CA1160 – 電子情報の保存とアクセス / 竹内秀樹

カレントアウェアネス
No.220 1997.12.20


CA1160

電子情報の保存とアクセス

電子環境下における図書館の役割

インターネットに見られるように,コンピュータ・ネットワーク上を流通する情報は爆発的に増加しており,様々な情報をネットワーク上で入手することができる。ディジタル技術の発展に伴う情報流通の大きな変化の中で,図書館への社会的ニーズはどう変化するのであろうか。

ラトガース大学のグラハムは,電子環境下においても利用者の図書館に対するニーズは変わらないであろうと言う。つまり,求める時に求める情報が得られるように,その所在が明らかであること,容易にアクセスできること,過去の情報も利用できること,情報の完全性(integrity)が保証されていること,である。

電子図書館がこうしたニーズに応えるためには,電子保管庫を設置して電子情報の保存機能を果たすとともに,そこに格納される情報へのアクセス手段を整備することによって,電子情報への長期的アクセスの保証を組織的に追求することが求められる,とグラハムは指摘する。

保存とアクセス

従来の資料保存が図書館資料の物理的媒体の保護に主眼を置いていたのは,媒体を保存することがそこに盛られている情報を保存することと同義であったからである。しかし,媒体上に記録された情報を読み取るために特定の機器とソフトウェアが必要な電子情報の場合には,単に媒体を保存しただけでは情報を保存したことにはならない。記録媒体・再生機器・ソフトウェア等の組み合わせからなる情報のアクセス・システムを保持することが電子情報保存に不可欠の要件となる。保存・アクセス委員会(T18参照)の前委員長であるバッテンは,電子情報の保存をめぐる枠組みを,「ディジタル世界においては,保存とはアクセスであり,そしてアクセスが保存である。」と表現している。

記録媒体・再生機器・ソフトウェア等のアクセス・システムの急速な旧式化による情報喪失の危険を回避するために,保存・アクセス委員会と研究図書館グループ(RLG)は,新しいハードやソフト等のコンピュータ技術のもとで情報を利用できるようにデータを随時移行する「マイグレーション」という概念を提示し,その技術的・制度的可能性の検証をエール大学で進めている。

その他,データの改変が容易であるというディジタル技術の特性を悪用したデータ改ざんから情報を守り,オリジナル情報としての完全性,正真性を保証することや,大量の複製物が流通する印刷出版物とは違い,一つの情報をネットワークを通じて共有できることから生じる情報複製の少なさが,情報の偶発的な消滅の危険性をはらむことへの対処,具体的には複数のバックアップの確保などの電子情報の保存をめぐる課題は多い。

協力とコミットメント

これらの課題に単独の図書館で取り組むのは困難である。図書館間は言うまでもなく,出版社,メーカー,ベンダーなどの関連機関との幅広い協力が必要である。とりわけ,今後創造され流通する電子情報をリーズナブルな費用で確実に残していくためには,情報が創造され頒布される時点において,その永続的なアクセスの確保という観点から,記録フォーマット,通信プロトコル,ハード・ソフトその他のアクセス・システムが選択されるように,著作者,出版社と緊密な協力関係を築くことが重要である。

また,媒体交換やデータ変換に伴う著作権問題や各種技術の標準化など,関係者間の合意形成へ向けた取り組みが要請される分野もある。

オーストラリアでは,電子情報の保存と長期的アクセスの保証へ向けた協力関係を構築するためにPADI(Preserving Access to Digital Information)ワーキンググループが設置され,電子情報の管理に関するガイドラインの作成,国家戦略形成への働きかけ,関連情報提供,広報,会議・セミナー・フォーラムの開催等の活動を開始している。メンバーは国立図書館・文書館・博物館・美術館・フィルムサウンドアーカイブやオーストラリア図書館情報サービス評議会,通信芸術省など国の文化関連機関から構成されている。テキスト,音声,映像が融合するディジタル技術の特性を反映して,図書館,文書館,博物館といった館の壁を超えた協力関係がつくられているのが特徴である。昨年ウェッブサイト< http://www.nla.gov.au/dnc/tf2001/padi/padi.html >を開設し,広範な関連情報の提供と広報を精力的に行っている。

最後に,協力関係の構築と並んで必要なのは,電子情報の保存と長期的なアクセスの保証に対する意識的,計画的なコミットメントを各組織の中で長期にわたって維持していくことである。電子図書館の役割・機能に対する一般的な合意が得られているとは必ずしも言えない現状において,この点の確認は重要であり,ある意味では困難を伴うものでもあろう。

竹内 秀樹(たけうちひでき)

Ref: Graham, Peter S. Requirements for the digital research library. Coll Res Libr 56 (4) 331-339, 1995
Battin, Patricia. From preservation to access: paradigm for the nineties. IFLA J 19 (4)367-373, 1993
Waters, Donald et al. Preserving digital information. Commission on Preservation and Access & Research Libraries Group. 1996. 59p. Also available from Internet. < http://lyra.rlg.org/ArchTF >(20 Nov. 1997)
Conway, Paul. Preservation in the digital world. Microform Imaging Rev 25 (4) 156-171, 1996