質疑応答

質疑応答(デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス:ビジョンと戦略)


【逸村 裕】

 それでは,質疑応答を始めます。事前に何件か質問をお寄せいただきました。関連する追加の質問等がございましたら,フロアーの方からも挙手の上,ご所属とお名前を言っていただきご質問をお願いいたします。

 最初の質問は講演者全員への質問です。ジャクソンさんが今後20年はILL/DDのニーズがなくなることはないだろうとお話をされましたが,20年という予測の根拠についてお話を伺いたい,ということです。では,ジャクソンさんからお願いいたします。

【メアリー・E・ジャクソン】

 20年というのはあくまで私の推測にすぎません。科学的な根拠に基づいたものではありません。どこで利用者が資料を必要としており,またどのように資料を探しており,そしてその資料はいつの年代のものか,といったことに関する私の印象に基づいています。また,私たちの多くがあと何年図書館で働いているかという観点も踏まえた推測です。

【マット・フレガー】

 私はもう少し慎重に,あと5年と申し上げたいと思います。ドキュメント・サプライ市場がどこに向かっているのかを理解するのは大変難しいことです。3つの講演を通じてわかることは,多くのことが変化しており,それが何らかの影響を市場に与える可能性があるということです。しかし,私が確信しておりますのは,論文情報への現在の需要は現実に増加しているということです。つまり,ドキュメント・サプライ市場は変化しており,人々が情報を発見する方法も変化しているということです。したがって,今後も私たちの役割はあるでしょう。しかし,講演の中でお話しましたように,それは例えば英国図書館,またはスビトが情報連鎖の中において果たす役割を定義することにほかなりません。したがって,20年という時間を考えれば,英国図書館の役割は今日のものとは大きく変わっているでしょうが,しかしなお,情報連鎖の中で一定の役割を果たしているだろうと思います。 

【ウーヴェ・ローゼマン】

 答えは5年と20年の中間にあるのではないかと思います。20年経っても現在のビジネスモデルに問題が起こらないとは思いません。もっともその頃には私は退職していますが。文献にはある程度,独自の将来がありますが,時間とともに重要性を失っていくのではないかと思います。私たちは本物の電子サービスを完成させなければなりません。それがスビトの戦略です。しかし,私たちは電子的形態ではない資料も常に持ち続け,一定程度,文献を必要とすることになるでしょう。私は,我々のビジネスモデルは10年だと思います。

【逸村 裕】

 なかなか難しい話ですが,次の質問に行きます。これは複数の方から質問が出ているものです。特に,フレガーさんとローゼマンさんに対する質問です。BLDSCとsubitoでは,文献が電子化されたファイルの形で利用者に提供されますが,サービスを提供した後にファイルを保存するのかしないのか,保存する場合にはどのように保存されているのか。また,図書館経由で依頼した場合にもエンドユーザーに論文の電子ファイルそのものを提供することはあるのかどうか。その2件です。

【マット・フレガー】

 現時点では,私たちが持っているどのシステムを使うにしても,デリバリーのためにスキャンしたコピーを保存することは認められていません。したがって,研究者から申し込みがあるたびに雑誌から論文をスキャンしています。スキャンして作成したPDFを私たちのサーバから14日間ダウンロードできますが,そのコピーは保持しません。興味深いことに,まさにこの問題について,私たちは待合室でコーヒーを飲みながら議論したことがあります。BLでは,所蔵資料の中の特定の論文に対して複数の需要がどれぐらいあるのかを検討したことがありますが,その時にわかったことは,実際に古い資料に対して繰り返し需要があることは極めて少なく,したがってそうした論文のファイルを保存することはあまり効率的ではないように思われるということです。しかし,ある出版社の特定のタイトルについては,明らかに繰り返し需要があります。特定個人の特定の論文には,確かに口コミで広がるものもあるのです。

 しかし,残念ながら現時点では,スキャンしたファイルの保存を認めるようなライセンス契約は行っていません。講演の中で簡単にお話しましたが,私たちの戦略は,より多くのデジタル資料のライセンスを得て所蔵し,その都度スキャンしなくてもよいようにすることです。私たちは現在3,400タイトルをライセンスを得て所蔵しています。

【ウーヴェ・ローゼマン】

 フレガーさんの答えと同じです。技術情報図書館では1日に15,000ページをスキャンしています。これはスビトではなく,技術情報図書館での話です。スキャンし送付した後には,著作権の理由から常にファイルを削除しなければなりません。スキャンした論文を保存することは認められていません。

 論文をスキャンし保存するというモデルは,通常,経済的観点から合理的ではありません。なぜなら,その論文を見つけるためには索引を作成しなければならないからです。これが問題なのです。論文を見つけるためには高品質の能力が必要ですが,これは,人を雇ってもう一度スキャンするよりももっとコストがかかります。したがって,将来性はありません。もちろん,古い資料で将来的にも関心が持たれるであろう主題のものをデジタル化することは考えなければなりません。また時には,出版社と交渉してスキャンした論文を保存する必要がある場合もあるでしょう。将来的にはデジタル化が進むでしょうが,スキャンした資料をすべて保存するモデルを構築しようとすることは合理的ではないでしょう。

【メアリー・E・ジャクソン】

 米国法もまた不明瞭です。スキャンされた画像を保存できるかどうかは明確ではないといわざるを得ません。研究図書館グループによって開発されたArielにはそうした機能がありますが,しかし,法的に問題になる懸念があるため ,図書館では保存していません。理由は既に述べたとおりです。国立医学図書館は繰り返し依頼のあった件数を調査し,同一論文に複数の依頼が来ることは非常に少ないことがわかりました。したがって,保存することは経済的ではなく,もう一度スキャンし直すほうが安く費用対効果が高いのです。

【逸村 裕】

 日本の状況について講演者の方々に説明をしておきますと,今年から大学図書館間での電子的な送信に関しては認められるようになりました。しかしそれを利用者に渡す時は紙に印刷して渡さなければいけないし,元のファイルも捨てなくてはいけないことになっています。この件に関してフロアーの皆様から更に補足的な質問はありますでしょうか。

【山口 和之(国立国会図書館)】

 国立国会図書館の山口です。先程のフレガーさんのお答えでは,現在は例えば24時間以内に提供ができるけれども,将来は数時間の内に提供できるようになるということでした。それは要するに,作業がとても速くできるようになるからだと理解してよろしいのでしょうか,それとも,先程言われたように,何らかの努力によって電子的に保存ができるようになった結果,数時間で提供ができるようになるということなのでしょうか。

【マット・フレガー】

 大変いい指摘です。確かに,私たちが既に実現した効率性のいくらかは,BLが所蔵する3,400タイトルに及ぶ電子ジャーナルのおかげです。所蔵資料を検索しスキャンするものがある一方で,ボーン・デジタルの資料が今後増えていくでしょう。それらの方法を組み合わせることになるでしょう。新しい資料うをより早く送付することと,古い資料のために現在の手順を残すことが,トレードオフの関係になるのではないか,と思います。

 期待される時間に関して私が申し上げたかったのは,私たちが実際にその時間内に提供できるかどうかということもありますが,それが今や利用者に求められているということです。先ほど私は5年後のお話をしました。私は現在インターネットを利用できる環境にあります。何かを買おうとする場合に,それを持っていなくて,しかもそれが電子的に購入できるのであれば,私は1時間と待つことができないでしょう。利用者の期待はそうした水準にまで高まるだろうと思います。ボーン・デジタルの資料をより多く提供できるようになればなるほど,提供に要する平均時間に大きな影響を与えることになるでしょう。

【山口 和之】

 ありがとうございました。

【逸村 裕】

 よろしいでしょうか。技術動向と法律的動向がどうなるかということと,利用者等からの圧力の問題であると思います。それでは次の質問にまいります。フレガーさんに対する質問です。英国の学術情報政策の中で英国図書館と大学図書館のILL/DDにおける役割分担はどのように位置付けられているのでしょうか。

【マット・フレガー】

 講演の中で,英国図書館は国内の147大学と大変密接に連携していることをお話しました。私たちはILLフォーラムやコミュニティ・ミーティングを年2〜3回程度開催して,大学図書館員と関心やベスト・プラクティスの共有を図っています。

 ある大学ではILLシステムの経済性について調査を行いました。こうした調査をもっと多くの図書館が行うべきだと私は考えています。特に,英国の多くの大学では−米国でも同じかもしれませんが−,ILLを行っても,サービスを提供するためにかかるすべての費用を十分に分析していない,あるいは分析したとしてもすべての費用を包含していません。将来的には,英国図書館と大学がもっと緊密に連携して,より効率的な研究ネットワークを英国全体に提供するようになることを望んでいます。現時点では,英国全土の多くの大学の中に,多くのILL部門があり,また英国図書館があるという状況です。私たちは緊密に協働しています。しかし,先ほど言及した大学ではILLの経済性を調査し,図書館機能をひとつ削減することを選択したのです。これは図書館員にはあまり評判がよくないことかもしれませんが,その図書館は英国図書館のinsideデータベースを利用することにし,注文した論文のすべてについて著作権料を支払うという試みを始めました。

 英国内で,我々が大半の高等教育機関に対して提供しているサービスは,「図書館特典サービス(library privilege)」と呼んでいるものです。このサービスでは通常の料金に比べて価格が大変低く抑えられており,また,図書館は著作権料を支払いません。しかし,先にあげた大学の場合は,著作権料の支払いとサービスレベルに応じた料金の減額を選択しました。これは経済的にうまくいきました。なぜなら,著作権料を支払っているため,大学にとっては管理の必要がなく署名すべき宣誓書もないからです。

 このモデルはすべての英国高等教育機関に適用し得るのではないかと思います。これはつまり,全体として英国の研究プロセスにはまだ効率化の余地があるということの現れではないかと思います。そして,英国図書館と英国の高等教育機関の予算を措置している組織は,両者がより密接に協働し,予算以上の価値(value for money)を作り出すことを望んでいるでしょう。

 実際,英国図書館と大学図書館とは大変密接に協働しています。そして更に緊密に協働することができると思います。その一例ですが,英国図書館はリーズ大学のジャン・ウィルキンソン(Jan Wilkinson)を新しい高等教育部長として任命しました。我々の館長もリーズ大学にいました。このように,私たちは大学との関係をさらに前進させていくことを望んでいます。

【メアリー・E・ジャクソン】

 過去数十年にわたって分散型のILLが主流であった米国の見方を追加させてください。私が言及したILL調査では250以上の図書館を集計して借受・貸出業務の費用とその効果を見ることができます。

 米国では,多くの部分を互助互恵の考え方に基づいて運営しています。つまり,図書館は,課金なしで依頼を行う一方,他の図書館からの依頼にも課金しないことを選ぶのです。いわば無料のILLです。実際にはお金がかからないわけではないのですが,料金が科されることはありません。60〜70%の依頼はこうした互いに課金しないという申し合わせのもとで処理されていますので,ドキュメント・サプライヤより図書館を使ったほうが費用対効果が高いと図書館は考えています。調査によれば,借受業務も貸出業務も費用,処理時間,充足率において大変大きな幅があることがわかっています。図書館はドキュメント・サプライヤの中で最も費用がかからない提供者ですが,図書館もおそらく料金や費用のうち何らかの部分を回収しているのでしょう。しかし,すべてを回収しているわけではありません。なぜなら,図書館はサービスを提供したいと考えているからです。ILLはビジネスというよりもサービスとして捉えられているのです。 

 各図書館は自らがどれだけ支出しているかを調べ,それが他の図書館から費用負担なしで受けているサービスと見合うものかどうかを調べています。状況は非常に複雑ですが,高い料金を支払って商業的なサプライヤを利用するよりも,他の図書館と資源を共有する方が望まれています。

【ウーヴェ・ローゼマン】

 ドイツの視点から簡単に発言したいと思います。状況は英国と似ています。ドイツには英国図書館のような役割を担っている国立図書館はありませんが,スビトとヴァスコーダがあります。しかし,ドイツ国内のすべての図書館関係者がスビトとヴァスコーダを好ましく思っているわけではありません。なぜなら,自らのサービスを失うことを恐れているからです。

 ドイツの多くの図書館では予算が削減され,雑誌や図書の購読を中止しなければならなくなっていますので,情報の供給は集中化されつつあります。ここにドイツの学術図書館政策上の大きな戦略的問題が生じています。大学政策は連邦の所掌ではなく,各州の所掌なのです。したがって,物事が急速に変化することは期待できません。これはつまり,近々に集権的な組織ができることはないだろうということを意味しています。

【逸村 裕】

 次に,フレガーさんへの質問です。英国の保存図書館に指名されている大学図書館では英国図書館のILLスタッフを引き上げられてしまったため,混乱が生じていると聞きました。これは英国図書館のILL/DDサービスのリエンジニアリングに関係しているのでしょうか,という質問です。質問者から補足をお願いします。

【酒井 由紀子(慶應義塾大学)】

 慶應義塾大学の酒井由紀子と申します。英国のある大学図書館で,ILLのスタッフを英国図書館から引き上げられたということを聞いたことがあります。それまでは保存図書館に指名されていたので英国図書館からILLのスタッフがやってきてバックアップのILLサービスのために働いていたらしいのです。これは英国図書館がリエンジニアリングを行って,自らの所に集中的にサービスを持ってきたということの現れなのでしょうか。

【マット・フレガー】

 確かめてみないとすぐにはわかりません。私の知る限りではそのような政策決定はありません。よろしければ確認してご連絡します。

【酒井 由紀子】

 ありがとうございます。1つだけ確認なのですが,先ほどの質問へのお答えにあったように,あくまでも英国図書館と大学図書館はILL,あるいはドキュメント・デリバリーについては協力関係にあるということでよろしいですか。

【マット・フレガー】

 そのとおりです。私たちは高等教育のために新しい投資を行いました。英国の高等教育へのサービスについて,私たちはかつてなかったほどに積極的になっています。高等教育部門の新部長は英国図書館と大学図書館の間の掛け橋を掛けなおす必要はありません。壊れていないからです。しかし,これまで築き上げてきたパートナーシップをより強固にするためになすべきことはたくさんあります。

 このように,私たちは高等教育界と密接につながっています。私たちの使命は,蔵書をできるだけ幅広く多くの利用者に提供することですが,英国内の想定利用者の大半は,高等教育機関,継続教育機関,公共図書館やビジネス界の人々です。私たちは英国内の大学と強力かつ積極的に協働していかなければならないでしょう。

【酒井 由紀子】

 ありがとうございました。

【逸村 裕】

 それでは次にジャクソンさんへの質問です。図書館員が介在しないILL(user-initiated ILL)についてですが,1つは,利用者が申込書を書く際に,利用者自身がミスをした場合はどうするのか。同様に,学内に所蔵されている資料を利用者が知らずに外部に依頼するケースがあると思いますが,その辺はどうなのでしょうか。

【メアリー・E・ジャクソン】

 利用者の視点からみれば,正しい資料を見つけています。図書館員の視点からみれば,その資料は最善のものではないかもしれません。しかし,図書館員が介在しないILLシステムの多くでは,利用者は総合目録を検索し,特定のタイトルを同定し,これが私が欲しい資料だ,と言うでしょう。そして,システムで依頼します。利用者の地元の図書館において資料が所蔵されている場合にはILLの依頼ができないようにするソフトウェアもありますが,地元の図書館の書架に資料があるにも関わらず,ILLの依頼が可能なソフトウェアもあります。図書館員が介在しない形のILLの処理費用は安く,スピードも速いため,これに携わっている図書館員は次のように言っています。図書館で所蔵している資料を依頼しても,現在使っているソフトウェアではそれが可能であるし,また,処理に17,18ドルかかるわけではなく,2ドル程度しかかからないのだからかまわない,と。 

 図書館員が介在しないシステムを使って資料を求めている利用者は処理時間を知っています。1日または2日です。そして,利用者は,階段をあがって書架から資料を取り出せばすぐに手に入るけれども,1日,2日なら待つことをいとわないと自ら納得しているのです。それくらい処理時間が短ければ,利用者は待つことができるのです。

 正しい資料を注文するか否かは利用者次第です。適切な資料を利用者に知らせるために,図書館員にはいろいろとできることがあるだろうと思います。しかし,最後には,利用者は次のように言うでしょう。これでいいのです。私の研究に役に立つのです。これが私が依頼したかったものなのです。地元の図書館に所蔵されているかどうかを検索して探すよりも,こうして注文するほうがよほど便利なのです。これが図書館員の心配であり,克服しなければなりません。

【逸村 裕】

 他の先生方は何かコメントがありますか。

【ウーヴェ・ローゼマン】

 恐らく,自らが属する図書館を使うよりもDDSを使うほうが効率的なこともあるでしょう。ドイツでも同様の経験をもつ利用者がいます。

【メアリー・E・ジャクソン】

 私が聞いた話を付け加えさせてください。科学的には証明できませんが,内容に差はないのに,図書館に所蔵されているものよりも,所蔵されていないものを意識的に注文する人がいます。なぜなら,そうすれば利用者に電子的に送付されるからです。こうしたことは特に翌朝に課題の締切を抱えた学部学生にあることです。

【山口 和之】

 国立国会図書館の山口です。ローゼマンさんの講演の中では,サービスの対象が学術図書館,学術機関の利用者というように,図書館サービスのカテゴリーで限定されていました。これは例えば,他の国の機関においてもILLの主な対象は学術研究者だと考えるためでしょうか。

 先程のジャクソンさんのお話の中では,例えばPubMed Centralは,学術研究者というより,むしろ一般の人たちがどんどん利用するようになっているということでした。フレガーさんのお話でも企業に属さない,あるいは大学に属さない,ナレッジワーカーという人たちが,利用者になってくるのではないかという指摘がありました。そもそもILLの対象は,古典的には,学術研究機関,つまり大学等が対象になっているのかもしれないのですが,それはこれから変わって行くということなのでしょうか。それとも,ILLという枠組みの中では,既に学術研究機関という枠組みがあるということなのでしょうか。

【逸村 裕】

 これは大きい質問なので,ローゼマンさんだけではなく全員に答えていただきましょう。

【ウーヴェ・ローゼマン】

今後ともILLサービスは学術機関のためのものだと思います。企業が安価なILLサービスを利用するという可能性はないと思います。もちろん,企業のためにそれ以外のサービスがあるはずですし,また実際にあります。ドイツでは著作権法のために,企業が学術機関のように図書館サービスを利用することはできません。つまり,ILLは学術利用者のためのものなのです。

【マット・フレガー】

 私はILLの定義如何だと思います。英国図書館の職員は英国図書館の活動すべてをILLと呼んでいます。私たちが組織として行っていることがILLと定義されるのであれば,私たちは多くの機関に対してILLを行っています。しかし,私たちの顧客層は大変広く,顧客層ごとに異なるルールを適用しています。私がナレッジワーカーに言及したのは,そこに需要があり,ターゲットとなる顧客だと思われるからです。私たちの顧客層の基礎は学術界であるとともに商業界,そして海外です。海外は学術界よりも商業界のほうが強いです。しかしトレンドはエンドユーザー志向,コンテンツを直接にという流れです。私たちは伝統的なILLが行われている学術サークルであれ,営利機関の図書館員のサークルであれ,図書館員と協力してエンドユーザーにできるだけ効率的にサービスを提供していきたいと思っています。各図書館のエンドユーザーは私たちのエンドユーザーでもあるのです。

【メアリー・E・ジャクソン】

 米国では,ILLの定義は伝統的に2つの図書館間の貸借を意味します。それは公共図書館同士であったり,公共図書館と学術図書館,専門図書館と公共図書館,医学図書館と専門図書館間であったりします。米国内のILLの大変大きな部分を学術図書館が占めていますが,学術図書館だけではありません。このようにILLは2つの図書館間のサービスであり,その利用者は独立した研究者や 退職者,年金生活者,高校生,小学生であることもあります。学位授与プログラムに加わっている人だけではありません。

 それは術語の問題だろうと思います。一連のサービスをどのように呼ぶべきか答えを見つけようとしてきましたが,米国ではILLという言葉を使い続けています。なぜなら,著作権法ではILLであれば図書館がコピーを共有することを認めているからです。私たちがILLと呼ぶのをやめドキュメント・デリバリーと呼び始めると,私が先に言及したような大規模商業出版社は,著作権法はそうした活動を認めていない,あなたたちがILLと呼んでいないからだ,と言い始めるでしょう。したがって,私たちは一連の活動に付けるラベルのことで苦労しているのですが,私なりに言えば,地元の図書館に所蔵されていない情報を必要としている人のためのサービスのことを指すのだろうと思います。

【ウーヴェ・ローゼマン】

 誤解されるといけませんので,補足します。ILLは定義上,学術利用者のためのサービスです。もちろん,私たちは商業利用者のためのサービスも行っています。その90%は企業の利用者です。それはILLとは呼びません。商業利用者に対する直接的なDDSです。私はこれら2つを分けて考えています。商業的な利用者にサービスしていないわけではないことを述べておきたいと思います。

【マット・フレガ−】

 すいません,私が言おうとしたのはそこに市場の機会があると思うということなのです。

【山口 和之】

 再度,ジャクソンさんにお伺いします。図書館と図書館の間の関係についてILLという言葉で定義するということであれば,例えば営利企業の図書館についても当然図書館であれば図書館と図書館の間になると思われます。その場合もILLという言葉が米国では使われていると理解してよろしいでしょうか。

【メアリー・E・ジャクソン】

 営利図書館から学術図書館への依頼もあり得ます。米国著作権法では,学術図書館が一定の条件のもとでそうした依頼を受けることが認められています。例えば,その図書館が一般に公開されているということです。そうした条件のもとでは,学術図書館は著作権料を支払うことなく依頼を受けることができます。なぜなら大学に属していない個人の利用も認めているからです。依頼している図書館が商業会社や営利機関の場合には,基本的には著作権法の規定は適用されません。

 次に,学術図書館から営利企業の図書館へ依頼するという逆の例を考えてみたいと思います。まず,私が,企業図書館に資料が所蔵されていることを見つけたとします。私はその企業図書館へ依頼を送ります。企業図書館は,著作権料を支払う場合に限って,その依頼を受けることができます。なぜなら,関係のない個人が来館利用するのを認めている企業図書館はないからです。競争の観点から,私が企業図書館を来館利用するのは事実上あり得ません。したがって,そうした条件のもとでは,企業図書館は学術図書館からの依頼を受けることはできますが,コピーライト・クリアランス・センターに著作権料を支払わなければなりません。そうしたものについても,私はILLだと見なしています。つまり,ILLには著作権料を支払っていないものもあれば,支払っているものもあるということです。しかし,企業図書館への依頼者の立場から見れば,それはILLなのです。ドキュメント・デリバリーだという人もいるかもしれませんが,いずれにしてもこれは術語の問題であり,一貫した使われ方はなされていません。

【逸村 裕】

 どうでしょう。日本の場合でも非常に微妙なところがあるのですけれども。

【山口 和之】

 日本の場合ですと,例えば企業の図書館の間で専門図書館の協会みたいなものが存在していて,その間で協力みたいなものが行われている場合もあると思うのですが,米国においてはそういうものはないということなのでしょうか。

【メアリー・E・ジャクソン】

 米国には専門図書館協会があり,そこには経営大学院の図書館や企業図書館,小規模な独立図書館が加盟しています。しかし,協会は図書館そのものというよりは個人のためのものであって,協会内でドキュメント・デリバリーやILLの要求があるわけではありません。したがって,もし私が製薬企業の図書館に勤めていれば,専門図書館協会の会員になり,そこで資源共有に関心をもつ他の製薬企業図書館員を見つけてILL/DDをお願いするかもしれません。しかし,それはその人個人にお願いをしたのであって,専門図書館協会にお願いしたのではありません。専門図書館協会に加盟している専門図書館間のILL/DDはこのような形で行われています。

【山口 和之】

 ありがとうございました。

【逸村 裕】

 Googleの影響(CA1564参照)についてご意見をお伺いしたいと思います。ジャクソンさんが触れていましたが,OCLCとのいわゆるOpen WorldCatプロジェクト,これとILLに関してはどのような関係があるというふうにお考えでしょうか。ILLは増えるのか,増えるとしたらユーザー・イニシアティブな話になって,その時に図書館の役割はどうなるのでしょうか。

【メアリー・E・ジャクソン】

 WorldCat の所蔵レコードを提供するというOCLCのパイロット・プロジェクトはYahoo!のほうが進んでいます。Googleとの議論はもっと初期の段階にあります(E149E269E354参照)。Yahooではすでに検索することができます。Googleでもそうなるでしょう。もし,私がドキュメント・デリバリーに関する話題を探しているとすれば,Yahoo!かGoogleを検索すると検索結果が現れます。そのリストの中に「図書館で見つける(Find It In Your Library)」というリンクがあるでしょう。それは私が書いた本かもしれませんし,他のパネリストが書いた論文かもしれません。いずれにしても,Yahoo!のパイロット・プロジェクトでは,利用者がそのリンクをクリックすれば,所蔵している最寄の図書館のリストが現れます。検索が行われたIPアドレスなどからYahoo!は最寄の図書館を判断します。したがって,私がメリーランド州にいるということがわかる何らかの方法があり,私がリンクをクリックすれば最寄の図書館が表示されるのです。このパイロット・プロジェクトが進めば,メリーランド州の最寄の図書館をクリックすれば,図書館の目録が検索されてその資料が利用可能かどうかがわかるようになるでしょう。図書館の目録に導かれて,その資料を予約したいのか,あるいはILLの依頼をしたいのかといったことをたずねられるでしょう。

 この「図書館で見つける」が完成したら,利用者はこちらを選ぶでしょう。リンクをたどっていくだけで話題にしていた資料のフルテキストが手に入れられる可能性があると考えるととても簡単ですから。また,最寄の図書館が必要な資料を所蔵していないことがわかれば,図書館経由のILLシステム,現在ではOCLC ILLシステムですが,こうしたシステムへ依頼を出すことができます。最終的には,図書館を経由しない利用者主導のシステムへ移行することになるかもしれません。しかし,そのためには現在のソフトウェアを変える必要があります。図書館を経由しない利用者主導のシステムへの移行は,技術的には実現可能ですので,あとは政策的な問題ということになります。

 5年後にはすべての利用者が最初の手段としてGoogleやYahoo!等を検索して図書館資料を見つけ,その全文やILL,DDS等の各種の図書館サービスへと導かれるという状況は大いにあり得ることであり,また,その量は増加していくでしょう。なぜなら,図書館の目録を検索するよりもGoogleを使うほうが簡単だからです。利用者が何を求めているのかによって動きが決まるのであって,図書館にとって何がよいかは関係ありません。私たちは,利用者がどのように図書館資料を見つけるのかについてやり方,考え方を変えなければなりません。それはGoogleかYahoo!またはその他の検索エンジンを通じてということになるでしょう。

【マット・フレガー】

 私もまったく同感です。GoogleやYahoo!との協働を進めるOCLCのやり方を見て,大変感銘を受けました。私は講演の中で,Googleを無視するのは危険だということを強調しました。現段階ではGoogle Scholarはまだ検証試験中ですが,これは明らかに変化のメッセージだと言えましょう。フランクフルトのブックフェアで,Googleに言及していた人の数を考えれば,Googleは今後影響力のある存在になっていくのだろうと思います。ジャクソンさんの指摘はまったく正しいと思います。どの方向に進みたいのかを決めるのは顧客です。4つ,5つの検索エンジンごとに異なるコマンド言語を習得する時代は終わり,現在の若年層は単一のインターフェイスを求めています。

 一夜のうちに実現するものではないと思いますが,これは重要な動きです。この業界に携わるすべての人々に対して,コンテンツを提供するためにどのように検索エンジンサービスと協働すべきかという問題を投げかけています。

【ウーヴェ・ローゼマン】

 私も同感です。Googleは将来競合相手になるかもしれません。私は2つの戦略があると考えています。まず,私たちはGoogle Scholar(E273参照)よりも優れているにちがいない,というものです。特に商業的な利用者に対してはそうです。なぜ商業的な利用者に言及するかといいますと,商業的な利用者はGoogle Scholarを好んでいるとは思えないからです。商業的な利用者はGoogle Scholarのような手順で文献や情報を注文することを好みません。私たちはフルサービスという特別なサービスを提供しています。英国図書館も同様の考えをもっています。私たちが扱っているものには,ジャーナルの論文だけでなく,灰色文献や特許,規格などGoogleではすぐに探せないと思われる文献も含まれているのです。

 もうひとつの戦略は,私たちも参画するというものです。つまり,Google Scholarのパートナーになるというもので,私たちは既にGoogleと接触しました。将来どのようになるかを今後見ていくことになるでしょう。

【メアリー・E・ジャクソン】

 ここにいらっしゃる方の中には,Googleがスタンフォード大学,オクスフォード大学,ミシガン大学,カリフォルニア大学バークレイ校と共同事業を行うという発表を聞いた方がいらっしゃると思います(E285E340E392参照)。これらの大学の蔵書はいずれも大規模で重要なものです。Googleはこれらの大学図書館の蔵書をすべてデジタル化しようとしています。ただし,何年かけてデジタル化するかや著作権問題をどうするかなどについては回答がありません。しかし,Googleは大変大規模で価値のある蔵書を有する図書館と対話を始めており,図書館のコンテンツを手に入れそれを検索可能にしようという意図を持っています。Googleは,コンテンツをデジタル化することによってそれを成し遂げようとしているのです。Googleが単にウェブページだけでなく,文献に着目しているというのは重要なシグナルです。

【逸村 裕】

 私は大学で教えていますが,日本でも学生がOPACにGoogleのような機能を要求するわけです。Googleのようには探せず,手を焼いているのですが,非常に頭が痛い。

 次に,ジャクソンさんが触れていらっしゃいましたが,機関リポジトリについてです。日本においても機関リポジトリをつくる動きがあります。既にいくつかの大学がつくっていますし,私が所属している名古屋大学でも動き出すことになっています。ジャクソンさんは明解なお答えをなさったわけですけれども,その他の方にお伺いしたい。機関リポジトリとILLに関してどのようなお考え,あるいは可能性があると思っておられるのかをお聞かせいただきたいと思います。

【マット・フレガー】

 とても興味深いことだと思います。図書館は現在様々な機会を求めています。ひとつの例として合同情報システム委員会(JISC)の英国の学位論文に関する提案を挙げることができると思います(E326参照)。集中的なリポジトリまたはリポジトリのネットワークを構築して,どの大学からでもどの大学の学位論文にもアクセスできるシステムを,英国高等教育界に提供しようとするものです。英国図書館も,この分野の提案を進めていくために多くのパートナーと協働し,成果をあげてきました。まだ記者発表はされていないと思います。この問題は学術・蔵書部長,または学術・蔵書局長からお答えすべきものだと思いますが,大変興味深く重要な問題です。

【逸村 裕】

 どうもありがとうございました。それでは,時間となりましたので,これで本日のセミナーを終了いたします。改めて講師の皆様に拍手をお願いいたします。

参考文献

宇陀則彦. 電子環境下におけるドキュメント・デリバリー・サービスの現状と展開. 電子情報環境下における科学技術情報の蓄積・流通の在り方に関する調査研究(平成16年度調査研究)(図書館調査研究リポート No.4). 2005. 94-99
小特集:デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス [CA1545]. カレントアウェアネス. (282). 2004.



書誌事項:デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス:ビジョンと戦略 質疑応答. デジタル環境下におけるILL,ドキュメント・デリバリーとその運用基盤. (図書館研究シリーズ No.38). 2005. 87-99.