第2章 調査の結果 5 国立大学図書館協会「国立大学図書館協会シンポジウム」

第2章 調査の結果

 

5 国立大学図書館協会「国立大学図書館協会シンポジウム」

 国立大学図書館協会の歴史は、昭和29年(1954)に生まれた全国国立大学図書館長会議にまでさかのぼることができる(1)

 発足の趣旨は、「現場の共通の問題を抱えるもの同士が集まって議論する場を求める声」(2)であり、第1次(第1回)の館長会議(昭和29年(1954)10月11日)の議題として「大学図書館職員の質的向上と待遇改善」を取り上げており、管理職である館長(その多くは図書館あるいは図書館情報学については知識を持っていない。)および事務長(当時は「部課長制度」は無かった。)にとって職員の研修は重要な課題と認識されていた。

 10年にわたり毎年定期的に開いた会議を経て、昭和39年(1964)4月恒常的な組織として全国国立大学図書館長会議が発足する。会議の会則では、課題ごとの特別委員会の設置を規定し、早速「司書職制度に関する特別委員会」が活動を始める。委員会は、図書館職員の専門職化・制度化をめざして検討を重ねるが「図書館職員の専門性」に対する疑問が出され実現は困難な状態が生まれてくる。その打破を図るべく日頃の研究成果を発表する場として『大学図書館研究』と題する雑誌を創刊し、図書館現場における業務と研修と研究を一体的に推進させる立場を明らかにしていった。

 昭和43年(1968)6月、全国国立大学図書館長会議は、国立大学図書館協議会に発展・解散する。事業および運営体制は、そのまま引き継がれている。平成10年度(1998-1999)から5年間にわたり、調査研究のために海外に派遣する事業を実施したり、業務と研究の功績を顕彰する「岸本奨励賞」(昭和53年(1978)から「国立大学図書館協議会賞」に改める。)の授与、昭和62年(1987)には、中堅職員の全国的な研修機会をつくる目的で「国立大学図書館協議会シンポジウム」を実現している。また、日本図書館協会大学図書館部会との共催での大学図書館研究集会開催といった大学図書館職員の研修を進める主要な母体となってきた。

 平成16年(2004)、国立大学の法人化にともない「協議会」を、より主体的に活動できる組織にすることが検討され、国立大学図書館協会が発足する。

 国立大学図書館協会は、全国の国立大学、放送大学の附属図書館、及び4大学共同利用機関の図書館施設の、計92の大学・機関の図書館を会員とする組織で、会員間の緊密な連携と協力により、図書館機能の向上を支援するとともに、広く学術情報資源の相互利用の推進、学術情報流通基盤の発展に貢献し、もって大学の使命達成に寄与することを目的としている。

 協会は、国立大学図書館の機能向上に関し必要な調査研究、学術情報資源の共同整備と相互利用の促進、国立大学図書館職員の資質向上のための事業、及び学術情報流通に関する国内外の団体との連携・協力等の事業を行っている(3)

 

(1) 研修事業の目的、趣旨、実施の背景

 国立大学図書館協会(以下においては、国立大学図書館協議会も含む。)の図書館職員の資質向上をめざす事業は、大きく二つあると考えられる。一つは、毎年度、6月頃に開催される定期総会の一部に組み込まれた「研究集会」であり、あと一つは、東西2地区に分かれて秋に開かれる「シンポジウム」である。

 「研究集会」は、「もともとの経緯から、大学図書館における課題や先進的な話題についてそれに関する知識、経験の豊富な有識者や関係者による講演といった形式をとることが多かった。」が、「他の会員の活動が参考になるので総会の場で知りたい」、「報告する図書館にとっても一種の励みになるのではないか」という声を反映して、平成7年(1995)から「会員の具体的な活動の事例報告を行う場として位置付けること」(4)に変更された。これ以降、毎年7〜8館の会員館からの報告が積み重ねられ、国立大学図書館の新たな動きを生み出す原動力となってきている。国立大学図書館の管理に責任をもつ館長および事務部門の責任者が参加する研究集会で、こうした事例が報告されることは、「報告する図書館にとって」の励みだけでなく、多くの大学図書館に示唆を与えるきっかけを作り出している。正面きっての「研修」を事業化することも重要であろうが、このような催しを組み入れることも検討されるべきだろう。

 いま一つの「シンポジウム」は、国立大学図書館協会として「研修事業」に位置付けられたものである。事業実施の「目的」は、協会として設置した特別委員会および調査研究班の検討結果を、会員館に周知させ、その内容について各館からの意見等を吸収することとされている。そうした周知と吸収が、より深まった検討結果を生み出し、国立大学図書館の発展・展開に寄与するとの認識が背景となっている(国立大学図書館協議会第34回総会 1987)。協会主導による図書館運営を実現するために開かれるものとされる。国立大学およびその図書館の当面する課題に着実に応え、将来像をも見据えた運営の実現に向けての事業展開と考えられる。

 「研究集会」が、協会の総会と同時に開かれるため図書館の現場で業務を担う係長クラスの参加に難点があることもシンポジウム事業実施にあたっての配慮に入っている。また、特別委員会等の検討結果等が図書館専門員をはじめとする係長以下の職員にまで届いていないという事態も研修事業実施の背景に加えても良いだろう。多くの時間と労力を割いて検討された結果が、大学図書館の現場と乖離する可能性を避けるためにも必要な手段とされている。

 「シンポジウム」には、さらに重要な効果が期待されている。それは、特別委員会・調査研究班等の研究調査過程に、会員各館の実践が反映されていない、あるいは、検討結果が反映されない、という二つの側面に対するものである。図書館の現場を支える中堅である図書館専門員や係長等を巻き込み、また彼ら(彼女ら)の意見を十分にくみ上げる場としての機能である。こうした機能を発揮させるためには、「シンポジウム」における問題提起を担当するシンポジストに積極的に中堅職員を迎えることが求められるであろうし、「シンポジウム」の当日に参加して意見の交換に寄与するだけでなく、事前に内容を熟知し、検討を加え、当日の議論に主体的に参加が可能なワークショップといった形への展開が試みられるだろう。

 なお、「研究集会」は平成16年度(2004)から、「新たな試みとしてワークショップが行われ、(1)職員採用から人材育成まで、(2)電子ジャーナルの円滑な導入と安定的な運営体制について、(3)法人化後の附属図書館の役割について、の3項目をテーマとして取り上げ、活発な議論が展開される」(5)ようになっている。

 

(2) 研修事業の実施体制

 実施については、協会の中に「人材委員会」を設置し、複数の会員館から委員(2004年度−2005年度は館長・部長・課長等12名)を選出して、当該年度の実施原案を作成する。原案は、理事会の了承を得て、6月頃に開かれる総会に提案され、事業計画の一環としての承認をうけてから、実施への作業がスタートするという手順が踏まれている。人材委員会は「国立大学図書館がいっそう合理的な運営を展開し、利用者の期待に応えるサービスを提供し続けていくために」「必要とする人材の確保ならびに計画的な養成と配置」を検討するとともに、「優れた図書館員を継続的に確保できるようにする」ことを検討し、「併せて、協会として実施することが望ましい研修事業を企画し実施する」という目的で設置された委員会である。

 

1)参加者募集方法について

 総会で承認を受けた事業計画にもとづき、開催担当の東西各1館が「実施要項」を作成し、会員館に募集要項を配布し、参加者の受付がはじまる。募集要項では、開催日時・場所といった項目と併せて、テーマおよび参加できる「職位」が明らかにされる。会員館は提示された範囲で参加者を選定し、開催館に申し込み、開催館が参加の可否を決定するという手順を取る。

 参加の意思を表明したとしても、開催館の意向に添わない「職位」等では参加はできないことになり、研修の効果を開催館の側でコントロールできる体制を取っている。

 

2)費用負担について

 「シンポジウム」開催のための費用は、国立大学図書館協会から予算の配分を受けてまかなっている。2004年度は、1会場あたり20万円プラス資料費等に10万円の合計50万円が協会から支出されている。しかし各会場では、これでは不足気味であり、若干の持ち出しがあるとのことであった。

 一方、「シンポジウム」への参加者の費用は、旅費・宿泊費とも派遣する大学図書館の負担となっている。先に述べたような参加可否の決定方法では、参加者の「個人負担」という形は考えにくいであろう。派遣大学図書館の負担とするためには「出張命令」が発令される。当然のことであるが、出張完了後には「復命書」を提出することが求められ、そこには「シンポジウム」で得られた効果が述べられ、入手した資料等も添付される。これらの書類・資料等が各館で適切に共有されるならば、効果は館全体に及ぶであろう。

 

3)講師依頼基準について

 国立大学図書館協会・人材委員会では、「シンポジウム」における講師等の基準を定めてはいない。

 開催館が、設定するテーマや意図を考慮しながら最も適切な講師等を依頼することになっている。その際に求められることは、テーマ・意図に対応するようにものごとをまとめてゆく能力があり、かつ「シンポジウム」の流れを予測しながらも適切な対応のできることであろう。これまでの例からすると「係長以上」になることが多いようである。テーマによっては私立大学職員、大学教員という例も存在している。

 依頼された講師等は、国立大学の職員ならば「業務内」と判断され、講師等に対する謝金も支払われず、旅費も所属大学側が負担することになっている。「シンポジウム」の内容が国立大学図書館の当面する課題等であるかぎり、こうした措置になってくるのは首肯できるところである。

 先にも述べたように、私立大学職員を講師として招いた実績もあり、今後、課題によっては、さらに範囲を広げて大学以外の民間の事例、経験等を生かすことが必要になってくるであろう。

 

4)事務局の運営方法・体制について

 すべて開催館の裁量としている。これまでに開催館のほかに「近隣地区」の会員館の図書館職員に「研修を兼ねて」協力を依頼する慣例ができあがっている。東西2館での開催なので、近隣地区の協力を得ることは今後の開催館を広げる意味でも効果が大きいところである。とくに多くの担当者を必要とする会場の整理・記録・討論補助等には「研修」のチャンスが考えられる。

 ヒアリングの結果として分かったことであるが、国立大学図書館協会として、開催館への支援がやや手薄なようである。講師等の選定などで、人材バンク的なものを協会として作成し、それの運用があってもしかるべきだろう。

 

5)プログラムの企画・方針の策定方法と体制について

 「シンポジウム」では、テーマに詳しい人からの基調報告を受けたあと、いくつかの事例報告を会員館から出してもらい、それらを軸にグループ討議を組むようにしている。事例紹介などを通じて会員館での解決のために参加者で議論して、各館での解決の方策を考える経験を積ませる内容となってきている。その意味では、ケース・スタディの方式を取り入れていると言えるだろう。参加者のレベル等を考慮しながら、グループ討議という形に展開ができるようになれば、効果も大きいのであろうが、テーマによっては討議も深まらず、鮮やかな解決にまで至らない例もあったようである。

 グループ討議が期待される成果を挙げるには、参加者の意識のレベルを合わせることが重要であるが、現在のかたちの募集要項・参加申し込み書では難しい面がある。参加申し込みにあたってテーマに対する視点等を書いてもらい、それをもとにグループ編成を検討するといった入念な準備が必要となる。開催館にそこまでの準備を委ねるとするとかなりの負担となると予測される。

 

(3) 研修カリキュラムの実態及び過去5年間の研修カリキュラムの変遷

 研修カリキュラムとしてのテーマおよび日程・開催場所は、昭和62年(1987)12月の第1回から、平成16年(2004)11-12月の第17回まで、すべてWeb上で公開されている(6)。これらから、またヒアリングの結果から明らかになることを述べる。

 

1)司書課程カリキュラムとの関係について

 国立学校図書系職員の採用試験の受験にあたっては、司書資格の有無を問われることはない。しかし、図書館職員の現況を明らかにする文部科学省の調査:大学図書館実態調査においては「司書資格を取得している職員の数」が記入事項となっている。

 「シンポジウム」の企画にあたるヒアリング対象者は、実施内容の性格上、司書課程との関連性は全く考慮する必要性を感じていないとのことである。「シンポジウム」が図書館専門員ないし係長以上の中堅職員を対象としているかぎりにおいて「司書課程カリキュラム」との関係はほとんど無くなっているとの認識は正鵠をえていると考えられる。しかし、例えば第9回のテーマである「大学図書館と公共図書館の共生」を、今後の大学図書館における課題と考えるときにも当てはまるかというと、そうとは言い切れないだろう。ただ、参加申込者に対して可否を連絡するにあたっては、関連する資格・基礎的知識との関わりを考慮することが必要だろう。

 

2)カリキュラムの継続性について

 第1回からのテーマは東西両会場に共通しているので、掲げておく。

 各回に関して関係のありそうな報告書等を併せて記録する。

第1回 図書館業務のシステム化と目録システム/相互協力活動の推進−現物貸借・文献複写/大学図書館の公開

第2回(趣旨)学術情報センター目録システムの変更及び学術情報システム特別委員会の報告を基に,今後の大学図書館の目録業務及びシステム化の在り方を討議する

32.「目録情報ネットワークの展開と大学図書館のシステム化」(昭和63年6月)
学術情報システム特別委員会(東大)(ネットワーク専門委員会第2次報告として発表)

第3回(目的)外国出版物購入価格問題調査研究班の報告の趣旨を周知させ,それらの内容を討議し,外国出版物の購入について国立大学図書館の適切な対応の方策を検討する

34.「外国出版物の購入価格問題に関する調査研究−報告書−」(平成元年6月)
外国出版物購入価格問題調査研究班(一橋)

33.「外国出版物購入価格問題調査研究班第一次報告」(昭和63年6月)
外国出版物購入価格問題調査研究班(一橋)

第4回(目的)CD−ROMを中心としたニューメディアが図書館サービスの中に取入れられつつあるが,その現状,問題点,将来の展望等について討議し,ニューメディアを図書館サービスの中でどのように位置づけていくか,適切な対応を検討する

第5回(目的)学術情報センターで開発が進められていたILLシステムの本格稼動の開始を控え,同システムに関する理解を深めるとともに,実務上の諸々の問題について討議し,システムの円滑な運用を諮る

48.「図書館情報システム特別委員会ILLシステム専門委員会第1次報告」(平成6年6月) 図書館情報システム特別委員会・ILLシステム専門委員会(阪大)

53.「図書館情報システム特別委員会ILLシステム専門委員会第2次報告」(平成8年7月) 図書館情報システム特別委員会・ILLシステム専門委員会(阪大)

58.「図書館情報システム特別委員会ILLシステム専門委員会第3次報告」(平成9年6月) 図書館情報システム特別委員会・ILLシステム専門委員会(阪大)

62.「図書館情報システム特別委員会ILLシステム」(平成10年4月)
図書館情報システム特別委員会・ILLシステム専門委員会(阪大)

第6回(目的)NACSIS−ILLサービス実施後の実務面あるいはシステム面で発生した諸問題の把握と今後の改善策の検討

第7回 ネットワークと図書館情報−利用者の期待にどのように応えるか

第8回 大学図書館における防災・安全管理と緊急事態への対応について

56.「防災と災害時緊急対策調査研究班調査報告」(平成8年7月)
防災と災害時緊急対策調査研究班(筑波大)

第9回 大学図書館と公共図書館の共生

第10回 電子図書館の具体化とその経営組織

第11回 大学図書館における事務改善・合理化の進め方について/国際ILLについて

第12回 大学図書館における事務機構改革−大学図書館の改善方策について−

66.国立大学図書館の管理・運営に関するガイドブック(平成12年4月)
図書館組織・機構特別委員会(筑波大)

70.平成11年度国立大学図書館協議会図書館組織・機構特別委員会最終報告(平成12年6月) 図書館組織・機構特別委員会(筑波大)

73.大学図書館における評価指標報告書(平成14年3月)
法人格取得問題に関する附属図書館懇談会図書館評価指標WG

第13回 オンラインジャーナルの導入と外国雑誌収集のあり方

第14回 電子ジャーナルとコンソーシアムの形成

76.国立大学図書館協議会電子ジャーナル・タスクフォース活動報告(平成16年3月) 電子ジャーナル・タスクフォース

第15回 国際学術コミュニケーションの展開と展望

第16回 国立大学法人化後を見据えた大学図書館経営について

第17回 法人化後の大学改革と大学図書館の在り方

 第1回と第2回は、大学図書館における目録システムを扱っている。第5回と第6回は学術情報センターの運営するILLシステムについて論議を深めている。第4回・第7回・第10回は電子図書館の将来を考えるテーマである。第11回・第12回・第16回・第17回は、大学図書館の経営を見据えるという視点が共通している。

 企画担当者の見解では、「カリキュラムの継続性は考慮していない。毎年、時宜に適ったテーマを選択する」とのことであったが、こうして一覧してみると、ある程度の継続性を確認することができるだろう。ただ、「継続性の存在」が参加者のレベル・アップと同時並行的に期待されるとすれば、それは「考慮していない。」ことにつながるだろう。企画担当者としては、意図してテーマの継続性を策定したとしても、参加申込者が、あるいは参加申し込みを認める各館の側に継続性を認識した対応が存在しないかぎりにおいては、意図とは異なったことになってしまう。

 

3)他の研修プログラムや他団体の研修プログラムとの関連について

 ヒアリングでは「ほとんど考慮していない。」とのことであった。前項において述べたような事情を再確認することとなるが、参加者の所属する大学図書館の側に「テーマに応じて派遣者を考える。」という意識が強ければ強いほど、企画する側の設定できることではなくなるだろう。また所属大学図書館を通じて出される参加希望に対し、開催大学は原則として精査を行っており、所期の目的を達成する可能性の有無をも判断して「出席の可否」を決めており、所期の目的のなかに「他の研修プログラム等との関連」を織り込んでいないかぎりにおいて指摘のできることではない。

 こうしたことを研修事業の企画者に求めることは、他の研修プログラム等について詳しい情報を得ることが必須となり、現状の研修事業実施状況では難しいところである。各種の団体等が実施する研修事業について、その全体を把握できるようなシステムがあれば、テーマの重複を避けるだけでなく、より深まった、あるいは視点を変えた研修企画を作成することが可能となる。このあたりに国立国会図書館の役割を見出すことができるだろう。

 

4)研修プログラムの担当講師について

 設定されたテーマに最もふさわしい講師を開催館が考えることになる。基調報告+事例研究、さらには研究討論にあたってのリーダー的役割を果たす人を的確に捜し当てることは、開催館・企画担当者の苦労するところであろう。

 「シンポジウム」の記録は、国公私立大学図書館協力委員会の編集する『大学図書館研究』において明らかにされており、それらをたどることで、当該テーマに関しての適切な講師を認識できるが、こうした情報のデータベース化を検討することが将来における担当講師の発見につながる。最新の報告は、平成15年(2003)11月〜12月に開催された「第16回」分が、『大学図書館研究』(LXXI:72)p.63-72に掲載されている(7)

 

(4) 研修事業の評価

1)実行主体の評価について

 この「シンポジウム」の「実行主体」は、国立大学図書館協会の人材委員会と考えて良いだろう。しかし、「シンポジウム」の開催は、あらかじめ承認された事業計画にしたがって開催館に委ねられてきた。(ただし、平成17年度からは、人材委員会主導で企画を進めている。)こういう関係のなかで「実行主体」による評価は実現しがたいと思われる。案に相違せずヒアリング担当者は、「やっていない。」と回答している。

 けれども、開催館から人材委員会に対して経過等が十分に報告され、それをもとに人材委員会では経過報告を作成し、翌年度の理事会・総会に提起し、承認をうける手順を踏んでいる。開催館からの報告の概要は、『大学図書館研究』にも掲載されており、参加者以外にも様子が周知されているようである。

 開催館からの経過報告等で課題とされるのは、プログラム講師の選択は適切であったか、密度の濃い議論の展開が行われたか、参加者に対して所期のインパクトを付与できたか、などである。

 また、テーマによっては、討議が白熱し時間不足のままに打ち切らざるを得ない状況や、その背景には「同じ国立大学図書館でありながら学内事情の相違が大きく、話がかみ合わない例」もあるとのことであった。

 人材委員会としては、参加機会を保障する意味で、東西2会場を「同じテーマ」で運営することが要件となるとの認識を持っている。講師が異なり、取り上げる視点が異なるという状況では、容易に評価を出すことはできないとのことである。

 

2)参加者の評価について

 開催館においては、「シンポジウム」の終了直後に、参加者から「評価」を求めている。テーマ、参加者の立場、討議への関わり方などにより、評価のブレは大きく、満足度は幅が広くなる。

 参加者から出された「評価」そのものを人材委員会に集約しておらず、各開催館において集約して経過報告等において若干触れる程度の活用しかしていない。今後は、人材委員会としての集約と活用が図られるべきだろう。

 なお、参加者が個人の資格で行っている「評価」は、例えば所属大学図書館の「館報」や、ホームページのサイトに掲出されることが多い。これらもテーマ、参加者の問題意識などによって異なった評価になっていることは明らかである。

 

(5) 研修事業の今後の展開

1)現在の研修プログラムの課題について

 周知のように国立大学は、平成16年(2004)4月に国立大学法人になった。大学が法人資格を得たことにより、「国立大学」特有の課題は少なくなるだろう。そして、私立大学との共通する課題が多くなってくる。そうなると、昭和55年(1980)2月に発足した国公私立大学図書館協力委員会の役割と機能に期待が高まることになる。この委員会は、日本図書館協会大学図書館部会と共催で「大学図書館研究集会」を開いてきており、調整が必要となってくる。調整のための準備はすでに始まっており、国公私立大学図書館協力委員会は、これまでの共催という形を中止し、単独で類似の研修企画を実施する方向で進みつつある。

 国立大学図書館協会の主催する「シンポジウム」では、参加にあたって所属図書館および開催館の意向が反映された運営を前提にして組み立てられ、期待される効果を挙げてきたが、「大学図書館研究集会」では、このような方針で企画されてはいない。公立大学(その多くが法人化をすすめようとしている。)や私立大学が、国立大学図書館協会の実施しているような開催館主導のシンポジウム等の運営方法を受け入れる素地があるとは思えない。

 今後の研修事業は、取り上げるテーマによって関係する大学の組織が組み合わされることになってゆくであろう。国公私立大学で共通するテーマにおいては、国公私立大学図書館協力委員会の企画・実施する研修機会に国立大学図書館協会も合流することになるだろう。また、国立・公立・私立ごとの固有のテーマについてのみの研修事業が、それぞれの団体を背景として開催されるだろう。この結果、本節で取り上げた「シンポジウム」は、国立大学図書館固有のテーマを追究するものとして継続されることになるだろう。

 

2)今後の研修事業の中長期的方針について

 国立大学図書館協会は、専門性の向上と能力開発を両立させながら、法人移行という環境の変化を受けて、新しい人事異動のシステムを構築し、研修体系の再編成を射程においている。人材委員会の任期は2年であり、今後はこうした点の検討を深めることとなる。

 今後において必要となると考えられる職員研修として、初任者および管理者に対するものが挙げられている。

 「初任者」については、公立大学・私立大学との共通性も高いので、カリキュラム案を作成し、それにそった実現を図ることが望まれる。初任者については地区での実施が適当との判断に立ち、近畿地区においては、すでにその先鞭がつけられている(8)

 大学図書館の管理者である「新任館長」や「図書系以外から配属された幹部職員」を対象として、国立大学図書館の課題等を概説的に講ずる内容をもった「マネジメント・セミナー」の開催も期待されるところである。新任者だけでなく、大学図書館の管理者全般を対象としての「セミナー」も必要性が高まっているとされる。

 初任者については、国立大学は、他の職種との合同でこれまで人事院の所管する初任者研修を受けさせてきたが、法人化によって、その枠外とされた。図書館に配属されて3年程度の経験を踏まえて受けることとされていた「大学図書館職員講習会」は、文部科学省と開催大学(これまでは東京大学および京都大学が引き受けることが多かった。)による4日間の研修として、新たに国立情報学研究所を加えて引き続き開催されている。経験7〜10年を条件とする「大学図書館職員長期研修」は、公立大学・私立大学に門戸を広げたままで筑波大学が開催している。これについては本章第3節を見てほしい。図書館のシステムについての研修は、国立情報学研究所が各種の形で実施している。(詳しくはhttp://www.nii.ac.jp/hrd/HTML/Apply/prospectus/:平成17年度教育研修事業要綱を参照してほしい。)このほかに、大学図書館のスペシャリストを養成する研修ともいうべきものとして、東京大学・京都大学で開かれる漢籍に関わるもの、一橋大学社会科学古典資料センターで開かれるもの、国文学研究資料館の企画するものなどがあり、いずれも継続的に開かれている。

 図書館をもふくめた大学のマネジメントについての研修機会とされてきた新任の部長・課長を対象として実施していた文部科学省の研修については、国立大学法人は初任者と同様に枠外となってしまった。

 大学図書館職員の研修システムは、国立大学の法人化にともなって大きく様変わりせざるを得ない状態であり、国立大学図書館協会が、それにかわるいくつかの提起をしてゆく必要が生まれている。

 

(6) 図書館職員の研修に関して国立国会図書館に求めること

 こうした課題について、国立大学図書館協会人材委員会として組織的には検討されていない。メンバーの幾人かの意見を聴くと次のようなことが挙げられる。

 

1)個々の大学あるいは国立大学図書館協会では実施困難な研修事業の実施

 国立国会図書館には国の「中央図書館的機能」があり、それを背景とした活動が期待される。例えば、図書館活動を巡る最新動向について、各国国立図書館の動向も含めて豊富な情報を蓄積しているであろう。それらは、オンラインも含めた”カレント・アウエアネス:Current Awareness”等を利用して公表されているが、とりまとめたレビュー等を挙げることができる。また、資料の保存・修復技術、外国で刊行された資料・情報の整備、電子図書館等の領域で重要な役割を果たしており、その経験等について館種を越えた交流の拠点となることも期待される。さらに、これまで蓄積された特定の資料群にもとづいた解題・目録の作成は編集といった面において、国立大学図書館協会や個別図書館では対応することのできない研修事業を企画・実現できるだろうと期待する。

 

2)研修講師等の紹介

 国立国会図書館には豊富な人材が集められている。それらの職員を、国立大学図書館協会や個々の大学図書館が実施する研修事業等において活用してゆきたいので、講演あるいは指導を担当できる範囲について紹介してほしい。可能ならば、国立国会図書館の職員に限らないで「講師人材データベース」といったものを構築してほしい。

 

3)研修案内サイトの立ち上げ

 国内各地で開催されている数多くの「研修」について、日時・場所・テーマ・講師・受講申し込み手続き等を知ることのできる「研修案内サイト」が求められている。このような情報を適切に収集・蓄積・公開できるのは国立国会図書館以外にはないだろう。そのサイトに海外機関の実施するプログラムのうち日本から参加が可能なものを掲出されるならば、国際化を目指している国立大学図書館にとって有用性は計り知れない。

 

4)研修事業の共同事業化

 共通のテーマを設定して、国立大学図書館協会と国立国会図書館が研修事業を共催するといったことも検討してほしいところである。中堅職員をターゲットとして、このようなことが実現できるならば、日本の図書館界全体としてのレベルアップを展望できるようになるだろう。

 

5)サブジェクト・ライブラリアンの養成

 大学図書館においては古くからの課題であるが、いまだに確たる方針を立てることができないままで推移している。例えば、「アジア情報研修」に見られるように、国立国会図書館には国会に対するサービス等を実施するなかで着実に職員が育てられているという実績があり、養成方針・方法論等の蓄積が明らかである。それらを背景として、研修事業として実施できるかといったことについてディスカッションなどの検討の機会がもたれることを期待している。

 

(7)まとめ

 研修の計画的実施を妨げる要素は相変わらず存在している。「1日単位」でしか研修出張を認めることができないほど少人数で繁忙な職場、学部や学科に図書室が散在しているため一人職場となっているところなどを考慮すると、2〜3日とはいえ、集中的に研修期間を取ることができないだろう。ある程度の期間をおいて1日単位で開催する継続性をもった研修プログラムも検討することが求められる。

 継続性をもった研修プログラムを実行したとしても、それらを背景とした「キャリア・パス」といった制度は確立しておらず、長期にわたる人材政策が国立大学図書館には存在していない。法人化によって、この面はさらに悲観的な局面を迎えることになりそうである。

 国立大学図書館協会としては、初任者向け・中堅者向け・幹部向けといった状況に応じたプログラムないしカリキュラムを策定し、初任者向けのように地区での実施が適当と思われる研修機会については、その実行を地区単位の大学図書館協会に担当してもらう方式も開発する必要があるとしている。今後の国立大学図書館協会・人材委員会の課題となる。

 研修体制のほかに重要なことは、研修の内容である。

 レファレンスに関する研修、学術ポータル・サイトを立ち上げるための研修、主題を深めてサブジェクト・ライブラリアンを育てる研修、専門的カタロガーの養成・研修、資料の保存や管理に関する研修、外国人留学生への対応・外国語の文献や情報を扱うことのできることなどを想定した語学研修、学生のリテラシーを高めるための方策についての研修、図書館の管理するコンピュータ・システムについての研修、図書館運営のための企画力を育てる研修、図書館専門の職員だけにとどまらない人事管理についての研修、マネジメント全般をサポートできる人材の育成・研修など、大学図書館において必要とされる研修内容は幅広く、深くなっている。研修内容からは、大学図書館における経験年数のみで仕分けをすることも難しい状況にある。

 これらは研修の目的に切実に関わる内容であるが、現実の大学図書館の課題から考える研修内容は、拡散する傾向が大きい。大学図書館という大学の一部局のみで考えるところから、大学全体に広げて課題を考究することも必要性が高い。

 国立大学図書館協会としては、個々の大学図書館の事情を踏まえて、「基本プログラム+オプショナル・プログラム」といった形の研修企画が必要となるだろう。また、21世紀の大学のあるべき姿として描かれている「競争と連携」を人材面でも実現するためのコンソーシアムづくり、あるいは、人材マネジメントシステムといったものの構築が求められる。



[注]

(1) 『図書館ハンドブック』第5版 日本図書館協会図書館ハンドブック編集委員会編 日本図書館協会 1990.04 p.408.

(2) 『国立大学図書館協議会第50回総会記念誌(資料集)』国立大学図書館協議会50周年記念事業実行委員会 2003.06 p.1-39.
http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/publications/50kinen/01.pdf

(3) 「国立大学図書館協会」のサイト「協会の目的と活動」http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/

(4) 国立大学図書館協議会第50回総会記念誌(資料集)』国立大学図書館協議会50周年記念事業実行委員会 2003.06 p.1-39.
http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/publications/50kinen/01.pdf

(5) 「国立大学図書館協会」ホームページ 「最近のニュース」「第51回国立大学図書館協会総会の開催」 http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/

(6) http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/operations/symposia/index.html

(7) 「<国立大学図書館協会ニュース>国立大学法人化後を見据えた大学図書館経営について−第16回国立大学図書館協議会シンポジウム」『大学図書館研究』(LXXI:72) 2004.08 p.63-72.

(8) 平成16年(2004)9月「大学コンソーシアム京都」において試行が行われた。