第1章 第2節 公共図書館におけるデジタルアーカイブの現状と課題 / 菅野 育子

 

1 公共図書館におけるデジタル化

 我が国の公共図書館におけるデジタル化は,大学図書館を追随する形で段階的に進められてきたと言えよう。ネット上での公式サイト公開から,OPACの提供,そして所蔵資料をデジタル化して公開するデジタルアーカイブの段階に入りつつある。

 公式サイトの普及は大学図書館と比較して大きな遅れはあったものの,現時点ではほとんどの公共図書館が公式サイトを公開する段階にまで至っている。もちろん規模別にみれば,町村立図書館において独自のサイト構築はまだまだ難しいことも確かである。さらに紙媒体ではなくデジタル形式で資料提供を行うことは,貸出冊数を競ってきた公共図書館においては,これまでとは異なる方針に基づくサービスと言えよう。

 しかし,今進めるべきはデジタルアーカイブの公開であろう。大学図書館がそうであったように,公共図書館もまた潜在利用者への広報を主な目的としてデジタルアーカイブの公開に着手することが求められている。そして公共図書館でのデジタル化の対象の多くが,大学図書館と同様に所蔵貴重資料や古文書ではあるが,それらが特に「地域資料」と呼ばれるものであることに公共図書館のデジタルアーカイブの特徴はある。

 

2 地域資料のデジタル化

 館内に地域資料コーナーが特設されている一部の図書館では,地域資料サービスを積極的に行っている。地域資料のための独自分類の開発や検索システムの構築だけでなく,地域資料のデジタル画像の公開も始められている。しかし,その他の図書館では地域資料サービスに対して,予算や人材を特別に充てるほどの余裕がなく,そのため地域資料を網羅的に収集することができない。その結果,地域資料の蔵書数は少なく,地域資料の棚があってもその存在さえ知られず,利用される機会も少ないという悪循環となっている。この状況を改善するためにも,地域資料のデジタル化は良い契機となろう。

 地域に関するデジタルアーカイブや地域情報データベースを積極的に公開している岡山県立図書館,岩手県立図書館,秋田県立図書館,岡崎市中央図書館の4館を例として,地域資料デジタル化の範囲について検討する。

 

(1)地域情報ページの公開

 事例4館はいずれも図書館公式サイト上に地域情報の提供を目的とするページを公開している。岡山県立図書館は「デジタル岡山大百科」1),岩手県立図書館は「イーハトーブ岩手 電子図書館」2),秋田県立図書館は「デジタルライブラリー」3),岡崎市立中央図書館は「デジタルアーカイブ」4)という名称を用いて,地域に関するデジタルアーカイブを提供している。

 

(2)地域関連の古文書・古地図

 岡崎市立中央図書館は,貴重資料のデジタル画像を形態別に公開している。所蔵する貴重資料群を,日記や紀行などの冊子体資料,掛け軸,絵葉書,地図,絵地図,鳥瞰図,浮世絵,錦絵といったように形態別に分類し,形態ごとにサムネイルが一覧でき,サムネイルをクリックすることで拡大画像が提供される。岩手県立図書館は,岩手の古文書や岩手の古地図の書誌データと解題とともに資料の外装の画像,さらに本文のデジタル画像も提供している。秋田県立図書館でも,郷土雑誌のバックナンバーをデジタルアーカイブとして公開しており,巻号から雑誌記事本文のデジタル画像を探すことができる。

 

(3)郷土ゆかりの人物による著作

 岩手県立図書館では,岩手出身の文学者である宮沢賢治と石川啄木の著書で図書館が所蔵するものを対象に,表紙,標題紙,本文(見開き)をデジタル画像化して公開している。標題紙裏には蔵書印の印影をみることができる。秋田県立図書館では,「秋田の人と本の紹介」のページで,江戸や明治時代に活躍した秋田出身者の作家や研究者を紹介し,その著書がデジタル化されていれば「デジタルライブラリー」へリンクを辿って画像を見ることができる。

 

(4)民話・昔話

 岡山県立図書館は,岡山の昔話を「デジタル絵本」として提供している。絵本の画像が音読とともにページめくりできる仕掛けである。秋田県立図書館でも,「語り部による秋田の民話」の音源といった地域文化を知るためのデジタルコンテンツが収録されている。

 

(5)郷土資料データベース

 岡崎市立中央図書館は,「バーチャル郷土資料館」という名称で郷土資料データベースを公開しており,人物名,地名,遺跡・史跡,風俗習慣,建造物,産業・特産物,行政,教育,災害などの地域に関連する検索項目から所蔵地域資料の書誌データや解説文が検索できる。

 

3 公共図書館のデジタルアーカイブ運営状況調査結果の分析

 公共図書館におけるデジタル化の現段階は,OPACのネット提供が定着し,所蔵資料に基づくデジタルアーカイブの構築が県立レベルの図書館において普及しつつあるところであろう。その推進には特に地域資料サービスの強化が鍵と考えられる。そこで,本調査研究第2次調査 の結果から,公共図書館におけるデジタルアーカイブの対象としてどの程度地域資料が採用されているのかについて見ることにする。

 結果の中から,デジタルアーカイブの内容について注目し,回答館による自館のデジタルアーカイブの特徴に関する自由回答欄を分析した。公共図書館からの自由回答は89件であった。先の4館を事例とした地域資料デジタル化の範囲を参考に,デジタル化された資料の種類を分類すると次のようになった。すなわち,いずれも地域に関連する資料であったが,内訳は,古文書・貴重資料が33件,古地図が21件,絵葉書が10件,地域にゆかりのある人物の著作が8件,古写真が6件,浮世絵・錦絵が8件,民話(音声)が2件,郷土雑誌が1件であった。なお,数値はデジタルアーカイブの件数であり,図書館数ではない。

 古文書を対象としたデジタルアーカイブが最も多かったが,これに続いてデジタル画像化に適した古地図,浮世絵・錦絵,絵葉書,古写真が多かった。この他に地方新聞・地域関連新聞記事のデジタル化が5件あった。

 以上の結果はあくまで自由回答欄の文章から判断したものであるが,実際に図書館サイトを分析した結果ではないことを考慮したとしても,回答館のほとんどが地域資料のデジタル画像の提供をデジタルアーカイブとして捉えていることがわかる。大学図書館が教育・研究支援を目的として教材や研究資料を対象としたデジタルアーカイブの公開を行っているのに対し,公共図書館は地域情報活用支援を目的として地域資料を対象としたデジタルアーカイブを推進していると言えよう。

 

4 公共施設との連携によるデジタルアーカイブの構築

 公共図書館におけるデジタルアーカイブの主な対象は,地域に関連した古文書とデジタル画像化に適した古地図,絵葉書,古写真,浮世絵・錦絵であることが調査からわかった。これらの地域資料は必ずしも公共図書館だけが収集・保存してきたものとは言えない。古文書は地域の史料館で,浮世絵や錦絵は地域の美術館でも保存されていることを考えれば,公共図書館がデジタル化する地域資料は部分的なものにすぎない。

 公共図書館は他の公共施設との連携を通して,不完全な地域資料を補完することが必要であろう。地域情報は,地域文化を創り出す人や機関をプラットフォームとして生産され利用されていくことが望ましい。公共図書館も地域情報ネットワークにおける一つのプラットフォームである。各プラットフォームがネットワーク上で共有できる地域デジタルアーカイブを分担作成していると考えることはできないだろうか。そのような視点から,地域情報に関連する公共施設間の連携は今後積極的に検討されるべき課題である。

 しかし,本調査研究第2次調査からは,デジタルアーカイブを提供していると回答した公共図書館のうち,他機関と連携していると回答したのは16館のみであった。その自由回答欄を詳しく見ると,連携先として大学,国立国会図書館,博物館があげられ,連携といえども情報交換の段階にすぎないといった回答が見られた。そのような中,岡山県立図書館と県立長野図書館の連携の実践に関する回答は注目される。

 岡山県立図書館の電子図書館システム「デジタル岡山大百科」は,1998年にデジタルアーカイブを実現するメディアセンター構築のための岡山県立図書館基本構想によって,2004年の新県立図書館開館に合わせて公開されたものである5)。岡山県内の公共図書館,県立資料館,県立博物館,岡山大学附属図書館,岡山県,文化財センター,生涯学習センター,情報教育センター,産業振興財団がデータ連携機関となって協力し,岡山の地域情報を百科事典で探すような検索システムを提供している。

 県立長野図書館は,「信州デジくら」と称する長野県デジタルアーカイブを公開している。これは2008年度からの長野県デジタルアーカイブ基本構想に基づき,同年度からの同推進計画によるもので,長野県の祭り,伝統工芸,伝統芸能,自然,歴史的建造物,行政,統計などを対象とした古文書や絵地図,写真や映像フィルムなどのデジタルアーカイブである6)。この構築には,県立長野図書館,歴史館,美術館がデジタル素材提供において連携している。

 上記の2館のように,県行政による基本構想の提案があることで, 図書館,博物館,文書館は連携する環境が整い,デジタル素材の提供とそれによる地域住民への奉仕という使命を共有することが可能となっている。

 

5 地域文化を継承する公共図書館デジタルアーカイブ

 公共図書館は資料貸出サービスの成果のみに満足するのではなく,潜在利用者の獲得のためにもこれまで以上に地域の情報拠点として機能しなければならない。その一つに地域資料や地方行政資料の収集と提供,すなわち地域情報サービスが求められている。地域に関する情報提供は,その地域をサービス対象とする公共図書館こそが行うことができる重要なサービスである。

 『地域メディアが地域を変える』7) によれば,どのような地域においても,「人々は体験や知識を記憶し,さらには記録し(記録を外在化し),共有して,地域の文化が形成されてきた」と考えられる。この地域文化の形成には,公共図書館による地域住民への地域情報サービスによる支援が必要である。地域資料デジタルアーカイブは,地域住民が地域に関する記録を知り,記録された内容を共有するプロセスを支援するものあり,紙媒体の地域資料の劣化を防ぐことから長期保存を可能にし,地域情報を必要とする利用者の要求に対応できる検索システムの提供を実現する。このように公共図書館はデジタルアーカイブの構築と提供を通して,地域文化を継承する役割を担うことができよう。

 本格的なデジタルアーカイブ構築には,高品質なデジタル化のための撮影機材や編集機器を準備する予算と,高度な技術を持つ人材が必要であり,その証拠に公共図書館では主に県立レベルの図書館でデジタルアーカイブ構築が進められているのが現状である。事例でも見られたように公共図書館におけるデジタルアーカイブ構築は,行政による地域活性化のための地域情報活用支援といった事業の提案が契機となることが考えられるが,その際には地域の情報拠点として公共図書館が他の機関と連携し,その中心的な役割を果たすことが鍵となろう。また,図書館1館単独でのデジタルアーカイブ公開は対象資料も少なくインパクトも小さいが,関連機関との連携によるデジタルアーカイブの集合体は自ずと規模も影響力も大きくなる。そのような連携を国のレベルで考えれば各館でのデジタルアーカイブへの取り組みも変わるであろう。

 欧州連合(EU)では,「ヨーロピアナ(Europeana)」 8)という巨大なデジタルアーカイブサイトを立ち上げており,そこにはEU参加国の図書館,博物館,美術館,文書館,教育機関等のデジタルアーカイブが収録され,多言語による横断検索システムも提供されている。これはヨーロッパという郷土資料デジタルアーカイブへ利用者を誘う仕掛けと言えよう。

 我が国においては国立国会図書館のPORTAプロジェクトによって国レベルでのデジタルアーカイブ収集が進められており,国立国会図書館を核とする国内デジタルアーカイブシステムの構築は,国内の公共図書館のデジタルアーカイブ推進に大きな影響を与えよう。

 

参考

1) “デジタル岡山大百科”. 岡山県立図書館.
http://www.libnet.pref.okayama.jp/mmhp/, (参照2010-03-15) .

2) “イーハトーブ岩手 電子図書館”. 岩手県立図書館.
http://www.library.pref.iwate.jp/ihatov/index/sakuin.html, (参照2010-03-15) .

3) “デジタルライブラリー”. 秋田県立図書館. http://jpg1.apl.pref.akita.jp/, (参照2010-03-15) .

4) “デジタルアーカイブ”. 岡崎市立中央図書館.
http://www.library.okazaki.aichi.jp/tosho/local/da.html, (参照2010-03-15) .

5) “電子図書館システム「デジタル岡山大百科」(岡山県立図書館)”. 文部科学省.
http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/houkoku/06040715/008.htm, (参照2010-02-19) .

6) “事業の概要”. web site 信州(長野県公式ホームページ).
http://www.pref.nagano.jp/kikaku/josei/da/gaiyo.htm, (参照2010-02-19).

7) 河井孝仁ほか編. 地域メディアが地域を変える. 日本経済評論社, 2009, 281p.

8) Europeana. http://www.europeana.eu/portal/, (accessed 2010-03-15).