されている。さらに公共図書館とは別に,(4)のセクション「人文科学への州の助成」の中に,「指標IV-4 州立図書館機構」が含まれている。このほかに,図書館の名を直接冠してはいないが,図書館に深く関わる識字,読書,学術出版などに関する指標も挙がっている。
(4)のエッセイでは,「多くの人文科学者が必要としているのは時間とアーカイブや図書館を有する研究機関へのアクセスである」としながら,多くの研究図書館で逐次刊行資料の購入が増え単行書の購入が減っていることが,大学出版の落ち込みとともに厳しい状況だと捉えられている。また(5)のエッセイでは,「コミュニティの文化センターとしての図書館機能は,良い値を示している」と評価されている。
図書館は人文科学だけに関わっているわけではないが,図書館が学問にどのような影響を及ぼす存在であると見なされているのか,その一端をここで取り上げられている指標やその分析レポートから知ることができ,興味深い。
Ref:
http://www.humanitiesindicators.org/humanitiesData.aspx [11]
http://www.amacad.org/news/hrcoAnnounced.aspx [12]
http://www.nsf.gov/statistics/seind08/ [13]
http://www.humanitiesindicators.org/essays/brinkley.pdf [14]
http://www.humanitiesindicators.org/essays/ellison.pdf [15]
韓国の図書館情報政策委員会は2009年1月6日,国家レベルの図書館振興のビジョンと戦略を示す「図書館発展総合計画(2009~2013)」(2008年8月正式発表;E797 [20]参照)に基づく2009年度の図書館政策の施行計画を発表した。
これは,「図書館発展総合計画(2009~2013)」で提示された71の政策課題を受けて,国の25の行政機関,全国16の特別市・広域市・道が策定・提出した計画案を,図書館情報政策委員会が審議・調整して最終化したものである。多くの具体的な計画が挙がっているが,その主要なものは以下のとおりである。
このほか,公共図書館の開館時間延長支援,読書文化プログラムの活性化,兵営図書館や刑務所図書館のサービス改善,大学図書館振興法の制定の推進,韓国教育学術情報院(KERIS)と日本の国立情報学研究所(NII)間の学術支援連携サービスの提供,司書資格制度の改善,現職司書の再教育,公共図書館の司書職比率の漸進的拡大,ユビキタス図書館の具現化,グローバル図書館情報サービスの具現化などにも触れられている。国の図書館に関する計画としては,主題分野別の国家専門図書館(科学技術,農学)建設に向けた研究,行政機関の資料室の専門図書館化の推進が挙がっている。国立中央図書館については,蔵書拡充,国際図書館連盟資料保存コア活動(IFLA/PAC)韓国センター(注:未設置)の運営,協力型デジタルレファレンスサービス(CDRS;E626 [21]参照)の参加館拡大が,国会図書館については,議員向け電子図書館サービスの拡大,電子情報交流協力事業の拡大など,立法活動支援の強化計画が挙がっている。
本計画のキャッチコピーは「知識基盤社会のソフトパワーの求心点,「図書館先進化」が本格始動」である。この計画が着実に施行・推進され,コピーが示す「図書館先進化」が実現されることが期待される。
Ref:
http://www.mcst.go.kr/web/deptCourt/dept/library/libMinWeb/notifyCourt/notice/noticeView.jsp?pMenuCD=5004010000&pSeq=99 [22]
http://www.munhwa.com/news/view.html?no=20090108010324300740020 [23]
CA1578 [24]
E626 [21]
E797 [20]
米国芸術基金(NEA)は2008年に,1982年の初回調査以来5度目となる,米国の成人(18歳以上)を対象とした文学作品の読書に関する調査(E224 [30]参照)を実施した。このほどその結果が報告書“Reading on the Rise”(「読書増加中」)としてまとめられた。タイトルが示すとおり,調査結果からは,文学を読む米国人の割合が増加していることが明らかになった。これまでのNEAの報告書は,米国人が年々読まなくなってきていることに警鐘を鳴らしてきたが(E224 [30],E739 [31] 参照),調査史上初めて,文学の読書に対するポジティブな結果が得られた。
調査結果から,主に下記のようなことが明らかとなった。
なお今回の調査では,過去の同様の調査にはなかったインターネットを用いた読書について尋ねる項目が設けられた。オンラインでの読書や読書用端末を用いた新しい形態の読書が人々の読書習慣に与える影響は,今後注視していくことが必要であろう。
Ref:
http://www.nea.gov/news/news09/ReadingonRise.html [32]
http://www.alatechsource.org/blog/2009/01/nea-reports-reading-on-the-rise.html [33]
E224 [30]
E739 [31]
OCLCは2008年10月から11月にかけて,メタデータ作成の実態調査を実施した。作業の現状やベストプラクティスに関する情報共有を促進し,メタデータ作成のワークフローを合理化していくことが目的で,RLGプログラムのパートナー機関の非MARCメタデータ作成責任者を調査対象としている。
調査結果からは,下記のようなことが明らかになっている。
調査には自由記述回答も含まれていたが,メタデータ作成にスタッフや組織がどのように関与していくかはまだ流動的な段階にある,といった意見や,メタデータ作成ツールはまさに開発段階にある,ワークフローは再構築の過程にある,といった,メタデータ作成ワークフローの不確定性に言及するものが散見されたという。
報告書のワーキンググループでは,今回の結果を受けて,「MARCの利用は減少するか?」「検索エンジン,SRU/SRW,Flickr,YouTubeなどにメタデータを公開する図書館は増えるか?」「非MARCメタデータの日常的な維持管理は増えるか?」といった新しい論点を抽出しており,今後の調査研究に生かしていきたいとしている。
Ref:
http://www.oclc.org/programs/publications/reports/2009-04.pdf [35]
http://hangingtogether.org/?p=604 [36]
2009年1月24日,日本ペンクラブと追手門学院の共催によるセミナー「紙の本のゆくえ…文学と図書館の新しい挑戦」が大阪で開催された。これは,近年の出版コンテンツのデジタル化の急速な進展や,「ケータイ小説」(E856 [39]参照)など初めからデジタルで出版されるボーンデジタルのコンテンツの流行を踏まえ,文学とは何か,文学作品の流通・利用・保存とは何か,これまでは紙の資料を中心に収集・整理・提供・保存してきた図書館の役割は何か,を改めて考えることを目的として,講演,討論の二部構成で行われた。
第一部では,作家の三田誠広氏が「ネット社会と文芸著作権」,国立国会図書館長の長尾真氏が「ディジタル時代の図書館の役割」と題し講演を行った。三田氏は,文化庁著作権審議会等における著作権関連の議論(著作権保護期間延長,権利者不明の著作物の利用のための簡易な裁定制度,フェアユース等)の状況などを紹介した上で,著作権保護期間の延長や,図書館による複本購入の削減・複数種類の本の購入といった,日本の文芸文化を支えていく仕組み・体制の必要性を訴えた。長尾氏は,出版が電子の世界に移っていく潮流を踏まえ,多くの読者が読書用端末で電子書籍を読書する「ディジタル時代」の望ましいあり方を議論する素材として,国立国会図書館の納本資料のデジタルアーカイブ化(E805 [40]参照),そのデジタルコンテンツの利用者への提供方法,出版社・権利者も含めたビジネスモデル,を提案した。
第二部ではまず,司会を務めた夙川学院短期大学准教授の湯浅俊彦氏が,ケータイ小説を含む電子書籍の動向と,図書館側の取り組みについての概要を紹介した。その後,三田氏・長尾氏に,追手門学院大学教授の永吉雅夫氏,中西印刷専務取締役の中西秀彦氏が加わり,討論が行われた。討論では,デジタルデバイスやフォーマットの急速な変化に応じたコンテンツの「書き換え」の必要性,ケータイ小説が文学であるか否か,ケータイ小説が生まれ普及した背景,編集作業の役割,雑誌連載→単行書→文庫→全集といった従来の文芸出版モデルの衰退,ボーンデジタルコンテンツの保存,長尾氏が提案したモデルにおける公共図書館の位置づけ,そのモデルにおける出版社・作家への補償の必要性,図書館における司書職の役割,公共貸与権(CA1579 [41]参照)の意義など,数多くのトピックが論じられた。近世・近代日本文学の研究者である永吉氏からは,ワープロを使って執筆した最初の作家とされる安部公房を例に挙げ,紙とデジタルにおける「版」の同定の問題が提起された。また中西氏からは,近年の電子ジャーナルの普及等に伴い印刷業界が危機的な状況に陥っていること,電子的に作成された過去の印刷版下を用いて再版しようとしても,デジタルデバイスの変化が早すぎて使えなくなってしまっていることが多い現状が紹介された。その後の会場からの質疑応答からは,紙の書籍,電子書籍の利用における「世代間の差異」が話題となった。
各パネリストの講演・討論からは,各々の職業・立場を背景とした視点の相違が明確に現れた。しかしそのいずれもが,急速に変化しつつある出版,そしてそれに関わる文学・図書館・研究・印刷の現在と今後のあり方を,考え,また互いに議論していかなければならないという問題意識に立脚したものであった。「1億総クリエイター」と言われている現在,文化を創り,それを遺す営みに関わる者すべてにとって,本セミナーで提起された諸問題は大きく,重要なものであると感じた。(国立国会図書館・村上浩介)
Ref:
http://www.otemon-osakajo.jp/usr/index.php?c=course_view&pk=1226113998 [42]
CA1579 [41]
E805 [40]
E856 [39]
リンク
[1] http://current.ndl.go.jp/e848
[2] http://current.ndl.go.jp/e629
[3] http://current.ndl.go.jp/e863
[4] http://current.ndl.go.jp/ca1646
[5] http://current.ndl.go.jp/e578
[6] http://current.ndl.go.jp/e609
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[10] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/31
[11] http://www.humanitiesindicators.org/humanitiesData.aspx
[12] http://www.amacad.org/news/hrcoAnnounced.aspx
[13] http://www.nsf.gov/statistics/seind08/
[14] http://www.humanitiesindicators.org/essays/brinkley.pdf
[15] http://www.humanitiesindicators.org/essays/ellison.pdf
[16] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/75
[17] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/35
[18] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/40
[19] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/280
[20] http://current.ndl.go.jp/e797
[21] http://current.ndl.go.jp/e626
[22] http://www.mcst.go.kr/web/deptCourt/dept/library/libMinWeb/notifyCourt/notice/noticeView.jsp?pMenuCD=5004010000&pSeq=99
[23] http://www.munhwa.com/news/view.html?no=20090108010324300740020
[24] http://current.ndl.go.jp/ca1578
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[32] http://www.nea.gov/news/news09/ReadingonRise.html
[33] http://www.alatechsource.org/blog/2009/01/nea-reports-reading-on-the-rise.html
[34] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/120
[35] http://www.oclc.org/programs/publications/reports/2009-04.pdf
[36] http://hangingtogether.org/?p=604
[37] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/50
[38] https://current.ndl.go.jp/taxonomy/term/146
[39] http://current.ndl.go.jp/e856
[40] http://current.ndl.go.jp/e805
[41] http://current.ndl.go.jp/ca1579
[42] http://www.otemon-osakajo.jp/usr/index.php?c=course_view&pk=1226113998
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