第4章 公共図書館における障害者サービスの事例的検討:ヒアリング調査から / 野口 武悟

 

1 はじめに

 第3章で述べた質問紙調査に加えて、障害者サービスに関して先進的な取組みを行っている公共図書館を抽出して、2010年10月から11月にかけてヒアリング調査を実施した。調査対象館(以下、対象館とする)は、浦安市立中央図書館、大阪市立中央図書館、大阪府立中央図書館、埼玉県立久喜図書館、千葉市中央図書館、調布市立中央図書館、名古屋市立鶴舞中央図書館、枚方市立中央図書館、横浜市立中央図書館の9館である。本章では、このヒアリング調査の結果から、対象館の障害者サービスの現状と課題を中心に述べる。

 

2 障害者サービスの歴史

 対象館の多くでは、視覚障害者読書権保障運動の高まりや「国際障害者年」(1981年)等を背景に1970年代から80年代にかけて、視覚障害者に対する対面朗読サービスを主として障害者サービスが始まっている。この時期には、「図書館利用に障害のある人々」へのサービスとの共通認識も形成され始め、視覚障害者以外の人々に対するサービスも徐々に追求されるようになり、現在に至っている。

 対象館のなかには、上述した時期以前からサービスに取組んでいたところもある。名古屋市立鶴舞中央図書館では、昭和初期の1929年に点字文庫を開設している。わが国の公共図書館では障害者サービスの先駆のひとつといってよい1)。また、埼玉県立図書館では、久喜図書館が開館する以前の1952年に浦和図書館で点字図書を収集し、点字室を開設していたという。その後、川越図書館(現在は廃止)、久喜図書館が中心となって障害者サービスを提供してきた。

 

3 障害者サービスの現状と課題

 

3.1 対象者とサービス内容

 今日の障害者サービスは、「図書館利用に障害のある人々」へのサービスとして展開されているわけだが、対象館の多くでは、対面朗読や郵送貸出等、概して視覚障害者や肢体障害者中心のサービスとなっている(このことは後述する所蔵資料にも反映)。

 そうしたなかで、例えば、枚方市立中央図書館では、聴覚障害者へのサービスに積極的に取組んでいる。同館では、「手話で楽しむおはなし会」や日本語字幕の入った映像資料の製作等を実施している。大阪府立中央図書館では、視覚障害と聴覚障害を重複した盲ろう者に対するIT講習会を実施し、また、聴覚障害者へのサービスにも取組み始めている。大阪市立中央図書館では、アクセスしやすいところに立地していることもあるが、資料の貸出期間を通常より長く、また貸出冊数も多く設定することで、知的障害者や精神障害者等の来館利用が多くなっているという。

 そもそも、対象館の多くでは、サービス対象者のニーズ把握は現時点での利用者を中心として行われている。現時点での利用者以外のニーズを把握するために、調査等の実施の必要性を感じている対象館は少なくない。埼玉県立久喜図書館では、年1回、サービス対象人口(県内の視覚障害者1級~6級の人)の調査を県障害福祉課の協力で実施している。しかし、視覚障害者のみの調査であり、人数の把握にとどまっている。「最近、精神障害、発達障害の方の図書館に対する期待が高まっていると感じる」(名古屋市立鶴舞中央図書館)というように、実感としてニーズの高まりを感じている対象館もある。障害者サービスの内実を真に「図書館利用に障害のある人々」へのサービスへと高めていくためにも、県や市の障害福祉課、当事者団体等との協力のもと、対象者のニーズ調査等を実施することが必要ではなかろうか。

 サービスは、個人だけではなく、学校や施設、病院等に対しても行われている。対象館のうち6館で、資料の団体貸出、職員を派遣しての読み聞かせ等が行われている。

 

3.2 サービスの提供体制

 

(1)担当館・担当部署

 対象館全てがそれぞれの自治体の障害者サービスにおいて中心的な役割を果たしているが、いずれの自治体においても地域館(分館)の全てないし複数でも対面朗読等のサービスが利用できるようになっている。

 また、対象館いずれにも、障害者サービスの担当部署(名称はさまざま)が設けられており、その部署のある部屋が障害者サービスの窓口となっているケースが多い。千葉市中央図書館、横浜市立中央図書館等のように、一般のフロアに専用のカウンターを設けているところもある。一方、浦安市立中央図書館では、担当部署だけでなく、全職員で障害者サービスを提供しようという方針のため、特別な窓口は設けていない。

 

(2)担当職員

 浦安市立中央図書館を除く対象館では、障害者サービス専任の職員が置かれており、兼任の職員も含めると5~6人というところが多い。うち、7館では、障害のある職員(当事者職員)を配置している。障害のある職員以外は、5年前後で他の部署に異動になる館が多く、短いところでは1年で異動というケースもある。障害者サービスの専門性の形成と継承に課題があるといえよう。一方、障害のある職員は、基本的に異動はなく、担当年数20年前後の職員が多い。なお、浦安市立中央図書館では、前述の方針のため、障害者サービス専任の職員は置かれていない。

 障害者サービスに関する職員研修は、館によって対象者(新任職員、全職員、障害者サービス担当職員)はさまざまであり、それに応じて研修内容も、視覚障害者の誘導方法、手話、著作権法改正について等、多様である。枚方市立中央図書館では、休館日の第四火曜日に職員が自主的に手話の勉強会を開催しているという。また、職員が外部研修に参加するケースも少なくはなく、例えば、日本図書館協会、都道府県立図書館、近畿視覚障害者情報サービス研究協議会等が主催する研修に参加している。

 

(3)図書館協力者

 障害者サービスの提供には、職員とともに図書館協力者の存在が欠かせない。対象館いずれにも図書館協力者がおり、資料製作と対面朗読に携わっているケースが多い。しかし、浦安市立中央図書館のように、対面朗読は職員が担当しており、図書館協力者は資料製作のみに携わっているという館や、逆に、大阪市立中央図書館のように、図書館協力者は対面朗読にのみ携わっているという館もある。

 資料製作に関しては、音訳(テープ、DAISY)が中心であり、このほか、埼玉県立久喜図書館、名古屋市立鶴舞中央図書館、枚方市立中央図書館では点訳、枚方市立中央図書館では字幕・手話つきビデオ製作が図書館協力者によって担われている。

 図書館協力者の課題として、複数の対象館から平均年齢の高さが指摘された。70歳を定年としているという館もあった。一方で、音訳等、地味な活動のためなかなか若い人が集まらない、集まっても長続きしない等の意見も聞かれた。埼玉県立久喜図書館では、音訳者の養成講座の参加者を前回募集した際に、45歳までの人という年齢制限をあえて加えたという。抗議も多かったが、一人前になるまでには5年以上はかかるため、現実問題としてこうしなければ成り立っていかないからだという。

 以上の図書館協力者に対しては廉価であるが謝礼等が支払われている。一方で、全くのボランティアの形で障害者サービスに協力している人たちもいる。例えば、大阪市立中央図書館では、点訳ボランティア、マルチメディアDAISYの製作ボランティア、さわる絵本・布の絵本の製作ボランティア等が活動している。枚方市立中央図書館では、さわる絵本・布の絵本の製作ボランティア、「手話で楽しむおはなし会」のボランティア(当事者)、調布市立中央図書館では、資料の宅配ボランティアが活動している。

 

(4)所蔵資料

 対象館の所蔵資料としては、録音資料(テープ、DAISY)を9館全てで所蔵しており、点字資料、拡大資料(大活字、拡大写本)、さわる絵本・布の絵本は大半の館が所蔵していた。一方で、字幕・手話入りビデオ、マルチメディアDAISY、やさしく読める資料(LLブック等)は、2~3館が所蔵しているにとどまっている。

 これら資料のなかでも、録音資料については、DAISYへの移行が進んでいるが、高齢な利用者を中心にテープの利用を希望する人も少なくないという。しかし、今後、テープの生産自体が終了し、新規製作が行われなくなった場合に備えて、テープ利用者のDAISYへの移行支援が不可欠となろう。横浜市立中央図書館では、定期的に「DAISY体験会」を開催している。

 このほか、著作権法が改正されても、人の面、予算の面、機器の面でマルチメディアDAISY等を自館製作するのは困難との意見が複数の館から聞かれた。また、全般的に大人向け資料が中心で、子ども向け資料が全国的に足りていないとの指摘もあった。

 

(5)設備・機器

 対象館では、館内環境のバリアフリー化は比較的進んでいる印象を持ったが、視覚障害者、肢体障害者を想定しての対応にとどまっている感も否めない。例えば、知的障害者にも分かりやすいように館内サインにピクトグラムを採用する等、さらなる対応が必要だろう。

 障害者サービスの設備としては、対面朗読室、録音室はいずれの館にも設けられており、また、点訳室が設けられている館もあった。

 対象館のうち、コンピュータ端末に音声読上げソフト等の視覚障害者用ソフトをインストールしてOPACとインターネット検索の両方が利用できるようにしている館は5館で、OPAC用端末のみにインストールしている館が1館、逆に、インターネット検索用端末のみにインストールしている館が1館、いずれにもインストールしていない館が2館あった。このほか、枚方市立中央図書館では肢体障害者用の端末を用意しており、調布市立中央図書館ではマルチメディアDAISY再生ソフトをインストールした端末を用意している。

 

(6)予算

 予算については、対象館によって費目の設定が異なるため、金額については一概にはいえない。しかし、共通する傾向は2つある。ひとつは、割り当てられた予算額の使途のうち図書館協力者への謝礼の占める割合が高いこと(高い館では8割以上という館もある)、もうひとつは、年々、予算額が減額傾向にあること(これは公共図書館全体にもいえる)である。このままでは、障害者サービスの充実どころか、現状維持さえも厳しくなってくるとの意見も聞かれた。

 障害者サービスに割り当てられた予算額のなかからは、視覚障害者以外に郵送貸出する際の郵便料金を支出している館もある。これに関連して、精神障害者や知的障害を伴わない発達障害者等から郵送貸出の要望が出されても、前述したような予算額の減額傾向のなかでは対応は困難との指摘が複数の館から出された。ここには、郵便料金制度の問題も関わっている。「郵便法」では、視覚障害者用(盲人用)の点字資料、録音資料については無料で郵送することが認められている。また、重度の身体障害者または知的障害者に冊子形態の資料を郵送貸出する場合には「心身障がい者用ゆうメール」によって一般のゆうメール(旧・冊子小包)の半額で、聴覚障害者にビデオ・DVDを郵送貸出する場合には日本郵便から指定を受けた公共図書館は「聴覚障がい者用ゆうパック」にて低料金で郵送することが認められている。ところが、これらに該当しない人々に郵送貸出を行おうとすると、当然ながら通常料金がかかることになる。障害者サービスの重要な柱である郵送貸出を希望するすべて人々に拡大するには、予算の問題もさることながら郵便料金制度見直しの議論も不可避である。

 

(7)連携・協力

 対象館では、資料の相互貸借を中心に他館(主に公共図書館同士や点字図書館)との連携・協力が行われている。「サピエ」で探し、それでも見つからない場合は国立国会図書館の「点字図書・録音図書全国総合目録」で探すというパターンの館がほとんどだった。「サピエ」と「点字図書・録音図書全国総合目録」の横断検索等、両者の連携強化を望む意見が多く聞かれた。また、点字資料、録音資料以外の資料についても全国総合目録の構築が必要との意見もあった。

 資料の相互貸借以外では、他館と障害者サービスに関する情報交換等を行っている館もあるが、盛んとはいえない。近隣には、障害者サービスを提供できていない公共図書館も多く、情報交換等の連携・協力には困難を感じるとの意見もあった。

 図書館以外の機関との連携・協力では、自治体の障害福祉課と情報交換等をしているケース(浦安市立中央図書館、調布市立中央図書館)等がある。

 

4 障害者サービスに関する今後の計画・展望

 対象館が持つ今後の計画・展望は、前述してきた現状と課題のうち、どこを重視し、どこに力点をおいているか、また、市立か、府県立かによっても異なるといえる。主だった今後の計画・展望を整理すると、以下のようになろう。

【サービスの拡大】

  • 著作権法改正を受けて、視覚障害以外の視覚による表現の認識に障害のある人々への録音資料の貸出拡大(名古屋市立鶴舞中央図書館)
  • 同じく、対面朗読の拡大(埼玉県立久喜図書館、名古屋市立鶴舞中央図書館)
  • 同じく、障害者サービス実施要綱の見直し(枚方市立中央図書館)

【資料の製作】

  • 子ども向け点字資料、録音資料の製作(千葉市中央図書館)
  • 録音資料のDAISY化の推進(浦安市立中央図書館、横浜市立中央図書館)
  • マルチメディアDAISYの製作(大阪市立中央図書館、調布市立中央図書館)

【利用者への情報提供・広報】

  • ホームページ上で点字資料、録音資料等の検索や予約等を可能にする(リニューアルも含む)(浦安市立中央図書館、大阪市立中央図書館、名古屋市立鶴舞中央図書館)
  • 利用者へのサービスのPR(千葉市中央図書館)

【市町村立図書館支援(府県立図書館のみ)】

  • 近畿視覚障害者情報サービス研究協議会と共催で初級音訳講習会を開催し、修了者は当該館のほか、大阪市立と枚方市立の図書館、枚方市内にあるNPO団体に音訳者として登録できるようにする(大阪府立中央図書館)
  • 「障害者サービスハンドブック」を作成し、市町村立図書館へ配布(埼玉県立久喜図書館)
  • 市町村立図書館職員を対象とした来館研修の開始(埼玉県立久喜図書館)

 

5 おわりに

 以上、本章では、ヒアリング調査の結果をふまえ、対象館の障害者サービスの現状と課題を中心に述べてきた。対象館は、いずれも障害者サービスでは先進的な取組みをしている館であり、本章で示された現状は、日本の障害者サービスの現時点での到達状況を示すといっても過言ではなかろう。同時に、多くの課題も示された。対象館以外の公共図書館では、さらに多くの課題が山積していようことは想像に難くない。これら課題の解決は、図書館界の努力のみでは如何ともしがたい。ようやく実現した著作権法改正を生かすためにも、国レベルで障害者サービス振興施策を検討すべきではなかろうか。

 なお、対象館のヒアリング調査の記録(要約)については、44頁~61頁に掲載しているので、あわせて参照いただきたい。

 

参考文献

1) 野口武悟. 戦前期日本における障害者サービスの展開 : 障害者自身の図書館サービスをめぐる運動と実践を中心に. 図書館文化史研究. 2005, (22), p. 73-91.