4.6. 米国の研究動向:図書館情報学百科事典のレビューから

 Encyclopedia of Library and Information Science(図書館情報学百科事典)の第2版が2003年に出版された。そのなかに,「子どもとIT」という見出しのもとに,Abbasが10ページにわたって72の文献をレビューしている。ここではそのレビュー文献を紹介し,それに対するコメントを述べたい。

 このレビューは,1995年から2003年までの間の子どもと情報技術に関する研究動向を示している。主な論文を逐一レビューする,というものではなく,研究領域を「相互作用・技術利用」「サービス・実践」「学習や教育」の3つに分けて,諸研究の成果に見られる課題を総合的に示している。なお,子どもと情報技術,という大きなテーマを扱っているが,元来が図書館情報学分野の百科事典中の記事であるので,図書館サービスを構築する上で参考になる点が多い。

 最も詳しく扱われている「相互作用・技術利用」の項目は,「OPAC利用・OPACの再設計」「OPACで利用される統制語彙」「マルチメディアCD-ROM」「インターネットとWWW」「サーチエンジン」「電子図書館」「子どもたちをパートナーとした電子図書館の設計」「PDAとe-book」「電子メールやチャットルーム」「情報氾濫」の10項目を扱い,学校や公共図書館を研究対象とした図書館OPACおよびWWWのサーチエンジンにまつわる子どもたちの情報探索行動の課題を述べている。情報探索において,検索語の選択や探索戦略の組み立ては,総じて子どもたちにとって大人が思うよりも難しい作業であること,キーワード検索とブラウズ手法には一長一短があるが,キーワードの選択だけでは成功しないこと,子ども向けの効果的な統制語彙や件名標目などの開発についての研究が少ないこと,などが指摘されている。また,英文文献のレビューではあるが,ドイツやデンマーク,スウェーデンなど諸外国での先駆的な生徒用のプロトタイプやインターフェイスにおける調査事例も紹介されている。インターネット利用についての項目では,ウェブ検索を私的に使う場合と学校の目的で利用する場合とでの検索行動の違い,利用するジャンルの男女での差,なども指摘されている。「PDAとe-ブック」では,全米の教室でどちらかの装置は使われているにもかかわらず,これらの利用についての研究データはまだないということが指摘されている。

 「サービス・実践」では,「インターネットとWWWのアクセス」「図書館員とスタッフの訓練」「蔵書構築方針」「情報リテラシー」の4項目に分け,米国の新通信法(Telecommunications Act, 1996)に端を発する情報化政策と図書館の関係,児童インターネット保護法(CIPA: Children’s Internet Protection Act, 2000)とフィルタリングの問題についても言及している。

 最後の「学習や教育」については,課題にごく簡単に触れている。

 どの項目の研究にも共通して指摘されていることは,子どもたちが大人と違う情報ニーズを持つこと,発達段階に応じた適切な内容のものを提供することが重要であること,で,情報専門職はそれらを認識した上で,ITは継ぎ目がなく子どもたちの毎日の生活のなかに取り込まれていることも踏まえ,これらの情報の中で情報氾濫を起こさないようするための効果的な検探方法の提供や,とりわけウェブ上で行きついた情報を評価する力を育てることが必要とされている。

 以下は,Abbasのレビューを読みながら,わが国の研究状況について考えたものである。

 4.1.3.や4.2.で取り上げられているように,日本でも子ども向け図書館OPACインターフェイスの利用調査や子ども向け(生徒向け)の情報行動の先行研究が行われている。しかし,まだ,子ども向けOPAC検索の実用化や普及については途上にある。こうした外国の先行事例をもとに,統制語検索とブラウズのメリット/デメリットを,日本語の検索においても検証していくことは,現在進行している学校図書館の蔵書目録のOPAC化,域内学校間での総合目録化,などの実践に対しても,「専門職や仲介者向け」なのか「生徒自身がつかうのか」という議論の着地点にも資するのではないか。

 また,紹介されている研究においては,抽象概念を取得する以前の子どもたちの学習段階を意識した分類,テーマ分けの試みがある。ともすると,日本十進分類法の十進分類を前提に利用者教育が行われている現状であるが,大人用の学問体系に準拠した検索語彙や十進分類体系では子どもたちの情報行動に不便をきたすところはどこか,という点は,今後の研究領域としては重要であると思われる。

 また,いずれの文献においても,使っている情報の質や根拠について評価する力の大切さが訴えられており,子どもの情報行動の中で,情報探索の力がもっとも試されるのは,この「情報の評価」の面であろう。では,どうやったらそれができるのか,または,その評価力を体系的に教授できるか,ということは,もうひとつ新しい課題になると思われる。(岸)

参考文献

Abbas, J. (2003). “Children and information technology”. Encyclopedia of Library and Information Science, vol.1. M.A.Drake ed. 2nd ed, Marcel Dekker, p.512-521.