第1章 第3節 博物館におけるデジタルアーカイブの動向 / 水嶋 英治

 

 以前は情報「化」社会を目指す世の中だったが,今日では「情報」に付いていた「化」がとれて,正に情報社会となった。最近では情報社会という言い方もあまり聞くことがない。あらゆる情報がデジタル化され,インターネットが当然の社会になっているため,我々の思考経路や行動もインターネットに依存している部分が多くなりつつある。

 一般論として言えば,博物館界も資料情報のデジタル化の推進が叫ばれており,博物館と美術館の間にはやや温度差があるものの,デジタル化による情報公開はコレクション・マネジメントの基本とも言える位置づけがされている。博物館の取り扱う範囲も拡大しつつあり,本来的な博物館資料(作品,標本,史料)をデジタル化することに加え,近年では博物館の存在する周辺地域の観光情報と相まって「景観」さえも情報化されている。言うなれば,地域文化資源のデジタル化が進んでいる。

 

1 資料情報からネットワーク情報資源へ

 博物館界でデジタルアーカイブが進められている背景を二点ほど挙げれば,まずは博物館の役割が変化している点である。資料の保存機能だけではなく,生涯学習社会の中で博物館の資料を積極的に活用しようとする動きがあり,情報提供機能がますます重要視されている。そのニーズに対応するために,インターネットを活用して資料情報を配信し,一般公開するようになってきた。

 次に,博物館資料の適切な管理のために情報を維持管理することが必要に迫られている点である。資料の物理的保存とともに,二次資料として利用価値が高い情報をさらに高度化させ,静止画像,動画などを追加し,電子目録として整備する傾向である。前者が外部への対応とするならば,後者は博物館内部の課題解決のためである。

 近年の特徴は,博物館資料をネットワーク化している点であろう。これまでのデジタルアーカイブ化は個々の博物館資料(標本,作品)をデータベース化しウェブサイト上で配信するという方法が主流であった。しかし,最近では個々の博物館の資料をネットワーク情報資源として捉え,ポータルサイト等を通じて横断的な利用を可能にしている例が数多くある。以下にそのような例をいくつか紹介する。

 

(1)文化遺産オンライン1)

 我が国の「文化遺産の総覧」「文化遺産コンテンツの利活用の促進」を目標に,デジタルアーカイブ化を図る対象範囲を,国・地方指定文化財等,博物館・美術館の収蔵品,建造物,記念物,伝統芸能,工芸技術などに分類しており,利用者はコンテンツを,「時代から探す」「分野から探す」「地域から探す」「文化財体系から探す」の中から検索し,ギャラリー(Gallery)で閲覧できる。また文化遺産オンラインの一部として開発された「遊歩館」は,所蔵作品をテーマ別に紹介する「仮想リーフレット」であり,誰もが簡単に文化遺産情報にふれることができる発信環境を目指して,文化庁と国立情報学研究所が共同で開発したシステムである。リーフリットを実際に折りたたんだり,広げたりするようなビジュアルな表現方法は,学術指向的な検索というよりも,美術作品をより身近な鑑賞対象として見て楽しむエデュテインメント指向(エデュケーション+エンターテインメント)である。

 

(2)所蔵作品総合目録検索システム2)

 独立行政法人国立美術館の4館(東京国立近代美術館,京都国立近代美術館,国立西洋美術館,国立国際美術館)が提供している「所蔵作品総合目録検索システム」は2007年度末までに各館が収集した所蔵作品の総合目録を検索するためのシステムである。しかし公開されている作品の画像は,「著作権の切れたもので,デジタル画像が準備 されているもの,および,著作権が存続中のもので,著作権者の許諾により掲載されているもの」に限られているため,必ずしも目的とする作品画像に到達することはできない。

 

(3)科学系博物館のデータベース

 一方,科学系博物館の標本資料(動物,植物,鉱物等)に関する情報もデータベース化され,ウェブ上で公開されている。たとえば,国立科学博物館の「標本・資料統合データベース」3) は,同館が所有する様々な標本・資料を横断的に検索できるシステムである。動物標本,植物標本,地学標本,人類研究部,理工学研究部が提供する個々のデータベースを横断的に検索できる点が特徴である。

 

2 海外の事例

 個別の資料データベースからネットワーク情報資源へと変化しつつあることは上述したが,「博物館情報のデジタル化を推進し,デジタルネットワークの拡大・博物館資源の充実につとめること」が,2009年12月に開催されたICOM-ASPAC(国際博物館会議アジア太平洋地域連盟)国際会議で確認され,「東京宣言」としてまとめられている4)

 現在整備が進められている海外のデジタルポータルとしては,下記に紹介する例などがある。いずれもデジタルアーカイブの活用促進を目的に事業が展開されており,ネットワーク情報資源としての利用価値は非常に高い。

 

(1)アジア・ヨーロッパ博物館ネットワークの名品バーチャルコレクション5)

 アジアとヨーロッパの博物館が協働して,自館の名品を1館あたり25点を限度として登録して,それをウェブで公開するプロジェクトである。

 

(2)エンサイクロペディア・オブ・ライフ6)

 生物に関するオンライン百科事典である。2008年2月にウェブサイトが公開され,2008年‐2009年の年報によると,記事数は16万件を超えている。記事の内容は,一般者から研究者までを対象に,画像,音声,映像などのマルチメディア情報から文献情報まで幅広く扱っている。記載の対象となる生物種は,学名をもつ命名済みの約180万種すべて。10年以内にこれら全てについての記事を完成させることを目指している。

 

(3)地球規模生物多様性情報機構7)

 科学的な生物多様性情報を共同利用できるように分散型のデータベース・ネットワークの構築を目指し,現在では「種」や標本レベルのデータを集中的に整備している。生物多様性情報(生物多様性情報ウェブサイト)の日本語サイトには,日本に棲息する生物のデータベースが公開されている。

 

(4)フランス文化省の公式サイト

 フランスの文化に関する公式サイトでは,建築遺産,アーカイブ,映画,言語,書籍,博物館・美術館,音楽,演劇,舞踊,文化政策関連文書のデータベースが公開されている8)。博物館・美術館のポータルサイト「Culture.fr」9) では,ルーブル美術館,ポンピドゥーセンター,音楽博物館,地中海文明博物館など個別の博物館のデータベースのほかに絵葉書コレクションや略奪文化財の一覧,国立博物館の図書館の文献データベースなど検索することが可能である。

 

3 博物館のデジタルアーカイブ運営状況調査結果

 今回実施した第2次調査の結果の中から,我が国における博物館のデジタルアーカイブ化の現状を示すものをいくつか紹介し,簡単に分析したい。

 

(1)デジタルアーカイブ等実施・運営の目的

 デジタルアーカイブの目的を1位から3位まで順位づけしてもらったところ,博物館では一番目の目的は「資料の継続的保存・管理」,二番目が「データベース構築による資料の検索性の向上」,三番目が「自機関の活動成果の普及・公開」であった。

 

(2)デジタルアーカイブへの収録率

 収蔵品・蔵書のデジタルアーカイブへの収録率を見ると,相対的に博物館の収録率は高くなっている。博物館(N=153)のうち,「0%から10%未満」が17.0%,「10%以上50%未満」が17.0%,「50%以上100%未満」が26.2%,「100%」が8.5%である。

 

(3)年間権利処理

 「権利処理状況を把握しているか」との質問に対し,博物館は「把握している」が34.0%であり,公文書館(50.0%),大学図書館(37.2%)に比べて低い。「年間の権利処理の件数」のうち「0件」が占める割合は,他の機関に比べて博物館(N=52)が最も高く,44.2%である。つまり,博物館界の権利処理関係業務はそれほど行われていないことがわかる。

 

(4)収録コンテンツの年間増加数

 博物館が運営するアーカイブ(N=189)のうち,年間増加数を把握せずに「わからない」アーカイブは38.6%であった。また,0件が15.3%,50件未満が19.0%であった。 計画的にデジタル化を推進していっているとすれば,コンテンツの増加数を把握しているはずであるが,実際はそうなっていないことが読み取れる。また,年間増加数は,それほど多くない。こうした現状には,予算不足と人員不足の影響などが考えられよう。

 

(5)PORTAとの連携

 PORTAと連携しているアーカイブは全体では10.0%あるが,博物館と公文書館では「PORTAのことを知らない」が多く,博物館(N=189)では連携しているのは4.2%のみで,「連携していない」が61.4%,「PORTAのことを知らない」は16.9%に及んでいる。他の機関との連携方策を検討していくことも課題であろう。

 

4 博物館のデジタルアーカイブの課題

 

(1)目録不在の現状

 博物館におけるデジタルアーカイブ化の課題について最後にまとめておく。日本博物館協会編『博物館白書 平成17年度版』10) によると,実は我が国の博物館の5割近くの博物館には「資料目録」が不在である。このような状況ではデジタル化以前の問題であろう。資料情報のデジタル化を推進していくには,基礎的なデータがまとまっていることが先決であるが,それがない場合は,デジタル化と同時に目録化を進めて行くことになり,非効率的である。

 

(2)人材養成の課題

 2007年に日本デジタル・アーキビスト資格認定機構が設立され,我が国においてもデジタル・アーキビストの養成が緒についたばかりである。デジタル・アーキビストとは,文化資料等のデジタル化についての知識と技能を持ち合わせ,文化活動の基礎としての著作権・プライバシーを理解し,総合的な文化情報の収集・管理・保護・活用・創造を担当できる人材である。統一的な記述ルール,著作権処理,メタデータ等の知識を持ち,文化資源のデジタル化を専門に扱う新しい職種として期待されているが,こうした人材の養成を推進していくことも大きな課題のひとつである。

 

(3)政策調整の必要性

 今日の社会を形容するならば「知識社会」「知識基盤社会」とでも言うのであろう。これまで点として存在していたデータがデジタル化されネットワーク上で公開されると面としての広がりを持つことになる。しかし,点が面になり,効率的な面構造を形成させていくためには,技術的な課題に加えて,デジタル化の政策的な課題も存在していることは確かである。

 

5 結 語

 デジタル化を推進する場合であっても,他の機関と協調しながら進める場合とそうでない場合とでは,情報の質とともに技術的な障壁が大きな差となって顕れることが予想される。ヨーロッパのMINERVAプロジェクト(情報資源の電子化事業を支援するEUのプロジェクト11) のように,文化的なコンテンツをデジタル化していく際の無駄な努力を排除し,共通の課題と情報化の政策理念について政府関係者が話し合う場を設定することは重要である。MINERVAプロジェクトで過去に議論されたテーマは「eInclusion(誰もが電子的に排除されない社会)とeAccessibility」,「多言語とシソーラス」,「文化的ウェブサイトの品質保証」,「文化遺産のデジタル化国際シンポジウム」,「デジタル文化財のヨーロッパ・ネットワークの構築」などであり,多くの会議,シンポジウム,ワークショップなどが開催されている。ヨーロッパの各国はMINERVAプロジェクトで議論された内容を自国のデジタル化政策に反映させており,また具体的な「デジタル化ガイドライン」やヨーロッパ各国のデジタル化基準などをウェブ上で公開している。

 我が国においても博物館,図書館,文書館の連携を意識しながら,文化的資料のデジタル化政策の面で他の機関との調整会議を開催し,基本方針を定めていくロードマップが必要であろう。

 

参考

1) 文化遺産オンライン. http://bunka.nii.ac.jp/Index.do, (参照2010-03-15).

2) “所蔵作品総合目録検索システム”. 独立行政法人国立美術館.
http://search.artmuseums.go.jp/, (参照2010-03-15).

3) “標本・資料統合データベース”. 国立科学博物館.
http://db.kahaku.go.jp/webmuseum/, (参照2010-03-15).

4) ICOM-ASPAC 日本会議2009参加者一同. “東京宣言”. 国立科学博物館. 2009-12-09.
http://www.kahaku.go.jp/event/2009/ja_icomaspac2009/imgs/tokyo_declaration_jp.pdf, (参照2010-03-15).

5) ASEMUS. http://www.asemus.museum/, (accessed 2010-03-15).

6) Encyclopedia of Life. http://www.eol.org/, (accessed 2010-03-15).

7) “生物多様性情報(生物多様性情報ウェブサイト)”. 地球規模生物多様性情報機構.
http://bio.tokyo.jst.go.jp/GBIF/gbif/japanese/04/01.html, (参照2010-03-15).

8) “Bases de donnèes”. Ministère de la Culture et communication.
http://www.culture.gouv.fr/nav/index-bdd.html, (accessed 2010-03-15)

9) Culture.fr. http://www.culture.fr/, (accessed 2010-03-15).

10) “博物館白書 平成17年度版” . 第53回全国博物館大会. 2005-11-17/18. 財団法人日本博物館協会. 2005.
※日本博物館協会編. 博物館総合調査報告書. 2005, 274p. の抜粋版

11) MINERVA EC. http://www.minervaeurope.org/, (accessed 2010-03-15).